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投稿日:2025年12月31日
シャルシスは、歩調を緩めて、後ろを歩くルーフェンの近くによると、小声で尋ねた。
「……なあ、ルーフェン」
「……ん?」
「実際のところ、お前とトワリスは、どのような関係なのだ?」
ルーフェンは、ぱちぱちと瞬くと、何を今更、という風に答えた。
「どのようなって……召喚師と宮廷魔導師だけど。まあ、今は昔馴染みってところかなぁ」
「……それだけか?」
ぐいと顔を近づけて、それだけじゃないんだろう、と問い詰める。
ルーフェンは、少し驚いたように目を見開いてから、質問の意図を察した。
シャルシスは、自分達の関係性を探ろうとしているのだ。
ルーフェンは、片眉を上げ、目を細めた。
「……それだけって? 他にどう見えるわけ?」
「ど、どうって……」
動揺が見て取れず、シャルシスは、不満げに唇を尖らせる。
「だって、普通ではないだろう。魔導師団が召喚師一族の管轄とはいえ、宮廷魔導師は、王家お抱えの部隊という扱いだ。直属の上官が召喚師というわけではないし、それを差し引いたって、我々を追うために団を離反するとは相当なことだぞ。トワリスは、本当に全てを擲って、お前を追って来たのだ。普通、ただの昔馴染みのために、そこまでしないだろう」
「はは、それはその通りだね。俺も、トワは物好きだなぁと思ってるよ」
「も、物好きって……」
呆れ顔になったシャルシスに対し、ルーフェンは軽く一笑する。
その笑みから、心の底は伺えなかったが、冗談であっても、トワリスの決意を"物好き"の一言で片付けるのは、思慮に欠けるだろう。
シャルシスは、大きく嘆息した。
「ルーフェン、お前、トワリスの腕の怪我に気づいていないのか? 地上で魔導師たちと交戦した時に負ったものなのだろう。傷だらけだったぞ。髪も切れてしまって、ノイに整えてもらっていた。まあ、髪はまた伸ばせるだろうが、トワリスは女だ。目立つ場所に傷跡が残るのは、気になるだろうに……」
ルーフェンは、淡々と返した。
「そんなの、トワにとっては日常茶飯事だろう。危険を承知で魔導師になったのも、その道を捨てて俺を追ってきたのも、全部彼女の意思だ」
「そ、それはそうかもしれないが……だからって、そんな冷たい言い方をしなくても良いじゃないか」
シャルシスが向けてきた非難の視線を、ルーフェンは、見て見ぬふりをした。
わざわざ指摘されなくたって、トワリスの怪我や髪型の変化には、当然気づいている。
だが、それを口に出して心配したり、露骨に労ったりするのは、トワリスの望むところではない。
彼女は、召喚師一族と並ぶ立場であろうとして、宮廷魔導師にまで昇り詰めた人だ。
ただですら特殊な出自なのに、その後の人生まで死と隣り合わせにする必要はないだろう、なんてことは、ルーフェンだって何度も思ってきた。
しかし、その考えを押し付けられて、必要以上に気遣われると、彼女は、培ってきた自分の強さを軽視されたように感じるらしい。
経験上、トワリスは守られるよりも、対等に頼られるほうが張り切る性格である。
シャルシスは知らないだろうが、ルーフェンは、そんな彼女の性質を分かっているし、今は突き放している立場上、あえて心配するような素振りは見せなかっただけだ。
ルーフェンの反応が期待外れだったので、シャルシスは、つまらなさそうに歩調を戻した。
正直、ルーフェンの返答が素っ気なかったのは予想外だ。
慇懃無礼な印象はあるが、普段の彼なら、例え初対面の相手でも、もう少し優しい言葉をかけそうなものなのに。
結局二人の関係性は分からないが、なんにせよ、トワリスが不憫なように思えてきた。
シャルシスは、再び歩を速めると、彼女に近づいていった。
「──トワリス!」
「……はい?」
歩きながら、トワリスが顔だけ振り返る。
シャルシスは、溌剌とした声で言った。
「先程、疲れたら自己申告しろとおれに言ったが、トワリスも、辛いときはちゃんと言うのだぞ! 実際のところ、寝所もない地下では、戦いの疲れなど癒えなかっただろう。地上に出て、安全な村に着いたら、しっかりとした宿で休むといい。髪も、そこで腕のある者に整えてもらうと良いだろう」
唐突に元気付けられて、トワリスは、戸惑ったように表情を曇らせた。
「は、はあ……別に大丈夫ですよ。同じ場所に長く滞在すると、足がつきますし。もちろん休息は適宜とりますが、私のために予定外の時間を使う必要はありません。この中で一番旅慣れしてるのは私ですから、気遣いは不要です」
「そうか、ならば良いのだが……。無理は禁物、と言ったのはトワリスなのだから、何かあったときは、ちゃんとおれたちを頼るのだぞ。ルーフェンが何を言ったのかは知らないが、おれはトワリスのようなしっかり者が旅に加わってくれて、心強いと思っている。なんだかんだで追手をかわして来たが、トワリスの言う通り、おれたちは外に慣れているわけではない。正直、ここまでの道程も、めちゃくちゃだったからな……」
数々の無茶振りをされたことを思い出し、シャルシスが振り返ると、こちらを窺っていたルーフェンが、白々しく視線をそらす。
一方のトワリスは、シャルシスが歓迎の意を示してくれたことに、思いがけず感動した。
彼は、少年らしい反抗心も持ってはいるが、根は驚くほど素直なのだろう。
先程トワリスがした説教を、むくれつつも受け止めたらしい。
トワリス的には、嫌われても構わない、くらいのつもりで言葉遣いや所作を指摘したのだが、それを口うるさい奴だと敬遠せず、最終的にはしっかり者だと評してくれたことが、嬉しくもあり、シャルシスの育ちの良さに感心するところでもあった。
戸惑いが消え、思わず笑みをこぼすと、トワリスは答えた。
「そう言ってもらえると、有難いです。こちらこそ、いきなり加わったのは私の方なのに、気を遣ってもらってありがとうございます」
シャルシスは、ぱっと表情を明るくした。
「気にするな! 共に旅をすることになったのだから、仲間を気遣うのは当然のことだ。相手が王子だからとか、そういう遠慮はいらないからな。ルーフェンだって、身分のことなど気にしないだろう?」
「…………」
ほら頷け、とでも言いたげな視線を投げられて、ルーフェンは、小さく吐息だけを返した。
トワリスは、こちらには目もくれず、シャルシスに微笑ましそうな眼差しを向けている。
礼を言った途端、得意げになったシャルシスのことを、子供っぽくて可愛らしい、とでも思っているのだろう。
そうでなければ、あんなに簡単にトワリスが微笑むなんて有り得ない。
いくら気遣ったり褒めたりしても、意固地に謙遜するか、照れ隠しで頑なになるのが常で、素直に喜ぶ姿など滅多に見せない。
彼女は、昔からそういう性格だ。
唯一、ルーフェンの知る範囲だと、ハインツとはよく談笑していたが、それは彼が、弟のような感覚で話せる相手だからだ。
シャルシスも同様に、邪気のない子なので、つい微笑ましく見守りたくなってしまうのだろう。
ハインツやシャルシスが、特別に庇護欲をくすぐってくるというだけだ。
──決して自分だけが、トワリスから笑みを向けられていないわけではない。
そんなことを悶々と考えていると、突然視界が暗くなって、ルーフェンははっと立ち止まった。
上から突き出している岩天井のでっぱりが、目の前を塞いでいる。
このまま屈んでいなければ、危うく顔面から突撃するところだった。
背後で、ルーフェンが岩にぶつかりかけていたことには気づかず、トワリスは、シャルシスに歩みを合わせた。
「……でも、本当に気にしなくて良いですよ。私、見た目より頑丈ですし。髪だって別に、特別なこだわりがあったわけじゃありませんから」
シャルシスは、眉を下げた。
「本当か? まあ、トワリスが気にしていないのなら良いのだが。ほら、髪は女の命とも言うし、最近は髪を伸ばすのが流行っているのだろう。前に、侍女たちが噂していたぞ。髪に願掛けをして伸ばし、願いが叶ったら切るとかなんとか、そういう呪いがあるのだと……」
シャルシスが、侍女たちの会話を盗み聞いているところを想像して、トワリスは苦笑した。
王宮内での華やかな流行など、魔導師団には無縁のものだが、シャルシスはシャルシスなりに、トワリスを妙齢の女扱いしようとしているのだろう。
普段なら、そんな配慮は不要だと一蹴するところだが、精一杯、旅を良いものにしようとするシャルシスの気遣いを、ここで不意にしてしまうのは大人として忍びない。
さて、なんと答えようかと悩んでいると、ルーフェンが後ろから口を挟んできた。
「そんな使い古されてそうな願掛け、男所帯の魔導師団じゃ流行らないよ。根拠のある呪いなら、呪術好きが喜びそうだけどね」
言いながら、背後から近づいて、シャルシスの髪を再び掻き回す。
シャルシスは、腹立たしげにその手を叩いた。
「誰が軍部内での話だと言った! 魔導師には関係なくとも、城下では流行っているのだ! 給仕のエンジュが、そう話しているのをおれは聞いたぞ」
「だとしても、トワがそれに便乗して、髪にお願い事なんて込めてるわけないでしょ……」
そんな暇があったら、自ら願いを実現しにいく実力行使派なのに。
そう続けようとして、ハッと口を閉じる。
知ったような口を利いて、再び「お前はトワリスとどういう関係なのだ」と問われたら、自分でもどう答えたら良いのか分からない。
シャルシスは、不満げに眉を寄せた。
「そんなのトワリスに聞いてみなければ分からぬだろう。というか、重要なのはそこじゃない。おれはただ、トワリスが訳あって髪を伸ばしていたのだとしたら、切れてしまったのは残念なことだから、この先で髪結のところに寄るくらい構わない、と言いたかったのだ! 流行りじゃなくたって、髪を伸ばす理由など他にも色々と考えられるだろう。例えば、試したい髪型があるとか、誰かに言われて伸ばしてるとか……」
「いや、小さい装飾品ですら邪魔だって言って付けたがらない女なのに、そんなことあるわけ──……」
ないでしょ、と確認しようとして、トワリスに視線を移した時。
ルーフェンと同時に振り向いて、シャルシスは、ぴたりと動きを止めた。
ルーフェンと目が合った瞬間、トワリスの顔が、暗がりでも分かるほど赤く染まったからだ。
「…………」
トワリスが、慌てて俯いたところを見て、シャルシスは、怪しむような目つきなった。
「……図星か?」
「えっ? い、いや、別に……」
一層茹で上がったトワリスが、しどろもどろになって首を振る。
その様子を見て、ルーフェンは、思わず頭を抱えたくなった。
彼女は、どうしてこうも分かりやすいのだろうか。
二人きりの時なら良いが、人前でこれでは、ルーフェンに言われて髪を伸ばしていました、と暴露しているようなものである。
心当たりは、あるといえばあった。
七年以上前、魔導師になったトワリスを、アーベリトに迎え入れたばかりの頃。
いちいち赤くなったり青くなったりする彼女が面白くて、その髪を、綺麗だから伸ばせばいいのに、と褒めたことがあった。
後々ふざけるなと怒られたし、あの出来事だけが髪を伸ばし始めた理由だとは思わないが、彼女の反応を見る限り、きっかけの一つではあったのだろう。
気の毒なほど狼狽えているトワリスを一瞥してから、ルーフェンは、シャルシスの頬をつねった。
「いひゃい! 何をするのだ!」
手を振り払って、シャルシスが後ずさる。
ルーフェンは、軽口を言うように答えた。
「そういえば昔、トワに髪伸ばさないの? って聞いたことがあったんだよ。ほら、ここじゃ暗くて分かりづらいけど、赤とも茶とも違う、珍しい赤褐色だろう。髪型なんて本人の自由だけど、折角綺麗な色してるんだから、伸ばせばいいのになーと思って。……もしかしてトワ、その時のことを覚えてて、髪伸ばしてたの?」
「…………」
軽薄な調子を崩さず、トワリスに向き直ると、彼女の目が、驚いたようにルーフェンを映した。
おそらく、次の瞬間には、自惚れるなと拳が飛んでくるだろう。
ルーフェンが揶揄うような態度をとれば、図星であってもなくても、トワリスは怒って一喝してくる。
これが自分達のお決まりの流れであり、最も手っ取り早い場の誤魔化し方だ。
馬鹿みたいなやりとりを見れば、これが二人の温度感なのだと、シャルシスの妙な好奇心も収まるだろう。
速まっていく鼓動に急かされて、反射的に否定を述べようとしたトワリスは、しかし、すんでのところで拳を抑えた。
ルーフェンが、あんな雑談とも言えないような昔の会話を覚えているなんて、少し意外である。
言動こそ優しいが、その実、対人関係には淡白で、深くは踏み入るまいとする人だ。
トワリスにとっては大事な思い出でも、ルーフェンにとっては、覚えている価値もない、瑣末な過去の出来事だと思っていた。
熱くなった顔を、恥ずかしげに背けると、トワリスは、弱々しい声で呟いた。
「……わ、悪いですか。だって、髪を褒められたの、初めてだったから……」
「…………」
拳ではない、別の何かが、ルーフェンの心臓を殴りつけてくる。
襲ってきたのは、痛みではなく激しい動悸だ。
あのトワリスが、素直に認めるなんて、一体どういう風の吹き回しだろうか。
衝撃で黙り込んでいると、トワリスが、羞恥に耐えきれず叫んだ。
「い、言っておきますけど、あんなの冗談だって分かってますし、それだけが理由ってわけじゃないですからね! 私はただ、短いと癖毛が跳ねるから、結べる長さにしたかっただけで……。とにかく、大した理由はありません! 気遣いはありがたいですが、私のことより、まずは自分達の身の安全の気にしてください!」
鼻息荒く捲し立ててから、トワリスは身を翻して、再びズンズンと歩いていく。
シャルシスは、ルーフェンの肩に手を置くと、ふっと笑った。
「ほら見ろ、大した理由があったではないか。ルーフェン、女は察してもらうのを待っている生き物なのだぞ。何も言われずとも、変化に気がついて先回りしなければ、あっという間に愛想をつかされる。剣術指南のスカランは、それで妻に捨てられたらしい。……あとでちゃんと謝ったほうが良いぞ」
「…………」
最後に、憎たらしいしたり顔を見せて、シャルシスも踵を返す。
この少年は、一体何の目線でそんな助言をしてきているのか。
というか、この偏った知識は、日常的に盗み聞いていた家臣たちの世間話が元なのか。
色々と突っ込みたくなったが、反論する気力もわかず、出かかった言葉を飲み込む。
実際、自分は、トワリスのことを誤解していたのかもしれない。
彼女には、色仕掛けなんて器用な真似はできない、と思っていたが、なんだかんだで同行を許し、このように掌上で踊らされているあたり、自分は彼女の策略にまんまと嵌められているのではないか、という気がしてきた。
そうでなければ、告白から現在に至るまでの彼女の言動に、説明がつかない。
トワリスが恥ずかしさに逆上せず、あざとく好意を見せてくるなんて、狙ってやっているとしか思えないのだ。
考えてみれば、トワリスとて幼い少女ではない。
元々子供扱いしていたつもりもなかったが、彼女と近しい女性には、ハインツに弁当を押し付けるという名目で城館に特攻してきたリリアナや、いかにも遊び慣れてそうなアレクシアがいる。
よくよく彼女の過ごしてきた環境を思えば、いつまでも純でいるほうが不自然だ。
ルーフェンが違うと信じ込んでいただけで、実はトワリスは、とんでもない魔性の女だったのかもしれない。
ということはつまり、一連の言動は全て、ルーフェンを惑わせるための演技で、告白すら嘘だという可能性がある。
いやしかし、嘘だとしたら、わざわざ色仕掛けをしている、なんて宣言をする必要はない。
とすれば、告白までが本当で、それ以降の行動が演技だろうか。
だんだん、トワリスの考えが分からなくなってきた。
何にせよ自分は、今まで抱いてきた彼女に対する認識を、改めなければならないようだ。
本日、何度目とも知れぬため息をつくと、ルーフェンは、いつの間にか随分と先を歩いている、トワリスとシャルシスの後ろを辿ったのだった。
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