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投稿日:2025年12月31日






「兄さん、反対してたんじゃないの? だからギールは家出したんでしょう……?」

 デイルは、うんざりした様子で頷いた。

「そうだ。正直、今だって反対だ。あいつは魔導師になって、俺の工房を手伝うとか言っていたが、魔導師にまでなったような奴が、後で職人階級に身を落とすなんて聞いたことがない。そんなことをやっている内に、家業のことなんて忘れちまうに決まってる。それに、俺たちの仕事だって、そう甘いものじゃないんだ。魔導師業の片手間に手伝おうなんて浅い考えは認めないし、まして、いくら武具が好きでも、レドクイーン家の長男でも、それだけで俺の跡を継がせるわけにはいかない。俺は、子供の頃から三十年近く、親父の元でひたすら鍛治師としての修行をして、ようやく商会の代表として認められたんだ。魔術の勉強とやらに年月を費やして、ろくに鍛治の経験を積まなかったような半端な奴は、少なくとも当主にはなれん。俺たちは魔法具を鍛える職人だから、魔術の知識もあるに越したことはないが、武具に彫れる術式なんて限られているんだ。複雑な古語を理解したり、新しく術式を組み立てたりする力なんざ、はっきり言って必要ない。俺たちに求められるのは、いかに術式の発動に耐えられる強度の武具を作れるか、扱いづらい魔石や鉱石をどう武具として精錬していくか、そういう技術だ。商会を発展させるっていうなら、魔導師なんてやるより、鍛治師としての経験を詰んだ方が良いに決まってる。何度もそう説明したのに、あいつ、そんな考え方は古いとか言ってきやがった。まだガキのくせに、口ばっか達者になりやがって……」

「…………」

 普段は、ああ、とか、おう、くらいしか答えないのに、仕事のこととなると、突然饒舌になる兄である。
半分聞き流しているレズリーを相手に、デイルは、重々しく息を吐いた。

「だがな、あいつがここまで俺たちに反発してくるなんて、初めてのことなんだ。……だから、五年。家出をするほどの心意気と覚悟を買って、五年はくれてやることにした。南区常駐の魔導師に聞いたんだが、魔導師を目指す奴は、大体入団までに五年くらいかかるらしい。平民あがりじゃ、十年以上かかる奴もいるらしいが、そんなには待てん。あいつは背も低いし、痩せっぽちで、この前も、近所のガキ同士のケンカを仲裁しようとして、ボコボコに殴られて帰ってきた。きっと、魔導師の試験なんて受からないだろう。受からないだろうが、それでも、万が一、五年以内に受かったら、家業のことは気にせず、好きに生きれば良い。五年経って、成人(十五歳)する頃になっても受からなければ、諦めて、俺の下で商会所属の職人として修行してもらう。……ギールには、そう伝えておいてくれ」

「…………」

 わざわざ魔導師に聞いてきたんだな、と思いながら、レズリーは嘆息した。
無駄なこだわりが強く、面倒な兄だが、なんだかんだで嫌いになれないのは、彼がこういう性格だからだ。
レズリーは、やれやれと首を振った。

「……わかった、わかったわよ。まあ、うちは子供もいないし、ギール一人預かるくらい、主人も構わないって言うと思う。……でも、お金はどうするの? 用意するって言ったって、とんでもない額よ。誰か親切心で、ギールに魔術を教えてくれるような知り合いでもいるわけ?」

「……そんな奴はいない。が、金を工面するあてならできた」

 言いながら立ち上がると、デイルは文机の引き出しから鍵をとって、厳重な床下の収納を開けた。
そして、慎重な手つきで、重そうな布の包みを取り出すと、それをレズリーの前にどしりと置いた。
どこか緊張した面持ちで、デイルは、幾重にも巻かれている布を解いていく。
最後に出てきた、両手に収まるほどの皮袋を開くと、中には、鈍く光る金貨が詰まっていた。

「はっ⁉︎ ちょっ……これ、どうしたの⁉︎」

 すぐさま皮袋の口を締めて、レズリーは、思わず辺りを見回した。
ぱっと見ただけだったので、金貨の正確な枚数は分からないが、少なくとも、レドクイーン商会が用意できるような金額でないことは確かだ。
デイルは、皮袋を布で巻き直すと、それをレズリーの手に持たせた。

「五年分となると、これじゃあ足りないかもしれないが……。ひとまず、足しにしてくれ。不足分も、来年には払えるはずだ」

「い、いやいやいや……だからこれ、どうしたの? まさか、盗んできた金とかじゃないでしょうね?」

「人聞きの悪いことを言うな! そんなわけねぇだろ!」

 怒鳴ってから、ハッと口をつぐむ。
デイルは、もごもごと口籠った。

「その……詳しいことは、まだ言えないんだ。だが、とある方からの依頼を受けて得た、正当な報酬だ。誓って怪しい金じゃない。お前には迷惑をかけるだろうから、遠慮なく受け取ってくれ」

「…………」

 言葉すら失って、レズリーは、両腕に収まる包みに視線を落とした。
怪しい金じゃない、と言われても、素直に受け取るには大きすぎる金額だ。
確かに、工房の職人たちの様子からして、いつになく忙しそうだな、とは思ったが、こんな大金をポンと出してくるような客が、レドクイーン家のような弱小商会に依頼など持ってくるわけがない。
奇跡的に、デイルの腕に目をつけた大貴族がいたのだとしても、レドクイーン商会が売り出している武具の相場を考えれば、一体いくつの魔法具を買い叩いたのかと正気を疑う。
何をどう都合良く解釈しても、怪しさ満点の金であった。

 レズリーは、小声で尋ねた。

「依頼主がどこのどなたか知らないけど、絶対騙されてるわよ! 仮に兄さんが名の知れた一流の魔法具職人だったとしても、魔剣の一本や二本にこんな大金は払わないわ。この金貨、贋金にせがねなんじゃない?」

 金貨を一枚取り出し、表面を爪でこすり始めた妹に、デイルは首を振った。

「武具の注文をされたわけじゃないんだ。なんというか、長期の契約を持ちかけられたというか……。うちの工房で、新しく仕入れ係として、何人か人を雇ってほしいと言われたんだ。ただ、そいつらがちょっと特殊な連中でな。あまり例のないことだから、協力してくれるなら前金は弾むって言われて、その額を渡されたんだ」

「人を雇ってほしい、って……」

 呟いてから、レズリーは、先程デイルが睨みつけていた大量の書類を思い出した。
ぞわっと悪寒が走って、額に冷や汗がにじむ。
レズリーは、真っ青になると、デイルの太い腕を掴んだ。

「待って、雇うって、もしかしてリオット族のことを? リオット族って、ノーラデュースに幽閉されている蛮族のことよね……? 嘘でしょう、いやだわ兄さん。あいつら、何年か前にシュベルテで大暴れして、沢山の人を殺したのよ。そんな連中を雇おうなんて、どうかしてるわ。大金に釣られるなんて、兄さんらしくもない! それでヘルミナや、工房の人達が襲われたらどうするの?」

 金貨の入った袋を放り出して、レズリーは、兄を責め立てるように言った。
これまでは、いくら金を積まれても、納得できない依頼を引き受けるようなことは一切しなかったのに、どうしていきなり。
今更になって、自身の商会が破産寸前であることに焦ったのだろうか。
それとも、ギールが魔導師団に入団したいと言い出したから、金を稼がなければと思い直したのだろうか。

 デイルは、レズリーの手を外すと、彼女が落とした金貨の袋を拾った。

「別に、金に釣られて引き受けたわけじゃない。話を聞いていて、乗ってもいいと思ったから引き受けたんだ。もちろん、ヘルミナや組合の連中には、既に了承を得ている。……まあ、これだけの金が動いている大事だ。お前の言う通り、危険な道かもしれないし、実際、うまくいくかどうかは賭けみたいな話だった。だが、運良く軌道に乗れば、レドクイーンの名がシュベルテ中に──いや、サーフェリア中に注目されるようになる。俺の鍛えた武具が、俺の望む形で世に出るなら、それは、願ってもないことだ」

「…………」

 寝不足でうつろだったデイルの目が、話をしている内に、キラキラと輝き始めた。
老け顔で、基本的に人とは目を合わせようとしない兄だが、時折こうして、夢を語る少年のような若々しい瞳になることがある。
前にこの目を見たのは、確か、デイルがまだ三十代で、工房を継いだばかりの頃だったか。
まだ依頼を選べるような立場ではないというのに、選り好みして、狙ったかのように大口顧客からの依頼ばかり蹴ってしまう兄に、その理由を問うたことがある。
すると兄は、同じようなキラキラとした目で、こう答えたのだ。

──ああいう貴族連中は、金があるから、護衛の人間を沢山引き連れてる。それなのに、自分が武器をとりたいのは、娯楽や権威のために、何かを破壊して見せたり、着飾ったりしたいからだ。俺の鍛えた魔法武具は、そんな嗜好品みたいな使われ方をされたくない。自分で自分の身を守らなければ生きていけないような奴や、魔力が少なくても魔術を使わなければならない奴……そういう、本当に魔法具を必要としている人間に使ってほしいんだ。俺は、レドクイーン商会の武具の価値を落としかねない依頼は、いくら金を積まれても受けない。

 そんな大層な志、結局商会が経営破綻したら意味がないのに、良い年した中年オヤジが、一体何を痛々しく語っているのか。
レズリーは正直そう思ったが、幼馴染のヘルミナは、そんな兄の頑なな理想に惚れたようだった。
デイルの下で働いている職人たちも、同じように、彼の武具職人としての矜持きょうじに心惹かれたらしい。
レドクイーン商会の組員は、揃いも揃って、子供の時の夢をそのままに成長してしまったかのような、ダメな大人ばかりであった。

 レズリーは、自らの眉間を揉みながら、吐息混じりに言った。

「……ギールのこともあるし、兄さんが納得した上で大金が手に入るなら、そりゃ喜ばしいことよ。でもやっぱり、リオット族をうちの工房に出入りさせようなんて、私は反対だわ。一体何の目的があって、そんな危険を冒そうっていうの? もし何も起こらなくたって、リオット族を雇ってるなんて知られたら、それだけで周りから後ろ指を指されるわよ。他の組合だって、こんな話、おいそれとは受けないでしょう」

 デイルは、罰が悪そうにやや下を見た。

「向こうさんは、リオット族の王都での地位向上を目指してるようでな。その能力に希少価値がつくよう、あまり沢山の組合には声をかけていないらしい。リオット族の働きによって出た利益は、一部の商会でのみ独占できるよう計らうとのことだ。……一応、俺らの他には、カーノ商会に話を持ちかけたようだが……断られたと言っていたから、今のところ、話に乗ったのはうちだけという状況だな」

「うちだけ⁉︎ なにそれ、ますます怪しいじゃない!」

 レズリーは、兄の胸倉をむんずと掴んだ。

「あの天下のカーノ商会が断ったんだから、やっぱりろくな儲け話じゃないわ! というか、リオット族の地位向上ってなに? そんな酔狂なことを考えるのは、一体どこの暇人よ。今からでも遅くない、主人のツテで探らせるわ。本当に引き受けるかどうかは、相手に黒い噂がないかどうか調べてからのほうがいいもの」

「い、いや……無理だと思うぞ。流石に相手がデカすぎるというか、簡単に探れるような身分じゃないっていうか……」

「だから、どこのお貴族様よ? 外でバラしたりはしないから、教えてちょうだい。ギールを預かるのは私たちなんだから、エバンス家にだって、知る権利はあるはずだわ」

「…………」

 珍しく煮え切らない態度の兄を、レズリーは、苛立たしげに問い詰めた。
もし、リオット族なんて雇って、レドクイーン商会が取り潰されてしまったら──。
あるいは、取引先自体が貴族の名を語った詐欺集団で、提示されたこの大金が贋金だったら──。
デイルたちはもちろん、その金を使ってしまったレズリーたちも罪に問われるだろうし、ギールの将来にも傷がついてしまう。
素性も知らない相手からの大金を、躊躇いなく受け取れるような能天気さは、レズリーは持ち合わせていなかった。

 言葉を濁していたデイルは、観念した様子でため息をつくと、やがて、小声でぼそっと答えた。

「……貴族、ともちょっと違う。話を持ちかけてきたのは、召喚師一族だ」

「へ……?」

 凍りついたレズリーに、デイルは頷いた。

「次期召喚師のルーフェン・シェイルハート様が、一月ほど前に、うちにいらしてな。レドクイーン家の腕を見込んで、南方ノーラデュースの鉱業権を一部独占させてやるから、その代わりに、リオット族を雇ってくれないかって。……これ以上は言えん。口止めされてるんだ。絶対漏らすなよ」

「…………」

 衝撃のあまり、後半の方は、兄が何を言っているのかほとんど理解できなかった。
召喚師というと、知らぬ者はいない。
サーフェリアにおける唯一絶対の守護者であり、特異な召喚術を扱えるという軍部の統括者だ。
そんな一族の後継が、この工房に来たというのか。
この、狭くて汚くて、汗臭いレドクイーン商会に──。

 レズリーは、兄の胸倉を放すと、その指先をぷるぷると震わせた。

「そ、そんな馬鹿な……きっと偽者よ。次期召喚師様って、正式に就任するまではほとんど王宮から出てこないのでしょう? それが、どうしてリオット族の雇用契約なんてして回ってるの? ありえないわ、絶対にルーフェン様の名前を語った詐欺師よ」

 デイルは、ううんと唸り声をあげた。

「そりゃあ、俺も最初はそう思ったさ。でも、噂通りの銀髪銀眼だったし、ギールとそういくつも違わんガキなのに、随分と抜け目のない話し方をするんだ。その辺の子どもに変装させて、それらしい知恵と知識を叩き込んだって、あんな風には育たないぜ。それに、お付きの護衛がつけてた腕章は、間違いなく宮廷魔導師のものだった。話も内容はぶっ飛んでたが、信憑性はあったし、俺が思うに、あれは本物だ」

 そうはっきりと断言されては、当事者でないレズリーは、何も言えなくなってしまう。
だが、それでもまだ納得ができない、という顔つきの妹に、デイルは、もう一度金の入った袋を握らせた。
そして、再び床下の収納に手を突っ込むと、今度は、細長い布の包みを二つ取り出して、こちらに戻ってきた。

「この一月、お前にギールを預けっぱなしにしていたのは、次期召喚師様からの持ちかけ話で忙しくしてたってのもあるが、実は、これを用意してたからなんだ」

 言いながら、布の包みを開いて、レズリーに差し出す。
中から現れたのは、デイルが術式を彫ったのであろう、細身の片手剣と見慣れぬ黒い筒であった。

 なにこれ、と視線で問うと、デイルは、流暢に説明を始めた。

「魔力を込めると炎気をまとう魔剣と、俺が改造した猟銃りょうじゅうだ。猟銃の方は、魔導師の少ないネール山脈の方で、かなり昔に使われていたらしい旧式のものだがな。そこに、本来は長杖に彫るような術式を施して、少しの魔力さえ込めれば、火弾を撃ち出せるようにした。古語の読めない一般人でも、訓練すれば魔術が使えるっていう代物だ。ちょっと手入れが面倒だが、まあ、難しくはない。やり方は紙に書いて挟んである。……必要になったら、ギールに渡してくれ」

 デイルは、二つを布で包み直し、レズリーに持たせた。
双方合わせると、片腕では抱えきれないほどの重量になったが、これでも、一般的な剣などに比べれば、かなり軽くしてあるのだろう。
女や子供でも、練習すれば十分に扱える重さであった。

 布の間に挟んである走り書きには、魔銃まがんの手入れ方法らしきことが、乱雑な字で事細かく記されている。
最初の一行で読むのをやめると、レズリーは、荷物を背負えるように一まとめにした。

「……渡すのは構わないけど、一般向けに作ったような武器が、魔導師団で役に立つのかしら。こっちの剣だけでいいんじゃない?」

 デイルは、分かってないな、という風に鼻を鳴らしてた。

「俺の家系にも、ヘルミナの家系にも、魔導師はいない。つまるところ、ギールに魔術の才があるのかどうか分からん。だが、この魔銃さえあれば、仮にギールの魔力量が少なくても、他の連中と肩を並べられるだろう。魔導師にとって魔法具は、欠点や弱点を補うものだからな」

 得意げに解説した兄を、レズリーは、じっと見つめた。
家出騒動まで起こしたくせに、なんだかんだで息子の夢を応援しているのだな、と思った。
意外といえば意外だが、考えてみれば、それもそうか、という気もする。
デイルだって、年齢は四十過ぎているが、中身はまだ夢追い少年みたいなものだ。
反対する気持ちもあるのだろうが、息子の想いを否定することは、工房を火の車にしてまで古臭い矜持を通している自分の在り方を否定することにもなるのだと、心のどこかでは分かっているのだろう。


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