トップページへ
目次選択へ
投稿日:2025年12月31日
思いがけず再会した叔母と別れると、ギールは、足早に宮廷魔導師団の駐屯地へ赴いた。
まだ招集のかかった時間よりも半刻ほど早いが、鉄門の魔法錠が解かれていることから察するに、中には既に何人か集まっているらしい。
堅牢な駐屯地の石垣の奥から、人の気配がするのは、随分と久しぶりのことであった。
南方ノーラデュースにて、罪人ルーフェン・シェイルハートを討って、早や二月──。
幸い殉職者は出なかったものの、追跡に当たった宮廷魔導師の四人も、かなりの深手を負った。
特にジークハルトとヨークは重傷で、つい最近まで、立って歩くこともままならなかったと聞いている。
その間、比較的回復の速かったアレクシアが、王宮に事の顛末を報告したり、続いて退院したギールが、地方常駐の宮廷魔導師に一時的に王都での仕事を引き継いだりしていた。
そのため、個々で駐屯地に出入りする機会はあったのだが、こうして四人全員が集まるのは、捜索任務から戻って以来、初めてのことであった。
ギールが内議室の扉を開けると、先に長卓についていたジークハルトとアレクシアが、顔を上げてこちらを見た。
ジークハルトは、まだ傷が完治していないのだろう。
ゆるく着込まれた団服の襟元や袖口からは、きつく巻かれた包帯がのぞいている。
二人と向かい合う形で、鉄仮面を外した巨漢が着席していることに気づくと、ギールは、思わず立ち止まった。
「……ハインツさん、なぜここに……?」
ハインツは、強固な手枷をジャラリと鳴らして、居心地が悪そうに身じろぐ。
複雑な表情を浮かべたギールに、ジークハルトは、かすれた声で説明をした。
「……腕の拘束と、俺の監視下に置くという条件で、一時的に釈放したんだ。明日の評議に、ハインツも参加してもらう。一応、参考人の一人だからな」
「…………」
ハインツは、何も答えず、素顔を隠すように俯いた。
目の周りに走る、ミミズ腫れのような腫瘤は、リオット族特有の病の後遺症だ。
ハインツは、宮廷魔導師団を離反し、ルーフェンの捕縛を妨害した罪で、長らく魔導師団内に留置されていた。
反逆者に加担した疑いがあるにも関わらず、身柄を拘束されるだけで済んでいたのは、ジークハルトが彼の罪を公にはせず、減刑を取り計らったからだ。
というのも、二月前、ハインツがいなければ、少なくともジークハルトは、ノーラデュースの荒地で死んでいた。
後々罪を問われることになる──それを承知の上で、ハインツは、宮廷魔導師たちの命を救うことを選んだのだ。
満身創痍で動けなくなっているジークハルトたちを前に、逃亡することもできただろうに、ハインツはそうしなかった。
深手を負った身体に出来うる限りの手当てを施し、リオット族を捜索していた別の魔導師隊と合流させて、最終的には、南都ライベルクの病院まで付き添った。
そして今も、こうして反抗することなく、大人しくこちらの指示に従っている。
そんなハインツの態度に、ジークハルトは、酌量の余地があると見ているようだった。
ギールは、ハインツを横目に、改めてジークハルトに頭を下げた。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。団長、ご回復、おめでとうございます」
「……ああ。長期間、留守にして悪かった」
ジークハルトに目で席を示されて、ギールは、ハインツの隣に着席した。
窓から差し込む陽光の中を、細かい埃が舞っている。
長卓が置かれているだけの静かな室内は、がらんとしていて、空気が重たかった。
四人は会話もなく、長い間、黙々と時が経つのを待っていた。
やがて、約束の刻になっても、ヨークが現れないと見るや、アレクシアが、苛立たしげに髪をかき上げた。
「あの偏屈眼鏡、やっぱりすっぽかしたわ。病院で連絡した時、返事をしないどころか、こっちを見もしなかったのよ。いじけ方が、年だけ食ったガキそのものね」
「……すっぽかし常習犯のお前が、何を偉そうに言ってる」
ジークハルトが、疲れの滲んだ目を伏せて、呆れたように答える。
アレクシアは、フンと鼻を鳴らした。
「その私がこうやって来てるんだから、他の奴が遅れるなって話なのよ。ちょっとギール、あの眼鏡探して、今すぐここに引っ張って来なさい」
「は、はあ……」
ギールが、困ったようにジークハルトを見ると、ジークハルトは、億劫そうに首を振った。
「いや、いい。ヴィルマン卿も、流石に明日の評議には出席するだろう。今日は、改めて情報を共有して、評議で教会関係者や政部のお偉方にどう報告するか、内容を確認しておきたかっただけだ。今は、この四人で話を進めよう。……アレクシア」
名前を呼ばれると、アレクシアは、やれやれといった様子で、懐から緋色の耳飾りを出した。
ルーフェンの死の証明となる、ランシャムの耳飾りだ。
逃亡した召喚師を追い詰め、致命傷を負わせてノーラデュースの奈落へと落としたことは、既に王宮に報告済みであった。
嬉々として召喚師一族の没落を触れ回った教会のおかげで、ルーフェン死亡の知らせは、今や民間でも公然の事実となっている。
しかし、直接手を下したジークハルトたちが、登城できる状態ではなかったため、正式な場での報告は、先送りになっていたのである。
アレクシアは、ランシャムの耳飾りを、卓の真ん中に置いた。
「あのあと魔導師たちに、戦闘があった周辺と、降りられる範囲で地下を探らせたけど、召喚師の死体は見つからなかったわ。死体は捜索困難な深さまで落ちた、と考えるのが妥当でしょうね。まあでも、司祭のジジイ共は、耳飾りを見せたら納得した様子だったから、召喚師を討った証明として、明日はこのランシャムが本物だということを示すだけで十分でしょう。……問題は、一緒に行方不明になっていた王子が、まだ見つかっていないってことね」
召喚師に関する審議は早々に切り上げて、アレクシアは、話題を王子シャルシスの捜索に移した。
南都ライベルクまでは、ルーフェンとシャルシスが行動を共にしていたことが分かっている。
それでは、ルーフェンが討たれた今、シャルシスは、南方を一人で彷徨っているのだろうか。
だとすれば、最悪の事態も想定した上で、一刻も早く保護できるよう動かねばならない。
しかし、王子の失踪が未だ公になっていない中で、どう他領に気取られずに、捜索範囲を広げていくのか。
やはり触れを出して、大々的に捜索を進められるよう、明日の評議で進言するべきではないのか。
召喚師は死んだという前提で、アレクシアとジークハルトが話し合いを進めていく。
ギールは、そんな二人のやりとりを、しばらく黙って聞いていた。
しかし、不意に、堪えきれずに手を上げると、ジークハルトに発言の許しを乞うた。
「……あの、よろしいですか」
アレクシアとのやりとりを中断させて、ジークハルトが頷く。
ギールは、ぎゅっと唇を引き結ぶと、意を決したように口を開いた。
「召喚師は、本当に死んだのでしょうか。……僕は、その耳飾りだけでは、証拠として弱いように思います」
「…………」
つかの間、重苦しい沈黙が、室内を包み込んだ。
卓の上では、ランシャムの耳飾りが、窓明かりを受けてチラチラと光っている。
すらりと脚を組み直すと、アレクシアが答えた。
「死んだわ、間違いなく。貴方が撃ったのでしょう、ご自慢の得物で」
ギールは、懐に忍ばしている短銃を、服の上から掴んだ。
数に限りのあったハイドットの弾丸は、ルーフェンを撃ったあの一発で、最後だった。
魔力を使わずとも威力を発揮できるよう、父デイルから贈られた魔剣と魔銃を組み合わせて自作した銃剣も、あの戦闘で変形し、紛失してしまった。
ギールは、ぐっと歯を食いしばった。
「……確かに僕は、この手で召喚師を撃ちました。しかし、そのあとすぐにハインツさんに気絶させられてしまったので、恥ずかしながら、死体は確認できていません。……でもそれは、アレクシアさんも同じでしょう? 貴女だって、召喚師が倒れた時は、気を失っていたはずだ。どうして召喚師が死んだと断言できるのですか?」
アレクシアは、ちらりとジークハルトを見た。
「死体を確認したのは、私じゃないわ。撃たれて意識を失った召喚師に、ジークハルトがとどめを刺した。その証拠として、耳飾りと死体を持ち帰ろうとしたけれど、トワリスとハインツの妨害に遭って、応戦している間に、死体は奈落の底へ落ちた。それを更に追跡する余力はなかったから、仕方なく、耳飾りだけを持ち帰ったってわけ。……そうでしょう?」
「……本当ですか、バーンズ団長」
アレクシアから視線をそらすと、ギールも、ジークハルトを見やる。
ジークハルトは、険しい表情で黙り込んでいたが、ややあって、静かに頷いた。
「……ああ。……そうだ」
「…………」
返ってきた肯定に、ギールは顔をこわばらせた。
──嘘だ。アレクシアも、ジークハルトも、嘘をついている。
そう気付いた瞬間、心に沈澱していた疑念が怒りへと変わって、一気に喉元まで突き上がってきた。
「……なぜ、そのような嘘をつくのですか」
アレクシアが、ぴくりと眉を動かす。
怒鳴りそうになったところを、寸前で堪えると、ギールは、感情を押し殺した声で言った。
「その耳飾りは、団長が召喚師から取り上げたものではなく、召喚師が自らアレクシアさんに渡したものですよね。とどめを刺した、というのも、とどめを刺そうとした、の間違いではありませんか? 僕が発砲した時点で、ハインツさんとトワリスさんは、既に召喚師側に加勢していました。召喚師が死んでいるかどうか、確かめている余裕があったとは思えません」
「…………」
室内の空気が、一層重々しく張り詰める。
はったりではない、確信的な眼差しを向けてくるギールに、アレクシアは内心舌打ちをした。
ギールは、アレクシアとルーフェンの会話を、気絶したふりをして聞いていたのだ。
ハッと息をつくと、アレクシアは首を振った。
「だったら何? 魔力封じの弾を撃ち込まれて、致命傷を負わされて、深さの知れない地底に落ちた。これで生きてるっていうなら、もはや人間じゃないわ。召喚師は死んだ、この結論に変わりはないでしょう」
ギールは、頑なに否定をした。
「僕も同意見ですが、死体を確認できていない以上は、まだ"死んだ可能性が高い"としか言えません。それを、確実に死亡を確かめたかのように言い換えるのは、立派な偽証ですよ。既に王宮にそのように伝えているなら、明日の評議で撤回するべきです。そして、改めて召喚師の死を決定づける何かを、ノーラデュースに探しに行きましょう」
アレクシアは、投げやりな態度で返した。
「あっそ、じゃあ貴方一人で、ノーラデュースに戻って死体探しを続ければ? 地上に戻れなくなって、貴方が死体になっても、こっちは探しにいかないわよ」
ギールは、苛立たしげにアレクシアを睨みつけた。
この場で離反して、本当にノーラデュースに行ってやろうか、とも考えたが、あの広大な荒地を独力で巡って死体を見つけ出せるとは思えない。
それに、このままジークハルトとアレクシアに評議での発言を任せて、召喚師は死んだと正式に結論付けてしまえば、それこそルーフェンの思う壺だ。
ギールは、今度はハインツの方を見た。
「リオット族を王宮に集めて、召喚師逃亡の協力をしたために捕縛した、という情報を流しましょう。ノーラデュースに隠れている女子供を連れてくるのが難しければ、王都で働いている男たちでも良い。見た限り、召喚師にとって、リオット族はただの駒というわけでもなさそうでした。もしあの男が、あるいは、奴を追っていったトワリスさんが生きていれば、リオット族が罪に問われると知って、何か動きを見せるかもしれません。何の反応もなければ、死んだ可能性が更に高くなったと言えます」
「そんなことしたら──」
聞いているだけだったハインツが、強い口調で言った。
全員の視線が、ハインツに集まる。
ハインツは、自分の声の大きさに戸惑ったように俯いたが、膝上の拳を握り込むと、改めて口を開いた。
「そんなこと、したら……また、三十年前と同じ、暴動が起こる。俺たち、もう、都市部にはいられない……」
ギールは、大きく首を振った。
「本当に貴方たちを罪に問おうというわけではありません。リオット族が、召喚師が指名手配されているとは知らずに、協力させられていたことは分かっています。万が一、召喚師が生き延びていた可能性に備えて、その炙り出しに協力して頂きたいだけです」
「……同じこと。ルーフェン、炙り出すのに、俺たち協力しない」
力のこもったハインツの腕に、ぐっと血管が浮き出た。
「ノーラデュースでのことも、王都のリオット族 知ったら、きっと、地上の人間、二度と信じなくなる。……リオット族、もう一度だけと決めて、奈落から出てきた。魔導師や、雇ってくれた商人、裏切られたと思ったら、三十年前の、繰り返しになる。そうしたら、どちらにしろ、都市部にはいられない……」
静かながら、ハインツの鬼気迫った物言いに、ギールは思わず黙り込んだ。
ハインツの言い分は理解できるし、ギールとて、リオット族を敵に回したいわけではない。
だが、ルーフェンはただの罪人ではないのだ。
悠長に次の手を考えている暇などない。
彼の凶行を食い止められるとするならば、サーフェリア随一の戦力を持ったこの魔導師団だけ。
その中心である自分達が、召喚師は死んだものと目を瞑れば、いつまた旧王都アーベリトで起こったような悲劇が引き起こされるか分からない。
再び発言しようとしたギールを、ジークハルトが制した。
「少し落ち着け、ギール。お前の言いたいことは分かる。だが──」
「──分かっていません。団長は、何も分かっていらっしゃらない……!」
ついに叫んで、言葉を遮る。
眉を寄せたジークハルトの顔を、ギールは、底光りする目で見つめた。
「我々は、正義を掲げる魔導師団ですよ。教会の思想を否定した上で、召喚師制の廃止を受け入れるならば尚更! 今後は自分達が民を守り、導いていく存在であるという気概を持たねばならない。その筆頭である貴方が、危険な罪人の生死を誤魔化し、厳正な評議の場で虚偽の報告をしようなどと……ありえません! 僕は何も、私怨だけで召喚師の死を確かめたいと言っているわけではありません。魔導師の誇りにかけて、このように申し上げているのです!」
「…………」
何も返さないジークハルトを一瞥して、アレクシアが嘆息した。
「ギャアギャアうるさいわね。別に悪意を持って虚偽の報告をしようっていうんじゃないわ。要は、伝え方の問題よ。ルーフェン・シェイルハートが生きているかもしれない、なんて知らせは、今や誰も望んでいないの。お分かり? 教会はもちろん、召喚師本人ですら、自分を死んだことにしてくれないかと持ちかけてきた。世間的にも、召喚師の時代は終わったと認識され始めている。それをわざわざ『致命傷は負わせました、でも死体は確認できてないから生きている可能性もゼロではありません』なんて言って、あえて騒ぎ立てる必要がどこのあるっていうの? 騒ぎになるだけならまだ良いけど、必要以上に不安が広まれば、教会の動きが過激化するかもしれない。そうなれば、魔導師団の立場は一層弱くなるし、それどころか、召喚師を討ち損ねたと難癖をつけられる可能性だってあるわ」
「誰も望んでいない? そんなの、自分たちの過失を隠蔽するための言い訳だ! 召喚師を打ち損ねたかもしれないと知られれば、魔導師団の沽券に関わる。それが貴方たちの本音なんでしょう……!」
バンッ、と両手で卓を叩いて、ギールが立ち上がった。
振動で跳ねたランシャムの耳飾りが、卓上を転がり、やがて静止する。
もはや、平静さを取り繕うこともできず、ギールは声を震わせた。
「魔導師団の立場が弱くなろうが、恥をかくことになろうが、真実をご報告するべきです! 召喚師は、国家転覆を謀って指名手配されていたんですよ。それを確実に討ち取ったと嘯いて、警戒を緩めれば、万が一にも奴が生きていた場合、我々は不意を突かれることになります。あの男が動きやすい状況を、我々が作ることになるんですよ? 七年前の惨劇で、貴方たちは、一体何を見ていたんですか……!」
ギールは、思いがけず滲んできた涙を、強引に袖で拭った。
「地位、権力、体裁……そんなもののために、正しさを捻じ曲げているようでは、どのみち魔導師団は、腐敗しきって崩れていくでしょう。新参が知ったような口を利いて、生意気だと思われるかもしれませんが、それでも、僕の言っていることは間違いではないはずです」
「…………」
動かぬ表情で、ジークハルトが、こちらを見据えている。
その漆黒の瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、ギールは、深く頭を下げてから、内議室を出ていった。
- 54 -
🔖しおりを挟む
👏拍手を送る
前ページへ 次ページへ
目次選択へ
(総ページ数102)