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投稿日:2025年12月31日





  *   *   *


 左右の門衛によって、金細工の施された大きな扉が開かれると、ジークハルトたちは、大広間へと足を踏み入れた。
有事の際に開かれる評議は、本来、王族を交えて王の間で行われるものだが、現在、国王バジレットは病床に臥し、次期王のシャルシスは行方不明となっている。
玉座が空席の状態で王の間を使うわけにはいくまいと、特例で、賓客を招いた時などに使われる大広間での開催が決定されたのであった。

 広間の中心を通る紅絨毯の上を進むと、最奥の壇上にあつらえられた華美な椅子に、大司祭モルティスが腰掛けていた。
王族、召喚師一族、共に不在である今、最も高位の席に座ることが許されるのは、イシュカル教会の首長(大司祭)であり、修道騎士会の総帥でもあるモルティス・リラードだ。
彼の眼下には、教会の司祭たちや、執政官率いる政部の文官たち、そして、修道騎士会と魔導師団の二大勢力からなる軍部の武官たちが、ずらりと並べられた大量の椅子に座っている。
ざっと見たところ、どの部も幹部陣だけではなく、若手まで集められている。
今回の参加者は、モルティスが決めたのだろうが、これほどの規模の人数を招集した評議は、ジークハルトも見たことがなかった。

 大勢いる中で、見知った高位の魔導師たちが見当たらないような気がして、ジークハルトは、嫌な胸騒ぎを覚えた。
しかし、この場で立ち止まって、参加者の顔ぶれをまじまじと観察するわけにもいかない。
ジークハルトは、他の四人が後方で立ち止まったことを確認すると、一歩前に出て、モルティスに向けて最敬礼をした。

「──リラード猊下。大逆人ルーフェン・シェイルハートの追跡の任を終え、ジークハルト・バーンズ、ヨーク・ヴィルマン、アレクシア・フィオール、ギール・レドクイーン、ハインツ、以上五名、ただいま帰城いたしました」

「大義であった。席に着くがよい」

 さながら王族を気取ったような言葉遣いで、モルティスは鷹揚に頷く。
そんな彼の言動に、心中がざわつくのを感じながら、ジークハルトは、示された席の前に移動した。
用意された椅子は、壇上と向かい合う位置に設置された特別席だ。

 五人全員が席に着くと、モルティスは、早々に本題に入った。

「……さて、バーンズ卿、ならびに兇徒を討ち取った国士たちよ。改めて、よくぞ無事に王都へと戻ってきた。私は、貴殿らが回復し、こうしてこの場に立つ日を、ずっと待ち望んでいた。今一度、報告にあった召喚師討伐の顛末を、ここにいる者たちに説明してくれ」

「──は」

 短く返事をして、立ち上がると、ジークハルトは、ルーフェンが失踪してからの二月のことを、淡々と語り出した。

 王都シュベルテから徐々に捜索網を広げていき、ルーフェンとシャルシスの居所が、南方であると突き止めたこと。
向かった先のノーラデュースで、ルーフェンを捕らえることに成功したものの、その場にシャルシスはいなかったこと。
その後、シャルシスを探す道中でルーフェンを取り逃し、戦闘へと発展したが、どうにか討ち取ったこと。
しかし、そこで離反したトワリスの妨害に遭い、揉み合っているうちに、彼女とルーフェンの死体が、奈落の底へと落ちてしまったこと──。
決して真実ばかりではない、ハインツらリオット族による妨害と、ルーフェンの死を確認できなかったことは伏せて、ジークハルトは話を締めくくった。

 続いて、懐から緋色の耳飾りを出すと、ジークハルトは、それを侍従が用意した台座の上に置いた。

「……これが、ルーフェン・シェイルハートの身につけていた、ランシャムの耳飾りです。ご報告の通り、遺体は回収し損ねましたが、召喚師一族の印とも言える耳飾りは、このように持ち帰ることができました」

 耳飾りを遠目にでも見ようと、後方に座っている人々が、椅子から腰を浮かせる。
モルティスは、耳飾りをじっくりと見つめてから、隣に控えている騎士に指示を出した。

「これが本物であるか、この場で確かめるのだ」

「はっ」

 騎士は、小声で詠唱しながら腰の剣帯に触れると、術式の刻まれた大剣を抜き払った。
振り翳されたのは、込めた分の魔力を刃先に乗せて放出する、一般的な魔剣だ。

 ランシャムは、広大な鉱床を有する北方ネール山脈でも、ごく少量しか採掘できないとされる、希少な魔石である。
封印石の一種で、魔力を制御する性質を持っているため、その石体に蓄蔵している魔力よりも多量の魔力量を感知すれば拒絶反応を見せるし、逆に、周囲の魔力量が少なくなると、魔力を発して内外の魔力濃度を一定に保とうとする。
それ故に、いつの時代からか、召喚師一族の象徴的な役割も担いつつ、膨大な魔力を要する召喚術を操る上での体内の急激な魔力量の増減を防ぐため、シェイルハート家に伝わってきたと考えられてきた。
モルティスは、今からその耳飾りに直接魔力をぶつけ、反応を見て、このランシャムが本物かどうかを見極めようというのだ。

 人々が息を呑んで見守る中、刀身の術式を光らせた魔剣が、一気に振り下ろされた。
──刹那、耳飾りからうねるような電光が迸り、騎士の手から魔剣を弾き飛ばす。
同時に、衝撃に耐えかねた耳飾りが、細かく砕け散る。
放出された魔力が霧散し、やがて、魔剣が高い金属音をあげて落下すると、広間はしん、と静まり返った。

 不意に立ち上がると、モルティスが、興奮した様子で叫んだ。

「ほ、本物だ! 本物であるぞ! 見たか、邪教の召喚師は、ついに裁かれたのだ……!」

 少し間を置いてから、ジークハルトの後方で、ワァッと拍手が沸き起こる。
本気の喝采というよりは、場を盛り上げようとして、慌てて起こった拍手のように聞こえた。
そんな参加者たちの反応を聞いて、ジークハルトは、波立っていた胸中がわずかに凪いだのを感じた。
根からのイシュカル教徒は別として、召喚師制の廃止が決定された現状を、楽観視している者ばかりではないと分かったからだ。

 長々と続いている拍手を遮るように、ジークハルトは、強い口調で次の議題を切り出した。

「──しかしながら、力及ばず、シャルシス殿下の所在は未だに分かっておりません。一刻も早く、御身を保護して王宮へお連れするためにも、殿下に関する情報を各街に開示し、早急に捜索の手を増やす必要があるかと存じます」

 手を置いた参加者たちが、神妙な面持ちで、モルティスの返事を待つ。
モルティスは、すぐには答えなかった。
思案顔でジークハルトを見下ろしていたが、やがて、口元に微かな笑みを浮かべると、再び席について、魔剣を携えた騎士を下がらせた。

「殿下が誘拐されてから、約四月……。捜索の手を増やすべきという意見には、私も賛成だ。だが、このまま殿下の失踪をサーフェリア中に明かした上、大勢の騎士や魔導師たちを各地に捜索のために派遣する、というわけにはいくまい。魔導師団には、召喚師一族に代わる、新たな統括者が必要だ。召喚師制を廃そうとも、カーライル王政が窮地に陥ろうとも、この王都が揺らぐことはないと……そう他領に知らしめ、不穏な芽を摘み取ることができる、強力な統括者が」

(──来た……)

 焦りを気取られないよう、ジークハルトは、モルティスから目を逸らさなかった。

 モルティスは、最終的には、魔導師団をも自身の支配下に置きたいのだろう。
しかし、元は文官であった彼が、いきなり召喚師に取って代わり、軍部の指揮権を握ることは不可能だ。
故にルーフェンは、まずモルティスが着手するのは、宮廷魔導師団の再編成だろう、と予想していた。
ジークハルトもまた、反教主義者の残っている魔導師団が、短期間で教会側に引き込まれることはないだろう、と踏んでいた。
ただ、ジークハルトたちがルーフェンの追跡に出てから、モルティスに意見できる為政者がいない状態となっていた今までは、イシュカル教会にとって、軍部乗っ取りのための準備をする絶好の機会だったはずである。
この四月で、モルティスがどこまで王宮に根を張り巡らせたかは、ジークハルトにも検討がついていなかった。

 モルティスが、見計らったかのように「入れ」と一言告げると、広間の大扉が開き、線の細い壮年の男が入室してきた。
体格からして、軍部の人間ではないだろう。
少なくとも、ジークハルトは見たことがない顔だ。
しかし、彼の纏っている暗緑色のローブは、魔導師団の幹部が身につけるものとよく似ていた。

「彼はジョナルド・クライン。かのクライン伯爵家の嫡子ちゃくしにして、長年、我らがイシュカル教会の発展に助力してくれた一人だ」

 モルティスは、壇上までジョナルドを呼び寄せると、得意げにそう紹介した。
対するジョナルドは、気弱そうな垂れ目を彷徨わせながら、モルティスの横で縮こまっている。
クライン家というと、シュベルテでも知れた有力貴族だが、ここ最近の力関係を考えてみると、その名を政界で聞くことは少なくなっていたように思う。
おそらく、教会に多額の出資でもして、モルティスに取り入ったのだろうが、ジョナルド本人は、場慣れしていないことが分かりやすく見てとれた。

 皮膚が粟立つような、嫌な胸騒ぎがぶり返す。
ジークハルトの憂いを嘲笑うかのように、モルティスが、ついに手の内を見せた。

「召喚師制が廃されたことは、サーフェリアにとって危難きなんに非ず、革新の時代の幕開けである。今こそ、我らがイシュカル神の名の下、清らかな魂と不屈の精神を以て、この国の武力政治を作り替えるべきだ。まず、従来の魔導師団と宮廷魔導師団を合併し、新たに設立した新興魔導師団の統括者として、このクライン伯を軍務卿に任ずる。殿下の捜索は、以降、彼の指揮下で進めてもらいたい」

 ジークハルトを含む、宮廷魔導師たちの間に緊張が走る。
一方で、後席に座している一般の魔導師たちは、何かを堪えるように俯いていた。
おそらく、王宮に残っていた者たちには、モルティスによる変革が既に周知されていたのだろう。
やはり教会は、ジークハルトたちが不在の期間を狙い、強引に軍部の体制一新を押し進めていたのだ。

(馬鹿な……猊下は本当にクライン伯を軍務卿に立てるつもりなのか……?)

 ギールは、横並びで着席しているアレクシア、ハインツ、ヨークの顔をそれぞれ見遣って、同じように顔を曇らせた。
魔導師団と宮廷魔導師団を合併し、新たに大規模な魔導師団を編成し直す、という案自体は、予想の範疇だし、ギールも賛成であった。
元々宮廷魔導師団は、召喚師一族の統括する軍とは別に、勅令が下りるような重要度の高い任務を遂行するために分派した、少数精鋭の王家直属部隊だ。
だが、召喚師一族の没落だけでなく、カーライル王家の存続も危ぶまれるこの状況では、統括しきれない組織を分け続けても、意味がないどころか、不要な分裂や対立を生みかねない。
であれば、いっそ一つにして、団全体の動きをまとめるべきだと考えるのは、理にかなっているように思う。

 しかし、肝心の統括者に、軍部での実績がない者を置こうなどというのは、とんでもない愚案だ。
能力的にも不安があるし、部下となる魔導師たちの信頼を得ることも難しいだろう。
モルティスとしては、教会に対して従順な、扱いやすい人物を軍務卿に据えたいのだろうが、そんな明け透けに都合の良い決定を、魔導師団が受け入れるわけがなかった。

 ジークハルトも、同じことを思っていたのだろう。
モルティスを前にひざまずいたまま、ジークハルトは尋ねた。

「……恐れながら、失礼を承知でお伺いしますが、クライン伯は、軍務経験がおありで?」

「い、いや……我々クライン家は、代々執政者を務めてきた一族です。軍部での従事経験はございませぬ」

「…………」

 ジークハルトの沈黙に気圧されたのか、ジュナルドが、おどおどと視線を動かす。
彼に代わって、モルティスが口を挟んだ。

「ジュナルド殿は、教会の騎士学校にて従学していた経験はおありだ。もちろん、お父上譲りの才覚、智略は申し分ない。確かに軍部の出身ではないが、軍務卿として軍政を行うのに問題はなかろう」

 ジークハルトは、眉をひそめた。

「つまり、我々魔導師の上には立つが、戦場に立つ気はないと?」

「当然だ。神威しんいに守られた敬虔けいけんな信徒が、争いで血を流すなどありえぬ。先程も申したであろう。我々は清らかな魂と不屈の精神を以て、従来の武力政治を変えるのだ。誰もが願う、暴力に脅かされることのない、清浄で平穏な世を作り上げる。イシュカル教徒がやむを得ず剣と杖を取るときは、神のご意志が理解できぬ、愚かな兇徒きょうとどもを討ち滅ぼすときだけだ」

 堪えきれず、ジークハルトは反論した。

「血を流すなどありえない? では、一体何のための軍部なのでしょうか。我々魔導師は、あなた方が騎士団を発足なさるよりもずっと前から、平穏な世を守るために血を流し、死地に骨を埋めてきた。今までも、そしてこれからも、争いがなくならない限り、我々は戦い続ける」

 モルティスは、苛立たしげに表情を歪めた。

「思い上がるでない、ジークハルト・バーンズ。最初にこの世に平穏をもたらしたのは、全知全能のイシュカル神だ。我々教徒は、その崇高なご意志を引き継ぐという使命を持っているからこそ、神に守られている。そなたたちが血に塗れてきたのは、神に見放されているからだ。邪悪な悪魔を使役する召喚師一族にくみし、天の声に耳を傾けようとしない者に、神はご加護をお与えにはならない」

「真実かどうかも分からぬ昔話など、引き合いに出して何になるというのです。信ずれば神に守られるなどというのは、あなた方の妄想でしょう。リラード猊下、貴殿がそこに立っていられるのは、七年前のセントランス急襲に乗じて、我々を一時追放したからだ。あの時、魔導師たちが戦線に立って敵の侵攻を食い止めていなければ、教徒も非教徒も関係なく、シュベルテの民達は皆殺しにされていた。あなた方を守ったのは、神ではなく、言うなれば魔導師団だ。にも拘らず、教会は我々を王宮から追い出し、その権威を侵そうと画策した。自らの台頭のために内戦の手引きまでして、よくも清浄で平穏な世を作り上げるなどという戯言が言えたものだ!」

「昔話を引き合いに出しているのは、そなたとて同じだろう。教会が内戦を手引きした? 何の証拠もなく、いつまでもそのような濡れ衣を着せようとは、正義の魔導師団が聞いて呆れる。第一、そなたは敵の侵攻を食い止めたと言うが、実際のところ、シュベルテが受けた被害は甚大だったではないか! 民たちが絶望の淵に立たされている最中で、貴様ら魔導師団は無様にも戦線離脱し、ほとんど機能していなかった。街の復興に尽力し、民を救ったのは修道騎士会だ。イシュカル教会が世に認められたのは、民意が真の正義を見極め、我々に同調した結果に他ならない!」

 モルティスとジークハルトのやりとりを、ギールは、息を呑んで見守っていた。
召喚師の討伐に関する虚偽を報告したことから、ジークハルトに対して不信感を抱くようになっていたが、この場においては、モルティスを支持しようという気持ちにもなれなかった。
祈れば神が救ってくれる、などという教会側の主張は、あくまでも精神論に過ぎず、少なくとも、評議の場に持ち出せるような現実的な意見ではない。
イシュカル教徒達は、そんな精神論を本気で信じているのだろうし、その信仰力が、今や武力政治を変革せんとするまでに権力を持ったのは事実だ。
しかしそれは、軍部を弱小化させていい理由にはならない。
他の時代に比べ、長く王都として確立してきたシュベルテは、他領に有無を言わせぬほどの強大な軍事力を持っていたからこそ、不要な争いを避けることができていたのだ。


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