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投稿日:2025年12月31日






 ついに、許可もなく立ち上がると、ジークハルトはモルティスを睨んだ。

「我々の力不足で、城下にかつてないほどの被害を出してしまったことは事実だ。結果、民が軍部の現体制に不安を抱き、魔導師団の権威が揺らぎ始めたのだというならば、我々は、その現実を受け止めなければならない。──だが、本当にそれだけが真実か? この王都シュベルテが、今もこうしてサーフェリアの中心に在るのは、当時自身をなげうって戦った、魔導師たちの存在があってこそだと自負している。誇り高い犠牲があったからこそ、この国は守られてきた。戦場を知らず、そんなことも理解できないあなた方には、魔導師団を統率する資格などない」

「…………」

 一瞬、広間が静まり返った。
モルティスは、気を落ち着けるように深く息を吸うと、冷たい視線をジークハルトに向けた。

「……これ以上の侮辱は許されぬぞ、バーンズ卿。新興魔導師団の設立と、クライン伯の軍務卿就任は、既に決まったことだ。そなたはただ、伯の命に従っていれば良い」

──既に決まったことだなんて、そんなのは、お前たちが勝手言っているだけのことだろう。
そう言い返そうとして、ジークハルトは口をつぐんだ。

 盲目的なイシュカル教徒はともかく、理性の残っている者であれば、モルティスの言い分を鵜呑みにしてはいけないことくらい、さして考えずとも分かるだろう。
しかし、この評議が始まった時から、参加者たちは黙認を貫いている。
教会と対しているはずの魔導師たちですら、誰も口を開こうとしない。
召喚師制の廃止に関する報告が主旨だったとはいえ、仮にも評議の場で、誰もモルティスに意見しようとしないのは、なんとも不自然な状況であった。

 そもそも、モルティスの独壇場になると分かっていて、それでもジークハルトが王宮を離れることにしたのには、二つの理由があった。
一つは、他ならぬ自分がルーフェンを追いたい、という個人的な思い。
もう一つは、仮に教会が大きな動きを見せても、魔導師団の反教主義者達が、なんとか食い止めていてくれるだろう、と確信していたからだ。
ジークハルトは、宮廷魔導師団の団長という立場だが、団内には、実質それ以上の権力を持つ古参の魔導師たちがいる。
年齢などを理由に現役を退いただけで、輝かしい経歴と約束された地位を持った彼らは、年若いジークハルトよりも、はるかに強い発言力を持っている。
その筆頭が、前宮廷魔導師団の団長ヴァレイの血族、ストンフリー家の魔導師たちだ。

 ストンフリー家は、亡きヴァレイの意向を継ぎ、ジークハルトが再蜂起した魔導師団を、陰ながら支えてくれていた。
彼らは、己の潔白さを捨ててでも、教会の暴走を止めようと奮闘してきた同志である。
いかにモルティスが巧妙な策を巡らせていたのだとしても、ストンフリー家を始めとする反教主義の魔導師たちの目をかいくぐり、たった数月で独断の軍部改革を押し進めることは、そう簡単には出来ないはずであった。

 様々な疑念が浮かんでは膨れ、ジークハルトの胸中に充満していく。
モルティスは、しばらく何も言わずにジークハルトを見下ろしていたが、やがて、ジョナルドに目で何やら指示を出すと、微かに口調を和らげた。

「──新たな時代、新たな軍政……まあ、そなたたちの懸念も理解できぬわけではない。だが、そう構えずとも良かろう。確かに、生まれ変わった魔導師団は、騎士団と同様にイシュカル神の名を掲げることになる。だが、我々は別に、これまでに仕えてきた魔導師たちを蔑ろにしようというつもりはない。特にバーンズ卿、貴殿は若くして実力を備え、逆賊に堕ちた召喚師を、見事討ち取って見せたサーフェリアの英雄だ。私としては、今後も貴殿に、魔導師団を束ねる団長として立ってもらいたいと考えている」

 言いながら、モルティスが合図を送ると、一度下がっていたジョナルドが、自分が纏っているものと同じ暗緑色のローブを携えて、壇上に戻ってきた。
よく見ると、そのローブには、イシュカル神らしき女神の横顔が、派手な金刺繍で描かれている。
ジョナルドがジークハルトの前にローブを出すと、モルティスは、唇に笑みを浮かべた。
 
「さあ、受け取るが良い。それは、新興魔導師団の最高幹部にのみ、身につけることが許されたものだ。そのローブを纏い、女神像を掲げ、身も心も神に捧げると誓え。……従えぬというなら、貴殿を神に仇なす罪人と見なさねばならぬ」

「────!」

 その瞬間、全身の血の気が引いて、ジークハルトは言葉を失った。
罪人と見なすと、脅されたからではない。
なぜ魔導師たちが、モルティスに抗えなかったのか──その理由が分かった気がしたからだ。

(まさか……ストンフリー卿たちを罪人として投獄したのか? いや、投獄で済んでいるならまだ良いが……)

 周囲の景色がすうっと遠のき、指先が冷たく強張り始める。

 もはや、場を弁えることもせず、ジークハルトは振り返った。
そして、改めて、着席している魔導師たちの顔ぶれを、一人一人確かめた。

 やはり──いない。ストンフリー家を含む、反教主義の高位の魔導師たちが、誰も参加していない。
この広間に入った時から、知った顔が見当たらないような気はしていたが、実際に魔導師団からの参加者は、そのほとんどが教会側に傾いている者か、そもそもモルティスとの勢力争いに加担してすらいない若手の者たちだ。
これがモルティスによる意図的な人選なのだとしたら、教会は、自分達にとって都合の悪い面々から、何らかの方法で評議への参加資格を剥奪し、反抗できない魔導師たちだけをこの場に集めたということになる。

 硬直しているジークハルトに、モルティスが声をかけた。

「何をしている、バーンズ卿。今、ここで忠誠を誓えば、先ほどの失言は聞かなかったことにしてやろう。我らがイシュカル様は、寛大な神なのだ。──さあ、早く。壇上へ」

「…………」

 視界の端で、アレクシアが、小さく首を振ったのが見えた。
感情的になるな、と言っているのだ。
今はこらえて、モルティスに従い、新興魔導師団の長としてローブを受け取れ、と。

 ジークハルトは、無意識に拳を握り込むと、階段の一段目に足をかけた。

 事前にしていた予想は、半分当たり、半分はずれといったところだ。
モルティスが、軍務卿に武官ですらない教会関係者を据え、短期間での軍部改革をここまで強引に進めてきたことは、完全に予想外だ。
しかし、政部出身者が大半の教会勢力が、軍内の指揮権を完全掌握することは避け、宮廷魔導師たちに目をつけてきたことは、予想通りだった。
世俗魔導師団の名を変えても、神とやらに仮初の忠誠を誓うことになっても、ジークハルトが幹部の座についていれば、まだ取り返せる可能性はある。

 モルティスからすれば、御しやすく年若いジークハルトは、自身が負いきれない責任を押し付けるための、都合の良いこまなのだろう。
そんな扱いを許し、神に頭を垂れることは、長年王家の下で世俗魔導師団を作り上げてきた先人達に対する、紛れもない裏切りだ。
それでも、ここでモルティスに盾つき、立場を失ってしまえば、今後ジークハルトたちが、魔導師団を教会の対向勢力として復権させることは、叶わなくなってしまうのだ。

(……今は、全て受け入れるしかない。魔導師として立っている限り、必ず挽回の機会はやってくる)

 込み上がってくる怒りを必死に飲み下しながら、ジークハルトは、階段を上り切った。
壇上に立つと、いつもは自分が宮廷魔導師として並んでいた場所が、眼下に広く見渡せる。
高い目線から参加者達の様子を眺めると、先程振り返った時とはまた違った景色が、突然目の前に迫ってきた。

 それはまるで、"蠢く絵"を俯瞰ふかんしているような、奇妙な心地であった。
光のない、沢山の平べったい目が、すがるようにこちらを見上げている。
その瞳に、イシュカル神を映す者もいれば、ジークハルトを映している者もいた。
従来の魔導師団が掲げていた信念を持ち、かつモルティスにも意見できる立ち位置を教会公認で任されようとしているのは、この場ではジークハルトだけだ。
教会のやり方に不満を持つ者たちからすれば、ジークハルトが最後の砦であり、頼みの綱なのだろう。

 若手の魔導師たちに至っては、もはやこちらを見上げることもせず、怯えたように俯いていた。
ストンフリー家が、教会により失脚させられるところを目の当たりにしていたのだとすれば、彼らは角も牙も折られた家畜同然だ。
皆、もはや思考を手放し、自らの運命を他者に委ねようとしている。
これが召喚師の──ルーフェンの見ていた景色なのだと、ジークハルトはそう思った。

 向き直ったジュナルドが、新興魔導師団のローブを差し出してくる。
膝をついて、それを受け取ろうとした時、不意に、これではいけない、という強烈な思いが突き上げてきた。
いさめるようなアレクシアの視線にも、願うような魔導師たちの視線にも気づいていた。
だが、それでも、堪えきれなかった。

 気がつくと、ジークハルトは、勢いよくローブを払い除けていた。
ローブがバサリと床に落ち、包まれていた女神像の首飾りが、中から転げ出る。
一瞬、驚いて瞠目したモルティスの目に、ややあって、憤怒の色が浮かび上がった。

「……なんのつもりかね? バーンズ卿」

 ジークハルトは、すっと息を吸うと、低い声で問い返した。

「それはこちらの台詞だ、モルティス・リラード。ストンフリー卿をはじめ、長年サーフェリアを守ってきた魔導師たちが、なぜこの場に出席していない? まさか、神威を笠に着て、彼らを排斥(はいせき)したのではないだろうな……!」

 モルティスのこめかみに、青筋が浮かぶ。
その瞬間、眼下の魔導師たちの顔に色濃い恐怖が浮かんだのを、ジークハルトは見逃さなかった。
反応からして、ストンフリー家の者たちは、もう生きてはいないのかもしれない。

 強く歯を食いしばって、ジークハルトは続けた。

「かつて、シュベルテの周辺諸方しゅうへんしょほうでは、幾度となく信教の違いを巡った紛争が起こったと聞く。それを問題視し、信仰の自由を取り決めたのが、今のカーライル王家だ。故に仕えていた召喚師一族も、穏健的なイシュカル教徒であれば、その活動を見逃してきた。それが、貴殿らはどうだ? 姑息な手段で成り上がり、神への信仰を強制し、反抗する者は排除する。武力政治の終わりを謳いながら、軍部を掌握し、次は一体何をするつもりだ? これが寛大なる神の導きとは、笑わせてくれる。こんなものは改革ではない、理不尽な弾圧だ……!」

 ジークハルトの怒号に、広間が凍りつく。
ぶるぶると身を震わせると、モルティスは怒鳴り返した。

「神を冒涜するつもりか、この邪教徒め! 弾圧ではない、これは断罪だ! 我々は、平和を愛するイシュカル神に理解を示せぬ、愚かな兇徒どもに罰を与えているのだ! これ以上の侮辱をするなら、貴様も捕らえて火刑に処すぞ!」

 モルティスの指示で、壁際に控えていた兵たちが、一斉に壇上に上がってくる。
しかし、モルティスの声も、兵たちの声も、ジークハルトには聞こえていなかった。

 身柄を取り押さえようと、覆いかぶさってきた兵の一人を殴り飛ばすと、ジークハルトは、眼下に向かって叫んだ。

「お前たちは、本当にこれで良いのか⁉︎ 本心からあ現状に納得して黙っているのか? 神像や召喚師一族に祈って、気が楽になるならそれも良いだろう。だが、お前たちはそれだけで終わって良い立場ではないはずだ! 一体なぜ、何のためにここにいる! 神や召喚師にすがるためか? 違うだろう! お前たちは、この国を守るためにここにいる……!」

 唖然と壇上を見上げていた魔導師たちが、はっと顔を強張らせて、ジークハルトから目を逸らした。
共感したと思われて、教会に目をつけられることを恐れているのだ。

 ついに、自分を取り囲んでいる兵たちが剣を抜くと、ジークハルトも、魔槍ルマニールを発現させた。
襲いかかってくる兵に、ルマニールを振るっている内に、ふと、目に涙の膜が盛り上がってきた。
何の涙なのか分からない。
ただ、せり上がってきた熱が、抑えようもなく溢れてくる。

 瞬く間に数人を蹴散らすと、ジークハルトは、ルマニールの石突で床を強く打った。

「──うつむくな! 前を見ろ! 自分がここにいる理由を思い出せ……!」

 大気が揺れるほどの大声に、驚いた参加者たちが、弾かれたように顔を上げる。
涙を拭うこともせず、ジークハルトは、喉が裂けんばかり声で叫んだ。

「召喚師制を廃するということは、単にシェイルハート一族を排するということではない! 何かを偶像化し、それに国の命運を預けるような、くだらん思想を無くすということだ! その意味から目を逸らすな! 何が正義かを、自分の頭で考えろ……!」

 蠢く絵の中で、沢山の色めく瞳が、ジークハルトを見つめている。
きっと、言われずとも分かっているのだ。
分かっているけれど、恐怖や嫉妬、疑念や憎悪、そういった多くの負の感情に邪魔されて、人間は、正常な判断ができなくなっていく。

──正義とは何か、ジークハルト自身も、ずっと自問自答してきた。
たどり着いた結論は、正義とは、その時代の流れを掴み取った者の思想に過ぎない、ということ。
だから、自分の正義を貫くためには、まず圧倒的な"力"を手に入れなければならない。
そうして強さを追い求めている内に、道が分からなくなって、以前は見えていたものすら見失っていた。

 目を逸らさず、自分の頭で考えろというのは、己に対する言葉でもある。
無様に泥を掻くばかりで、結局、この国の歪さから目を逸らし、なんの目的も果たすことができなかった、無力で愚かな自分への。

 血が沸騰するような、熱い激情に突き動かされて、ジークハルトは、燃えるような目を眼下に向けた。

「時代を作るのは、神でも召喚師でもない! この国を守るのは、俺たち自身だ! 民意を受け、代表してこの場に座っている、俺たち一人一人だ──!」

 次の瞬間、後頭部に衝撃が走って、ジークハルトは膝をついた。
兵の一人が、後ろから忍び寄り、剣の鞘でジークハルトを殴りつけたのだ

「やれっ! 早く捕らえろ! その罪人に、これ以上口を開かせるな!」

 モルティスの掛け声で、大扉の門衛まで壇上に上がってきて、ジークハルトを取り囲む。
立て直す間も無く、次々と飛びかかってきた兵に取り押さえられ、殴られ、ジークハルトの頭部から流れ出た血が、壇上を汚した。

 あっ、と震え声を出し、思わず立ち上がった若い魔導師が、慌てて座り直す。
やがて、ジークハルトが動かなくなると、修道騎士会の兵たちは、その身を捕縛して、広間から出ていったのであった。


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