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投稿日:2025年12月31日






  *   *   *


「……おい、聞いたか? バーンズ団長、昨日の評議のあと、主塔の地下牢に入れられたって」

「えっ、それ本当の話なのか? じゃあリラード猊下の火刑にするって、まさか本気で……?」

「かもしれないなぁ。ストンフリー卿も晒されたし、もう滅茶苦茶だよ。改名後の魔導師団長は、どなたがやるんだろう」

「さあな。ていうか、次期団長の心配なんてしてる場合じゃないかもしれないぜ。バーンズ団長まで除名となると、俺たちみたいな反教の平民出は、皆まとめて追い出されるんじゃないのか」

 王宮に接する魔導師団の駐屯地内には、訓練場も兼ねた広大な中庭が三ヶ所存在する。
その内の一つに面する、長廊下の柱の影でコソコソと話していた若い魔導師たちは、唐突に中庭を横切って行った人影に気づいて、はっと口を閉ざした。
眼鏡の奥にきつい眼光をたたえ、こちらを一睨みしていったその長身の男は、昨日の評議の主役の一人でもあった、宮廷魔導師のヨーク・ヴィルマンだ。
普段は西方のカルガンに籍を置いているが、召喚師捕縛の協力要請を受けて、一時的にジークハルトらと合流していたらしい。
かつて、彼が正規の魔導師に昇格後、武官としてではなく呪術研究者として従事し、その有能さを認められていきなり宮廷魔導師に抜擢されたことは、王宮でも有名な話だ。
現在の魔導師団内でも、特殊な経歴を持った名門出の呪術使いとして、その名はよく知られていた。

(……全く、中央部隊も落ちたものだな。勢いだけの青二才をのさばらせておくから、こんな事態になるのだ)

 こちらを遠目に伺って、いそいそと訓練場の方へ散っていった若い魔導師たちを尻目に、ヨークは、内心舌打ちをした。

 十年近く前、自分がシュベルテに常駐していた頃に比べて、今の中央部隊には、年若い平民出の魔導師が随分と増えた。
身分や年齢、性別に関係なく、実力だけで評価して若い才能を見出す風潮ができた。
そう言えば聞こえは良いが、要は、七年前のセントランスによる襲撃で、多くの魔導師が殉職したため、人手不足を理由に登用の水準を下げたというだけの話だ。
この風潮を作り出した一人ともいえるジークハルト自身も、当時運良く生き残ったがために、たまたま団長の座についただけの若造である。
最年少で宮廷魔導師団に入った人物として、その名は度々聞いていたが、所詮は運で成り上がっただけの未熟者だ。
昨日の評議で、癇癪かんしゃくを起こして教会に反抗し、無様にも捕えられたジークハルトを見て、ヨークは、改めてそのことを実感したのであった。

(やはりあの時、召喚師にかけた呪言縛りを、より強力なものに変えるべきだったのだ。そもそも召喚師を逃さなければ、こんな事態にはならなかったのに……)

 ノーラデュースにて、ジークハルトの言葉に従ってしまった自分の失態を思うと、抑え難い後悔と屈辱が湧きあがってくる。
リオット族に示された洞窟を前に、二手に分かれた時。
もしあの場で、ジークハルトの指示など無視して、ルーフェンに術をかけ直していれば──。
あるいは、まんまとルーフェンの口車に乗せられたギールが、ヨークの呪言縛りを解かなければ──。
今頃王宮では、耳飾りなどではなく、本物の召喚師の首を見せしめることができていたはずだ。

 "召喚師が死んだ"という結論そのものは変わらなくとも、苦戦した末になんとか耳飾りを持ち帰ったと内々で報告するのと、確実に術で捕らえてその死体を大々的に晒すのでは、世間からの評価に大きな差が出る。
後者が叶っていれば、教会も魔導師団を露骨に弾圧するような真似は出来なかっただろうし、魔導師団内での力関係も変わっていた可能性がある。
若造どもの落ち度を共にかぶることなく、ヨークは実際に召喚師を捕縛した功績者として、あるべき地位を取り戻せていたかもしれないのだ。

 現在、シュベルテに常駐している宮廷魔導師たちは、若手ばかりで構成されているにも拘らず、軍部を再蜂起させたと散々持て囃されてきた。
農民出の宮廷魔導師を父に持つジークハルトを筆頭に、女やリオット族まで加えて、平等を体現しながら突き進む彼らの姿は、人心に響きやすかったのだろう。
実際、彼らの支持者は多く、賛同できないヨークたちのような古参の魔導師たちを、身分に拘らず地方へと追いやるほどであった。
しかし、今回の一件を冷静に分析できる者ならば、その評価が実態に見合っていなかったと思い知るはずだ。
現に、ジークハルトは失脚寸前、アレクシアは以前からその素行が問題視されていたような女だし、ギールは役立たずどころかとんだ足手まといだった。
トワリスとハインツに関しては論外で、王宮からの命に背き、団を離反した始末だ。

 ヨークとて、特別に貴賤きせん意識が強いわけではないが、それでもこの現状を鑑みれば、やはり平民出の魔導師は、平民でしかないのだと感じる。
幼い頃から高等教育を受けてきた貴族出の武官に比べると、彼らの能力は荒削りで、土台となる教養も品性もない。
才能さえ見出せれば、入団後に訓練生として学べば良いというのが最近の考え方らしいが、出だしの実力が遅れている時点で、平民出が貴族出に劣っていることは紛れもない事実だ。
それを分かっていて尚、昨今の考えに同調する権力者たちは、尤もらしい理想を支持することで、自分の体面を保ちたいだけの偽善者としか思えなかった。

 もちろん、努力次第でその力差が縮まることもあろうが、時間が経てば経つほど、人は歳を取って心身共に衰えていくものである。
未熟なくせに調子付いている若手も目障りだが、無駄に年齢を重ねて地位だけを得た老師たちは、もはや害悪だ。
無能が幅を利かせるようになった現体制を維持し続ければ、教会の存在がなくとも、いずれ魔導師団は傾いていただろう。
だからこそ、今回の召喚師捕縛の任を利用して、団内の人員配置を見直せれば良いと考えていたのだが、結局功を奏することができなかったヨークに、その権限はない。
どれもこれも、ジークハルトやギールが余計な手出しをしたせいだと思うと、彼らに対する怒りではらわたが煮えくり返った。

 ノーラデュースから帰還して二月、収まらぬ苛立ちが、ずっとヨークの思考を苛んでいる。
何度か召集を受けたこともあったが、ジークハルトたちと口を利く気になれなかったので、一度も応じていない。
こうして王宮に残り、魔導師団が教会勢力に飲み込まれていく様を黙って眺めているのも、屈辱的で耐えられなかった。


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