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投稿日:2025年12月31日





第二章──新たなる時代
第二話『根差』





「……ありえない、ありえないわ。七年間の苦労が、昨日の評議で全部パァよ。こんなことってある?」

「…………」

 絶え間ないアレクシアの貧乏揺すりが、会議室の長卓をカタカタと揺らしている。
宮廷魔導師団内の内議室と違い、本殿の会議室は数十人を入れられる広さなので、アレクシアとハインツ、ギールの三人が集まっただけでは、席が多く余ってしまう。
それでも息苦しいほどの閉塞感と緊張感が室内に漂っているのは、集まった瞬間からずっと、アレクシアが凄まじい不機嫌さを振り撒いているからだ。

 音信不通のヨークでも招集に応じやすいようにと、あえて彼の滞在する館に近い本殿の会議室を集合場所に提案したのはギールであったが、内心、もう来なくても良いと考えていた。
不機嫌なアレクシアとヨークがそろって言い争いでも始めたら、自分にはそれを止められる自信がない。

 アレクシアが小刻みに踵を揺らす、その音だけが響く中。
彼女の向かいに座って、入室時から黙っていたハインツが、不意に口を開いた。

「でも、俺……団長の言ってたこと、すごく、大事だと思う」

 ふと貧乏揺すりを止めたアレクシアが、鋭い青眼でハインツを睨む。
隣に座っていたギールも顔を上げると、ハインツは、かせから解放された手首を擦りながら、ぼそぼそと続けた。

「時代を作るのは、神でも召喚師でもない。俺たち一人一人だ、って……本当に、その通りだ。俺たち、サーフェリアを守るため、魔導師になった。お祈りすれば、とか、召喚師一族の力に頼れば、とか、そういう他人任せ……な気持ちは、いけないと思う。それは、これから上に立つのが誰でも、同じことだよ」

「…………」

 アレクシアは、億劫そうに目を細めただけで、何も答えない。
見かねたギールが、小さく吐息をついて頷いた。

「そうですね……。確かに、バーンズさんの仰ったことは、今後の軍部に必要な考え方だと思います。その点に関しては、僕もハインツさんと同意見です。それすら認めず、信徒ではない者にまでイシュカル神崇拝が強制されるようでは、いずれ教会と魔導師団との衝突は表面化していくでしょう。ですが、この過渡期に、王宮内で内輪揉めなどしている場合ではありません。体制を変えるなら変えるで、早急に軍部の組織編成を整え、召喚師の死体や殿下の捜索を再開させるべきなのに……」

 無視しようとしたが、黙ってはいられないといった様子で、アレクシアが口を挟んだ。

「ああもう! そんな誰もが思ってること、わざわざ言われなくたって分かってんのよ。いずれ表面化するどころか、ジークハルトのせいで既に大荒れだわ。じきに城内にも監視の目が光るようになって、こうして裏で偉大なイシュカル様を侮辱している私たちも、罪人として摘発されるようになるでしょう。魔導師団の失権を防ぐために召喚師の捕縛に向かったっていうのに、|あの馬鹿《ジークハルト》はその功績を自ら不意にして、教会に首を差し出すような真似をしたのよ。本当に最悪だわ。団長の地位につけていれば、無能な軍務卿(ジョナルド)の操作なんてどうとでもなったでしょうに」

「ア、アレクシア……こ、声、静かに……」

 投げ槍になったのか、わざとらしく声量を上げたアレクシアに、ハインツが、おろおろと慌てて扉の方を見た。
このだだっ広い会議室での会話が、外に漏れ聞こえることはないだろうが、場所が本殿内である以上、外には教会関係者も行き来している。
今のところ周辺に人の気配はないが、もし宮廷魔導師を監視し、聞き耳を立てている者が既にいれば、今のアレクシアの暴言を誰かに聞かれていてもおかしくはなかった。

 不満げに眉をひそめて、ギールは首を振った。

「僕が言っているのは、そういうことではありません。重要なのは、誰が上の地位に立つかではなく、どうすればより正しく軍部が機能するようになるか、です。教会と魔導師団、民を守り導くという共通した目的を持っているはずの両組織が、一方を優位にしようと潰し合うなんて、これほど不毛なことはありません。何年も互いに陥れようと画策している時点で、どちらが正しいとも言い難い状況です。ただ、今回の評議に関してのみ言えば、教会のやり方が容認できる範疇を超えていたと──」

「──はっ、世間知らずの鼻垂れお坊ちゃんも、ここまでくると感心するわ」

 ギールが閉口すると、アレクシアは嘲笑を見せた。

「誰が上の地位に立つかは重要じゃないですって? 仮にも一代財を成したレドクイーン商会のボンボンが、こんなに脳内お花畑だとは思わなかったわ。いい? 貴方の言う『大事なのは権力じゃない』とかいうお綺麗な御託も、結局は地位のある人間が言わなきゃ通用しないわけ。このまま七年前と同じ轍を踏んで、魔導師たちが城外に追放されるようなことになれば、私たちの言葉なんて全くの無意味になるわ」

 思わず卓を叩いて立ち上がると、ギールは声を荒げた。

「いっ、いま僕の家のことは関係ないでしょう! そうではなくて、土台としてその認識自体が──」

「──つまり、時の権力者であるリラード猊下、もとい、ありがたーいイシュカル様のご加護を無下にして、罪深い異教徒集団の烙印を捺された私たちの言葉は、今や道端でキャンキャン吠える汚い野良犬の鳴き声も同然になっていくってこと。ご自慢の得物で召喚師を追い詰めた功績も、苦労して手に入れた宮廷魔導師の地位も、何の価値もなくなるわよ。分かったら無駄吠えはやめなさい、駄犬」

「だっ、駄犬……⁉︎」

「二人とも……お、落ち着いて!」

 言い争いに割って入ると、ハインツは、顔を真っ赤にしたギールの肩に手を置き、困ったようにアレクシアを見た。


 アレクシアの言い方には問題があるが、彼女の口惜しい気持ちも、ハインツには理解できた。
長い歴史の中で、魔導師たちは、サーフェリアの平和のため、それぞれの正義のため、命をかけて戦ってきたのだ。
それをまるで野蛮な恐怖政治の在り方だとでも言いたげに罵り、ストンフリー家やジークハルトをはじめとする有権者たちを強制的に追放し、挙句の果て、戦場をまるで知らない素人(ジョナルド)を軍務卿にあてがってきた教会の決定は、かつてのわだかまりも相まって、あまりにも侮辱的で礼を欠いている。
昨日の評議にて、ジークハルトが公然と反抗したことで魔導師団の権威が落ち、結果的に首長モルティスの思う壺になってしまったことは、ハインツも悔しく感じていた。
アレクシアの場合は、大義のためというより、魔導師団を自分にとって都合の良い身の置き場としたいがために行動しているのであろうが、動機がなんであれ、彼女は七年前から激化した教会との勢力争いに、先陣を切って関わってきた一人だ。
誰よりも長くジークハルトと共に魔導師団の再蜂起に尽力してきたわけだから、その努力が水の泡になったとなれば、このように荒れるのも仕方がないように思えた。

 救いがあるとするならば、昨日の評議に出席していた魔導師たちが、確かにジークハルトの言葉を聞いていたことだ。
召喚師制が廃された今、軍部に所属する一人一人が、改めて自分たちの役割を見つめ直さねばならない──。
ジークハルトの訴えは、言葉に出せなかっただけで、きっと誰もが心に思い始めていたことである。
それを牽引して口に出し、捕らえられる覚悟でモルティスに抵抗の意を示したジークハルトの姿は、現状に立ち向かう気概のある者の心には、強く響いたのではないだろうか。
アレクシアは、そんな彼の選択を、感情的になった末の悪手だったと考えているようだったし、実際、教会との争いに火をつけてしまったことは事実であったが、それでもハインツには、まるで無意味なことだったとは思えなかった。
少なくともハインツの胸には、ジークハルトの言葉が、深く刻まれたからだ。

 黙り込んでしまった二人を前に、ハインツは、慌てたように付け加えた。

「だ、団長、釈放してほしいって、お願い、できないかな。教会の判断、横暴だって、きっと皆思った。皆で言えば、リラード卿も、き、聞いてくれるかも……」

 ため息をついて、アレクシアは座り直した。

「ま、現状やるとしたら、それくらいしか出来ないでしょうね。ジークハルトがあの場で団長への就任を拒んだことは、司祭のジジイ共も予想外だったはずよ。モルティスだって、教会の人間だけでいきなり魔導師団を操れると考えるほど馬鹿ではないでしょうし、声を揃えて抗議すれば、ジークハルトをそれだけ求心力のある人物、つまり利用すれば魔導師を操れる駒として再認識して、解放する気になる可能性はあるわ」

「だ、だったら──」

「──でも、何をするにしても、その"皆"の先頭に中立的な立場を保ってきた権力者が必要ね。私たちみたいな変わり種じゃ駄目よ。勿論、ギールみたいな新参も駄目。教会に対し前々から敵意を持っていた反教派の連中や、ストンフリー家の支持者もやめておいた方がいいわね。彼らは今回の評議に際して、教会に見せしめとして徹底的に潰されたでしょうし、モルティスを頷かせる材料にするには、過去の遺恨が強すぎる。教会に、この人物が出てくるほどの価値がジークハルトにはある、と思わせるような、中立的かつ呼び出し可能な宮廷魔導師を矢面に立てるべきだわ」

「…………」

 アレクシアの指す人物を脳裏に浮かべると、ギールは、ハインツと互いに目を合わせた。
そもそもこの場を設けた目的は、三人で長談義をするためではない。
沸き上がっていた苛立ちをなんとか抑え込むと、ギールは、不服そうな口調で言った。

「……確かに、ヴィルマン卿は名の通った宮廷魔導師ですし、諸々の当事者でもあるので、話は通しやすいでしょうが……。頼んでみたところで、抗議の中心者なんて引き受けて下さるでしょうか。あまりバーンズさんに良い印象を持っていないように見えましたが……」

 アレクシアは、小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「そんなの、引き受けるわけないでしょう。脅して従わせるに決まってるじゃない。あれくらいの年齢で、望まず地方に飛ばされたような奴は、汚職の一つや二つ、絶対にやってるわ。私が暴き出して、高飛車な態度なんて取れないようにする。まあ、それがうまく行かなければ、今度はノーム老を引きずり出すまでよ。まず目下の問題は、肝心の本人が何度呼び出しても全く顔を出さないことだし?」

「…………」

 暗に、さっさとヨークを連れてこいと言われて、ギールは深々と嘆息した。
個人的な感情で物を言えば、アレクシアに賛同したくはない。
しかし、教会の評議での決定に異を唱えるならば、自分たちの声だけでは不足している、という彼女の意見は尤もだ。
それに、ヨークを呼ぶなら本殿の会議室を使ったほうが良いのではないか、と提案したのは自分である。

 引いていた椅子を戻すと、ギールは渋々席を離れた。

「……ヴィルマン卿を探してきます。本殿のどこかにはいらっしゃるはずなので」

 アレクシアは、満足げに頷いた。

「ええ、お願いね。ちなみに彼、二日前の召集をすっぽかした時は、本殿の書庫を出入りしてたわ。ジークハルトは問題にしてなかったけど、内議の無断欠席だって本来は規律違反。召喚師を相手取ってまんまと呪言縛りを破られた上、腹部に風穴を開けられて長期休職、挙句の規律違反。見下していた若造どもに合わせる顔もないのね……とでも煽れば来るんじゃないかしら」

「…………」

 紅い唇で弧を描き、凄艶せいえんに微笑んだアレクシアを見て、ギールはぶるりと身を震わせた。
アレクシアは、魔導師としての能力的にも、普段の勤務態度的にも、決して宮廷魔導師に選ばれるに相応しい人物とは言えない。
それでも彼女が、なんだかんだで替えの効かない地位を築いているのは、その特殊な遠見の能力と豪胆無比な性格ゆえだ。
おそらく、アレクシアに対し物申したいことがある者は五万といるだろうが、仮に後ろめたいことがなかったとしても、うっかり彼女の怒りを買って、遠見で行動を覗き見られるようなことがあったら──と想像すると、どうしたって逆らう気は起こらない。
ギールは、その青眼から逃げるように、会議室から出たのであった。

 曇天の中庭に面する、薄暗い長廊下に出ると、ギールは、まずヨークが滞在している城館を訪ねようと身を翻した。
だが、長廊下の先にある階段を、ゆっくりとした足取りで下りてくる人影に気づくと、はたと足を止めた。
行き交う侍従たちに紛れ、こちらに向かって歩いてきたのは、探していたその人──ヨーク・ヴィルマンだったのだ。

 こうも都合よく見つかるとは思わず、つかの間、呆然と立ち尽くしていたギールであったが、やがて、ヨークがすぐ近くまで歩いてくると、その姿の異様さに気づいて目を見張った。
ヨークの全身から、咽せ返るような禍々しさを孕んだ、奇妙な魔力が放たれている。
黒を基調とした団服は所々焼け焦げ、いつもの眼鏡をつけていないその顔は、鬱血したかのように不自然な赤みを帯びていた。

「ヴィ、ヴィルマン卿……? どうしたのですか、その格好は……」

 愕然として問うが、ヨークは、ギールなど見えていないかのように、目の前を通り過ぎていく。
咄嗟にその腕を掴むと、ギールはもう一度、声を大きくして尋ねた。

「ヴィルマン卿! 一体どちらへ──」

 行かれるのですか、と引き留めようとした──次の瞬間。
突如、伸ばした腕に激痛が走り、ギールは反射的に手を引いた。

 ヨークに触れた掌の皮膚が、まるで熱した鉄を押し当てられたかのように赤く、溶け爛れている。
本能的に後ずさり、ヨークの背を凝視していると、不意に会議室の扉が開き、アレクシアとハインツが出てきた。
扉のすぐ外からギールの声が聞こえて、様子を見にきたのだろう。
ヨークの姿を認めるや、アレクシアは、カツカツと靴音を鳴らして歩み寄ってきた。

「あ、ちょっと! 評議には出ておいて、私達からの招集には一切応じないつもり? 近くまで来ていたなら、顔くらい出しなさいよ」

 アレクシアの言葉に、ようやく反応したヨークが、緩慢な動きで振り返る。
目が合って、ギールとアレクシアは身構えた。
ヨークの瞳が、まるで炎を宿したような、不気味な橙黄色に光っていたのだ。

「……ヴィルマン卿……?」

 向かい合ったアレクシアが、訝しげに呟く。

「……いや、違うわね。貴方、一体なに……?」

 アレクシアの青い双眸が、ヨークの内にあるものを見定めんと細まる。
ふと持ち上がったヨークの指先が、宙を裂いた。
──刹那、避ける間も無く、アレクシアの両のこめかみを、熱い衝撃が横切った。

「──……っ」

 視界が、赤一色に染まる。
両目を覆った手の間から、みるみる血が溢れ出し、石床を汚していく。
痛みよりも、いきなり暗闇に突き落とされて、前後不覚に陥った混乱が先に襲ってきた。

 両眼を押さえ、血溜まりに倒れ伏したアレクシアを見下ろして、ヨークは不敵に笑った。

「貴様こそ、なんだ。その目の色……純粋な人間ではないだろう」

 歪んだ唇から発せられた声は、ヨークのものではない。
再び持ち上がった指先が、アレクシアに向けられる。
ギールの反応が追いついたのは、その時であった。

「──さ、下がれ! なんのつもりだ……!」

 咄嗟にアレクシアの前に立ち、腰の魔剣を引き抜く。
だが、ヨークの指先が向けられた瞬間。
抜刀した手が、ギールの意思に反して、自らを斬りつけんと翻った。

「───っ⁉︎」

 反射的に頭を逸らすが、抗えない力に剣筋を支配されて、刃が横に滑る。
痛みが、首の皮に食い込んだ。
そして斬り落とす──寸前、ギールの腕を、それ以上の強い力が掴み、ぐいっと刃が遠ざけられた。
後ろから伸びて来たハインツの手が、ギールから魔剣を取り上げたのだ。

 ハインツは魔剣を投げ捨てると、ヨークに飛びかかり、その場に押し倒した。
馬乗りになって、動けぬように肩を押さえつけると、触れた手に灼熱の激痛が走る。
斬られても、焼かれても、さして傷つかぬはずの硬質なハインツの皮膚が、煙をあげて溶けていく。
自身の肉が焦げる匂いを嗅ぎながら、それでも力を緩めずに、ハインツは、背後にいるギールに声をかけた。

「に、逃げて……!」

 はっと身を強張らせると、ギールは、足元で倒れ伏しているアレクシアを見遣った。
ハインツ一人を置いていくなんて、そんな真似はできない。
そうは思うが、自分ではヨークを動かす何かに太刀打ちできるか分からないし、何より、アレクシアをこのまま放置すれば、彼女の命が危ない。
迷った末に、アレクシアを抱きかかえると、ギールはハインツたちに背を向けて、長廊下を駆けて行った。


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