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投稿日:2025年12月31日






 モルティスは、許可もとらずに立ち上がると、ルーフェンの方を見た。
睨まれたルーフェンは、とぼけたように肩をすくめて、「私は殿下に従いますよ」と言ってのける。

 つかの間、モルティスは厳しい顔つきで黙っていたが、ややあって、後方の騎士たちの列を一瞥すると、シャルシスに向き直った。

「……かしこまりました。殿下がそのようにお望みならば、私も従いましょう。……ですが、その前に、一つお耳に入れたいことがございます」

 予期せぬ申し出に、シャルシスが瞬く。
一体何だ、と尋ねる前に、モルティスが片手を上げ、騎士たちに何かの合図を送った。

 すると、壁際に待機していた一人が、一度広間を出てから、台車を携えて戻ってきた。
台車はガラガラと音を立てながら、王座に向かって、紅絨毯の上を進む。
そこに乗っているものを見て、一同は、はっと息を飲んだ。
台車の敷布に無造作に広げられていたのは、ほとんど炭化した人骨だったのだ。

 思わず口元を覆って、シャルシスは、モルティスを怒鳴りつけた。

「なっ、なんのつもりだ! このようなものを、神聖な王の間に持ち込んで……!」

 シャルシスに同調した人々が、モルティスに批難の目を向ける。
突然死体を持ち込んでくるなんて、誰が予想していただろう。
しかも、ただの遺骨ではない。
一見すると、炭の塊のようにも見える、無惨で異様な焼死体だ。
それは、近くで見てようやく、形の残った四肢の骨が確認できるか、できないかといった状態であった。

 やがて、台車がシャルシスの前で止まると、モルティスは口を開いた。

「なんのつもりだ、という問いは、私から召喚師殿にお伺いしたく存じます」

 全員の視線が、今度はルーフェンに集まる。

 モルティスは、台車から少し離れたところに立つと、鋭い声で続けた。

「殿下、このようなものをご覧に入れたこと、どうかお許しください。ですが、今から白日に晒すのは、真実であれば、到底許し難い罪なのです。我々はその真偽を、今この場で確かめねばなりません。……心当たりがおありでしょう、召喚師殿」

 険しい形相でルーフェンを睨み、モルティスが追及する。
ルーフェンは、わざとらしく首を傾げた。

「心当たり……? さあ、なんのことでしょう。ああ、もしかして、貴殿が秘密裏に放った召喚師暗殺のためのイシュカル教徒……とか?」

「──しらを切るつもりなら、教えて差し上げましょう!」

 大声で言って、モルティスは、ルーフェンの言葉をかき消す。
次いで振り返り、臣下たちを見渡すと、モルティスは、真っ赤な顔で叫んだ。

「良いか、皆も聞くが良い! この焼死体は、一年前の審議会にて、召喚師殿に処刑されたミストリアの次期召喚師と、その従者のものである! だが、調べたところ、この焼け残った骨から推測される全身の骨格は、二体とも大柄な男のものであった……!」

 衝撃的な発言に、人々が目を見張る。
モルティスの言わんとしていることが分かって、場の空気が、騒然としたものに変わった。

 両手を広げると、モルティスは朗々と続けた。

「この場には、一年前の審議会にも出席していた者もいるはずだ。されば、まだ記憶に新しかろう! 捕らえたミストリアの次期召喚師と従者は、小柄な少女と、少年の姿をしていた! つまり、彼奴きゃつらと焼け跡から回収したこの死体は、全くの別人である! 召喚師殿、これは一体どういうことなのか、ご説明頂きたい……!」

 振り返ったモルティスが、再度ルーフェンを睨みつける。
つられてルーフェンを見やったシャルシスは、その横顔を見て、ぎょっとした。
彼は、狼狽えるどころか、まるでこの時を待っていたとでも言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべていたからだ。

 少しの静寂の末に、ルーフェンは、ゆっくりと唇を開いた。

「本物のミストリアの次期召喚師は……今も生きています。自国に戻って、今頃は王位を継いでいますよ」

 ざわりと、広間にどよめきが起こる。
モルティスは、憎らしげに歯軋りをした。

「よくもそう抜け抜けと……。召喚師殿……いや、悪魔に身をやつす愚かな売国奴め! 貴様は最初から、ミストリアと内通していたのであろう。審議会が始まった時から、あの獣人たちを罰する気などなかったのだ! しかし、公然と生かすのは、周囲の理解は得られぬと想定し、あの獣人の次期召喚師たちを"殺したと見せかける"ことにした。すなわち、貴様は謁見の間で見せしめるように二人を焼死させたが、あれは我々を欺くための演出に過ぎん。その裏では、偽の死体とすり替えることで、本物の次期召喚師たちを生かし、ミストリアに逃していたのだ! 確か、その数日前、我ら教会が城下で火刑した獣人の男二人を処理したのは、貴様であったな。……さあ、言い逃れができるものならしてみるがいい、ルーフェン・シェイルハートよ!」

 こめかみに血管を浮かせ、興奮のあまり息を乱しながら、モルティスは問いただす。
人々の疑惑の眼差しを一身に受けながら、ルーフェンは、小さく吐息をついた。

「……そこまで調べ上げられているなら、弁解の余地はありません。貴殿の仰っていることは全て真実です、リラード卿」

 瞬間、モルティスの指示を受けた騎士たちが、一斉に剣を抜き放ち、ルーフェンを取り囲む。
どうすれば良いか分からず、王座から腰を浮かせて硬直しているシャルシスに、モルティスは声をかけた。

「殿下、こちらへ! もうお分かりでしょう、そやつは国家転覆を謀る売国奴なのです! 召喚師一族であろうとも、裏切り者をのさばらせておくわけにはいきませぬ!」

 その声にはっとすると、シャルシスは、慌ててモルティスの元へと駆け寄ろうとした。
しかし、壇上から降りようとした時、背後から伸びてきたルーフェンに腕を引かれ、乱暴に王座に戻されてしまう。
刹那、首元に小刀を突きつけられて、シャルシスの喉から、ひゅっと呼気が漏れた。

「このっ、愚かな罪人めが……っ!」

 血走った眼で、モルティスが叫ぶ。
王子を人質に取られたとあっては、不用意に動くこともできず、騎士たちの間に鋭い緊張が走った。

 ルーフェンは、ふ、と鼻を鳴らした。

「私の告発を狙っていたなら、殿下は最初に避難させておくべきでしたね。こうしていると、遷都した時のことを思い出しますよ。……これ以上、王位継承者を失うわけにはいかないでしょう?」

 シャルシスに突きつけた小刀を微かに傾け、ルーフェンは嫣然えんぜんと笑う。
これには、文官たちも腰を抜かし、魔導師たちも、やむを得ず教会側につくことを決心したようであった。

 緊迫した空気の中、永遠にも感じられる一瞬、一瞬が、時を刻んでいく。
シャルシスは、がちがちと歯を鳴らしながら、必死に打開策を考えていた。
首に押し当てられた刃の冷たさだけが、やけにはっきりと感じられる。
生まれて初めて感じた死の恐怖に、全身は凍りついていたが、意外なことに、思考はよく回っていた。

 ごくりと息を呑んで、シャルシスは声を絞り出した。

「なぜ……なぜだ。どうしてこのようなことをする……? そなたのことだ、ミストリアの次期召喚師を逃したのには、何か理由があったのだろう……? 今、も、申してみよ……」

「…………」

 怯えながらも、シャルシスは、ルーフェンを真っ直ぐに見上げてきた。
その目を見て、ルーフェンは、意外そうに眉を上げた。
シャルシスは、この状況下でも、思考を放棄せずに交渉しようとしてきている。
ファフリたちを生かした理由次第では、恩赦をくれてやるから、自分を解放するようにと、話の流れを変えようとしているのだ。

 ルーフェンは、静かな口調で答えた。

「……そう躍起になって、ミストリアと敵対する必要はないと思ったんですよ。獣人たちとの一件で痛感しましたが、我々は、あまりにも"外の世界"に対して無知です。……しかし、サーフェリアはいずれ、他国の脅威に脅かされることになる。……近い将来、必ずね。断言しても良い。であれば、早い段階で、ミストリアに恩を売って損はないだろうと思ったんです」

 シャルシスが答える前に、モルティスが口を挟んだ。

「殿下、惑わされてはなりませんぞ! 自国の民に犠牲を出して尚、原因となった獣人に媚びようなどと、我々が臆していると宣言しているようなもの! 第一、他国の脅威に晒されるなどと、なぜ貴様に分かるのだ! 四種族を分かつ隔たりは、古の時代にイシュカル神が築き上げた強固なものである。それを易々と侵す兇徒きょうとが、そう頻繁に現れてたまるか!」

 ルーフェンは、わずかに眉を歪めた。

「信じる信じないは自由ですが、信仰心にかまけて泥酔されては困りますね。では貴殿は、他国が攻め入ってきても、祈ってさえいれば、神が現れて兇徒とやらを罰してくれると?」

「貴様がその兇徒ではないかと申しておるのだ、穢らわしい異教の召喚師め……! 他国の侵攻を断言していることが、何よりの証拠! まさか、獣人以外とも関係を持ち、その侵入を手引きしているのではあるまいな!」

 モルティスが言葉を続けようとした、その時だった。
会話に気を取られていたルーフェンの隙を突き、魔導師たちの列の方で、チカッと何かが光った。
──瞬間、ルーフェンの肩口に、殴られたような衝撃が走る。
見ると、飛来した魔槍──ルマニールが、深々と肩に突き刺さっていた。

 円状に並ぶ騎士たちを掻き分けて、宮廷魔導師団長、ジークハルトが間合いを詰めてくる。
同時に、彼の手の動きに呼応して、ルマニールが翻った。
肉を引き裂き、勢いそのままに宙で回転すると、ルマニールは、自在に反転してジークハルトの手中に戻る。
小刀を取り落とし、出血した肩をおさえると、ルーフェンは、力の入らなくなった右腕に舌打ちをした。

「今だ! かかれ──!」

 シャルシスが解放されたことを確認して、モルティスが指示を出す。
だが、すかさず反応したルーフェンが、足を踏み鳴らすと、瞬時に氷層が床を覆った。
攻撃に出た騎士や魔導師たちの膝下を、刺すような冷気が包み、一瞬にして凍てつかせる。
人々が足を取られた隙に、式中に使った装飾杖を壁掛けから取ると、ルーフェンは、それを手にジークハルトと対峙した。

 ルマニールで冷気を振り払い、薄氷を蹴り散らすと、ジークハルトは、ルーフェン目掛けて突進した。
詠唱するも、杖を構える間さえ与えずに、素早く魔槍を繰り出す。
しかし、はなから攻撃を受け止める気はなかったのか、ルマニールの穂先を掻い潜ると、ルーフェンは、ジークハルトの懐に飛び込んできた。

 距離を詰められると、槍での攻撃は、次の一手を出しづらくなる。
ルーフェンは、体勢を崩したジークハルトの頭部を狙って、勢いよく杖を振り抜いた。

「────っ!」

 強打された痛みが、耳の下に走る。
もし、ルーフェンが右肩を負傷していなければ、昏倒させられていただろう。
だが、咄嗟に上体を反らしたジークハルトは、すんでのところで急所を避け、意識を失わずに済んだ。

 後方に転回し、目にも止まらぬ速さで体勢を整えると、ジークハルトは、再び地を蹴って、ルマニールを振り上げた。
体重の乗った重い一撃が、ルーフェンの杖にのしかかる。
連続した攻撃で、息が上がっていたが、召喚師を相手にする以上、魔術主体の戦闘には持ち込みたくなかった。

 槍と杖とが拮抗した状態で、ジークハルトは、ルーフェンを睨んだ。

「……お前、こんなことをして、今後どうするつもりなんだ」

「…………」

 ルーフェンは、ジークハルトを見つめ返しただけで、何も答えない。
だが、その目を見れば、彼が何を考えているのか、ジークハルトには分かるような気がした。

──……サーフェリアの召喚師は、俺の代で、最後にする。

そう告げてきた、七年前のルーフェンの言葉が、ふと脳裏に蘇った。
あの頃から──いや、きっとそれよりも前から、ルーフェンの目的は一つなのだろう。

 旧王都アーベリト陥落の首魁しゅかいが、まるで自分であるかのように振る舞っていたルーフェンを見た時から、なんとなく勘づいていた。
本当は、ルーフェンがファフリたちを逃していたことにも気づいていたが、ジークハルトは、あえて見て見ぬ振りをしていた。
なぜなら、自身が告発されることで、召喚師制が廃止される流れを作り出すことこそ、ルーフェンの狙いであると分かっていたからだ。

 片腕では支えきれなくなったのか、微かに表情を歪めたルーフェンを見て、ジークハルトは追い討ちをかけた。
一気に踏み込み、ルーフェンを押し倒そうと、腕に渾身の力を込める。
しかし、次の瞬間、組み合った装飾杖から魔力が迸り、鋭い冷気がルマニールを覆った。

「く……っ」

 しまった、と思う間も無く、白霧はくぶを伴った氷塊が、魔槍ごとジークハルトの腕を飲み込む。
みるみる肥大化していく氷が、肩や首の辺りまで広がってきて、ジークハルトは、その重量に膝をつくしかなかった。

 ジークハルトの横を抜けたルーフェンは、すれ違い様に、小声で囁いた。

「……あとは頼む」

 ジークハルトが倒れるのを見もせずに、ルーフェンは、シャルシスの元へと駆け寄る。
次いで、彼の脚を繋ぎ止めている氷を解くと、その身体を抱え、扉窓に向かって走り出した。
ジークハルトは、なんとか後を追おうと顔を上げたが、分厚い氷の枷は、容易には破壊できなかった。

 抵抗しようとしたシャルシスは、しかし、耳をつんざいた破砕音はさいおんに、思わず身をすくませた。
ルーフェンが短く詠唱すると、広間に並ぶ複数の窓が、次々に砕けたのだ。

 飛散した硝子の破片が、きらきらと輝きながら、室内に吹き込んでくる。
シャルシスは、ルーフェンが扉窓から外へ飛び出すつもりなのだと分かったが、鋭利な雨の中では、その腕にしがみついていることしかできなかった。

 降りしきる硝子片から身を守ろうと、皆が床に伏せている。
その中で、宮廷魔導師のギールだけは、構わずルーフェンの後ろ姿を凝視していた。
銃剣を構え、感覚を研ぎ澄ませる。
そして、ルーフェンが扉窓からバルコニーへと出ようとする──その一瞬を狙いを定めて、発砲した。

 何かに気づいたルーフェンが、わずかに身を屈める。
ギールは、小さく舌打ちをして、銃剣を下ろした。
その時には、既にルーフェンの姿は見えなくなっていたが、微かな手応えは感じていた。

 成す術もなく頭を抱えていたシャルシスは、内臓が震えるような落下感を感じて、自分は今、バルコニーから飛び降りたのだと悟った。
重なり合う破砕音が未だ脳内を巡り、このままでは死ぬかもしれないと、警鐘を鳴らしている。
動かぬ四肢に反して、頭の中だけは冷静に、ルーフェンの腕を振り解かねば、と考えていた。

 自力で氷塊を解いたのか、バルコニーに飛び出してきたジークハルトが、何かを叫んでいる。
遠ざかっていく臣下たちの声を聞きながら、シャルシスは、落下の衝撃に備えて、目を閉じたのであった。


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