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投稿日:2025年12月31日




第二章──新たなる時代
第四話『幼君』



 
 古城での生活が始まって、四日目。
この日から、ナジムを加えた二十五人の少年たちによる、脱走計画が始まった。

 ナジムの話では、この古城には、『蛇の毒牙』の盗賊とマイゼン家に仕える私兵が、合わせて四十人ほどいるらしい。
その内の盗賊二十人ほどが、船に乗っていたのと同じ顔ぶれで、最初に下船した先発組が、積荷である武器類の運搬および管理を担当し、シャルシスたちを連れて、古城送りと平野送りの二手に分かれた後発組が、そのまま子供たち、もとい少年兵候補の監視と育成を担当しているようだ。
残りの二十人ほどは、元々城に待機していた盗賊やマイゼン家に仕える私兵たちで、彼らは、雑用係として働いている二十人ほどの奴隷たちの管理をしているとのことだった。

 ウェーリン周辺には、戦場として想定されている拠点がいくつかあるが、作戦の中心となっているのは、北部山地とカーライル領の境にあるスタン平野。
攫われた子供達の大半が送られるのも、そこであった。

 平野には、ナジムが知る限りでも、既に数千人の雑兵と二百人近い子供たちが送られており、今なお悲惨な環境下で、戦えるかどうかふるいにかけられているらしい。
後方支援要員として古城に連れてこられたシャルシスたちも、いざ開戦することになれば、戦況次第で平野送りになる可能性はある。
しかし、季節は秋に差し掛かり、もうすぐ北方の山間部は雪深くなる時期だ。
身動きがとれず、人や物資の行き来ができない間は、兵の増員はできないし、ウェーリンが宣戦布告することもないだろう。
盗賊たちも、空堀を"春まで"に四ロの深さにするように、と言っていた。
つまり、事態が動き出すと考えられるのは、雪解けが始まる春以降。
それはすなわち、開戦前に脱走計画を実行するならば、時限は春までということであった。

 シャルシスが最初に試みたのは、居住区画で暮らしているらしい雑用係の奴隷たちと、内通を図ることであった。
夜間に地下から脱走する場合、各門の鍵を盗むにしても、倉庫から武器をとって戦うにしても、まずは事前に、それなりに自由の利く協力者を得なければならない。
ナジムを含む少年たちは、基本的に堀と主塔間の行き来しか許されていないからだ。
その点、炊事などの雑務全般を担当している雑用係は、仕事で城内を動き回っているはずだし、食材や物資の補給のために、城外の人間と接触している可能性もある。
彼らと協力関係になれれば、居住区画の情報入手はもちろん、間接的に外部とも関わりを持てるかもしれないと思ったのだ。

 といっても、シャルシスたちが雑用係と顔を合わせる機会はないので、直接話すことはできない。
紙や筆記具を持っているわけでもないので、手紙の交換をするようなこともできない。
できるのは、雑用係が後々回収して洗うのであろう食後の木皿の裏に、取り分け用の匙の柄で文字を削り、一方的に助けを求める文言を送ることくらいであった。

 それも、盗賊や兵たちの目を欺くために、分かりづらい記し方にした。
文言は、食事の作法上、まず口にするべきとされるスープの深皿から、一皿に一文字ずつ、崩した古語で彫った。
普通の文字の読み書きもままならないであろう奴隷身分の者たちが、作法の順に皿を確認して、古語を読み解いていくことができるとは思えなかったが、見てすぐに伝わるようでは、脱走計画が露見してしまう。
彫る日は何日かに分け、筆跡も変え、それでも気付いてくれる者がいるようにと願いながら、シャルシスは、彼らが反応を返してくれる日を待ったのだった。

 堀の掘削作業中に脱走する下準備としては、日に短時間ずつ、山道の探索を行った。
日中、少年たちは四組に分かれ、各組に一人ずつ付く盗賊に監視されながら、堀を掘り進めなければならない。
その見張り役の一人がナジムなので、ナジムが監視を担当する六人の内、シャルシスとクロッカの二人だけがこっそりと作業を抜け、下山道を探しに出るのだ。

 指揮は、計画の発案者である年長のシャルシスが執り、その山道が安全かどうかは、北部山地出身のクロッカが判断した。
土砂崩れや雪崩の起こりそうな斜面はないか、危険な野生動物の縄張りになっていないか、などを確かめて、安全そうだと思える場所には、"枝折り"や"石積み"などの道標を残しておく。
そうすれば、その翌日以降は道標を辿って下り、その更に先を探索することができる。
それを繰り返し、山の麓まで繋がっていそうな下山道を見つけ、いざ脱走計画を実行する時には、その経路を皆で一斉に下りようという計画だ。

 もちろん、このことも盗賊たちにバレてはならない。
ナジムの担当する組だけ、作業が遅れていると怪しまれてもいけないので、一回の探索にかける時間は半刻ほど。
終わったらすぐに戻って、また掘削作業を再開した。

 作業を抜け出せる時間が限られている以上、下って帰ってくるだけで半刻かかるようになれば、その先の探索には行き詰まることになる。
雑用係を通じた古城内外の情報収集には、正直期待をしていなかったし、かといって、これ以上目立った行動をとれば、盗賊たちに計画を勘づかれてしまうかもしれない。
シャルシスが皆の前で、さも逃げ延びられる可能性があるかのように話したのは、所詮はどれも付け焼き刃の愚案である。
それでも、現実だけを見て、もう死ぬしかないのだと諦めてしまえば、わずかな救いの可能性も全て捨て去ることになってしまう。

 作業を終え、疲れ切った身体で薄暗い地下に戻っても、シャルシスが探索の成果を報告している間だけは、皆、目に希望の光を取り戻していた。
彼らの心の支柱を、くずおれさせてはならない。
前の見えない闇の中だからこそ、彼らの魂の炎が消えしまわぬように、自分は強く、毅然と振る舞わなければならない。
そうして耐えて、待ち続けていれば、きっと何か救われるきっかけが訪れる。
シャルシスの心を支えているのもまた、その使命感と期待なのであった。



 望まぬ変化が訪れたのは、山々の稜線に積もる冠雪が目立ち始めた、晩秋のことであった。
十分に出されていた夕食の量が、日に日に減り始めたのだ。

 まず、野菜が食卓から消え、肉が塩漬けのものに変わり、やがて、それも数日に一度しか出されなくなった。
山腹にも雪がちらつき始めた頃には、ついに、パンと薄いスープだけの、粗末な食事しか出てこなくなった。

 空腹状態で重労働をこなしていると、一月程前まで送っていた、死臭まみれの海上生活を思い出す。
あの時は、限られた積載備蓄の中で、子供たちの食糧だけが切り詰められていたが、どうやら今は、盗賊や私兵の食糧までも節減せざるを得ない状況らしい。
シャルシスたちがそのことに気づいたのは、同じく腹を空かせたナジムが、「雪の影響で、予想よりも早く平野の奴らと連絡がつかなくなった」と情報をくれたからであった。

 『蛇の毒牙』は、元は西部を拠点とする無法者の集まりで、ネール山脈の冬を知らない。
北部山地は平地よりも早く、深く積雪し、真冬ともなれば、西部の比ではない雪害や厳寒に襲われることになる。
今年分の子供や武器の運搬は、シャルシスたちで最後と決めていたようだから、盗賊たちも、頭ではその壮絶さを分かっていたのだろう。
だが、山中の古城にこもり、秋の間は食糧のやりとりを継続して、越冬に備えようと考えていたのなら、その認識は甘かったと言わざるを得ない。
クロッカ曰く、山岳民が秋になると行商のために南下していくように、北部の冬に慣れている者ほど、晩秋には山地から離れたがるものなのだ。

 ウェーリンに属するマイゼン家の私兵も、北部平地の冬の厳しさは知っているかもしれないが、長らくシュベルテの属領となっていたがために、冬場の山城に籠城して戦に備えるような経験はないのだろう。
今ある備蓄は、果たして、古城にいる百人近い人々を、一冬養えるほどの量があるのだろうか。
唐突に、音もなく降り始めた雪が、シャルシスたちの行く先を白く覆い、背筋を凍らせたのであった。


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