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投稿日:2025年12月31日
「……あ? 狩りに行きたいだと?」
そんな折、シャルシスが「食糧調達のために狩猟に行かせてほしい」と提言すると、盗賊頭の男は案の定、否定的な反応を見せた。
ナジムが口利きしてくれたとはいえ、こんな風に監視役の盗賊に意見したのは、初めてのことだ。
呼び止められた盗賊頭の目には、苛立ったような、剣呑とした色が浮かんでいる。
日中の掘削作業を終え、持っていた鍬を堀の一角に集めながら、少年たちは、ハラハラとした気持ちで、シャルシスと男の会話に聞き耳を立てていた。
「……これから冬に向けて、寒さが厳しくなり、雪も深く積もるようになります。そうなれば、雪の掻き出しに時間を取られて、堀の掘削も思うように進まなくなるでしょう。だったら、山での狩猟や採集に時間を費やした方が、効率的ではありませんか。今ならまだ、食べられる木の実や山菜、薬草なんかも取れますし、鳥や兎を獲って肉を保存しておけば、吹雪いて身動きが取れない日でも、食糧に困りません。……刃物や弓を貸して頂ければ、あとは全て自分たちでやるので、そちらに手間は取らせません。行かせてください、お願いします」
「…………」
霜で薄らと白くなった地面を示し、シャルシスは、粛々と頭を下げてみせた。
堀の掘削作業が、開戦準備の一つというだけではなく、自分たちを消耗させ、反抗する気概を失わせるための洗脳も兼ねているのだということは分かっている。
思考力がなくなるほど子供を疲弊させることに意味があるわけだから、単に、雪の中では作業効率が悪い、と言うだけでは、盗賊たちを説得することはできないだろう。
そもそも正当性のない状況下で、合理的な理由を並べても無駄だ。
慈悲の欠片もない連中を相手に、同情を誘うような言葉選びも無意味だろう。
ただただしつこく懇願して、「もう面倒だから、狩りに出るくらい好きにしろ」と思わせるしかない。
当然、ナジムと内通していることは、悟られてはいけない。
そして、マイゼン家の謀略により自分たちが徴兵されていることや、盗賊たちが既に外部とやりとり出来なくなっていることなども、知らない体だ。
シャルシスたちはあくまで、空腹に耐えかねた無知でか弱い子供として、慎重に振る舞い、交渉を進めなければならなかった。
頭を下げたまま、じっと返事を待っているシャルシスに、盗賊頭はハッと鼻を鳴らした。
「そう言って、作業をサボろうっつう魂胆か? あるいは、狩りを口実に武器を持ち出して、山ん中に逃げ込むつもりだろう。まだそんな悪知恵が働くたぁ、随分余裕があるようだなぁ?」
半笑いしながらそう言われて、シャルシスは、思わず身を強張らせた。
盗賊頭の読みは、おおよそ当たっている。
皆で話し合い、狩りに行きたいと進言することにした目的には、食糧調達以外にも、武器の確保や山中の探索範囲を広げるといった、別の目論見もあったのだ。
堀を掘っている間、鍬やスコップなら貸し与えられるが、古びた農具では帯剣した男たちに敵わないし、衣服の下などに隠し持つこともできない。
それに、貸し出された道具は全て、作業が終わったら返却しなければならなかった。
その点、狩りに出るといえば、小刀や剣、弓矢や縄など、武器として通用する道具を多く借りられるかもしれない。
また、獲物を追っていたことにすれば、時間を気にすることなく、山中の探索も進められると思ったのだ。
シャルシスの髪の毛を掴んだ盗賊頭が、引き寄せた顔面に膝蹴りを食らわせようとしているのを見て、ナジムが、慌てたように口を出した。
「まあ、聞いてくれよ、頭。こいつらが狩りに出る時は、俺が見張りにつく。深追いはさせないし、絶対に逃がしゃしねぇ。それなら、何の問題もないだろう? それにこいつ、結構頭がいいんだ。ガキの中には、元は狩猟民だったって奴もいるし、案外大物を獲って来られるかもしれない。そうしたら、備蓄にも余裕が出るし、悪い話じゃねえんじゃねえか? ……要は、冬の間は、自分たちの食いもんを自力で取ってくるって言ってんだ」
「…………」
髪の毛を離すと、盗賊頭は、シャルシスを突き飛ばした。
そして、薄く笑いながら体の向きを変えると、突然、何の予備動作もなく、ナジムの顔面を殴りつけた。
「──ぅぐっ……!」
「てめぇはいつから俺に一端の口を利くようになったんだ? ぁあ⁉︎」
ゴフッと鼻血を噴き出して、ナジムが倒れ込む。
その背中を踏みつけて、盗賊頭は唾を吐いた。
「ったく、コソコソと余計なことを考えやがって。なぁナジム、俺はガキどもを"監視しろ"と言ったよな? 監視っつったら、行動は勿論、変な気を起こさねぇかどうかも見張るんだよ。なんでてめぇまで一緒んなって話に乗っかってんだ、ぇえ?」
盗賊頭の足下で、ナジムが苦しげに呻く。
脇腹を蹴り上げようした盗賊頭の脚を、咄嗟に掴んで止め、シャルシスは叫んだ。
「ま、待て! ナジムには、腹が減って仕方がないから、もう少し食べ物をくれないかと頼んだだけです。そうしたら、『そんな余裕はない、こっちも満足に食べられているわけじゃない』と言うから、だったら、食糧調達に行けないか貴方達に頼んでみようという話になって……。
武器を持ったところで、俺たちには戦う技量がないし、逃げる気力も行く宛もありません。本当に、ただお腹が空いてつらいんです。もし調達に行かせてくれるなら、狩ってきた獲物や採集物の一部は、そちらに渡します。……それでもダメですか」
シャルシスの腕を蹴り払って、盗賊頭が目を細める。
胸をおさえながら起き上がって、ナジムが付け加えた。
「俺も含み、ガキ共だってこき使えば消耗するし、消耗したままろくに食わなきゃ、冬を越せずに死ぬぜ。……使えねえ奴は、ほとんど船で死んだ。今生き残ってるこいつらは、そこそこ役に立つし、体力もある。あんたは、ガキが減れば減るだけ、食い扶持も減って都合が良いと思ってるのかもしれねえが、使える奴まで全員死んだら、後々困るんじゃねえの。今年はもう補充しないんだろ」
「…………」
シャルシスは、ナジムと二人、盗賊頭から目を逸らさずに返事を待った。
盗賊頭は、考えの読めない無表情で、黙り込んでいる。
ふと、背後から近づいてきた盗賊の男が、楽しげな口調で口を出した。
「まあ、やらせるだけやらせてもいいんじゃねぇ? 食糧が増えんなら、俺たちも助かるだろう」
盗賊頭は、発言した男を睨むように一瞥してから、億劫そうにため息をついた。
それから、バリバリとフケまみれの頭を掻くと、堀の近くで立ち尽くしている少年たちの方を見た。
「おい、お前ら、こっちに来い」
びくりと顔を上げた少年たちが、慌ててシャルシスとナジムの近くに集まって並ぶ。
一体何を言われるのかと怯えている少年たちに、盗賊頭が尋ねた。
「ナジムの言っていた、狩猟経験のある奴ってのはどいつだ?」
「…………」
戸惑ったように顔を見合わせてから、四人の少年が、おずおずと手を挙げた。
一人はクロッカ。他の三人──ラシアン、エト、ホレスも、北部出身ではないが、それぞれ山沿いの村出身の子たちだ。
各々の顔を見回し、次いで、盗賊頭は、近くにいた男から弓と矢筒を受け取った。
木製で、手垢のしみついた、いかにも古臭い短弓。
それをシャルシスの目の前に出すと、盗賊頭は、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「明日、この弓だけで、大鹿を仕留めてこい。それができたら、お前らの腕を認めて、今後も狩りに出ることを許してやるよ。……ただし、行って良いのは、てめぇとナジム、そして手を上げた四人の、合計六人だけだ。他の連中は、掘削作業を続けろ。もし狩りに出た六人が戻ってこなければ、一日過ぎるごとに一人ずつ、残ってる奴らの片目を抉り出す」
少年たちの顔が、サッと青ざめる。
勿論、シャルシスたちには、自分らだけで下山して逃げようなどというつもりは毛頭ない。
だが、分かっていても、残される者たちからすれば、生きた心地のしない待ち時間となるだろう。
シャルシスは、横目にクロッカを見た。
クロッカは、シャルシスの視線の意図を察して、小さく首を横に振った。
この辺りに生息する大鹿といえば、おそらく、先日話題に上がった"ハクジカ"のことだろう。
クロッカは、ハクジカを弓矢だけで獲るなんて無理だ、と言っているのだ。
少年たちの心境を分かっている様子で、盗賊頭が念を押した。
「いいか、兎や鳥じゃなく、大鹿だぞ。明日中に獲ってくるんだ。ここらに棲む白い大鹿は、角や毛皮が高く売れるらしいからな。一頭でも獲ってくりゃあ、それなりの金になるだろ」
盗賊頭は、周囲の他の盗賊たちと目を合わせながら、くつくつと含み笑いをした。
弓矢だけ、子供達だけで大鹿を獲ってくるなんて、不可能だと分かっていながら、面白がっている。
ぐっと拳を握って、シャルシスは盗賊頭を見据えた。
「……や、約束して下さい。もしハクジカを獲ってこられたら、今後、日常的に狩りに出ても良いと認めること。そして、ハクジカを獲れても獲れなくても、明日中に六人が戻りさえすれば、残っている子供たちは絶対に傷つけないこと」
背後で、少年たちがごくりと息を呑む。
彼らの動揺も躊躇いも、十分すぎるほど伝わっていたが、仮にハクジカを仕留められなくとも罰則がないのであれば、ここで引く理由はない。
このまま盗賊たちの言いなりになって、ただ雪と土を掘り続けても、自由になれる未来はないのだから。
シャルシスに顔を近づけて、盗賊頭は、下卑た笑みを深めた。
「ああ、良いだろう。明日の朝から、日没までの間に戻ってこい。……大物を期待してるぜ」
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