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投稿日:2025年12月31日






 わずかな夕食を終え、地下の石室に戻ると、少年たちは、詰めていた息を吐き出した。
覚悟していたとはいえ、今回の進言で、ナジムは盗賊たちからの信用を多少なりとも失ったらしい。
内通まで疑われたのかは分からないが、いつもならナジムが見張りを担当していた夕食の場に、盗賊の男が一人同席していた。
やっと監視から解放されたのは、つい先ほど──地下への階段を下りきった時のことだ。
男たちも、眠る時まで少年たちについて、暖の取れない石室で夜を越すのは避けたかったのだろう。
シャルシスたちは、石室の中に入ったところで、ようやく肩の力を抜くことができたのだった。

 鉄格子の扉を施錠したナジムに、シャルシスは声をかけた。

「……ナジム、お前の立場を悪くしてしまって、すまなかった。殴られたところは、大丈夫か?」

 ナジムは、どさっと石床に座り込み、嘆息しながら壁にもたれた。

「別に。殴られるくらい、日常茶飯事だ。……ま、立場が悪くなったっつっても、元から俺は下働きだ。地下での監視とか狩りへの同行は、寒いし汚ねぇし疲れるしで、誰もやりたがらないだろうから、結局は俺が押し付けられることになるはずだぜ」

「…………」

 ナジムは、何でもないかのように答えたが、シャルシスは、しばらく心配げに彼の顔を見つめていた。
盗賊頭に殴られた横面が、赤紫色に腫れ上がっている。
ナジムは日常茶飯事だと言ったが、いつもの比ではない、強い力で殴られたに違いない。
自分と盗賊頭の間に入ってくれたせいだと思うと、罪悪感に胸が痛んだ。

 毛布を手繰り寄せて、クロッカが口を開いた。

「ねえ、シャルくん。やっぱり、弓矢だけでハクジカを仕留めるなんて、難しいと思う。特に、今の時期は繁殖期で、オスは気が荒くなってるし、メスは身籠って警戒心が強くなってることが多いんだ。仕留める以前に、見つけるのも大変だと思うよ」

 他の皆と同じように毛布にくるまって、シャルシスは首を振った。

「難しくても、やるしかない。狩りに出られるようになれば、食糧を確保できるだけでなく、堂々と山中を探索できるようになる。弓矢も、それしか使えないと言われると確かに心許ないが、ないよりはマシだ。むしろ、脱走計画に向けては、利用しやすい武器と言えるぞ。剣は借りられても、後々 くわ同様に没収されるだろうが、矢なら何本かくすねても、使ったということにすればバレないからな。……毎日少しずつ盗んで、こうして、石の下に隠しておけば、分からないはずだ」

 言いながら、シャルシスは、石床に敷き詰められた、欠けた石材の隙間にガタガタと指をねじ込んで、取り外して見せた。
これは、石床の底を掘って地中に隧道ずいどうを作れないか、と考えていた時に発見したことだが、この石室は老朽化が激しく、壁や床の石材のいくつかは、接着用の粘土が劣化していて、うまく揺らすと取り外せるようになっていた。
残念ながら、石材の下には岩盤が広がっていたので、隧道を掘って主塔の外に逃げることは出来なさそうであったが、何かを仕舞い込むことはできそうであった。
そう思いついた時から、狩りを口実に小刀や矢を盗むことができたら、石材の下に隠そうと決めていたのだ。

 しかし、シャルシスの前向きな言葉を聞いても、クロッカは、困ったように眉を下げただけであった。
クロッカだけではない。
共に狩りに行くことになったラシアン、エト、ホレスの三人も、他の少年たちも、皆、暗い表情で俯いている。

顔には出さないようにしたが、シャルシスの頭にも、ハクジカを仕留めるのはそんなに大変なことなのだろうか、という不安がよぎった。
王宮にいた時も、ルーフェンやトワリスと旅をしていた時も、鳥や兎くらいなら仕留めたことはある。
だがそれは、剣や魔術を使える状況での狩りだったので、弓矢のみを用いての鹿狩りがどれほど難しいものなのか、正直よく分からない。

 少年たちの顔を見回して、シャルシスは尋ねた。

「……その、ハクジカというのは、どうやって狩るのが普通なんだ? ただのヤマジカなら、弓矢で狩れないこともないだろう。ハクジカは無理なのか?」

 身振り手振りも交えて、クロッカが答えた。

「僕たちがやってたのは、追い込み猟だよ。猟犬と脅かし役が、決まった場所にハクジカを追い込んで、待ち伏せしていた仕留め役が、縄付きの投槍なげやりいしゆみを放つんだ。目や顎、脚を負傷したり、縄が絡んだりすれば動きが鈍るから、その隙に大振りの剣鉈けんなたで仕留める。……ハクジカはとにかく大きくて、逃げ足が速いんだ。矢が刺さったくらいじゃ死なないだろうし、一本射られてこちらに気づいたら、すぐに逃げちゃうと思う。うちのじっちゃんは、熊だって一人で仕留めちゃうような村一番の狩人だったけど、ハクジカ猟だけは、一人では追いきれないって言ってたよ」

「く、熊よりも難しいということか……」

 呟いて、シャルシスは口元に指先を当てた。

「じゃ、じゃあ……その辺の毒草とか毒虫を、矢尻に仕込むことはできないか? ほら、猟師連の者たちは、獰猛な大型獣を一発で仕留めなければならない場合に、毒を使ったりするだろう」

 クロッカは、うーんと唸った。

「殺すだけなら有効なんだろうけど、僕たちはあんまりやったことないなぁ。毒の回った肉は、基本的に食べられなくなっちゃうからね。鼠や狐なんかが倉に出た時には、ウーチっていう毒草の根を混ぜた餌を置いて対処したりはしてたけど、それもあくまで小獣の駆除用だったから、大型獣には効かないと思う。この辺りでは、僕の知る限り、ハクジカに効くほどの猛毒は集められないんじゃないかな。あったとしても、即効ではないだろうから、やっぱり逃げられちゃうと思う」

 西方カルガンの郊外出身のホレスが、口を出した。

「俺がいた村だと、家畜や作物を荒らす大型獣を殺すのに、ゾイサゴっていう蛇毒を使ってたな。熊でも猪でも、打たれたらすぐに倒れる猛毒さ。ただ、植物毒にしても、生物毒にしても、それなりの量を集めるには手間がかかるし、人手と道具も必要だ。この辺りでどんな毒が調達できるのかは分かんないけど、なんにせよ、明日一日だけで毒を用意して、矢尻に仕込んで、ハクジカを見つけて狩って……っていうのは、時間的に厳しい気がする」

 なるほど、と納得して、こめかみを揉む。
策を考えながら、黙り込んでしまったシャルシスを見て、ナジムがぶっきらぼうに言った。

「簡単に作れる罠とか、そういうのはねえの? 罠を張るのは、狩りの基本だろ。さっき、追い込み猟がどうのとか言ってたけど、そんな人手がないと出来ない力技、毎日はやってらんねぇはずだ」

 ナジムは山岳民ではないが、海上で生き延びてきた船乗りだ。
狩りの基本的な考え方は備わっているのだろう。
悩ましげに視線を落として、クロッカは、もじもじと答えた。

「ハクジカはそう頻繁に狩らないし、罠にかかっても力づくで逃げちゃう場合が多いから、追い込みが普通なんだけど……。確かに、人手がない時は罠を使うし、別の動物を獲るつもりで張った罠に、弱ったハクジカがかかってたってことも、ないことはないよ。ただ今は、何も道具がないから……」

 ナジムは、苛立ったようにクロッカを睨んだ。

「んなこたぁ分かってんだよ。だから、道具がなくても作れるような、簡単な罠はねえのかって聞いたんだ。例えば、落とし穴を掘るとか、つるで網を作って木の間に巡らすとか、それくらいなら身一つでできんだろ」

「手で落とし穴なんて掘ってたら、それだけで一日終わっちゃうよ。ハクジカは警戒心が強いから、人間の匂いが濃く残った大穴に落ちたり、網に突っ込んだりすることなんて、まずないだろうし……」

 ナジムは、勢いよく立ち上がって、鉄格子をガンッと揺らした。

「じゃあどうしろってんだよ! ねぇもんはねぇんだから、手に入る物で何とかするしかねぇだろ! ゴチャゴチャ否定すんなら、てめぇが他の案を考えろや! 役に立たねえな!」

「お、おい、ナジム! ここでケンカしたって仕方がないだろう!」

 大声で怒鳴ったナジムに、クロッカがびくりと身をすくませる。
慌てて二人の間に割って入ると、シャルシスは、ナジムをいさめた。

「ハクジカを知らない俺たちが、見当違いな策や安易な罠を張っても、失敗するだけだ。そうなったら、これまで盗賊たちにした説得も、全て徒労に終わるんだぞ。この中で、ハクジカ狩りの経験者はクロッカだけなんだ。時間がない中で焦る気持ちは分かるが、良い案が出ないからって、現実的な助言をしてくれているクロッカに怒るのは、筋違いだろう」

「…………」

 ナジムの鼻に、みるみるしわが寄っていく。
腹立ちが収まらない様子で、シャルシスに向かって唾を吐き捨てると、ナジムは、そっぽを向いて、格子の外で寝転んでしまった。

 やれやれとため息をついたシャルシスに、見計らったかのように、ラシアンが声をかけてきた。
 
「あー……でも僕、人手がないなら罠を張るべき、ってところは、ナジムくんの意見に賛成かな。クロッカくんの言う通り、追い込み猟の方が成功率は高いんだろうけど、それって狩る側が慣れてる前提でしょ? その点、僕たちは経験がないわけだから、不慣れな状態で闇雲に追うよりは、罠に時間を使ったほうが良いんじゃないかって思う」

 おずおずと手を挙げて、エトも言った。

「僕も、同じ意見だな。大穴を掘ったり、網を張ったりするのは無理でも、つると木でくくり罠を作るくらいなら、すぐにできると思うんだ。針金とかに比べたら耐久性は劣るけど、蔓だって編み込めば、それなりに丈夫な縄になる。少なくとも、弓矢と木石で作った手製の斧や槍を振り回して、真っ向対峙するよりは、獲物に逃げられる可能性が低いんじゃないかな」

 その隣で、ホレスが腕組みをして、首肯した。

「……うん、いいんじゃないか、罠猟。あとは、ちょうど繁殖期なら、オスの求愛音を出して、他のオスやメスを呼び寄せることもできるだろう。ヤマジカだと、結構うまくいくぜ。鹿笛を使った、呼び込み猟」

 ホレスが言い終えると、自然と少年たちの視線が、シャルシスに集まった。
シャルシスは、他の意見が出ないことを確認してから、その場に座り直した。

「……よし、わかった。この場で考えられることには限りがあるから、あとは明日、現地で調達できたもの次第で、今あがった案の中で実際に何ができるのか、改めて考えよう。まあ、手持ちの弓矢だけでは仕留められないというなら、無理矢理にでも新しく道具を作るしかないっていうのは、その通りだしな。……ナジムとクロッカも、これでいいか?」

 シャルシスのそばで縮こまっていたクロッカが、ナジムの方を気にしながら、小声で返事をした。

「う、うん、分かった。……うまくハクジカの通り道や縄張りを見つけられれば、罠猟も成功する可能性はあると思う。山にあるもので、どうやったらハクジカを捕まえられるか、色々考えてみるね」

 よろしく頼むぞ、という風に、ホレスがクロッカの肩を叩く。
ナジムは寝てしまったのか、無視しているのか、こちらに背を向けて寝っ転がったままだ。
おそらく今は、何を言っても、反応は返ってこないだろう。

 シャルシスは、両手を石床について前屈みになると、それぞれの顔を見回した。

「悪いが、俺には山暮らしの経験がない。ハクジカを仕留めるためには、皆の知恵と知識に大きく頼ることになるだろう。勿論、残って掘削作業を進めてくれる、皆の力も重要だ。ハクジカ狩りと掘削作業、両方をこなさなければ、盗賊たちから狩りに行く許しは出ない。……ここにいる全員で、明日、頑張ろう」

 少年たちは、表情を引き締めると、深く頷いたのであった。


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