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投稿日:2025年12月31日






 シャルシスとナジムが帰城したのは、ちょうど日が沈んで、夜のとばりが下り始めた頃であった。
途中で足元どころか、手元すら見えないほどに暗くなってきて焦ったが、古城の居住区から灯りが漏れていたことが、幸いであった。

 作業組の少年たちは、掘削作業も夕食も終えて、既に主塔の地下室に入っているようだ。
堀の周辺には誰もおらず、しんしんと降り続ける雪が、不気味なほどの静寂をもたらしていた。

 主塔の入口に、いつもは立っている『蛇の毒牙』の見張りがいないと気づいて、シャルシスとナジムは、はっと身を固くした。
予想はしていたことだが、胸騒ぎがする。
二人は、かんじきなどの装備を取ると、鼓動が速くなっていくのを感じながら、ゆっくりと地下へと続く石階段を降りていった。

 通路を進んでいくと、微かな燭台の灯りが見え始めた。
石室の方から、少年たちのすすり泣く声と、誰かを殴るような物音が聞こえてくる。
近づいていくと、石室の鉄格子の前に、先程入口にいなかった見張り役の盗賊が二人、立っていた。
一人が、石室から引きずり出した少年を殴ったり、蹴ったりしていて、それを見ているもう一人が、くつくつと笑っている。
シャルシスとナジムの存在に気づくと、盗賊の男たちは振り返って、しらけたように笑みを消した。

「……なんだぁお前ら、帰ってきたのか。どっかで凍え死んだか、逃げちまったのかと思ったぜ」

 ぶっと唾を吐いた男が、殴っていた少年の前髪を手放して、その肢体を地面に落とす。
ぐったりと倒れた少年は、顔面が血まみれで、一瞬誰なのか分からなかった。
しかし、その体格と髪色を見て、すぐにホレスであると分かった。
石室内にいる他の少年たちも、ひどく脅されたのか、青白い顔で縮こまっている。

 彼らの痛々しく哀れな姿を見て、シャルシスは、ようやく自分がしたことの罪深さを思い知った。
日没までに古城に戻らなければ、残っている少年たちが、危険な目に遭わされるかもしれない。
分かっていたのに、道中では、そのことを深く考えないようにしていた。
苦悩することも、葛藤することも嫌になって、思考することから逃げていたのである。

 思えば、クロッカの遺体を雪の中に埋めた時から、何も考えられなくなっていた。
心まで雪に埋もれたかのように、感情が冷たく麻痺し、頭の中はもやがかかったように霞み、理性が鈍っていた。
けれども今、怯える仲間たちの姿を見て、やっと正気を取り戻した。
シャルシスは今日、仲間たちの疑念を実行し、現実に、彼らからの信頼を踏みにじってしまったのだ。
クロッカたちの死にある種の安堵を抱き、ユキウサギを独占して食らい、自分達だけで下山しようとして、結果的に仲間たちを危険に晒した。
その後悔と罪悪感が、頭を叩きつけられるような痛みを伴って、一気に押し寄せてきた。

 慌ててホレスに駆け寄ろうとしたシャルシスを制して、ナジムが言った。

「……罠にかかったユキウサギを、取り逃しちまってな。久々の獲物だし、なんとか捕まえてやろうと追いかけたんだが、結局逃した上に、いつもより帰りが遅くなっちまった。ってわけで、別にここから逃げようとしたわけじゃない。こうして戻ってきたのが、何よりの証拠だろ? わざとじゃなかったんだから、見逃してくれよ」

 男たちは、互いに顔を見合わせると、ホレスを壁際に蹴り転がした。

「こいつらを折檻せっかんしてたのは、お前らが戻ってこなかった罰ってだけじゃねえよ。なあ? ……心当たり、あるだろう?」

 そう言った男の手には、一本の短く折られた矢が握られている。
そのことに気づいて、シャルシスは、心臓が止まりそうになった。
あの矢は、シャルシスたちが、石室内の床の石材タイル下に隠していたものだ。
いざ脱走する時に、何の武器も持たずに逃げるのは心許ないからと、狩りに出るたびに、小刀や矢を少しずつくすねて貯めていたのである。

 矢を見せつけるよう揺らしながら、男は、背後で縮こまっている少年たちを一瞥した。

「こいつらがぜーんぶ教えてくれたぜ? 狩りに行くとか言い出したら時から、なんか企んでるんだろうとは思ってたけどよ。まさか、武器を集めてたとはなぁ……」

「…………」

 何も言い返せないまま、シャルシスも思わず、少年たちの方を見つめた。
その視線を受けて、責められたと感じたのだろう。
以前、ギッチュ (鹿喰い虫)に脛を噛まれた少年──セドルが、目に涙を溜めながら弁明した。

「だ、だって……僕たち、シャルくんたちは、もう帰ってこないんだろうって思って……。それなら、自分たちで戦って逃げるしかないって、矢を出してたら、そこに、見張りの人たちが来て……」

 聞いていた男たちが、唐突に手を叩き、大声で笑い出した。

「戦って逃げる? お前ら、俺たちと戦うつもりだったのか! こんな折れた矢で?」

「そいつは傑作だ! その度胸を買って、なんなら今ここで戦ってやってもいいぜ。その矢と俺たちの剣、どっちが強いのか、試してみるか?」

 抜刀された剣を目にして、少年たちが、ビクッと肩を震わせる。
その怯えぶりを見て、一層高まった男たちの嘲笑が、地下中に響き渡った。

 シャルシスは、血が滲むほど強く、唇を噛んだ。
セドルたちを、責めるつもりはない。
先に裏切り、彼らを不安にさせるような行動をとってしまったのはシャルシスたちのほうなのだから、責められるわけがない。
ただ、盗賊達に武器を隠し持っていたことを知られたのは、とてつもない痛手であった。
これほど決定的な反乱の証拠を掴まれてしまえば、言い逃れのしようがないし、今は奇跡的に殺されずに済んだとしても、今後は狩りに出たり、夜に話し合う機会を作ったりすることはできなくなるだろう。

 脂汗をかきながら、硬直しているシャルシスを横目に、ナジムが、淡々と口を開いた。

「……隠してある矢、そこだけじゃないぜ。向かって左、奥から二番目の石材。その三つ右隣。あと右端の真ん中にある、その一つだけ細長い石材の下。隙間に指を突っ込んで、持ち上げてみろよ。最後のところには、小刀が入ってる。探せば、もっとあるかも」

 さあっと青ざめて、シャルシスと少年たちは、ナジムを見遣った。
身体が冷たく強張り、あらゆる物音が遠のいていく。
つかの間、ナジムが何を言い出したのか、認識できなかった。

 男の命令を受けた少年の一人が、ナジムの示した石材を持ち上げると、その下から、集めてきた矢や小刀が出てきた。
それらを受け取り、石床に捨てて踏みつけてから、男は、不意に納刀し、振り上げた鞘でナジムの横腹を殴りつけた。

「──ぅぐ……っ」

 腹を押さえて、ナジムが倒れ込む。
その胸倉を掴み、強引に起こすと、男はナジムの顔を覗き込んだ。

「……ナジム、てめぇ、知ってて黙ってたのか?」

 ナジムは、苦しげな声で答えた。

「……なんとなく勘づいてた程度だ。でも確信が持ててなかったから、報告してなかった。居住区で寝起きしてるあんたらには分かんねえだろうが、この地下室は、火を消すと真っ暗で何も見えないんだ。ガキ共がどこに矢を隠してんのか、物音だけじゃ分かんなかったんだよ。前に、不確かな報告はすんなってキレてきたのは、あんたらの方だろ」

 男は、ナジムを探るように睨んだ。

「その言い分を信じるなら、てめぇは、ガキ共のたくらみには無関係だったんだな? 狩りに行くっつう話も、それに乗じて武器を盗もうっつう話も、事前には何も聞いていなかったと?」

「……ああ。狩りの件で交渉の仲介を頼まれはしたけど、それ以外のことは、何も聞いてなかった。この中には、字が書けるやつもいるからな。俺の目を盗んで、筆談でもして密かに計画を立てていたんだろう」

「……なるほど」

 男は、ニヤッと口元に笑みを浮かべて、ナジムを解放した。
腹の底ではナジムの関与を確信しているような、含みのある笑みであったが、男は、それ以上は言及せず、次いで少年たちの顔を見回した。

「それなら、他にお前らを主導している奴がいるはずだな。最初に矢をくすねようなんて浅知恵を働かせた奴は、一体どいつだ?」

 少年たちは、震える唇をつぐんで、長らく俯いていた。
男は、顎をしゃくって、壁際で気絶しているホレスを示した。

「言いたくねぇなら、別にそれでも構わないぜ。片っ端からぶん殴って、自分から吐きたくなるようにするだけだからな」

「…………」

 恐怖に突き動かされた少年たちの視線が、故意か、無意識か、シャルシスの方に集まる。
腹をさすりながら、ナジムが立ち上がって、シャルシスを指差した。

「……そいつだぜ。一番、読み書きが得意な奴」
 
 ぞっとするほど冷ややかで、迷いのない声であった。
その声を聞いて、シャルシスは、何故ナジムがこの古城に戻ることを選んだのか、その理由を悟った。
きっとナジムは、下山して脱走することが不可能だと分かった時から、シャルシスのことを盗賊に売るつもりだったのだ。
シャルシスには、山で夜を迎えて凍死するか、古城に戻って盗賊達にいたぶられるかの二択しかなかったが、ナジムはそうじゃない。
元々子供たちを管理する側だった彼にとっては、脱走計画の首謀者とも言えるシャルシスを売って、盗賊達からの信頼を回復させることが、保身に繋がる最善の選択であったのだ。

 勢いよく伸びてきた男の手が、シャルシスの後頭部を引っ掴んだ。
そして、力任せに前に押して、頭を地面に叩きつけようとした。
咄嗟に腕を突っ張って、顔面が石床に直撃することは避けたが、シャルシスはうつ伏せに倒れた。
すぐさま立とうとしたが、その背を足で押さえつけられて、起き上がれなかった。

「やっぱりてめぇか! 前々から、やけに反抗的な奴だと思ってたんだよなぁ……!」

 怒鳴りながら、男が革靴の底面でぐりぐりと背を圧迫してくる。
痛みに悶えているシャルシスを見ようともせず、ナジムは、平坦に言い募った。

「そいつは、シャル・チェスコット。船に乗ってた時から、他のガキを扇動するような発言が目立ってたんだ。頭が回るし、さっきも言った通り、読み書きができる。あと、魔術も使えるみたいだ。生かすにしても、処分するにしても、扱いには注意した方が良いと思うぜ」

 シャルシスを押さえ込んでいる男とは別の、もう一人の男が、未だ抜き身の剣をブラブラと揺らしながら、ナジムに近づいた。

「ふーん……で? ナジム、そういうお前は、この件も報告もせずに黙ってたってわけか。俺ぁどうにも、ここ最近のお前の報告は素直に受け取れねぇんだよなぁ? お前は小回りがよく利くっていうんで、頭にもそこそこ気に入られてるから、信じてやりたいんだが……」

 露骨な嫌味にも動じず、ナジムは、表情を変えずに返した。

「シャルが読み書きできるとか、魔術が使えるとか、そのことに関しても、ついこの前知ったんだよ。それに、小賢しくて諦めの悪い奴だとは感じてたけど、狩り用のショボい矢で俺たちと戦って逃げるなんていう、無謀な策を計画してるとまでは予想してなかったんだ。……あんたらだって、そうだろ? 俺と『蛇の毒牙』で共有してたガキ共に対する認識は、多分、大体同じだ。だから、わざわざ報告する必要ないと思ったんだよ」

 男は、唇だけに笑みを浮かべた。

「……ならナジム、お前はガキ共の脱走計画に、全く気づいてなかったということか? 四六時中監視についていながら、何も」

「……まあ、そうだな。そこは悪かったと思ってるよ。今後はもっと、気合いを入れて見張る」

「…………」

 二人の男たちは、ちらりと視線を交わし合ってから、何かを思案するように目を細めた。
しかし、考え込んでいる間も、男の足はシャルシスの背に重くのしかかり、その身を逃すまいと押さえつけている。

 息苦しさに痺れ始めた頭の中で、シャルシスも、懸命に打開策を考えようとしていた。
幸いというべきか、雪山から戻ってきて、その足で主塔に来たので、狩りで使っていた小刀や縄などは腰回りに装備している。
だが、それだけでは、帯剣した二人の盗賊たちには勝てないだろう。
せいぜい不意ついて、怯ませるくらいのことしかできない。


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