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投稿日:2025年12月31日







 しばらくして、男たちが動いた。
一人が、先程石材の下から出した小刀をナジムに握らせ、シャルシスを取り押さえていたもう一人が、その足を退ける。
男たちは、シャルシスとナジムを向かい合わせると、面白がるような口調で言い放った。

「ナジム、お前、その小刀でこいつを刺し殺せ。もしそれができたら、お前はガキ共とは本当に無関係で、脱走計画にも一切関与していなかったということにしてやる。……んで、シャル。お前は、魔術で抵抗して見せろ。反乱だの脱走だの考え始めるような奴は、問答無用でぶっ殺したいところだが、学があって、魔術まで使える奴は貴重だからな。刃物持ちの相手に反撃できるくらい、魔術の扱いに慣れているなら、お前の処遇は特別に考えてやる」

「…………」

 シャルシスは、顔を強張らせて、ナジムと対峙した。
ナジムは、相変わらず無表情だったが、唇からは、血の気が失せていた。

 ふうっと息を吐いたナジムが、静かに、小刀を構える。
その目から、ふっと光が潰えたのを、シャルシスは見た。

(……ナジム……)

 シャルシスは、痛ましい気持ちになって、ナジムから目を逸らせなくなった。
刃を向けてくる相手に、哀れみを抱くなんて、我ながらおかしいと思う。
それでも、ナジムの生い立ちや夢、強かさの理由を知っていたから、憐憫れんびんを抱かずにはいられなかった。

 ナジムもまた、この瞬間、命懸けの賭けに出ている。
盗賊たちが彼の裏切りを疑っている事実は、今更どんな言い訳をしても覆らない。
この主塔に戻ってきてから、少しでも弁解方法を間違えていたら、おそらくナジムは、脱走計画の共謀者として、真っ先に斬り殺されていただろう。
だからナジムは、脱走計画に気付かなかった能無し扱いされることを承知の上で、あくまでもシャルシスたちとは無関係だったていを装い、知っている情報を全て話した。
裏切者よりは、ただの無能と思われた方が見逃される可能性が高い、と判断したためだろう。
そして、盗賊たちの疑いがシャルシスに向くように誘導し、最終的には、脱走計画の首謀者を突き出した忠実な下働きとして信頼を取り戻し、今まで通り、『蛇の毒牙』の庇護ひごに入ろうとしている。

 そんな彼の必死さを思うと、胸が締め付けられるようだった。
同時に、腹の底から、燃えるような激しい怒りが湧いた。
いや、これはもはや、怒りなどという生ぬるいものではない。
こんな状況を強いて面白がっている盗賊たちや、そもそもの発端であるマイゼン家に対する、明確な殺意と憎悪であった。

 シャルシスは、ナジムと石室内で震えている仲間たちを見遣って、言った。

「……ナジム、こんな下衆げす共の口車に乗ってやる必要はない。他の皆も、そう怯えるな。狩り道具を集めて石床の下に隠していたのも、脱走計画を練って実行しようとしていたのも、全ては俺がしたことだ。お前たちは、裏切りも加担もしていないのだから、堂々としていればいい」

 え、と動揺の声をこぼして、ナジムと少年たちは、瞳を揺らした。
シャルシスを売った自分たちが、まさかシャルシス本人にかばわれることになるなんて、思いもよらなかったのだろう。

 振り返って、シャルシスは、今度は男たちの前に立ちはだかった。
反乱首謀者としての罪を一身に被った状態になったというのに、不思議なことに、今までより呼吸がしやすかった。
理不尽に搾取されていく仲間たちの姿を、成す術なく眺めているくらいなら、自分が槍玉に挙げられた方が、強く心を保っていられるような気がした。

 ナジムたちをかばったからといって、先に仲間たちの信頼を踏み躙った、己の罪の色が白く戻るわけではない。
この期に及んで、どちらの方が悪いとか、どちらの方が苦しい思いをしたとか、そんな天秤に乗せても仕方のないことを、比較するつもりもない。
ただ、仲間たちの顔に雪をかけたり、その目から光が失われる様を見たりするのは、もう二度と御免だった。

 視線が合うや、男たちの顔から、ふっと愉悦の色が消えた。

「……下衆? それは、俺たちのことを言ってやがんのか?」

「他に誰がいる。この暴虐非道な下衆どもめが!」

 シャルシスが間髪入れずに切り返すと、男が剣を持ち上げ、勢いよく鞘で石床を叩いた。
ダンッ、と腹に響くような打音が響き渡り、少年たちが、ひっと身をすくませる。
しかし、シャルシスは動じなかった。
恐怖や焦燥も、きっと感じてはいるのだが、胸中を焼き尽くす殺意と憎悪に比べれば、そんなものは些細であった。

「……その剣で、俺を斬る気か? そんなことをすれば、貴様らは、死ぬよりも苦しい罰を受けることになる。必ずや、俺を殺したことを後悔するぞ」

 唐突なシャルシスの言葉に、男たちは目を瞬かせた。
それから、笑いを噛み殺したような顔で、鼻を鳴らした。

「死ぬよりも苦しい罰だと? 笑わせてくれる。小汚ねぇ孤児一匹を殺したくらいじゃ、罪に問われすらしないだろう」

「……いいや? 斬首や首吊りでは、甘いだろうな。火炙りか、八つ裂きか……。それに、貴様らの罪は"孤児一匹を殺した"だけに留まらない。『蛇の毒牙』全体で考えれば、各地での窃盗、誘拐、傷害、殺人、そして大逆……公判を開くまでもなく、最も重い刑が科されることになるだろう」

「大逆……?」

 思わぬことを言われて、男たちは瞠目した。
大逆罪とは、王族に対して危害を加えたり、国に対して重大な背信行為を働いたりした場合に成立する、サーフェリアにおいて最も重い罪である。

 追い詰められた子供の、決死のハッタリに聞こえたのだろう。
男たちは、尚も小馬鹿にしたような口調で返した。

「大逆罪とは、随分大きく出たなぁ? お前のその分不相応な語りの方が、よっぽど不敬なんじゃねぇの。……ああ、でもお前、魔術が使えるっつうことは、元はそれなりの良家の出なのか。なんつったか、チェコットン? そんな名前の貴族、聞いたことねぇけどな! はははっ」

 シャルシスは、鋭い光を目に宿し、男たちを睨みつけた。
ここで下手な返しをすれば、おそらく自分も斬り殺されてしまうのだろう。
賭けに出るのはやめて、尊厳を捨てナジムと殺し合い、盗賊たちに命乞いをする手もある。
だが、この場に立っていたのが、もし父王エルディオ・カーライルであったなら、そのような無様な生き延び方は選ばなかっただろう。
どんな無謀な策を講じていたとしても、いかな窮地に追いやられていたとしても、決して恐怖や不安を表には出さず、最期まで戦い抜いたはずだ。
生前、そうしてサーフェリアを平定させてきた誇り高い父の姿が、実勢だったのか、見事な虚勢であったのかは、今となっては分からない。
けれども自分は、史実として五百年、周辺諸方を制圧し、盤石なカーライル王政を築いてきた、偉大な王の血を継ぐ者なのだ。

 すっと顔つきを変え、シャルシスは、低い声を出した。

「シャル・チェスコットというのは、身分を隠すための偽名だ。俺の──いや、余の真の名は、シャルシス・カーライル大公。第二十五代エルディオ征討王の実子にして、王都シュベルテを統べる現国王バジレットの後継。……このサーフェリアの、次期国王となる男だ」

 ざわっと、地下の空気が揺れた。
男たちも、少年たちも、この場にいる全員が、信じられぬものを見る目で、シャルシスのことを凝視している。

 今シャルシスが口走ったことは、シュベルテやカーライル王家の未来を思えば、決して明かしてはならぬことだ。
特に開戦など目論む連中には、何があっても言うまいと、自分自身でも決めていたことであった。
しかし、王族だと明かして、己の価値を示せば、少なくともこの場では、自分やナジムたちは見逃される可能性がある。
後々王家の名をマイゼン家に利用されることになるかもしれないが、それならそれで、その時に舌を噛み切り、自分だけが死ねば良い。
今はとにかくナジムたちを──懸命に生きようとしている無辜むこの民達を、他ならぬ自分が守らなければならない。
そう思ったから、賭けに出て、自らの意思で身分を明かした。
思考は盗賊たちに対する憤怒に染まっていたが、意外にも、頭の中は冴えていた。
憎しみのあまり、手段など選んでいられないと自暴自棄になっている自覚があるくらいには、シャルシスは冷静であった。

 愕然としていた男たちが、不意に笑い声をあげた。
シャルシスの発言に驚きはしたが、やはり信じてはいない様子だ。
ひとしきり大笑いしてから、男の一人が、シャルシスの胸倉を掴み上げた。

「てめぇのような汚ねぇクソガキが、次期国王だって? 麗しの王子様が、何の手違いでこんなところにいるんだ? どうせつくなら、もっとマシな嘘をつけよ!」

 シャルシスは、毅然とした態度を変えずに返した。

「嘘だと思うのなら、今すぐここにガシェンタ・マイゼンを呼んでこい。奴は今、どこにいる? ウェーリンの城館か? 余は昔、王宮でマイゼンと顔を合わせたことがある。奴ならば、余が本物の王子なのかどうか、判断がつくだろう」

 男たちは、目に驚愕の色を滲ませた。
貧しい孤児でしかないはずの"シャル"の口から、ウェーリンの領主、ガシェンタ・マイゼンの名が出てくるとは思わなかったからだ。
シャルシスは先程も、あえて『蛇の毒牙』という言葉を口にしている。
男らの正体が『蛇の毒牙』という盗賊であることも、その背後にマイゼン家がいることも、男たちからしてみれば、シャルシスたちが知るはずのない、此度こたびの孤児大量誘拐の真実であった。

 男は舌打ちをして、ナジムの方を睥睨へいげいした。

「ナジム、てめぇ、ガキどもに何か吹き込みやがったな!」

 唖然と立ち尽くしていたナジムの顔に、はっと緊張が走る。
男たちの剣先がナジムに向く前に、シャルシスは叫んだ。

「余は、ナジムや貴様らが知っている以上のことも知っておるぞ! ウェーリンが本気で宗主都市のシュベルテに戦を仕掛けるつもりならば、その領家であるマイゼン家は、我らカーライル王家とのいにしえの協定を反故にした、背信者はいしんしゃの一族ということになる。そして、その裏切りに加担した貴様らも、この上ない重罪を犯した大逆人だ。大逆人に下される罰は、二度は言わぬぞ!」

「…………」

「開戦の目的が、召喚師制の廃止にあるのか、シュベルテの軍部変革にあるのか、詳しいマイゼンの真意までは、余には分からぬ。だが、どんな理由であれ、宣戦布告されれば、今のシュベルテは戦に応じる。言わずもがな、圧倒的な戦力差を以て、ウェーリンを叩き潰す!
……もし現体制に対し何か不満があるならば、余が聞いてやるから、まずはマイゼンを連れてこい。その役目が終わったら、貴様らはこの件から手を引け。そして、この場にいるナジムたち、他の時期に拐かした子供たちも全員、我々の因縁には無関係の罪なき者達は、すぐに解放しろ! 従えば、減刑を取り計らってやる」

「…………」

 シャルシスは、どんな些細な表情の変化も見逃すまいと、男の顔から目を逸らさなかった。
語ったのは、シャルシスが王子の名を語る偽物であったのなら知り得ないような、シュベルテの内情と法に関わる話だ。
とはいえ、この状況下で、そう簡単に自分が本物の王子であると信じてもらえるとは思っていない。
思ってはいないが、期待はしていた。
ナジムによれば、『蛇の毒牙』たちは、ガシェンタ・マイゼンの忠臣などではなく、金で雇われただけの盗賊である。
貫きたい信条や正義があるわけでもない、損得勘定で動いている彼らならば、今の話になびいてくれる可能性は、十分にある。

 ややあって、シャルシスの胸倉を掴んでいる男が、ふぅ、と苛立ちのこもった息を吐いた。
手に持った剣から、不意に鞘が落ちる。
ぎらついた目でシャルシスを睨み、男は、地を這うような声を出した。

「ごちゃごちゃと出鱈目でたらめを抜かしやがって……よく喋るガキだ。その口、二度と利けないようにしてやる……!」

「────っ」

 唸りを上げ、剣が勢いよく振り上がった。
シャルシスは、咄嗟に腰の小刀に手をかけたが、まだ抜き放ちはしなかった。

 これを抜く時を、見誤ってはならない。
怒りや恐怖に突き動かされることはあっても、支配されてはならない。
どのような場合でも目を逸らさず、相手の動きをよく見て、わずかに生まれた隙を突くのだ。
自分の方が小柄で弱くても、ろくな武器を持っていなくとも、不利な状況は、戦い方次第でいくらでも覆せる。
シャルシスはそのことを、トワリスの戦い方を見て知ったのだ。

 剣が振り下ろされる──寸前。
もう一人の男が、その手を掴み、焦ったように制止に入った。

「お、おい待てよ! 今の話、一応 かしらに伝えた方がいいんじゃ……」

 剣を握る手が、止まった。
──その一瞬の隙を、シャルシスは見逃さなかった。

 胸元を掴む太い腕に、すかさず抜いた小刀を突き刺す。
そして、一気に振り抜き、肉を裂くと、男が絶叫を上げながら、血の噴き出す腕を押さえて石床に転がった。

「──あっ、クソッ、てめぇ……!」

 カランカランッ、と音を立て、男の握っていた剣が落ちる。
シャルシスは、その剣を拾うや、肉薄してきたもう一人の男の足元を狙って、それを投げつけた。
慌てて足踏みした男が、ギャッと短く悲鳴を上げる。
投げた剣が脛に刺さったのかどうかを確認する間もなく、シャルシスは身を翻し、地下の出口の方へと駆け出した。

 ナジムたちを残していくのは不安だが、一連のやりとりで、男たちは、彼らがシャルシスへの脅迫材料となりえることを悟ったはずだ。
シャルシスに利用価値があると見られている内は、きっとナジムたちも、生かされる。
今のシャルシスに出来ることは、標的が自分だけに向いている状態を保てるよう、逃げることであった。


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