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投稿日:2026年01月06日






「……なるほどのう。王子殿下の再捜索と、ルーフェンが地下に敷いた魔法陣を見つけるために、その足取りを追ってノーラデュースへ来た、と……。……はて、ノイや。若君は、そのような魔法陣の話なんぞしておったかな?」

「長! こんな奴らの言うことに、正直に答えてやる必要はない! 今すぐ奈落の底に突き落としてやろう‼︎」

 岩場に腰掛けた老爺──リオット族の長ラッセルの言葉を、ノイは憤慨ながら一蹴した。
他のリオット族の女子供たちも、ノイに同調して鼻息を荒らげ、手に持った土蛇の牙をブンブンと振っている。
ジークハルトとギールは、そんな彼女たちの怒りを加速させないよう、大人しく後ろ手を縄で縛られて、地べたに座っているしかなかった。

 ラッセルの話によれば、ノイたちはここ最近、以前ジークハルトが殺した土蛇の骨を回収しに、この洞窟に通っていたらしい。
リオット族も地上に出られるようになった今、肉はもう食べていないが、頑丈な土蛇の骨は、加工すれば武器にも装飾品にも、地下道を支える骨組みにもなる。
色々と使い道があるので、土蛇の死骸を見つけた際には、それが腐って肉を剥ぎやすくなる頃合いを見計らって、骨を集めにいくのだそうだ。
そうして今日も、採集に出ていたところで、見覚えのある魔導師──ギールがやって来た。
そして、様子を窺っていたところ、身を隠そうとしたラッセルをかどわかしたので、ノイたちが激怒して、ギールを追いかけたのだ。

 死に物狂いで斜め穴を這い上がり、自力で洞窟の外へ逃げ出したギールは、ラッセルに危害を加えるつもりではなかったと弁明した。
だが、信じてもらえず、結果このようにして、女子供たちに糾弾されている。
ジークハルトも援護に入って、王宮にエイリーンと名乗るアルファノルの召喚師が現れたことや、自分たちは王子とルーフェンが残した魔法陣を探しに来ただけだと事情を説明したが、現時点で、まともに耳を傾けてくれているのはラッセルだけだ。
前に旧砦跡で会った際のノイたちは、もう少し従順にしている印象だったが、あの時のジークハルト側には、威圧するのに十分な人数が揃っていたし、彼女たちのほうも、ルーフェンから手を出すなと言われていたのだろう。
リオット族というと、まず気弱なハインツが思い浮かぶのだが、彼は特別に穏やかなほうで、きっと本来のリオット族は、気性の荒い者が多いのだ。
結局、怒り狂うノイたちに得物を奪われ、長縄で縛り上げられて、現在に至るというわけだ。

 今にも土蛇の牙で突き刺してきそうな勢いのノイたちを、なんとか説得しようと、ジークハルトは、努めて平静な声を出した。

「今回のことはともかく、俺たちは以前に、貴女達を脅迫するような真似をしている。まともに取り合う気になれないというのは、もっともな言い分だ。……が、一度落ち着いて、よく考えてみてくれ。シャルシス殿下の件も、アルファノルの召喚師の件も、リオット族に全く無関係な話ではない。このまま殿下が見つからず、カーライル王政が崩壊すれば、シュベルテでのリオット族の立場も変わってしまうかもしれない。代わって就いた教会派の為政者の中には、召喚師派と言える貴女達を、再び迫害しようと考える者も出てくるだろう。リオット族の今の在り方を守るためにも、シャルシス殿下の存在は重要なのだ。この場だけでも良いから、俺たちへの恨みは忘れ、知っていることを教えてはくれないか?」

「ハッ、ついさっき長を拐おうとしたお前達が、リオット族の在り方を守るとは、笑わせてくれる! そういうお前達こそ、ルーフェンを殺そうとした教会派? ではないのか? 第一、私たちは何も知らないと言ったはずだ。それでも、王子がノーラデュースに潜伏していると思いたいなら、二人だけで地下に潜って、さっさと土蛇に食われてしまえ!」

「そうだ、そうだ!」

 頑ななノイの返答に、周囲の女子供たちが頷き、ダンダンと素足で地面を踏み鳴らす。
ジークハルトは、こぼれそうになった溜め息を、すんでのところで抑えた。
ノイは確か、以前問いただした時には、シャルシスがルーフェンと一緒にいたことを知っている様子だった。
つまり、何も知らないというのは、彼女の嘘である。

 こういった話の矛盾を指摘して、追い詰めていけば、ルーフェンを炙り出した時と同じように、情報を吐き出させることは可能だろう。
しかし、そんなことをすれば、彼女たちは余計に機嫌を悪くして、いよいよ暴力に訴えてくるに違いない。
無論、相手がそのつもりならば、応戦することはできる。
ジークハルトたちを取り囲んでいる女子供たちは、ざっと二十人。
数は多いが、反撃できない人数ではない。
リオット族は地の魔術を扱える上、人より頑健な身体を持っているが、所詮は戦闘技術のない一般人だ。
ギールと二人、やろうと思えば、いつでも拘束から逃れて、ノイたちを制圧できる。
だが、魔槍を彼女らの首筋に突きつけて、無理矢理に従わせるような強硬手段に出るのは、ジークハルトの本来の目的からは、遠く離れた行為である。
魔導師団を追われ、名ばかりの誇りも、守るべき体面も失ったのに、意味のない見栄を張るために誰かを傷つけるのは、本意ではない。
皮肉なことだが、王宮を出た今のジークハルトは、魔導師団の地位のためではなく、己の正義のためだけに動けるのだ。

 女子供たちの野次には構わず、ジークハルトは、ラッセルとノイを見遣った。
 
「では、魔法陣の方はどうだ。ルーフェンから直接聞いていないにしても、何か心当たりはないか? 特殊な目を持つ俺の部下が、ノーラデュースの地下らしき場所で、ルーフェンが魔語を術式とした魔法陣を敷いているところをている。それがアルファノルの召喚師の目論見と関わりのあるものなのか、確かなことはまだ分かっていないが、もしサーフェリアを陥れる召喚術か何かの術式の一部なら、放置するわけにはいかない。
お前たちも、七年前に起きたアーベリト没落の噂は聞いたことがあるだろう。召喚術は、一瞬で街一つを落とすほどの強大な魔術だ。仮に、二国の召喚師によって、それが複数箇所で発動されるような事態になってみろ。エイリーンとやらが仄めかしたサーフェリアの崩壊も、全くありえない話ではない。俺たちはただ、それを阻止したいだけだ」

「…………」

 ノイの片目が、わずかに動く。
しかし、すぐに固陋ころうな態度に戻ると、彼女は首を振った。

「知らない。心当たりなどない。そのアルファノルの召喚師がどうとかいう下りも、にわかには信じがたい。そうやって騙して、魔法陣探しを口実に縄を解かせ、その隙に私たちを殺すつもりだろう。お前たちからすれば、私たちは、ルーフェンを逃すことに協力した罪人のようだからな」

 眉根を寄せたまま、ジークハルトは否定した。

「確かに俺たちは、ルーフェンを裁くべき立場にあった。しかし、先程も言ったように、もう魔導師団を退団したも同然の身の上だ。今更リオット族を殺す理由がないし、罪に問う権利もない」

「そもそも、その話自体が疑わしいと言っている。本当に魔導師団を抜けたというのなら、なぜ未だに王子や魔法陣など探している? 王家のため、襲撃を阻止するためとはいうが、お前たちは、実際にアルファノルの召喚師とやらを目にしたわけではないのだろう。魔導師ではなくなったのに、見てもいない不確かな敵のために命を賭け、この荒地に来て、土蛇の巣穴にもぐったというのか?」

「そうだ。……俺たちは、魔導師だから国を守るのではない。守りたいから、魔導師になったのだ。身分を剥奪されたところで、その根本的な思いは変わらん。今のサーフェリアは、従来の魔導師団の権力が教会の台頭によって弱まり、本来、国にとっての脅威を除くべき者たちが、思うように動けぬ状況だ。であれば、俺たちが命を賭けるほかない。今後、真に召喚師制を廃した国の未来を描くならば、尚のことだ」

 言いながら、ジークハルトが身じろぐと、地面から突き出した岩槍がんそうが、その後ろ手を縛る長縄を裂いた。
一斉に身構えたリオット族たちが、土蛇の牙を握り直し、一歩後ずさる。
しかしジークハルトは、立ち上がることはせず、胡座をかいたまま手甲てこうを外した。
そして、自由になった腕を前に出すと、警戒するリオット族たちに、自身の手の甲を見せた。

「……俺が魔導師でなくなった証明は、この焼印で十分だろう。貴女達なら、これが本物だと分かるはずだ」

「…………」

 騒いでいた女たちが、そろって口を閉じた。
その顔に、驚愕と苦々しさが滲む。
手の甲に刻まれた罪人の焼印──それは、かつて奴隷として王都に囚われ、後に騒擾そうじょうを起こした罪深い蛮族としてノーラデュースの底に突き落とされたリオット族にとっては、記憶にも焼きついた忌まわしい紋様であった。
ルーフェンによって解放された後に生まれた子供であっても、老いた同胞の身体を見れば目につく、大半のリオット族が知っている烙印のはずだ。
痛覚の鈍いリオット族でさえも、押される際には苦痛を伴い、人目に触れれば、忌避される罪人の証。
身分を偽装するために、自ら押せるようなものではない。


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