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投稿日:2026年01月06日






 再び手甲てこうで焼印を覆って、ジークハルトは続けた。

「俺は、評議の場で大司祭に楯突き、背信の罪でこの焼印を押されて投獄された。脱獄に手を貸してくれたのは、ここにいるギールと、アルファノルの召喚師と直に話したハインツだ。ハインツは、冤罪で投獄されたが、教会の目が現職の魔導師たちに向かないよう、自身は牢内に残ることを選んだ。そして、ノーラデュースに赴き、召喚師連中の謀略を明かす役目を、俺に託した。他にも、俺の考えに理解を示し、逃亡に助力してくれた者がいる。……俺は、その者たち全員の信念を背負って、ここに来たのだ」

 トン、と両の拳を地につけ、ジークハルトは頭を下げた。

「──俺に託してくれた者がいる以上、簡単には引き下がれない。俺たちがリオット族を害することを心配しているなら、また縄でも鎖でも用意して、腕を縛れば良い。先程は焼印を見せるために縄を解いたが、もし貴女たちが安心するならば拘束は解かない。……だからどうか、知っていることを教えてくれ。俺たちだけでは、ノーラデュースの地下を探るのに限界があるのだ」

「…………」

 まさか、頭を下げてくるとは思わなかったのだろう。
リオット族たちは、驚いたように顔を見合わせ、コソコソと戸惑いの呟きを交わしている。

 ギールも驚いて、見開いた目でジークハルトを見つめていた。
同時に、胸が熱く、高鳴っていくのを感じていた。
その熱は、評議の場や地下牢で、初めてジークハルトの本心を聞いた時に込み上げてきたのと同じ、心が沸騰するような衝動であった。

 七年前のセントランスの襲撃から唯一生き残り、国王バジレットの命を救った国士。
わずか二十一で宮廷魔導師団の立て直しに貢献し、その団長にまで昇り詰めた若き偉才。
世間からそのように称賛されるジークハルトも、所詮は貪欲どんよくな権力者の一人で、地位や名声の失墜を前にすれば、簡単に誇りを捻じ曲げるのだと、長く不信感を抱いていた。
けれども、彼が本当に権力や体裁を優先する人間ならば、どうしてリオット族に罪人の焼印を晒し、地を伏して頭を下げることなどできよう。
きっとジークハルトは、本来こういう人間なのだ。
ハインツの言っていた通り、この国の未来に必要な、正義を貫ける人なのだ。
自分はずっと、このジークハルトという魔導師を誤解していた。
そうギールが気づけたのは、王都を抜けて、この旅に出てからであった。

 あえて縄は解かないまま、ギールも頭を下げ、言った。

「──私からも、お願いします! 貴女方は先程、アルファノルの召喚師を、"見てもいない不確かな敵"だと言いましたが、私は、奴が人を操り、攻撃を仕掛けてきた場面に遭遇しています。その時は、他国の召喚師が襲来したなんて思いもよりませんでしたが、質の違う魔力を纏った、異質な存在であることは確かに感じました。闇精霊族の侵攻など、信じられぬ気持ちは分かりますが、ハインツさんの証言と、ルーフェン・シェイルハートの言動も合わせて考えれば、奴の『サーフェリアを落とす』という発言も、現実味を帯びてくるのです。
リオット族も含め、サーフェリアの人々に脅威が及ぶ可能性がある以上、私たちは動かねばなりません。ですからどうぞ、力を貸してください……!」

「…………」

 リオット族達は、困ったように視線をさまよわせた末に、一様にラッセルの方を見やった。
ラッセルは、岩場に腰かけたまま、白濁した目でジークハルトたちを見下ろしている。

 長い沈黙の後、静かに吐息をつくと、ラッセルが口を開いた。

「……過去の遺恨は消えはしないが、我らと地上の魔導師たちは、十四年前に一度、互いに平伏し合い、許し合った仲じゃ。再び我らを陥れたわけでもあるまいに、二度も頭を下げる必要はなかろう。顔を上げておくれ」

「…………」

 ジークハルトとギールが、黙って頭を上げる。
二人の顔を眺めてから、ラッセルは、そばに立つノイの方を見た。

「ノイよ。この者達に協力するか否かは、おぬしが決めると良い。場合によっては、一族の今後を動かす決定じゃ。判断は若い者に任せる」

「えっ……」

 思わずたじろいで、ノイは動揺の声を漏らした。
ラッセルは頷いて、返答を待っている。
他の女子供たちも、ラッセルがそう決めたなら従うと、判断を委ねることに同意している様子だ。

 ノイは、しばらく黙り込んでいた。
だが、やがてジークハルトたちに向き直ると、睨むような目つきとは裏腹に、弱々しい声で、もごもごと答えた。

「……そ、そんなことを言われたって……。協力も何も、私は、本当に何も知らないんだ。確かに、ノーラデュースに来たルーフェンと一番話をしたのは、私だと思う。けど、逃げ道や潜伏場所に使えそうな洞窟があるなら教えてほしいと言われて、何ヶ所か案内しただけで、王子や魔法陣のことなんて、何も聞いてない。深入りすべきじゃないと思って、私もわざわざ問いたださなかったし……」

 厳しい顔つきのまま、瞳にわずかな望みを宿すと、ジークハルトは尋ねた。

「逃げ道や潜伏場所に使えそうな洞窟というのは、要は、土蛇に遭遇したり、落盤が起こったりする危険性が低い場所、ということか?」

 ノイは、曖昧に首を振った。

「落盤するような地盤が緩い場所は極力避けたけど、土蛇に関しては、逆よ。ルーフェンには、土蛇が出ても良いし、道が複雑で入り組んでいても構わないから、とにかく深くて人が近づかない洞窟が良いって言われたの。深すぎる地下道は、リオット族も入らないから、奥までは道案内できないし、いざという時に助けにも行けないんだけど……」

 無意識に身を乗り出して、ジークハルトは、更に言及した。

「それは、ルーフェンにもそう説明したのか?」

「……それ?」

「リオット族ですら入らない、有事に助けも来ないような地下洞窟だと、そう説明したのか? そしてルーフェンは、それでも良いと了承して、自ら入って行ったのか?」

「……え、ええ。説明したら、何か起こっても自力でどうにかするから大丈夫、って言ってた。……まあ、魔力を感知されづらい地下なら、どんな魔術を使って事故に対処しても気づかれないだろうし、あの時のルーフェンは、土蛇なんかよりも、とにかく追手の魔導師たちに見つかりたくないんだなと思って、案内したけど……。……私、なんかおかしなこと言った?」

 "リオット族も入らない"という部分への、ジークハルトの食いつき方を、不自然に感じたのだろう。
訝しげに眉を寄せ、ノイが聞き返してくる。

 身を戻して、ジークハルトは、乾いた地面に視線を落とした。
頭の中で、ルーフェンが王都から進んできたであろう道のりを、地図上の線をなぞるように辿っていく。
そうしている内に、彼を巡るいくつかの違和感が、再び脳裏に浮かび上がってきた。

 まず、ルーフェンはシュベルテを去った後、なぜ潜伏に不向きな夏場のノーラデュースに向かったのだろう。
追手のかかりづらい荒地だから、と考えても一応納得はできるが、もしジークハルトがルーフェンの立場だったなら、ノーラデュースの地下に隠れようなどとは思わない。
追手の魔導師の目をかいくぐる策や、対峙した際の有効な戦法はいくらでも思いつくが、ノーラデュースでの酷暑や飢渇きかつに抗う術や、リオット族の助けすら期待できない奈落の底で生き永らえる方法などは、ほとんど思いつかないからだ。

 しかも、ルーフェンは単身ではなく、シャルシスを連れていた。
シャルシスのことを死んでも構わない捨て駒扱いしていたなら別だが、現実にはシャルシスは、南都ライベルクにて、無事な姿でルーフェンに同行していたことが確認されている。
王都から遥かライベルクまで守り連れてきたのなら、その先で、突然見殺しにするような真似はしないだろう。
そして、ノイがシャルシスの存在を知っていたことから察するに、おそらくルーフェンは、シャルシスを危険な洞窟には連れ込まず、途中でリオット族たちに預けている。
これ以上リオット族の警戒心を煽りたくはないので、この場ではあえて問わないが、ルーフェンは、ノーラデュースにおいては、自分と共にいるよりも、土地勘のあるリオット族のそばにいた方が、シャルシスにとって安全だと考えていたわけだ。
実際アレクシアも、地下で魔法陣を敷いているルーフェンを視た際に、近くにシャルシスはいなかった、と言っていた。

 つまりルーフェンは、シャルシスと共に地下に潜伏したかったから、ノイに洞窟への案内を頼んだわけではない。
加えて、その後に旧砦跡で、わざわざジークハルトたちの前に姿を現したことから、過酷なノーラデュースに長期的に隠れ暮らすことが、現実的だとも考えてなかったのだろう。
それなのに、ルーフェンはシャルシスを連れて、ノーラデュースに下った。

 これらの違和感、矛盾の理由を、何度も何度も考えてきた。
結論は出ていなかったが、エイリーンの存在やノイの話も加味して再考すると、その背景が見えてきた。
やはりルーフェンには、誰にも語っていない、暴かれてもならない、失踪の目的があったのだ。
その目的を果たすため、彼が探していたのは、きっと"逃げ道や潜伏場所に使えそうな洞窟"ではない。
"魔導師どころかリオット族すら近寄らない、魔力も感知されない洞窟"だ。
どのような魔法陣を──エイリーンに関連する召喚術の魔法陣を敷いても気づかれない場所を求めて、ルーフェンは、ノーラデュースに向かったのだ。

 顔を上げ、背筋を伸ばして座り直すと、ジークハルトは、ノイたちを真っ直ぐに見た。

「ルーフェンを連れて行った洞窟に、俺たちも案内してくれないか? 調べたいことがあるのだ」

 またラッセルと視線を交わしてから、ノイは、困惑気味に答えた。

「調べたいって、その洞窟の底に、王子や探している魔法陣がないか確かめに行くってこと? ……繰り返すようだけど、リオット族も立ち入らない場所だから、中までは案内できない。貴方たちが中に入って、土蛇に襲われても、地上に出られなくなっても、私たちは知らないぞ」

 ジークハルトは、迷わず返した。

「構わない。入口さえ分かれば、それで十分だ」

「…………」

 ジークハルトとギールの、瞬きすら忘れた真剣な目を見て、気圧けおされたのだろう。
ノイは、仲間たちの表情を確認してから、おずおずと頷いたのであった。


 ノイがルーフェンに教えたという洞窟は、大地の裂け目ノーラデュースが部分的に細く途切れた場所を超えた先にある、岩石群の切り立った岩陰に口を開けていた。
拘束を解かれたジークハルトとギールは、案内役としてノイとラッセルを伴い、丸一日かけて窪地から南西に進み、その岩石群に到着した。
約束通り、洞窟の入口までの案内だけで良い、とノイたちには伝えていたが、一行は、入口に辿り着く前に、足を止めて絶句した。
どこからか飛び出している幾本もの太い木の根が、目指していた洞窟のある辺り一帯を、不規則に絡まり合いながら覆っていたからだ。

 それはまるで、地下から這い出そうとする巨大な手指が、大地に爪を突き立てているような光景であった。
岩石ばかりの枯れた風景には異質な、薄紫に光る不気味な樹根。
遠目には、吸い寄せられるような神秘的な美しさを感じるが、いざ近づいて見上げてみると、心を絡め取られてしまいそうな禍々しさと、思わず畏怖の念を抱いてしまう圧倒的な存在感を放っている。

 根の出所を確かめようと、ジークハルトは魔槍ルマニールを発現させた。
両腕でも抱え込めないほどの太い根を一本、魔力を込めて薙ぎ払う。
しかし、裂かれた根は、切り口を調べる間もなく再生し、襲いくる土蛇のように伸びて、すぐに元の長さに戻った。
ジークハルトは、思わず後ずさった。
そして、遠巻きにこちらを見ている、ラッセルとノイの方に振り返った。

「……なんだ、この木は。……地下から伸びているようだが、以前からあったのか?」

 青い顔をしたノイが、首を横に振る。

「なかった。このノーラデュースで、植物なんか育つわけないでしょう。地下には、水も光もないのよ」

 隣に立っていたラッセルも、いつもの朗らかな表情を崩して忠告する。

「ノーラデュースどころか、サーフェリアのものですらないのじゃろう。……得体が知れん、生物とも植物ともつかぬ気配がする。今まで感じたことのない、妙な気配じゃ」

「…………」

 ジークハルトは、ギールと目配せをし、頷き合ってから、ルマニールを握り直した。
ラッセルの言う通り、魔術を使ったわけでもないのに瞬時に再生する木の根など、見たことも聞いたこともない。
だが、その未知の恐ろしさが、探し求めていた目的でもあった。
自分たちは、ルーフェンと得体の知れない闇精霊族の召喚師の繋がりを明かすために、ここまでやってきたのだ。

 構えた銃剣に魔力を込め、引き金を引くと、ギールは、炎を纏った銃弾を連射した。
着弾箇所から魔法陣が展開し、次の瞬間、爆裂が生じて樹根が燃え上がる。
凄まじい衝撃波と熱波が広がり、ラッセルとノイが顔を背ける。
間髪入れずに、ジークハルトはルマニールを振るった。
穂先の軌道から放たれた巨大な風の刃が、大気も盛る炎をも巻き込んで、樹根を切り裂いていく。
微塵になって飛び散った根は、灰となって地面に没した。

 ジークハルトとギールは、地を蹴って土砂埃どしゃぼこりの中に飛び込んだ。
視界を覆う粉塵の先に、確かに、洞窟の入り口のような黒い影が見えたからだ。
しかし、辿り着く前に、再び再生した樹根が、溢れ出す濁流の如く伸びてくる。

 やむを得ず後退して、二人は、元通りになった樹根の束を愕然と見上げた。
かなり強力な魔術を放ったにも拘らず、不気味な樹根は、何事もなかったかのようにそこに在る。

 ごくりと息を呑んで、ジークハルトは呟いた。

「一体なんなんだ、これは──……」


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