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投稿日:2026年01月06日




第三章──挽歌ばんかを紡ぐ者
第二話『同調』





「この旅も、楽しかったよ。おかげで、最期くらいは、召喚師らしいことができそうだ。……ありがとう」

 銀の瞳に、柔らかな光をたたえて。
泣くに泣けないような顔で目を細め、ルーフェンは微笑む。

 触れた指先は冷たくて、伸ばされた腕の中からは、濃い死の臭いがした。
その手を取って、共に血臭を纏う覚悟はできている。
何度もそう示しているのに、結局彼は、寂しそうにこちらを突き放して、最後には一人を選ぶ。
根が優しいから、罪深い己の安寧を、他ならぬ自分が許せないのだろう。
残酷で、不器用で、どこまでも孤独な人だ。

 きっと本当は、自覚するより前からあった。
その虚な闇を埋めたいと思う、切なさと愛おしさを抱えたまま、召喚師に関する記憶だけを消し去って平然と生きていくことなど、できはしないだろう。

 「忘れないで」と言い残して、去っていった。
あのルーフェンの願うような声が、まだ耳の奥に残っている。
ずきりと胸が痛んで、一筋流れ出た涙に、今日も目を覚ます。
悪夢の名残が消えないまま、やがて夜の闇が明るくなっていく様を、トワリスは、じっと見つめていた。


  *   *   *


「……大丈夫ですか? そこ、滑らないように気をつけて下さい」

「は、はい……」

 差し出されたトワリスの手を握ると、ゼナマリアの身体は、ぐいっと急な岩棚の上まで引き上げられた。
しかし、登り切ったところで、ゼナマリアはへたり込んでしまう。
息が弾んで、歩き通してきた膝が、ガクガクと笑っている。
疲れ切って、もはや赤子が這うような速さでしか歩けないゼナマリアを見て、トワリスは、内心ため息をついた。

(……ようやく中盤くらいか。先は長そうだな……)

 崩れやすい足場がないかを確かめながら、次の斜面を跳ぶように登って、再びゼナマリアが追いついてくるのを待つ。
目前に広がる、急峻な山崖さんがいに挟まれた険しい谷道に、まだまだ終わりは見えなかった。

 長く続く崖壁がいへきに、芽吹いた木々が延々と突き出している。
この代わり映えしない光景に身を投じて、既に七日ほどが経った。
西都カルガンと、王都シュベルテを繋ぐ街道から外れたこの迂回路は、その険しさ故に、荷馬にうまを連れた商人は勿論、西部勤務の魔導師なども、出動の要請がかからない限りは巡回してこない。
通るとするならば、魔導師団の目を避けたい盗賊たちや、トワリスたちのような訳ありの旅人くらいなものだろう。
旅慣れていないゼナマリアを連れて、そんな危険な道のりを超えるには、想定よりも長い時間がかかりそうであった。

 ネール山脈の古城から救助されたゼナマリアは、それまで連れ添ってくれていた侍女たちに、「ストンフリー家に仕えていたという経歴は隠して、魔導師団に保護してもらうように」と指示を出し、最後に詫びと礼を告げて、別れた。
そして自分は、突如現れた救いの手──トワリスについた。

 トワリスは、ゼナマリアの事情を聞き、彼女の護衛として、旅に同行することを了承した。
ジークハルトの後援者でもあり、魔導師団内で長年権力を維持してきたストンフリー家の亡き当主、ラッツェルの妻であるゼナマリアとは、以前から顔見知りである。
教会の弾圧によって屋敷を襲撃され、夫ラッツェルを失ったのだという彼女を、助け出したままに放っておくことなど、トワリスにはできなかった。

 街道では馬を乗り継ぎ、起伏の激しい迂回路では自ら歩き、トワリスとゼナマリアは、十日ほどかけて、北のマイゼン領から脱した。
一度南下して王都方面を中継し、これから目指すのは、北東の港湾都市ハーフェルンだ。
ゼナマリアは、召喚師派であるハーフェルンの領主、クラーク・マルカンに助力を求め、夫ラッツェルの無念を晴らすことを、未だ諦めていないようであった。

 とはいっても、シュベルテと友好関係にあるハーフェルンが、召喚師制が廃された現在も召喚師派であると公言しているかどうかは、分からなかった。
過去の信仰心から召喚師派の領家が多い北領とは違い、マルカン家は、シュベルテの軍部の庇護に入りたいという理由から、ルーフェンにへつらっていただけに過ぎない。
モルティスら聖職者の権力が増した今、ハーフェルンが、既に教会側にくみしている可能性も高いだろう。
マルカン親子の世情を見極める洞察力と、強かな判断力は、トワリスも、ハーフェルンに配属された経験から思い知っている。
故にトワリスは、先を急ぐゼナマリアに、まずは南下して王都シュベルテの現状を確かめるべきだと提案し、進路を決めたのであった。

 北領を出た二人の行手を阻んだのは、王都へと続く街道に設置された検問であった。
北都ウェーリンの領主、ガシェンタ・マイゼン伯に対する反乱勢力──シャルシスたちを誘拐したイヨルドの一派が瓦解がかいして、早半月。
巷には、その内乱予備の片棒を担いでいた盗賊団、『蛇の毒牙』の一味も、壊滅状態に陥ったという情報が、広く出回っていた。
『蛇の毒牙』は、元よりサーフェリア各地で破壊と略奪行為を繰り返し、危険視されていた大規模な盗賊団だ。
魔導師団は、これを機に検問を敷き、盗賊たちが他領へと逃れるのを防ぐと共に、『蛇の毒牙』そのものを取り締まり、いよいよ捕縛しようと乗り出したようであった。

 盗賊たちの対処に魔導師団が動いているということは、王都の軍部がまだ機能している証拠だが、喜ぶべきか悲しむべきか、そのせいで、トワリスたちは街道を外れ、危険な迂回路を進まざるを得なくなった。
盗賊か否かを調べるための検問であるが、女の二人旅などは、当然素性を怪しまれるだろう。
誤魔化すにしても、外套の頭巾を取れと言われれば、トワリスが獣人混じりで、召喚師と共に死んだはずの元宮廷魔導師であるとばれてしまう。
ゼナマリアに関しても、検問官が教会の手に落ちた魔導師だった場合、モルティスの暗躍を知るストンフリー家の生き残りとして、不当に検挙される可能性がある。

 そうでなくても、どの道ゼナマリアは、名を知られた時点で身柄を確保されることになるだろう。
反教主義の保守派の魔導師にとっても、ゼナマリアは教会の裏工作を証明できる証人であり、今後の権力争いの鍵を握る重要な保護対象だ。
しかし、彼らの保護下に入れば、報復を望むゼナマリアの意思は、完全には通らなくなる。
軍部内の組織構成がどうなっているかは不明だが、今の王宮に入った時点で、表立って大司祭モルティスと敵対することは難しくなるからだ。

 検問を通れないまま、トワリスたちは、数日ほど付近の宿場で立ち往生する羽目になった。
地図と睨み合っているトワリスに、危険でも良いから一番距離の短い渓谷超えで迂回しよう、と言い出したのは、ゼナマリアのほうだ。
トワリスは返答を渋ったが、焦りから日に日に憔悴していくゼナマリアの顔を見て、やむを得ず頷いた。
検問が解かれるのを待つだけの長い時間は、揺れ動く心を容赦なく押し潰していく。
トワリスは、疲弊し切ったゼナマリアを精一杯気遣っているつもりであったが、その実、自分にも他人のことを考える余裕などなく、今はただ、ひたすらに動いて、あらゆる不安や苦しみを払いたいだけなのかもしれなかった。


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