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投稿日:2026年01月06日






 ジークハルトとゼナマリアも、トワリスの激昂ぶりに驚いたのか、長らく黙り込んでいた。
トワリスは、銃身を握りしめたまま、苦しげに胸を上下させている。

 しばらくして、トワリスの手が、するりと銃身を離した。
微かに落ち着きを取り戻したのか、拳の震えが治っている。
ようやく呼吸が整ってくると、トワリスは、感情を押し殺したような、固い声で言った。

「……もう、放っておいて下さい。エイリーンの方は、ルーフェンさんがどうにかしてくれます。だから、貴方達は王宮に戻って、教会の凶行を食い止めることに専念して下さい」

「……ということは、やはりルーフェンは生きているんだな?」

 躊躇いなく問うてきたジークハルトを、トワリスは睥睨へいげいした。

「彼が貴方達に負わされた致命傷は、癒えていません。今はただ、禁忌魔術を使って、一時的に動けているだけです。全てが終わって、術を解いたら……きっとルーフェンさんは、もう戻って来ません。……つまり、バーンズさんたちが心配しているようなことは、何も起こりません」

「…………」

 ジークハルトは、顔をしかめた。
ふと思い浮かんだのは、以前ノーラデュースでルーフェンと対峙した時に見た、ヨークの呪術やギールの弾丸を受けても平然と立っていた、彼の不自然な姿だ。
あれは致命傷になるようなものではなかったが、それにしたって、ルーフェンは、傷をかばうような仕草も見せなかった。
だから、ずっと違和感は覚えていたし、なんとなく予測はついていた。
もし、まだルーフェンが生きているのだとしたら、それは禁忌魔術の類に頼った結果だろう、と。
だが──。

「……エイリーンをどうにかするって、具体的には、どうするつもりなんだ。こっちは、手持ちの情報が少なすぎて、確かなことは何もわかっていない。ノーラデュースの移動陣の件は、仕方なく推測で動いて、運良く見つけられただけだ。お前らに策があるなら、教えてくれ」

 ジークハルトは、努めて平静な口調で尋ねた。
だが、トワリスは頷かなかった。
 
「それは言えません。拷問されたって、絶対に言いません。……諦めて帰って下さい」

 語気を荒げかけた口を閉じ、ジークハルトは、ため息混じりに返した。

「……お前らのその、意固地な秘密主義はなんなんだ。こっちは、策があるなら協力するっつってんだぞ。エイリーンの言っていたことが本当で、俺たちの推測が見当外れでなければ、今は危急の事態だ。それこそ、教会ともお前とも、内輪揉めなんぞしている場合ではないくらいのな」
 
「なら、協力して下さい。召喚師一族のことは、召喚師同士で決着をつけて、その一切を表沙汰にしないことが、ルーフェンさんの望みです。私は、その意向に従います。秘匿されてきた真実を隠し通すことが、悲劇を繰り返さないことに繋がります。……だから、バーンズさんたちも、召喚師に関することは忘れて下さい」

 ジークハルトは、ぐっと眉根を寄せた。

「……セントランスやアーベリトの一件から、召喚術の扱いを大っぴらにするべきじゃない、と判断したお前達の考えは、まあ理解できる。確かにあれは、禁忌魔術と同様に、軽率に深掘りして良いものではないんだろう。しかし、だからといって、召喚師一族以外の人間全てが、何も知らなければ良い、というのは間違っている。少なくとも、軍部はその危険性も含めて把握しておくべきだ。知っていることと、実際に手を出すことは違う」

「本当にそうですか? 軍部の魔導師たちが、アーベリトで起こったことを知ったとして、その全員が、秘匿された領域に辿り着かず、手を出さないって言い切れますか? ただの一人も、絶対に? ……私は、正直自信がないです。バーンズさん、貴方だって、きっとそう」

「…………」

 一瞬、返答に迷ったジークハルトの言葉を待たずに、トワリスは続けた。

「私には、大して魔力がありませんし、ルーフェンさんの側にいたといっても、全てを把握しているわけじゃありません。ですから、七年前の真実を知っているだけで、サイさんやシルヴィア様のようなことは出来ないと思います。でも、もし自分にもその力があって、行使することでエイリーンに対抗できるなら、使いたいって考えることがあるんです。この衝動が、ルーフェンさんの積み上げてきたものを壊すって分かってるのに、それでも、考えてしまうんです。……そういう自分にゾッとするから、これ以上のことは知らないままでいたいし、広めるべきでもないと思っています」

 ジークハルトは、声を低くした。

「俺は、そうは思わん。無知は弱さだ。仮に、今回の件はルーフェンが対処したとしても、それで今後全ての脅威がなくなるわけじゃない。二年前のように、またあの獣人共が攻めてきたらどうするつもりだ?」

「ファフリはそんなことしません」

「今代はそうでも、その後継は分からないだろう。逃してやった恩を忘れた、五十年先、百年先は? それにこれは、召喚師一族に限った話ではない。脅威なんてものは、いくらでも発生しうる。召喚師制を廃した今、サーフェリアの軍部は、召喚師一族に代わり、それに匹敵した力を保有していなければならない。神像にすがるでも、シェイルハート一族にすがるでもなく、自らの力で、この国を護るために」

「それで、その力を国内の内戦にも持ち込んで、同じ過ちを繰り返すんですか? ……バーンズさんが仰っていることは、この場で考えたって仕方のないことですよ。現段階にはない懸念まで持ち出したら、キリがないでしょう。今、警戒するべきは、アルファノルのエイリーンです」

 ジークハルトは、苛立ったように前髪を掻き上げた。

「分かっている。俺が言っているのは、エイリーンの襲来に対処できず、それどころか、元召喚師の意向で危機が迫っていることにすら気づかない、神像を信じるか否かで無意味に争っているような盲目的な今の軍部のままでは、どの道サーフェリアの軍政に未来はない、ということだ。召喚師制を無くした治世を目指そうというのに、それでは世話がない」

「だからって、打つ手を誤れば、無駄な犠牲が増えることになります。バーンズさんは目の当たりにわけじゃないから、想像がつかないのかもしれませんが、エイリーンは、ルーフェンさんでも、直接交戦することを避けた相手ですよ。こちらが下手に介入したって、足手纏いになるだけです。
……ルーフェンさんは、召喚師一族のことは、その血族間で解決するつもりです。そして、シェイルハートの血が絶えて、サーフェリアから召喚術の脅威が去ったら、それ以降に降りかかる問題は、世俗魔導師団が対処できるようにって、貴方たちを生かして、後を託したんだと思います。……お願いですから、その気持ちを汲んでください」

 語る内、再び声が震え始めたが、なんとか全てを言い切ると、トワリスは頭を下げた。
ジークハルトの言っていることも、理解はできる。
これまでも、今も、ルーフェン一人を矢面に立たせることが正しいなんて、トワリスとて思ってはいない。
だが、トワリスが選んだ道は、他国の召喚師の強大さや、ルーフェン本人の固い決意を知っているからこそ開けた、ただ一つの選択なのだ。
ここでジークハルトたちに同意し、道を開けるわけにはいかなかった。

 頭を下げたままでいると、不意に、岩棚から立ち上がったジークハルトが、目前に立つ気配がした。

「……お前、それで引き下がってきたのか?」

「え……?」

 やけに不機嫌そうな声が、頭上から落ちてきた。
驚いて顔を上げると、ジークハルトが、苛立ちを孕んだ刺々しい目つきで、こちらを見下ろしていた。

「……俺たちを生かして、後を託した? つまりあいつは、ノーラデュースで慈悲深くも俺たちを見逃し、ご丁寧に世俗魔導師団の地位を回復させるための根回しまでした気になっている、というわけか。……はっ、全くもって不愉快だ。一体どれだけ俺を馬鹿にしたら気が済むんだか……」

「ば、馬鹿に……? いや、ルーフェンさんは、そういうつもりではなかったと思いますが……」

 思わぬ部分にジークハルトが怒り始めたので、トワリスは、目をぱちぱちと瞬かせた。
フンと鼻を鳴らして、ジークハルトは腕組みをする。
 
「本気で親切だと思ってやったんだとしたら、余計に腹立たしい。あいつは、昔からそうだ。俺たちが命懸けで果たそうとしている国防の責務を、個人的な不満を解消する片手間仕事か何かだと思っている。だから俺は、あいつのことが気に食わんのだ。
……大体トワリス、お前もお前だ。退団してまで追いかけて行ったくせに、今更足手纏いになるからと、引き返してきたのか? 魔導師としての誇りはどこに行った」

「そ、そんなこと言ったって……じゃあ、一体どうすれば良かったっていうんですか。私だって、散々悩んで、答えを出したんです」

 むっと顔をしかめ、口を閉ざしてしまったトワリスを見て、ジークハルトは嘆息した。
ここまで探りを入れても、最低限のことしか明かさないのだから、更に煽り続けたところで、トワリスの口は余計に頑なになるだけだろう。

 ふと見やると、ギールとゼナマリアは、どう会話に入れば良いのか分からない様子で、呆然と立ち尽くしていた。
二人にとっては、ジークハルトとトワリスの召喚術に関するやりとりは、耳慣れないものだったはずだ。
かつてアーベリトで起こったことは、当事者であったルーフェンとトワリス、ハインツ、そしてジークハルトの四人しか知らない。
その中でも、事の仔細を把握しているのは、ルーフェンとトワリスだけだ。
そうあるべきだと、トワリスが強く心に決めている以上、彼女から話すように仕向けるのは、難しいことのように思えた。

 魔槍ルマニールを消して、ジークハルトは、担いでいた荷を背負い直した。

「……もういい、行くぞギール。これ以上は、時間の無駄だ」

「え……ですが……」

 ここでトワリスを解放するのは、得策ではないと思ったのだろう。
ギールは、銃口をトワリスに向けたまま、動かなかった。

 しかし、ジークハルトが首を振り、銃剣を下ろせと目で示す。

「そいつは、拷問されてたって吐く気はないらしいからな。脅しも無駄だ。引き続き俺たちは、予測で動くしかない」

 渋々ギールが銃剣を下ろしたことを確認すると、トワリスはすかさず横に跳んで、ジークハルトたちから距離をとった。
そして、双剣の柄を握り、二人を睨んだ。

「予測で動くって、何をするつもりですか。ルーフェンさんの邪魔をするなら、ここは通しませんよ」

 ジークハルトは、淡々と答えた。

「お前の話を聞いて、いくつかの推測が確証に変わった。少なくとも、エイリーンがルーフェンの移動陣を利用して何か仕掛けてくるつもりだ、ということは確かなのだろう。であれば、移動陣を破壊するまでだ」

「──……!」

 トワリスの瞳が揺れたのを見て、ジークハルトは、目つきを鋭くした。

「ノーラデュースに敷かれていた陣は、再生する根に阻まれて、俺とギールだけでは手出しできなかった。だが、人数さえ揃えば、他にもやりようはある。例えば、根の再生を抑えられる人手が多ければ、移動陣を露出させた状態を保てる。陣が展開する地盤ごと砕けば、発動を止められる可能性もあるだろう。……今の俺たちで、どれだけ魔導師を集められるか分からないが、とりあえず、教会の手に落ちていなさそうな地方の駐屯地を、片っ端からあたって──」

「──待ってください!」

 ほとんど反射的に、トワリスは制止の声をあげた。
ルーフェンは、エイリーンの攻撃が移動陣を介した瞬間に、術式を逆展開させて、その実体と自分自身に術の効力を跳ね返し、エイリーンを殺すつもりだ。
移動陣を破壊されては、その計画が狂ってしまう。

 ルーフェンは、サーフェリアに新しく敷いた移動陣は、全部で四つあると言っていた。
全ての設置場所までは聞いていないが、おそらくその四つは、おおよそ等間隔に敷かれていて、かつ連動している。
でなければ、実体が一つのエイリーンから伸ばされた根を、同時に四カ所の移動陣に転送することはできない。
ルーフェンの視点から考えても、四分された攻撃を一気に跳ね返さなければ、エイリーンに裏切りを気取られる隙を与えることになるわけだから、個々の移動陣が独立しているとは考えづらいだろう。
つまり、詳細を分かっていないジークハルトたちでも、ノーラデュースの移動陣一つを破壊しただけで、ルーフェンの策略を覆せてしまうかもしれないのだ。

 トワリスは抜刀し、ジークハルトに刃先を向けた。

「私さっき、エイリーンのことは、ルーフェンさんがどうにかするって言いましたよね。そこに無理に干渉すれば何が起こるのか、ちゃんと考えての発言ですか? ルーフェンさんの妨害になって、エイリーンの術が思惑通りに発動してしまえば、サーフェリアにどれだけの被害が出るか分からないんですよ」

 明らかな動揺を見せたトワリスに、ジークハルトは、更なる確信を得た様子で、眉をひそめた。

「……なるほど。移動陣を破壊すれば被害が出る、ということは、移動陣は、単なるサーフェリアへの侵入経路というだけではなく、エイリーンの攻撃手段の媒介に使われるわけだ。しかも、それが全土に被害を及ぼすような規模の攻撃になるなら、移動陣は複数箇所ある。……と考えると、滅多に人の寄りつかないノーラデュースの移動陣よりも、市街に近い場所に敷かれた移動陣のほうが、対処する優先度としては上だな」

 トワリスは、はっと口をつぐんだ。
まずい、これは誘導だ。
ジークハルトは、トワリスが自ら何かを明かすことはないだろうと踏んで、ならば遠回しに聞き出そうと、鎌をかけてきたのだ。

 慌てて閉口したトワリスに、ジークハルトは畳み掛けた。

「それで? 他の移動陣の位置と数は? いつ発動する? ルーフェンはそれを使って、どうエイリーンと対峙するつもりだ?」

「…………」

 トワリスは、もう何も悟られまいと、一言も答えずにいた。
ジークハルトも、そんなトワリスをじっと見下ろして、しばらく沈黙していた。
しかし、やがて小さく息をつくと、今度はギールに声をかけた。

「……おい、ギール。作戦変更して、最終手段だ。ここからは、二手に分かれるぞ。お前は急ぎシュベルテに向かい、なんとかして王宮に乗り込んで、モルティスを丸め込み、各領に緊急事態の宣言と、避難指示を出せ。移動陣から離れた場所に人々を集め、そこに防護結界を張るんだ。あの防護結界は、セントランスから襲撃を受けた後に、強度を組成し直したものだ。エイリーンの攻撃がどのような術なのか分からない以上、絶対に防げるという確証はないが、魔導師を動員できるだけ動員して、二重でも、三重でも、可能な限り厚く張れば、全く通用しないということはないだろう。……そう信じたい」

 目を見張ったギールが返事をする前に、ずっと黙っていたゼナマリアが、驚いたように口を出した。

「モルティスを丸め込み……って、ギールさん、貴方、教会の最高司祭相手にまで権力が及ぶような、高位の魔導師なのですか! 貴方が行けば、モルティスが直接出てくると?」

 身を乗り出したゼナマリアに、ジークハルトが説明する。

「こいつは、召喚師制の廃止や、経世済民けいせいさいみんの目的は共通しているという理由で、司祭連中とも関係があったのです」

 ギールは、顔を赤くして、ブンブンと首を振った。

「む、無理ですよ! 僕は、新参の一宮廷魔導師に過ぎません。確かに以前は、教会と関わりを持っていましたが、今は背信者として認識されているでしょう。猊下げいかには、バーンズ団長の脱獄を手伝った時に、『イシュカル神を信じた先に、清浄で公正な軍政があるとは思えない!』って、面と向かって啖呵切ってきちゃいましたし……」

「それでも、評議の面前で騒いで投獄された俺が行くよりは、まだ望みがあるだろう。無理でも何とかしろ。お前ならできる」

「えぇ……?」

 強引に押し切られて、ギールはうなだれた。

「何とかなったとしても、どこを避難場所にするっていうんです? 王都民全員を収容できて、かつ防護結界も展開しやすい場所となると、王宮くらいしかありません。ですが、その裏門の地下には、既存の移動陣があります。他街はともかく、シュベルテには移動陣が三か所もありますから、それらを避けるとなると、もう王領の外に出るか、移動陣を破壊して回るしかありませんが……。それだけの時間の猶予があるのかも分かりませんし、こんな話を、今から司祭たちだけでなく、城下の人々にまで広めて、果たしてすんなり納得して動いてもらえるかどうか……」

 そこまで言って、不意に、ギールは言葉を止めた。

 エイリーンの攻撃に関わる移動陣は、あくまでルーフェンが新しく展開させたものだけであり、元々各領に敷かれている既存の移動陣には、逆展開の術式は施されていないはずだ。
しかし、ジークハルトとギールはそのことを知らないし、ルーフェンが敷いた移動陣の位置も、数も、全く見当がついていない。
既存の移動陣がなく、ルーフェンが新しく移動陣を敷いた可能性もない場所で、かつ大勢の避難民を受け入れられる守りの固い場所など、少なくとも、雑多なシュベルテ内には存在しないように思える。

 だが、ギールは、何かを考えついたのだろう。
ややあって、徐々に目を見開くと、ぽつり、と呟いた。

「イシュカル教会の聖堂なら、あるいは……」

 ギールは、ジークハルトをまじまじと見つめてから、勢いよくまくし立てた。

「北区と西区にある大聖堂、二か所に分ければ、王都の人々を集め、守ることができるかもしれません! 元々イシュカル教徒には、毎朝の礼拝の刻に、聖堂に来て祈るという習慣があります。その時間帯なら、教徒たちは指示など無くとも聖堂に集まりますし、彼らは司祭たちの言うことには必ず従います。北区の聖堂では、セントランスによる襲撃時に、実際に多くの被災民を匿っていたこともあります! そもそも猊下を説得できるのか、教会に属さない非教徒たちをどう誘導するかは問題ですが……そこさえ何とかすれば、可能性はあるかと!」

 ジークハルトは、深く頷いた。

「ならば頼んだ。この際、手段は問わない。俺は、移動陣の場所を手がかりに、エイリーンの居場所を探ってみる」

「了解しました!」

 ギールも頷きを返し、手に持っている銃剣を背負う。
すぐにでも出立しようとしている二人の行く手に、トワリスが立ち塞がった。

「……勝手に話を進めないで下さい。さっきも言った通り、ルーフェンさんの策を潰したら、市街に甚大な被害が出るかもしれないんですよ。まず第一に、人命を守るべきだということは、共通の優先事項でしょう」

 ジークハルトは、厳しい口調で返した。

「その策とやらを聞かされてない以上、ではエイリーンの対処はルーフェンに任せてこちらは引き上げよう、という結論にはならん。お前の語ったことが全て真実だという確証も、ルーフェンが失敗しないという確証も、俺たちは持っていないのだからな」

「だからって、聖堂に人々を避難させて結界で防ぐなんていう一時凌ぎの策が、事態が好転させるとも思えません。それに、バーンズさんたちが失敗しないという保証もないはずですよ」

「俺たちが失敗すれば、お前らの予定通りになるだけだろう」

「その過程で騒ぎを大きくされると、後々問題になるって言ってるんです。エイリーンや私たちの事情を無視して考えても、他国の召喚師の存在を仄めかして、また召喚師制廃止の是非を問うような風潮が城下に広まれば、おそらく教会は、一層躍起になって弾圧を進めます。そうなることは、貴方たちも望んでいないでしょう?」

「では、逆に聞くが、ルーフェン一人をこの国の外壁にして、人々の視界を遮ることが、本気で最善だと思っているのか? 軍部の人間も含めた全ての者たちが、裏で犠牲になっているものを一切知らずに、ただ安穏と暮らすことが、お前の望みだというのか」

「…………」
 
 ぎゅっと唇を噛んで、トワリスは、ジークハルトを睨みつけた。
そんなこと、望んでいるわけがない。
けれど、きっとルーフェンは、それで良いと頷くのだろう。
 
 ゆっくりと息を吐くと、トワリスは、双剣を握り直した。
話し合って理解が得られないのなら、刃を交えるしかない。
毛の逆立つような緊迫感が、辺りに広がっていく。
けれども、ジークハルトとギールは、それぞれの得物を手に取ることさえしなかった。

 訝しむトワリスに視線を据えたまま、ジークハルトが口を開いた。

「ギール」

「はい」

 身構えたトワリスに向かって、ふと、ギールが何かを唱える。
──瞬間、視界がぐらりと揺れて、トワリスはその場に倒れ込んだ。
突然、首筋がズキズキと脈打つように痛み始め、強張った額から、冷や汗が噴き出してくる。
トワリスが先手を打って出た時に、ギールが袖口の隠し武器から発射した針に、何かが塗られていたとしか思えなかった。

(くっ……こんなところで……!)

 地面に這いつくばったまま、なんとか取り落とした双剣を拾おうとするも、痺れた手指は震えるばかりで、思うように動かない。
「トワリスさん!」と繰り返し叫ぶ、ゼナマリアの甲高い声を聞きながら、トワリスは、意識を失ったのであった。


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