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投稿日:2026年01月06日





「グレアフォールの支配が及ばない……ってことは、やはり精霊は、古代樹の一族以外にも沢山いるんですね。二人みたいな精霊も、私が認知できていないだけで、本当は多く存在しているんでしょうか?」

 リーヴィアスに問われて、セルーシャは目を瞬かせた。

「我々みたいな精霊って、どういう意味? 実体のある葬樹そうじゅと、微精霊は違うよ。それとも、古代樹に属さない精霊、って意味?」

 リーヴィアスは、鷹揚に頷いた。

「後者です。……うーんと、どう言えばいいのかな……もしかしたら、こういう表現は、二人の気に障るかもしれないんですけど。葬樹そうじゅの一族みたいに、グレアフォールとは違った考えを持っていて、自由で、欲が深い精霊たち、って意味です」

 悩んだ末に出てきた、リーヴィアスの言い方が、案の定、気に障ったのだろう。
ずっと会話に加わっていなかったエイリーンが、刺々しく口を挟んだ。

葬樹そうじゅの森から焼け出され、強制的に自我と人型を与えられて古代樹の支配下に置かれた我々の、どこが自由で、欲深いというのだ。風の意思だけを聞き、低俗な異種族を独断で森に招き入れ、他の精霊たちに人間の真似事を強いているグレアフォールの方が、よほど身勝手で、欲深いというものだ」

「いや、違うんですよ。欲深いって、別に悪態のつもりで言ったんじゃなくて」

 悩ましげに唸りながら、リーヴィアスは、こめかみの辺りを指でさすった。

「ほら、古代樹の森にいる精霊たちは、なんというか……グレアフォールも含めて、すごく淡々としているでしょう? 感情や欲望が全くないわけではないみたいですが、基本的には、私情で動かない。さっきの弔いの儀でも、泣いてはいましたけど、あれは、同胞の死をいたんだというより、グレアフォールに言われて涙を出したって感じでした。
それに対して、貴方たちには、個人的な好き嫌いがはっきりある。グレアフォールの一族の精霊なら、環境が気に入っているからという理由で、古代樹から遠い場所にあえて棲もうなんて考えないでしょうし、単に私が気に食わないからという理由で、脚の速いゴーティで送って行きましょうか? という提案を断らなかったはずです」

 ゴーティが、ブルブルと鼻を鳴らして、地面を前肢で掻いた。
エイリーンとセルーシャは、同時に顔を見合わせてから、一層不可解そうに眉を寄せた。

「何を言っている? 古代樹の一族が古代樹のもとに暮らし、他に属する一族がその領域外に暮らすのは、当たり前のことだ。その獣に乗れという提案を断った理由も、貴様が気に食わなかったというだけではない。我々は元来、生きたものには触れぬ。そもそも、獣に乗ろうとする精霊なんぞ、見たことがない。操る術も知らん」

 はね付けてきたエイリーンに、リーヴィアスは、困ったように肩をすくめた。

「あぁー……難しいですね。例えが悪かったかな?」

 それからリーヴィアスは、再び唸りながら、腕組みをした。
しばらくそうして、何やら考え込んでいたが、ふと、エイリーンたちに向き直ると、柔和な口調のまま続けた。

「……じゃあ、別の例え話。もしも私が、この場で貴方たちのどちらか片方を殺してしまったら……残された方は、どうしますか?」

「…………」

 一瞬黙り込んでから、セルーシャは、意表を突かれたように目を見開いた。
一方のエイリーンは、不愉快そうに目を細める。
魔力のこもった指先を、またリーヴィアスに向け、エイリーンは牙を剥き出した。

「貴様が我々を殺す……? やれるものなら、やってみろ。仕掛けてきた瞬間に、その首消し飛ばしてやる」

 リーヴィアスは慌てて、何もしない、という風に両手を上げた。

「だから、例え話ですって。ようやく貴方たちとも、獣人たちとも不戦協定を結べたのに、この期に及んで、対立を煽るような真似はしませんよ」

「…………」

 先刻よりも濃密な魔力を突きつけられて、リーヴィアスは、流石に焦ったようだった。
けれども、逃げようとしたり、怯えたりする様子は見せなかった。

 本来自然物に宿る精霊族は、種差はあれど長命で、人間よりも遥かに多くの万物への影響力──"魔力"を有している。
故に、エイリーンの経験上、大抵の人間は、こうして明らかな魔力差を見せつけてやれば、悲鳴を上げて逃げ出すか、震えながら腰を抜かすか、あるいは、死を悟って動かなくなるか、そのどれかだった。
しかしリーヴィアスは、もう二度も脅しつけているというのに、死を前にした生物が出す恐れや諦めの感情を、未だに見せていない。
現時点では特別さの片鱗は感じられないが、グレアフォールに気に入られているだけあって、やはりただの人間ではないのだろう。

「……そんなに警戒するようなことじゃないだろう、エイリーン。多分リーヴィアスは、そういう意味で"殺す"とは言っていないよ」

 エイリーンの腕を再度下ろして、セルーシャは、リーヴィアスの方に向いた。

「ねえ、リーヴィアス。精霊族の"死"の定義を知っていて、そんな無意味なことを聞いているのかい? 君の言う"殺す"は、肉体を破壊することだろう。でも、精霊族にとっての"死"は、完全な力の消滅であって、肉体の崩壊ではない。人間や獣人は、肉体が滅ぶと死んで、腐って土になるけど、我々は肉体を失っても、微精霊に戻るだけだ。グレアフォールはなぜか、この微精霊化を、人間で言うところの『死』にあたると考えているようだけど、我々は正確には、『還元』とか『退化』に近いと思っている。力さえ取り戻せば、精霊族は、また同じ種として実体を取れるようになるからね。
まあ、見えない微精霊になるということは、影響力が弱まるということだから、古代樹の一族のように、森を守る使命を持つ精霊たちからしたら、避けたいことではあるんだろうけど……我々はただ、争いで焼けた葬樹そうじゅの森をグレアフォールに再生してもらって、そこに還りたいだけなんだ。つまり、今どういう姿でいるかは、別にどうでもいい。森への帰還さえ済めば、もう立ち歩く必要もないから、最終的には、かつてと同じ葬樹そうじゅの形に戻るつもりだしね。
……だから、君の質問に対する答えは、『無意味だからどうもしない』だ。仮にここで君に肉体を破壊されて、微精霊になっても、我々には、再び実体を取れるだけの十分な力がある」

 リーヴィアスに一歩近づいて、セルーシャは、その顔を至近距離で見上げた。

「……あるいは、君の言った"殺す"が、精霊の力を根こそぎ奪って消滅させる、という真の意味での"殺す"だったとしても、我々は『どうもしない』。少なくとも、グレアフォールが葬樹そうじゅの存在を必要としている内は、君には我々を滅することなんてできないからだ。……いや、可能なのかもしれないけれど、まだ役目を終えていない種は再生されるから、君の徒労に終わるだけ、といった方が正確かな。同様に、君がグレアフォールの寵人である以上は、我々もまた、リーヴィアスという人間には手出しできない。
逆に、グレアフォールが見過ごす"殺し"なら、君が相手でなくても、いずれ抗えきれずに滅ぼされるのが我々の『運命』だ。運命、すなわち自然の摂理は、受け入れなければならない。つまり、この古代樹の領域においては、個々の殺意や生存欲求に関係なく、生死の決定権は己自身にはない。必要以上に力を持ったり、失ったりしたものを淘汰するのは、グレアフォールの役目だ。故に我々は、特に『どうもしない』」

「…………」

 話し終えると、セルーシャは、リーヴィアスから一歩引いた。
リーヴィアスは、エイリーンとセルーシャの顔を見やったまま、長く押し黙っている。

「……人間には、やっぱり理解しづらい話なのかな? 人間や獣人は短命だし、実体を無くしたら二度と蘇れないから、無条件で肉体の死を嫌がるものね」

 セルーシャが言うと、リーヴィアスはようやく反応した。

「いや……共感できるかどうかは別として、言っている意味は理解できますよ。ただ、少し驚いたんです。同種の中でも、セルーシャとエイリーンでは、既に考え方が違うんだなぁと思って。これまで古代樹の一族としか関わってこなかったので、精霊族というと、彼らの整然とした佇まいが頭に浮かぶのですが……私はまだまだ、貴方たちの本質を分かっていないようです」

 エイリーンとセルーシャは、眉をひそめた。
今セルーシャが語ったことは、精霊族の中では覆しようのないことわりであり、生まれる以前から存在した種の性質と階級構造だ。
個人的な思想や価値観などではなく、あって当たり前の前提のようなものなので、エイリーンとセルーシャの間にも、この認識に差はない。
それに、説明したのはセルーシャだけで、エイリーンは自分の考え方などほとんど話していない。
それなのに、リーヴィアスは何故、この短時間で「二人の考え方は違う」と感じたのか、セルーシャたちには分からなかった。

 リーヴィアスは、もやの漂う水面に視線をやった。
 
「……精霊族が肉体にさほど執着していないことは、私も、ここ数年で分かってきました。これは、人間や獣人にはない価値観です。生き方も、重視するものも、寿命も違う私たちでは、当然生死観も違ってくる。グレアフォールと貴方たちの違いを考えるのに、人間の感覚しか持たない私が『死』の話を持ち出すのは、確かに無意味なことなのでしょう。
……でも、この例え話で私が聞きたいのは、生死観のことではなく、自分以外の誰かに対する思い入れのことです。私は先ほど、殺されたらどうするか、ではなく、貴方たちのどちらか片方が殺されてしまったら、残された方はどうするのか、と尋ねたんですよ」

 エイリーンとセルーシャは、ますます質問の意図がわからない、といった風に首を傾げた。
二人に向き直って、リーヴィアスは言い募った。

「『微精霊化』は、人間や獣人の『死』と同義なのではないか、とグレアフォールに言ったのは、実は私なんです。だって、微精霊とは見つめ合うことができないし、言葉を交わすこともできない。しかも自我を無くすなら、もしまた力を得て実体を持ったとしても、以前の記憶が継承されるとは限らないでしょう? 姿形が同じでも、一緒に過ごしてきた思い出がなく、性格も違えば、それはもはや、同じ相手とは言えないじゃないですか。
……仮にエイリーン、貴方だけが肉体的に殺されて、微精霊になったとしましょう。セルーシャは、再び実体化したエイリーンが、故郷での記憶を無くし、この湖畔の居心地の良さを分からなくなっていても、それを同じエイリーンだと思えますか? 以前のエイリーンは、殺されて消滅したと感じるのではないでしょうか」

「…………」

 セルーシャは、微かに瞠目してから、エイリーンの顔を見た。
エイリーンも、いまいち得心がいかない様子で、セルーシャを見た。

 しばし見つめ合った後に、セルーシャは、辿々しく呟いた。

「……それは……そうなるのかな? 同じ葬樹そうじゅのエイリーンが、一度自我を無くすことで、別の何かに変わるかもしれないなんて、考えたことがなかったよ。
元より我々は、ずっと葬樹そうじゅの中で眠っていて、思考は共有していたから、言葉を交わせないのは大して気にならないけど……。でも、そうだな、エイリーンがわたしのことを分からなくなってしまうのは、確かに困る気がする。そんなことになるくらいなら、エイリーンが微精霊になった時点で、我もこの身を壊して微精霊になるよ。勿論、実体を取り戻す時も同時だ。そうしたら、我々はまた同じ存在になれる」

 次いで、エイリーンが吐き捨てた。

「馬鹿馬鹿しい。貴様の言う『死』がどのような意味であれ、こんなもの、仮定であっても考えるに値しない、絶対に起こり得ぬ話だ。貴様の害意は、我々にとっては些細なもの。その無謀な考えしか出てこぬ足りない頭、やはりこの場でかち割ってやろうか」

 二人の答えを聞くと、リーヴィアスは、どこか安堵したような、困ったような、複雑な笑みを浮かべた。
返答を求めてきたのは彼の方なのに、その銀の瞳には、憂いが滲んでいるようにも見える。


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