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投稿日:2026年01月06日





 辺りには、エイリーンによって根を引き抜かれた木々の死骸と、争いの末に抉られた地層の断片が、見るも無惨な姿で散乱している。
すっかり荒れ果てた周囲の光景を見回しながら、リーヴィアスは、力の抜けた声で尋ねた。

「……セルーシャは、一体どういう状況でいなくなったんですか? 弔いの儀に行く途中ではぐれたとか?」

 俯いて、沈黙した後に、エイリーンはぼそぼそと答えた。

「……分からない。昨夜、共に眠って、朝 目覚めたら、隣からいなくなっていた」

 リーヴィアスは肩をすくめた。

「それなら、やはり誰かにさらわれたという可能性は低いでしょう。眠っていたとはいえ、何者かがセルーシャに接触したのだとすれば、絶対に近くにいた貴方が気づいたはずです。力量的にも、そんな無茶なことをする輩がいるとも思えませんし……。
普通に、近所に散歩に出てるとかじゃないんですか? 起きた時にエイリーンがまだ眠っていたから、一人で水を飲みに行ったとか、食べ物を探しに行ったとか……」

 エイリーンは、ゆるゆると首を振った。

「今の我々にとっては、弔いの儀が食事だ。別で死骸を喰う必要はないし、喰うにしても、こちらから歩いて探し回ることはない。水は、すぐ近くの湖で飲める。どんな理由があろうとも、セルーシャが自らの意思で、わたしの目の届かない場所へ行くことなどありえない……」

「そうは言っても、エイリーンの目をかいくぐって力づくでセルーシャを攫える者なんて、少なくとも人間や獣人族の中にはいないでしょうし……。何か他に心当たりはないんですか? 眠る前に、セルーシャがどこかに行きたいって呟いてたとか、しばらく顔も見たくないってくらいの大喧嘩をしたとか……」

「…………」

 徐々に目を大きく見開くと、エイリーンは、リーヴィアスを見た。
その表情のまま硬直し、いや、とか、違う、とか自問自答を繰り返した後に、エイリーンは、掠れた小声で白状した。

「……昨晩、少しだけ、意見が食い違った。……レクエスのせいで」

「レクエス (速く走るもの)……?」

 一体何のことかと首を傾げた後に、リーヴィアスは、エイリーンの傍にいる木製の馬に目を留めた。
先程の電撃を浴びて、わずかに表面が焦がしたレクエスは、プスプスと黒煙を上げながら棒立ちしている。
リーヴィアスは、戦闘になる前、エイリーンがこの木馬に乗っていたことを思い出した。

「それって、そこの木馬のことですか? 精霊……じゃないな。エイリーンの魔導人形?」
 
 忌々しげにレクエスを睨み、エイリーンは答えた。

「『速く走れ』という名を与えたのに、走ることもままならん、役立たずの木偶でく人形だ。貴様らがいつまで経っても馬を寄越さんから、昨晩作った」

 リーヴィアスは、訝しげに眉をひそめた。

「……ええっと……その制作過程で、セルーシャと意見が割れて、喧嘩になったってことですか?」

「喧嘩ではない。怒ってもいない。……ただセルーシャが、レクエスに羽をつけろだの角をつけろだの言うから、余計なものを生やすと操作がしづらくなると却下しただけだ」

(……すごい、想像以上にしょうもない理由だった……)

 そんな子供じみた喧嘩に巻き込まれて殺されかけたのだと思うと、やはり文句の一つも言ってやりたくなったが、なんとか不平は飲み込んで、リーヴィアスは冷静に返した。

「まあ確かに、それだけでセルーシャが、一人で失踪するほど貴方を嫌ったとは考えづらいですがね。となると……貴方に隠れて、自分好みの木馬を作りに行ったとか? 私も、セルーシャがそのような意地を張った真似をするとも思えないですが、考えられるとすれば、こっそり完成させて、貴方を驚かせようとしてるとか……」

 エイリーンは、再び首を横に振った。

「……何度も言うが、セルーシャが自らの意思でわたしの元から離れることなど絶対にありえぬ。……ありえぬが……仮に、そのようなことがあったとしても、今のセルーシャではレクエスに近いものは作れん。セルーシャは、他の発する魔力や感情を読んだり、死期を悟ったり、目に見えぬものを感じ取ったりすることには長けているが、他に物理的に干渉する魔術はわたしほど得意ではない。以前はどちらの力も我々一つの葬樹そうじゅとして持っていたが、人型を得て二人になってからは、力も分かれてしまった。無論、全くその力がないというわけではないが、一人では木馬を作ることなどは──」

 そこで言葉を切り、突然、弾かれたように霧の森の方に振り向くと、エイリーンは呟いた。

「……いや……また人間共の集落に馬をもらいに行った、という可能性はあるな。きっとセルーシャは、レクエスが使えんと踏んで、もう一度集落に馬をもらいに行ったのだ」

「えっ、いやいやいや! ちょっと待ってください!」

 早速集落に探しに行こうと、レクエスに跨りかけたエイリーンを、リーヴィアスは慌てて止めた。
セルーシャという抑え役がいない状況で、エイリーンが集落に行き、また先刻のように大暴れしたら、今度は厩舎きゅうしゃ半壊では済まない。
黙って見送るわけにはいかなかった。

「待って、考えてくださいエイリーン! 私は、その集落からここまで歩いてきたんですよ? セルーシャは集落には来ていないし、道中すれ違ってもいません」

 伸びてきたリーヴィアスの腕を振り払って、エイリーンは瞳に強い光を宿した。

「嘘吐きの言葉など信じられるか! 貴様とセルーシャが同じ道を使ったとも限らん。己の目で確かめる……!」

「貴方達は! 集落で馬がもらえなかったから、私に交渉してきたのでしょう? だったら、馬が目当てで訪ねるべきは私のはずです。セルーシャなら、同じ森の中にいる私の魔力を辿れたでしょう」

「その貴様がいつまでも馬を寄越さないから、やはり集落に行こうと考えたのやもしれん。そうでなくとも、森の外でセルーシャが迷わず行ける場所は、人間共の集落以外には思いつかん」

「そんなの暴論で──」

「──だったら‼︎ セルーシャは一体どこにいる⁉︎」

 エイリーンが金切り声でそう叫んだのと同時に、周囲の倒れた木々が、大きく震えて一瞬で枯れ果てた。
禍々しい魔力が、エイリーンを中心に立ち昇っている。
その長い黒髪を揺らし、炎の如き熱量を以て、辺りの空気を歪めている。
フーッフーッと荒く息を吐きながら、エイリーンは、後ずさったリーヴィアスとゴーティを睨みつけた。

「今まで! こんなことは一度も無かった! セルーシャと共に生きていた千年以上の間で、たったの一度もだ!
この際、馬のことなんぞどうでも良い。古代樹の一族との関係も、人間や獣人共との協定も、全く知ったことではない! セルーシャがわたしから離れなければならなかった、その理由に何者かの思惑が絡んでいるのだとしたら、必ず其奴を引きずり出して、消して飛ばしてやる! それが貴様であっても、グレアフォールであっても、絶対にだ……!」

 エイリーンを止めようとした右手が、焼けたように熱い。
その肩を掴もうとして振り払われた掌が、炭にでも触れたようにただれている。
もう一度止めようとすれば、今度こそ命はない。
そうと分かる本気の殺意と必死さが、エイリーンからはほとばしっていた。

 下ろした右手をさすりながら、リーヴィアスは、ごくりと息を呑み、答えた。

「……私は誓って、今回のセルーシャの失踪には関与していません。ですが、もしエイリーンが、どうしても自分の目で確かめなければ信じられないというなら、集落の中を気が済むまで探して頂いて構いません」

「…………」

「ただし、私も一緒に同行します。その上で、絶対に集落の人間には手を出さないと約束して下さい。……約束できないのであれば、私もここで、命を落とす覚悟で、貴方を止めざるを得ない。……そうして死んで、道半ばでグレアフォール王との約定を反故ほごにすることになる、その覚悟も含めて──です」

「…………」

 エイリーンは、不気味に光る橙黄色の瞳で、リーヴィアスを射抜いていた。
しかし、ややあって、その目を閉じると、放出している魔力を収めたのであった。


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