トップページへ
目次選択へ
投稿日:2026年01月06日





 ゴーティとレクエスを駆けて森を下り、リーヴィアスとエイリーンは、再度人間たちの集落を訪れた。
しかし、そこにもセルーシャの姿はなく、隅々まで探し尽くしても、その気配の一片すら感じ取ることができなかった。
そんなはずはない、集落のどこかにいるはずだと息巻いていたエイリーンも、天高くにあった太陽が西の空に傾き始めた頃には、流石にその勢いを無くしていた。
そして、いよいよ日が暮れてくると、ようやく諦めがついたらしく、エイリーンは、不審がっている人間たちを尻目に集落を去ったのであった。

 森まで戻ってきたところで、すり減ったレクエスの木の脚が折れ、エイリーンは、何度目かの転倒をした。
これまでは、痛覚がないのかと思われるようなしぶとさで立ち上がり、すぐにレクエスを修復して再び乗り込んでいたが、すっかり消沈した様子のエイリーンは、もう立ち上がらなかった。
ずっこけたレクエスをそのままに、草地でへたり込んでいる。
その後姿には、今朝までの怒気も焦燥も見られなくなっていた。

 後ろを歩いていたリーヴィアスは、エイリーンの近くまでゴーティを寄せると、下馬して、静かに口を開いた。

「……森にもいない、集落にも来ていないとなると、セルーシャは本当に古代樹の領域を出たのかもしれませんね。あの歩き嫌いっぷりを思うと、考えづらいことではありますが……。セルーシャの行きそうな場所に、他に思い当たるところはありませんか?」

「…………」

 エイリーンは、何も答えなかった。
口を閉ざしたまま、薄暮の暗さに覆われ始めた木々の梢を、ぼうっと眺めている。

 小さく嘆息して、リーヴィアスは言い募った。

「……ひとまず、今日はもう休みましょう。夜になると動きづらいですし、セルーシャを探そうにも視界が悪い。霧の森に戻るなら、ゴーティで送っていきますよ」

「…………」

「……ね? レクエスくんも脚がボロボロで限界のようですし、貴方も、集落中を駆けずり回って疲れたでしょう。私、あんなに機敏に動くエイリーン、初めて見ましたよ」

「…………」

 どんよりとした空気を払拭するように、リーヴィアスは、冗談めかした口調で言って笑った。
だが、それにも反応せず、エイリーンは尚も押し黙っていた。

 さて、どうしたものかと途方に暮れたリーヴィアスが、再び声をかけようとした時。
やっと立ち上がったエイリーンが、レクエスの脚を修復しながら、ブツブツと独り言のように呟いた。

「……セルーシャが……馬が手に入らないのなら、竜族や巨人リオット族に頼ってはどうか、と……そんなことを言っていた。セルーシャの脚で森を抜けられるとは思えぬし、一人で他領の精霊に接触しに行ったとも思えぬが……他にありえる可能性があるとすれば、もう、これ以外には……」

 耳を澄ませ、どうにかその小声を聞き取って、リーヴィアスは目を瞬かせた。

「竜族と巨人リオット族……って、ああ、北東の山に棲む精霊たちですか?」

「……竜族は馬車に拘らず滅多に現れん。巨人リオット族は、元は南方の崖間がけあいで暮らしていた。しかし、グレアフォールと貴様が広めたがっている人語の習得を拒否したので、北東に追いやられた」

「…………」

「北部に棲む精霊は、我々葬樹そうじゅも含めて、古代樹の支配を受けぬ。だからセルーシャは、奴らに協力を頼めば、我々の葬樹そうじゅの森への帰還を手助けしてくれるのではないか、と考えていたようだった。……しかし、奴らは目立つ。グレアフォールに勘付かれては意味がないと、わたしは反対してしまったが……」

 ボソボソと呟きながら、エイリーンは、レクエスにまたがった。
それから、暗くなった北東の空を指差し、短く「進め」と命令した。

 リーヴィアスが止める間もなく、レクエスが後肢を曲げ、大きく跳ね上がる。
──が、張り出していた木の根に脚を引っ掛けたらしく、レクエスは、勢いよく前転して頭から草地に突っ込んだ。
投げ出されたエイリーンもまた、無様に地面に転がり落ちる。
駆け寄ったリーヴィアスが、手を差し伸べたが、エイリーンはその手を払いのけた。
そして、わなわなと肩を震わせながら、自力で起き上がると、地面の上でもがいているレクエスに向けて、苛立った怒声を放った。

「この……っ、お前は一体いつになったらまともに走れるようになるのだ⁉︎ 少しは考えて動け! この愚図ぐずが‼︎」

 突きつけた指先が縦に振り下ろされ、レクエスの首がドサッと落ちる。
ギョッと目を見開いたリーヴィアスは、今度はレクエスの方に駆け寄ると、慌ててその首を拾い上げた。

「ちょっとエイリーン! 何やってるんですか、可哀想に! 首を落とすことはないでしょう」

 レクエスの頭についた土汚れを撫でるように払い、リーヴィアスは、首の断面を接着しようと魔力を込めた。
木肌からスルスルと伸びたつるが絡まり合い、断頭されたレクエスの首が修復されていく。
エイリーンは、吐き捨てるように返した。

「感情がないのに、可哀想も何もあるか! そいつは微精霊も宿らぬ木の塊だ。ろくに走れぬ『走るもの』、能無しの木偶でく人形め!」

「木偶人形だっていうなら、上手く走れないのは制作者の責任だとも理解してるでしょう。『走れ』としか術式に組み込んでないんじゃ、そりゃあ都合よく動きませんよ」

「……なんだと?」

「例えば、障害物があったら『避ける』とか、脚が折れそうなら転ぶ前に『止まる』とか、そういう命令も加えないと。……なんか精霊族って、なまじ魔力が多いせいか、術式とか無視して力技で押し通そうとしますよねぇ」

 呆れたように言って、リーヴィアスは、元通りに直ったレクエスを立たせた。
次いで、その四肢に触れ、関節の位置を確かめるように曲げ伸ばしし始める。
その場で言い返そうとしたエイリーンは、しかし、リーヴィアスがレクエスの脚に魔力を込め出したことに気づくと、肩を怒らせて彼に近づいていった。

「おい、勝手なことをするな。そいつはわたし傀儡かいらいだぞ」

 作業する手を止めずに、リーヴィアスは答えた。

「別に主導権を奪おうっていうんじゃないですよ。ちゃんと転ばず走れるように、手を加えてみようかと思って。……貴方がゴーティには意地でも乗らないって言い張るから、黙って見守ってましたけど、こう転んでばかりじゃ身が持たないでしょう。レクエスくんも、毎度毎度脚が折れちゃ痛いでしょうし」

「レクエスは、何度も言うが木の塊だ。痛みなど感じん」

「見ていて、私が良い気分じゃないんです。……そういう感情を抜きにしても、転ばずに走れるようになった方が、効率よくセルーシャを探せると思いませんか?」

「…………」

 それはその通りだと思ったのか、エイリーンの反論が止む。
リーヴィアスは、レクエスの脚先辺りを指差して、続けた。

「というかレクエスくん、術式云々以前に、関節が足りてないんじゃないですか? やけにガタガタした走り方するなぁって思ってましたけど、よく見たら、膝しか無いじゃないですか。足首も作らないと」

「……馬の足首ってどこだ」

「この辺りですよ。まあ足首っていうか、正確にはかかとらしいですが。あと、脚の出し方も変でしたよね」

「……どう変なのだ」

「どう、って改めて聞かれると難しいですが……多分、脚を出す順番が違うんだと思います。……ゴーティ、ちょっと来て。脚を見せて」

 呼ばれたゴーティは、ブルルッと鼻を鳴らすと、まるで言葉を理解しているかのような足取りで、リーヴィアスに歩み寄った。
ゴーティの脚を参考に、リーヴィアスがレクエスの脚を作り変えていく。
筋肉を模したつるで肉付けし、そこにもふしを設け、屈曲する部分を四肢それぞれに増やしていく。
次に、脚の表面に何やら古語を書き込み出したリーヴィアスを見て、エイリーンは訝しげに問うた。

「……何をやっている?」

「さっき言った、術式を増やしてるんですよ。『走れ』が大元で、『歩け』や『座れ』もあった方がいいですよね。あとは『回避』と『停止』、『跳躍』、『追従』と……これだけ書き込めば、ある程度は自立した判断ができる人形になるでしょう」

 エイリーンは眉を寄せた。

「……その術式というのはなんだ?」

「魔術を発動させる位置を示した目印と、発動させる方向を示した矢印、命令を兼ねたもの……みたいなものですかね。精霊族は使わないですか?」

「使わない。……使う必要性を感じない。発動させる位置方向も何も、見たものを思うように動かすだけだろう。書き込む手間が増えるだけだ」

「はは……そういえば、詠唱とかしてるところも見たことないし、本当にそうなんでしょうね。
人間は、精霊族ほど魔力が多くないので、発動させる場所や方向性を限定しないと、あっという間に魔力不足になっちゃうんですよ。でも、魔力量に関係なく、術式は覚えておくと便利ですよ。組み合わせ次第で、水や火、木や土の魔術単体では起こせない複雑な事象を実現できるので」

「…………」

 エイリーンは途中から、リーヴィアスが何を言っているのか、理解できなくなったようであった。
しかし、だからいって、わざわざ掘り下げて質問を繰り返すほど、人間の魔術体系に興味はないらしい。
息を吐いて、エイリーンは尋ねた。

「……その術式とやらを書き込めば、レクエスは他の馬と同じように走れるんだな?」

 リーヴィアスは、眉を下げて微笑んだ。

「少なくとも、今よりは壊れる回数が減ると思いますよ。といっても、私は魔導人形の技師ではないので、生きた馬と同等の動きができるものを木で作れるかは分かりませんが……まあ、試しにやってみて、また転んでしまったら、その原因を確かめて、それが回避できる新しい術式を書き込みますよ」

 エイリーンは、不貞腐れたように、近くの木の根元に座り込んだ。
ゴーティは、レクエスのことが気になるのか、その木肌に鼻面を押し付けている。
木にもたれた姿勢で、リーヴィアスの作業を眺めながら、エイリーンは再び口を開いた。

「……やるなら早くしろ。レクエスがまともに走れるようになったら、すぐ北東に向かう。セルーシャの脚では、まだそう遠くへは行けていないはずだからな。今追いかければ、きっと追いつく」

 暗くなって、見えづらくなってきた手元を魔術の光で照らしながら、リーヴィアスは返事をした。

「だから、今晩はもう休みましょうって。本当に北東に向かったのどうかも分かりませんし……仮に向かったとしても、セルーシャも夜は休んでいるでしょう」

 エイリーンは、頑なな態度で答えた。

「どこへ行ったのか分からぬ以上、考えられる可能性は全て潰す。我々は夜目が利く、暗くとも問題ない」

「でも、疲れはするでしょう? 私とゴーティも疲れました」

「知るか。ならば着いて来ずとも良い。集落に行くなら同行させろ、とごねたのは貴様だ」

 リーヴィアスは、肩をすくめた。

「まあまあ、そう言わずに。渡りかけた橋ですから、最後まで協力しますよ。セルーシャがいなきゃ困るのは、私も同じですし」

「困る? なぜ貴様が困るのだ」

「お忘れですか? 私はグレアフォール王と、三種族を永久に隔絶させるために、大陸を三つに分断させる計画を進めています。私の寿命が尽きる前にそれを実現させるためには、葬樹そうじゅの力が必要なんですよ。貴方がセルーシャ探しに夢中になって、弔いの儀に参加できない日が続くのは困ります」

「…………」

 リーヴィアスが、あえてグレアフォールの名を出して答えると、エイリーンは不機嫌そうな顔つきになった。
だが、これ以上言い返して、応酬を続けるのも面倒になってきたのだろう。
膝を抱えて座り直すと、エイリーンは、それきり無言になった。

 レクエスの改造作業を始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。
空に混ざっていた蜜色は失せ、森中は完全な夜闇に覆われている。
最後の調整を終えると、リーヴィアスは額の汗を拭い、立ち上がった。

「──よし、こんなものかな。レクエスくん、歩いてみて」

 穏やかに命じると、レクエスはギギッと左前肢を上げて、前に進み出した。
硬い木が軋む、生物らしからぬ駆動音はするが、その動きに、今までのような不自然さはない。
前方の茂みに突っ込むこともなく、木の根につまずくこともなく、レクエスは、辺りを一周して無事に戻ってきた。

 リーヴィアスは、笑みを浮かべて、レクエスの首をぽんぽんと撫でた。

「ほら、エイリーン。今の見てました? これなら、よほど複雑な道でない限りは──」

 エイリーンの方に振り返って、リーヴィアスは、そこで言葉を止めた。
先程までこちらを凝視していたはずのエイリーンが、いつの間にか、額を膝につけて、身を丸めて眠っていたのだ。

 やはり疲れていたのだろうか。
セルーシャがいなくなって常に苛立っていた雰囲気は、今は静かになりを潜めている。

 木々の隙間から薄い月光が差し込み、その灰白色の肌を淡く照らしている。
何を考えているのか、何も考えていないのか、レクエスは窪んだ目で、眠る主人をじっと眺めている。

 やれやれと息を吐くと、リーヴィアスは、その場で野営の準備を始めたのであった。


- 37 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数84)