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投稿日:2026年01月06日
大きくため息をついて、ガロウが言った。
「あのなぁ、口を開けばそればっかりだが、だったらなんでセルーシャは見つからないんだ? お前は、意見が食い違っただけ、それだけで離れるなんて考えられない、と思ってるのかもしんねえが、セルーシャにとっては、そんな軽い気持ちで片付けられることじゃなかった、って場合もあるだろ。どんなに仲が良い相手でも、長く共にいりゃあ喧嘩をすることくらいある。俺だって、父母や兄弟姉妹、恩のある友のことは大事だし、妻子は命に換えても守るべき存在だと思っている。……が、それはそれとして、喧嘩をすることも勿論ある。言い合いでは終わらず、血反吐を吐くまでやり合うことだってある。中には和解できないまま別れて、もう今はどこで何をしてんのか知らねえって奴もいる。付き合いってのはそういうもんだろ、なあ? リーヴィアス」
「……まあ、そうですねぇ。血の繋がりがある家族でも、どんな劇的な経験を共にした相手でも、性格や思想は異なる他人ですからね」
といっても、レクエスに角をつけるか、羽をつけるか、というしょうもなさすぎる喧嘩で二月も行方をくらませるのは、確かに不自然な状況だが。
──という補足は一旦呑み込んで、リーヴィアスは苦笑を浮かべる。
同意を得られて嬉しかったのか、リーヴィアスの肩をバンバンと叩きながら、ガロウは言い募った。
「つまり! そんなにセルーシャに再会したいなら、ありえねぇありえねぇの一点張りじゃなくて、もっと現実的に、冷静に、喧嘩別れしたっつう現状を認めろってことだ。んで、探し方も改めて、見つかった時のために、まずなんと言って謝るかも考えておいたほうがいいぞ」
「…………」
エイリーンと同等、いやそれ以上に口より先に手が出やすいガロウに、冷静さを説かれるとは思わなかったのだろう。
エイリーンは不機嫌そうに、ガロウのご高説を冷ややかに一蹴した。
「貴様らと並べて語るな。我とセルーシャは、獣人や人間で言うところの血縁者でも、友でもない。我らは元より一本の葬樹……離れては成り立たぬ関係。想像しやすいように強引に例えるならば、『血肉』だ。我にとってセルーシャは、頭であり、胴であり、四肢なのだ」
「……は?」
意味が分からない、という風に目を瞬かせて、ガロウは、エイリーンの全身をじろじろと眺めた。
「……どういうことだ? お前にはお前の、頭と胴と四肢がついているだろう。それともなんだ、セルーシャが合流するとお前らは合体して、頭が二つになったり手足が八本になったりするのか」
「そうではないが、感覚的にはそれに近い。セルーシャがいなければ、我は本来、この場に存在せぬからな」
「え? ほんとに?」
冗談のつもりで聞いたのに真顔で返されて、ガロウは、ゾッとした様子でエイリーンから身を引いた。
そしてそのまま、エイリーンの言葉の意味を問うように、リーヴィアスの方に振り返る。
リーヴィアスは、自分にもさっぱり、と首を傾げてから、興味深げに顎をさすった。
「でも確かに、改めて考えてみると不思議ですよね。エイリーンとセルーシャの関係については、私も疑問に思っていました。ほら、基本的に樹の精霊は、古代樹の一族なんかを見ていると、一本の樹に一体分の意識が宿っていて、人型になったら一人じゃないですか。エイリーンとセルーシャは、元が一本の葬樹で、意識も力も一つだったのに、どうして人型になったら二人の姿に可視化されたんでしょう?」
「それは、葬樹になる以前は、我々は別の精霊だったからだ」
「えっ? 精霊族って途中で属する種が変わったりするんですか⁉︎」
思わず身を乗り出したリーヴィアスが、食い気味に問うてくる。
リーヴィアスは、人間にはない他種族の性質や価値観の話を聞くと、いつもこうだった。
まるで導き蝶を見た時のミランのような、探究心に満ちた幼い表情になって、疑問を追いたがる。
エイリーンは、少し鬱陶しそうに答えた。
「……我々が特殊なだけだ。葬樹は、寄生樹と宿主が混ざり合った末に生まれた一本だからな」
「ええっと……その寄生樹と宿主が、エイリーンとセルーシャってことですか?」
「ああ。もう随分と昔のことだが」
「昔、というと?」
「貴様らなんぞ影も形も生まれていない、千年以上も前の話だ。きっとセルーシャ自身も、覚えてはいないだろう」
「へえ……千年前の世界なんて、想像もつかないですね」
「…………」
エイリーンは、そこで話を終えようとしたが、リーヴィアスは、エイリーンが続きを話し出すのを待っているようだった。
先程まで地図に向けられていた銀の瞳が、今はまっすぐにこちらを見つめている。
エイリーンは、小さく吐息をついた。
「……後に、我々葬樹が根を張った北端の大地は、今でこそ踏み入っては息絶える『死の森』であると称されているが、かつては死骸すら転がることのない、全面が氷で覆われた無の極地であった」
それから、膝に乗せている木の籠をそっと抱き寄せ、静かに語った。
「我は元々、風に流されてその極地に追いやられた、小さく無力な寄生樹の種だった。微精霊とも呼べるような弱い存在であったから、どこで生まれて、何故運ばれたのか、はっきりとしたことは記憶にない。ただ、寄生できるものが一切ない氷上で、吹雪に苛まれながら、随分と長い間、寒さと飢えに震えていたことだけは覚えている」
遠い昔を思い出すように、エイリーンは、そっと睫毛を伏せた。
「見渡す限り白い無の世界で、きっと自分はこのまま凍りついて、微精霊としてすら留まれず、消滅するのだろうと思っていた。だが、ある時、氷の下から声が聞こえてきた。見てみると、氷の中で芽吹いた若芽が、我を呼んでいた。同じく寒さに凍えて、弱り切った小さな芽であったが、極地では初めて出会った生きた精霊であった。
我は、その声に吸い寄せられるように根を伸ばし、其奴の一部を喰って寄生した。そして、その養分を糧に根を張り、上へ上へと茎を伸ばした。懸命に葉を広げていくと、やがて吹雪の合間に、わずかな日の光を感じられるようになった。その時には、我々は互いに混じり合い、一本の若木になっていた。我は、身を差し出してくれた其奴のおかげで、どうにか生き永らえたのだ」
わずかに目を見開いて、リーヴィアスが呟いた。
「もしかして、それがセルーシャだったんですか?」
「そうだ。その時の我々には、互いを別々のものだと認識する自我もなかったし、名もなかったがな」
エイリーンは、淡々と続けた。
「とはいえ、極地の環境が厳しいことに変わりはなく、我々は、その後も飢えと寒さに苦しみ続けた。
我々が精霊として強い力を得たのは、それから更に何年か経った後だ。いつからだったか、弱った人間や獣が、頻繁に極地に迷い込んで来るようになった。当時の他種族の動向など把握していなかったが、おそらく、南の方で戦でもあったのだろう。何かから逃げるように氷上を這ってきた其奴らは、我々を見つけると、決まって手を伸ばしてきた。かつて我がそうしたように、我々を喰って飢えをしのごうとしたのかもしれぬし、ただ単に、極地で初めて見た『生』に安堵したかったのかもしれん。……が、大抵は、我々に触れる前に、吹雪に呑まれて力尽きた。気づけば、我々の周りには、あらゆる種の屍が積み重なっていた」
「…………」
「我々は、それらの屍にも根を伸ばし、取り込み、糧とすることにした。我は本来、樹に宿る寄生樹であったが、冷たく硬い氷に比べれば、血肉の方がずっと根を張りやすかった。
近づいてきた屍を糧として、我々は更に根を伸ばし、幹を太くし、枝葉を広げていった。そういうことを何十年、何百年も繰り返していった結果、辺りの環境が変わり始めた。我々の根が氷を覆うと、その根を地盤に別の種が芽吹き、茂った枝葉が吹雪を遮ると、屍以外にも生き物がやって来るようになった。千年以上の時をかけ、無だった極地は、そうして森になった。その中心に立つ我々が、死骸を葬る巨木だという噂を広めたのは、口が達者な人間の訪問者だろう。いつしか我々は、『葬樹』と呼ばれるようになっていた」
「…………」
エイリーンは、微かに表情を歪めた。
「ここから先のことは、貴様らの方が詳しかろう。葬樹の森は、今から十年ほど前に、南方から広まってきた戦火に巻き込まれて焼失した。葬樹の樹体も燃え尽き、弱った我々は微精霊になるはずであった。……人間に影響されたグレアフォールが、我らに自我を与え、人型になんぞしなければな」
「…………」
鋭く光った橙黄色の瞳が、リーヴィアスを射抜く。
リーヴィアスは、視線をわずかに逸らして、申し訳なさそうに眉を下げた。
「葬樹の森まで及んだ大火を放ったのは、古代樹の森を襲撃しようとした亡きサルバラン王、バルアス・シェイルハート──私の兄です。対して、各種族と不戦協定を結び、大陸の隔絶を提案して、その実行には葬樹の力が必要だろうと進言したのは私です。……私としては、葬樹の森を維持していた一族が消えてしまう前にと、贖罪の意味も込めて、グレアフォール王に貴方達の実体化をお願いしたつもりだったのですが……」
エイリーンは、ため息混じりの低い声で答えた。
「別に我々は、あのまま焼失したとしても良かった。重要なのは、実体として存在するかしないかではなく、我とセルーシャが一つでいることだ。混じり合った状態で毎日起きて、眠って、呼吸をしている時も消滅する時も、常に共に在る──そういう在り方が守られていればこそ、我々は葬樹なのだ。
それに我々は、もう極地で寒さに震えているような微弱な存在ではない。微精霊になって消えたとて、力を取り戻せば、再び一本の葬樹として顕現できる。逆に言えば、どちらか一方だけでは、どんな状態でいても葬樹ではない」
「…………」
「そう考えていながら、貴様らの取引に応じたのは、セルーシャはグレアフォールの力を借りてでも、葬樹の森を復活させたいと願っているようだったからだ。……思えばあの時から、別々の自我を持ってしまった弊害が出ていた。長年一体として感覚も思考も共有していた我々が、本来は宿主と寄生樹の関係であったと我が思い出したのも、その時であった。
……それでも、一時的に二つになろうと、一緒にいられれば問題ないだろうと思っていた。いつかまた極地が根を張れる状態になって、再び葬樹として一本に戻れれば、それで良いと……」
「……エイリーン……」
前屈みになっていき、導き蝶の入った籠に額をつけると、エイリーンは、唸るように呟いた。
「セルーシャとの間に違いが生じて……こんな風に離れる可能性があるなら、自我なんぞいらなかった。他所での争いごとも知らん。貴様らの提案にも乗らなかった。
我はただ、共に在って、終わる時も同じならそれで良かったのだ。微精霊になって記憶を失おうと、消滅して懇々と眠り続ける日々が続こうと、葬樹のままでいられれば、それで良かったのに……」
「…………」
語り終えてから、ゆっくりと頭を上げたエイリーンの顔に浮かぶ無表情が、一体何の感情を表しているのか。
リーヴィアスには分からなかった。
葬樹の在り方を変えてしまった、グレアフォールとリーヴィアスに対する怒りか。
あるいは、セルーシャと離れてしまった戸惑いか、悲しみか。
ただ一つ思うのは、エイリーンが浮かべる表情は、淡々と事実を述べるだけの古代樹の一族の顔つきとはやはり違う、ということだ。
エイリーンのそれは、あらゆる感情が凝縮された末の無表情であった。
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