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投稿日:2026年01月06日
つかの間迷ってから、リーヴィアスは前向きな言葉を口にした。
「……エイリーンがそれほど大切に思っている葬樹の絆を、セルーシャは大切に思っていない、なんてことは絶対にありません。どこに行ってしまったのかは分かりませんが、じきに見つかりますよ。私は、セルーシャが見つかるまで付き合います。きっとガロウも」
微笑んだリーヴィアスが、隣で小刻みに震えているガロウの肩をポンと叩く。
ガロウは、ずるずると汚い音を立てて鼻をすすった。
それから、手で覆っていた目を上げ、何事もなかったかのように口を開いた。
「……精霊族の生き方はよく理解できんが、まあ、長年連れ添った存在と離れて、不安だという気持ちはよく分かる。俺たちも、無期限では付き合えんと言っただけで、協力しないとは言っていない」
ガロウは、ぼそぼそとした声で答えながら、そばに控えている人狼や狼たちの集まりを見やった。
それから、低い唸り声を出して、何かを考え込むようにボリボリと後頭部のあたりを掻いた。
「つっても、さっきも言った通り、闇雲に探し回るだけでは埒が開かん。手がかりが少ない状態でも探し出せる、何か良い方法があれば良いんだが……。リーヴィアスよ、お前のなんちゃら術で、使えそうなものはないのか? 瞬間的に遠い場所へも移動できる術とか、色々あるんだろう」
リーヴィアスは、困ったように肩をすくめた。
「移動陣は、一度使うだけでも大量の魔力を消費しますし、出発点と終着点にあらかじめ目印を用意する必要があります。どこへでも好きなように行ける魔術ではないので、人探しには向きませんね」
「なら、それじゃなくてもいい。他にはないのか? 例えば、探しものの痕跡を辿れる魔術とか、遠くの景色を見られる魔術とか……」
「まあ、特定の魔力を追跡する術なら、なくはないですが……」
その言葉を聞いて、エイリーンは、驚いたように顔を上げた。
地や水、火や風など、自然の万物を操る精霊族に対し、人間たちは、魔力が少ないながら特殊な魔術体系を発展させてきた。
そのことは知っていたが、魔力を追跡できる術なんてものが存在するとは知らなかった。
そんなことができるなら、セルーシャを探すことも容易いだろうに、どうしてリーヴィアスは黙っていたのだろう。
批難の眼差しで、エイリーンはリーヴィアスを睨んだ。
「魔力を追跡するだと? そのような術は、聞いたことがない。本当に可能なのか?」
返事を濁そうとしたリーヴィアスに代わり、ガロウが呆れたように答えた。
「なんだお前、知らんのか。永く生きているくせに、世情に疎いにもほどがあるだろう。
人間たちの中で、古都サルバランが長年一強だったのは、亡きサルバラン王に仕えていた七十二人の魔導師たちが、それぞれに強力な魔術の仕組みを確立させて、他の追随を許さなかったからだ。しかし、十年前に、その当時の王と魔導師たちを全員ぶっ殺して、勢力図をひっくり返した奴がいる。
──それがコイツ、王弟のリーヴィアスだ。リーヴィアスはその時に、七十二人の魔導師たちの魔術も全てモノにしたから、魔力さえ補えればどんなこともできる」
「……ガロウ、大袈裟な説明はやめてください」
話を遮って、リーヴィアスは曖昧な笑みを浮かべた。
「どんなこともできる魔術なんて存在しません。確かに魔力を追跡できる術はありますが、これも色々と条件があるものなので、今回は使えないんですよ。まず、私はセルーシャの魔術を見たことがありませんから」
「…………」
リーヴィアスをじっと見据えたまま、エイリーンは、ここ数月のことを思い起こした。
確かにセルーシャは、リーヴィアスの前では魔力を使ったことがなかったかもしれない。
弔いの儀で精霊たちを喰うのも、人間たちを脅しつけるのも、エイリーンが担うことがほとんどだったからだ。
エイリーンは俯いて、リーヴィアスから視線を逸らした。
「……知っている魔力であれば、追跡可能ということか」
「ええ、まあ。正確には、魔力とその姿を私が知っているものであれば、今どこにいるのかを遠見することができます」
「…………」
エイリーンは、目を細めて黙り込んだ。
そうしてしばらく、何かを考え込んでいたが、ふと手元の導き蝶に視線を落とすと、それを籠ごとリーヴィアスに差し出した。
「……では、我の魔力をまとった導き蝶を追跡しろ。我の魔力と導き蝶の姿なら、貴様も知っているだろう」
エイリーンの掌から放出された魔力を吸って、籠の中の導き蝶が、はっきりと姿を現す。
ウオッと驚きの声を上げたガロウが、座っていた丸太から腰を浮かす。
呆然とした顔で、リーヴィアスは目を瞬かせた。
「……貴方の魔力をまとった導き蝶を追跡しても、私達が立っているこの場所が示されるだけでは? セルーシャの居場所と何の関係があるんですか?」
エイリーンは、苛立たしげに首を振った。
「導き蝶は無数にいる。焼失する以前の葬樹の森に棲み付き、我々の魔力を吸って生きていた奴らは、今はセルーシャの周りに集っていることが分かっている。奴らの中に、かつて喰った葬樹の魔力がまだ残っているのなら、我の魔力を持った導き蝶を追跡することで、セルーシャの居所も割り出せるはずだ」
リーヴィアスは、目を大きく見開いた。
それから、導き蝶の入った籠を受け取ると、窪地の中央へと歩み出ていった。
「……なるほど、分かりました。ではやってみましょう。この大陸中の魔力を探ることになりますから、時間がかかると思います。しばらく待っていてください」
エイリーンは頷き、魔力を収めて後ろに下がった。
くつろいでいたゴーティやレクエス、狼たちも、ガロウの合図で窪地の端に寄る。
一同が見守る中で、長杖をトンと地に突き立てると、リーヴィアスは唱えた。
「──汝、絶望と損失を司る地獄の伯爵よ。従順として求めに応じ、我が身に宿れ……」
瞬間、リーヴィアスの足元に広がった巨大な魔法陣から、蠢く黒煙が噴き出して、人型を形成した。
淀んだ不気味な魔力が、冷ややかな空気となって辺りに充満する。
黒煙が伸ばしてきた手に、導き蝶の籠を触れさせると、リーヴィアスは命じた。
「……バルバトス、この魔力を辿って。捜索範囲は、地が続く限り……」
黒煙は、籠から手を引くと、人型を崩して球状になった。
そして、パッと破裂したと思うと、無数の黒い矢のようなものを放射状に放った。
岩間や枝葉の隙間、狼たちの足の間まで縫うようにしてすり抜け、黒煙の矢が四方八方に散っていく。
鈍く光り続ける魔法陣の上に残ったのは、黒煙を纏い、目を閉じて立つリーヴィアスだけになった。
この得体の知れない魔術は、地水火風、どの根源に依存したものなのか──。
無意識な警戒心を抱きながら、エイリーンは、リーヴィアスの後ろ姿を凝視していた。
彼は、セルーシャを探すための魔術を行使している。
だから身構える必要はないと分かっているのに、無意識に毛が逆立ってしまうような、本能的な忌避感を感じる。
それは、以前エイリーンがリーヴィアスを攻撃した際に、彼が見せた雷撃の魔術を見た時に覚えた、妙な違和感にも似ていた。
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