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投稿日:2026年01月06日
エイリーンとセルーシャは、木の根に並んで腰かけ、一連の様子を眺めていた。
キプトルの後ろ姿が、森道の奥へと消えていく。
その背が完全に見えなくなると、セルーシャは立ち上がり、エイリーンの手を取った。
「人狼族たちの死骸を葬って、我々も帰ろうか。死骸を放置したままじゃ、グレアフォールが嫌がるだろうし」
「…………」
手を引かれるまま、エイリーンは腰を上げた。
それから、草地に転がっているガロウの首を見つめた。
死んでから既に何日か経っているのだろう。
死後まもないフェレドやリウシェンの死骸に比べ、ガロウの首は毛並みが固まり、肉も腐り始め、目の周りが落ち窪んでいる。
それらには手を出さず、獣人たちの血溜まりの上に立っているリーヴィアスを見やると、エイリーンは静かに口を開いた。
「……貴様、鳥人族とも繋がっていたのか」
エイリーンが立ち止まったので、セルーシャも足を止める。
リーヴィアスは顔を上げると、ゆっくりとエイリーンたちの方に振り向いた。
「……繋がっていた、というと? 私は、グレアフォール王の意向を各種族に伝える仲介役ですから、鳥人族に限らず、不戦協定に賛同した全ての一族と顔見知りですよ」
「ガロウたちの居所を、さっきのキプトルとかいう鳥人に教えて、襲わせたのかと聞いている」
「…………」
はっきりと問い直すと、リーヴィアスは黙り込み、足元に転がっているガロウの首を見つめた。
セルーシャは、その時になって、初めてガロウのことを思い出したのだろう。
ああ、と懐かしげに声を上げると、「その人狼族、以前 我を探してくれていた獣人か」と呟いた。
リーヴィアスと対峙しながら、エイリーンも、二十年前のことを思い起こしていた。
脳裏に過ったのは、召喚術とやらを行使するリーヴィアスを眺めながら聞いていた、ガロウの言葉だ。
己に言い含めているような、吐息混じりの沈んだ声だった。
──……俺も同じだ。人狼族の存続のために、リーヴィアスと連んでる。だが、本当にこれで良いのか、最近分からなくなってきてな……。
鉄臭い風が、木々の葉をざわざわと鳴らす。
神聖な古代樹の間が、獣人たちの血で汚れている。
視線を下に向けたまま、顔にかかった長い銀髪を払うと、リーヴィアスは静かに答えた。
「……ガロウは、粗暴な振る舞いが目立っていましたが、根は心優しく仲間想いな性格でした。しかし、その優しさ故に、彼はこの世界よりも自分の一族を優先するでしょう。全より個を選ぶ者は、王には相応しくありません」
「…………」
エイリーンは目を細め、リーヴィアスの内側を探るように凝視した。
この狡猾な人間は、一体いつからキプトルを王にすると決め、根回ししていたのだろう。
共にセルーシャを探す旅に出た時には、既にガロウを無望な王候補として見て、偽りの親愛を語りながら接していたのだろうか。
もしかしたら、沼畔族が人狼族たちの棲む山を襲ったことも、偶然ではなかったのかもしれない。
いや、言葉の通じない沼畔族を人間一人が嗾けたなんて、流石に考えすぎか。
しかし、よくよく思えば、二十年前の当時の状況は、どう転んでもリーヴィアスには好都合だった。
エイリーンが沼畔族に反撃した結果、リーヴィアスは、計画に従わない一族を先んじて淘汰できたことになったし、仮にエイリーンが協力せず、沼畔族がガロウたちを喰った場合でも、いずれは排除する予定だった王候補の死期が早まることになっていただけだった。
実際、リーヴィアスはあの時、無用な犠牲は出さずに解決したい、と口にしながら、エイリーンのことを止めなかった──。
そこまで仕組まれていたなんて、ありえないだろうとも思う。
けれども、良き友人であるかのように接しながら、ガロウたちを必要な犠牲として切り捨てた、リーヴィアスの一切崩れぬ笑みを見ていると、あらゆる疑念が溢れて止まらなかった。
「……エイリーン? どうしたの?」
長く続く沈黙を、不自然に思ったのだろう。
首を傾げたセルーシャが、顔を覗き込んでくる。
エイリーンは、いや、と短く応じてから、リーヴィアスから視線を外した。
そして、ガロウの頭部に向けて手を伸ばした。
地面に散らばっている獣人たちの死骸を、まとめて喰って取り込むためだ。
──が、エイリーンの手先が樹根に変化する前に、リーヴィアスが制止してきた。
「待ってください、エイリーン。ガロウたちの遺体は私が処理するので、譲ってもらえませんか? 獣人族の身体からじゃ魔力も摂れませんし、良いでしょう?」
「……処理? 何をするつもりだ」
発した声が、自分でも意外なほど低い。
エイリーンが指先を止めると、リーヴィアスは困ったように微笑んでみせた。
「それぞれの一族に、遺体を返すんですよ。獣人族は……特に人狼族は頑固者が多いですから、長が死んだと口頭で聞かされても、きっと信じてくれません。だから、証拠として遺体を見せるんです。長が死んだと分かれば、彼らは新たな王──キプトルに大人しく従うようになるでしょう」
「…………」
エイリーンは、再びガロウの首を見やると、すっと腕を下ろした。
次いで、セルーシャの手を掴むと、「帰るぞ」と短く言って、足早に歩き出した。
血溜まりを踏み、リーヴィアスの横をすり抜けて、出口の森道へと向かう。
すれ違った時も、リーヴィアスはこちらを見ようとはしなかった。
広間を出て、下りの森道に差し掛かった時、不意にセルーシャが呟いた。
「リーヴィアス、本当は人狼族のことが嫌いだったのかな? 以前、我を探しに霧の森に来た時は、仲良さそうだったのにね」
「……なぜそう思う?」
エイリーンが聞き返すと、セルーシャも不思議そうに言った。
「あの人狼族の死骸を見て、リーヴィアス、ずっと怒ってたから。王を選出するために仕方なく鳥人族を嗾けて、人狼族を殺させたんだとしたら、普通の人間は悲しんだり罪悪感を感じたりするでしょう? だから、表面上は仲良くしてたけど、本当は人狼族に恨みでもあったのかなぁって」
「…………」
「リーヴィアスって異種族に対しても友好的に見えるけど、なんかずっと怒ってるんだよね。前は、ミランに近づいた我々に怒ってるのかなぁって思ってたけど、こんなに長く怒ってるってことは違うみたい。一体何に怒ってるんだろうね? 人間の感情って複雑だから、読み取りづらいな」
「…………」
少し面倒くさそうに、しかし興味深げに、セルーシャがため息をつく。
エイリーンは、歩きながら振り返って、木々の隙間から古代樹の間を見やった。
既に遠くなった草地の上で、リーヴィアスがうずくまっている。
こちらに背を向けて屈んでいたので、表情までは分からなかったが、彼はガロウの首を抱え込み、小さく背を震わせているように見えた。
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