トップページへ
目次選択へ
投稿日:2026年01月06日







 北部支部の魔導師たちは、突然現れた失踪中の第二王子シャルシスを見て、腰を抜かさんばかりに驚いた。
検問で王子を名乗る薄汚い少年が保護されたと報告が上がった時は、信じられなかったが、彼の顔と、その手に握られていた紋章入りのボタンを見て、本物のシャルシス・カーライルであると確信した。
宮廷魔導師は不在だったが、トワリスの言っていた通り、北部支部には、王都勤務の経験もあるような実力のある魔導師も多数配属されていたので、当然シャルシスの顔を知っている者も多かったのだ。

 すぐさま屯所に招かれたシャルシスは、伏した魔導師たちに迎え入れられ、一年ぶりに次期国王へと戻った。
そして、挨拶などはそこそこに、今 北領で起こっている開戦騒ぎの首魁しゅかいはイヨルド・マイゼンであることや、自分も『蛇の毒牙』によって攫われて徴兵に巻き込まれたこと、そして、孤児たちと共に非道な兵役生活を送っていたことなどを魔導師たちに話した。
一通り説明し終えたシャルシスが、古城の現在の状況を報告するように言うと、魔導師たちは、戸惑った表情になった。
しかし、すぐに魔導師の顔に戻ると、ひざまずいて、シャルシスに現状を教えてくれた。

 彼らによれば、イヨルドは未だ山中におり、奴隷たちと共に古城に立てこもっているとのことであった。
おそらく、シャルシスが森に入った後、魔導師団が攻め込んできたことに気づいて、慌てて跳ね橋を上げて城内に逃げ込んだのだろう。
その時、外にいた一部の私兵や盗賊たちは捕らえ、イヨルドに斬られた少年兵たちも保護できたが、まだ古城の中にいた奴隷たちは、イヨルドとその私兵たちに人質に取られたようであった。

 シャルシスは、早急にイヨルドを捕えるようにと──場合によっては討つことも構わないと、正式に魔導師たちに命じた。
そして自分は、黙秘を貫いているガシェンタに対し、マイゼン領の封鎖を解くようにと下命かめいするため、明日にでもウェーリンに赴くことにした。
北部支部の副部隊長は、古城の周辺で張り込んでいる魔導師たちに、シャルシスの命令を伝えるため、伝令を出したのであった。

 保護された少年たちは、屯所内の地下広間で治療を受けていた。
治療を受けるといっても、魔導師たちが普段使っている医務室には入りきらなかったのか、用意された簡易的な寝床に雑魚寝をさせられて、簡単な傷の手当てを受けているだけのようであった。
だが、広間には暖炉もあり、食事をしっかりと摂っているようだったので、古城生活をしていた時よりは、ずっと顔色が良かった。

 命が助かった少年は、全部で十五人だった。
その中には、ナジムやホレス、エトとラシアンの姿もあった。
しかし、ゼナマリアの姿はない。
まだ古城に囚われているであろう者たちや、イヨルドに斬られて死んだ子らのことを思うと、深い悲しみと憎しみが突き上がってきたが、それでも、生き残った仲間たちとこうして再会できたことは、心から嬉しかった。

 シャルシスは、友たちの無事を喜び、「生きていて良かった」と泣きながら駆け寄ったが、ナジムたちは、少し困惑したような面持ちで、居心地が悪そうにしていた。
呆然と突っ立っている少年たちを見て、シャルシスの護衛についていた魔導師が、長杖の先を床に打ちつけて、怒鳴った。

「──何をしているガキども! シャルシス殿下の御前だぞ! 頭が高い‼︎」

 青ざめた少年たちが、慌ててその場に手をつき、土下座をしようとする。
シャルシスは振り返ると、厳しい口調で魔導師を咎めた。

「やめよ‼︎ 先程も申したであろう。この者たちは、余の友人だ。立ったままで良い!」

 シャルシスが少年たちに立つように促すと、魔導師は、納得がいかなさそうに眉を寄せた。
しかし、シャルシスが念を押すように睨み、下がるように告げると、魔導師は一礼して、渋々といった様子で、広間の扉近くに立った。

 少年たちは、恐々と立ち上がり、シャルシスと向き合った。
それぞれ、どうすれば良いのか分からない、といった不安げな顔で、腕をさすったり、視線を彷徨わせたりしている。
不意に、沈黙を破ったのは、ラシアンであった。

「……シャルくん……ほ、本当に、王子様だったんだね……」

 皆の注目が、一斉にラシアンに集まる。
自然と言葉遣いを崩して、シャルシスは力なく笑った。

「……ああ、うん……実は、そうだったんだ。没落貴族だと言ったり、王子だと言ったり、転じて王子の替玉だと言ったり……混乱させて、すまなかったな」

「…………」

 なるべく柔らかい口調で答えたつもりであったが、シャルシスがそう言うと、少年たちは、一層萎縮して、また黙り込んでしまった。
救われたとはいえ、こんな堅牢で恐ろしげな魔導師団の屯所に連れて来られて、挙句、脱走仲間がサーフェリアの王子だったと知って、今は何より、狼狽する気持ちが強いのだろう。

 俯いている少年たちに、シャルシスは、再び声をかけた。

「皆、あの……なんというか、そんなにかしこまらないでくれ。俺は確かに王族だが、お前たちと同じ人間だ。生まれ育った環境が違うから、根本的なものの考え方とか見方は、互いに相容れない部分もあるのかもしれない。持っている技術とか知識とか、得意不得意も違うだろう。でも、だからどっちが上とか下とか、そういう話には繋げるべきじゃないと思っている。実際俺は、あの古城生活で、皆の知恵や技術に何度も助けられた。俺はこの中じゃ年上の方だし、王族だから、自分がしっかりせねばと思って、まとめ役を買って出たりもしたが、結局は、自分も醜い側面を持った、一人の人間にすぎないと気づいた。口では沢山の綺麗事を、そうとは自覚せずに吐いたが、そんなものが通用しない世界もあるのだと思い知った。
俺たちは、役割とか立場は違うが、良い面も悪い面も併せ持った、同じ人間だ。俺は皆のことを、あの苦境を共に乗り切った仲間であり、友だと思っている。皆も、俺のことを、その……友だと思ってくれると嬉しい」

「…………」

 少年たちは、顔を見合わせたり、扉近くの魔導師の様子を伺ったりしていたが、やがて、ほんの少しだけ表情を和らげると、シャルシスを見て、そろって頷いた。
彼らの顔には、王子と向かい合っていることが信じられないような、この場にいていいのかと躊躇うような気持ちが、まだ見え隠れしていた。
けれども、シャルシスの分け隔てない態度を見て、緊張はほぐれたようであった。

 表情を明るくして、シャルシスは続けた。

「イヨルドに囚われている奴隷たちや、平野送りにされた他の子供たちも、今、魔導師たちが救出しようと頑張ってくれている。直にイヨルドは捕まるはずだし、ウェーリンの宣戦布告は、俺がなんとか阻止する。だから皆は、ひとまずここで、傷の治療に専念してくれ。それで、諸々解決して、元気になったら、俺と一緒にシュベルテに行こう。シュベルテには、孤児院もあるからな。ちょっと狭いと聞くが、食うには困らないはずだし、何かあったら俺も聞くから、安心してほしい」

 そこまで聞いて、やっと、自分たちは助かったのだ、という実感が湧いたのだろう。
少年たちの顔に、初めて安堵と喜びの笑みが浮かんだ。

 頰を紅潮させて礼を言ってくる少年たちに応じてから、シャルシスは最後に、一人だけ仏頂面で遠くの壁に寄りかかっている、ナジムの方を見やった。
──そういえば、ナジムは何歳なのだろうか。
なんとなくシャルシスと同じか、少し上くらいかと思っていたが、何歳かと尋ねたことはないので、正確な年齢は知らない。

 ナジムに歩み寄って、シャルシスは尋ねた。

「……ナジム、お前、歳はいくつだ?」

 ナジムは、眉を寄せ、訝しげにこちらを見た。

「……歳なんて聞いて、どうすんだよ。……十五だけど」

「十五……そうか、俺と同じか……」

「…………」

 呟いてから、シャルシスは、悩ましげに顎をさすった。
他の子供達は十二、三歳だから良いが、十五歳となると、成人になるので、孤児院には入れない。
行き場がないなら、シャルシスが一時預かっても良いが、堅苦しさを嫌いそうなナジムには、王宮は居心地が悪い場所だろう。
そもそも彼は、以前「ハーフェルンの漁師連に入るのが夢だ」と言っていたから、シュベルテには行きたがらないかもしれない。
ならば、ハーフェルンに送ってやるのも手だが、読み書きや計算のできないナジムが、商会とも関わる正規の漁師連にいきなり入るのは、おそらく難しいだろう。
ナジムのことだから、強かに生き抜いていきそうな気もするが、結局食うに困って、手段を選ばず非正規の怪しげな漁師連に入り、また賊の真似事を始めるようになる可能性もありそうなので、そこは心配だ。

 何やら考え込んでいるシャルシスを見て、ナジムが、苛立たしげに身じろいだ。

「……おい、言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。俺だけは、大逆罪とかなんとかって、罪に問うつもりか?」

「……は? 大逆罪?」

 思わぬことを聞かれて、シャルシスが瞠目する。
ナジムは、皮肉げに口元を歪め、ハッと鼻を鳴らした。

「……なんだよ、お前。俺にされたこと、もう忘れたのか?」

「…………」

 シャルシスは、心なしか強張っているナジムの顔を、まじまじと見つめた。
ナジムが裏切って、シャルシスを盗賊たちに売ったことは、忘れていない。
船上では、子供たちを「貧しい虫ケラ」だの「親に見放された穀潰し」だのと罵り、その死体をゴミのように扱って海に捨てていたことも、よく覚えている。
だが、元はと言えば、そんなナジムを言いくるめて、強引に仲間に引き入れたのは、こちらの方だ。
それにシャルシスは、走り去っていくハクジカに引きずられて、全身傷だらけになりながらも絶対に蔓縄つるなわから手を離さなかったナジムの姿や、シャルシスが刺されそうになった時、先陣を切って出てきてイヨルドの顔面に雪を蹴り上げてくれたナジムの行動も、勿論、忘れていなかった。

 眉を下げて、シャルシスは首を横に振った。

「忘れてはいないが、罪に問おうなどとは思っていない。今、俺が考えていたのは、お前の今後のことだ。
ナジム、十五だと普通は働きに出る年だから、孤児院には入れないんだが……どうする? ハーフェルンの漁師連に入りたいなら、ハーフェルンに送って口利きしてやるが、あそこの漁師連は、入るのがなかなか難しいと聞く。入るには、何か試験とか、修行とかが必要なんだろうか。いきなり行って、受けさせてくれるものなんだろうか? ハーフェルンのマルカン侯には何度も会ったことがあるのだが、すまん。そのあたりは、あまり詳しくなくて……」

 シャルシスの返事を聞くと、ナジムは、ポカンとした顔になった。
つかの間、愕然としていたが、シャルシスと目が合うと、我に返ったように、チッと露骨な舌打ちをした。

「……ったく、一瞬期待したのに、役に立たねぇな! 王子なんだろ? 漁師連の長に、俺を入れろって命令すりゃ一発なんじゃねえのかよ」

 シャルシスは呆れ返って、大袈裟に嘆息してみせた。

「いやいや、それはなんか違うだろう! こういうのは、実力で入ってこそというか、その方が、お前も誇りを持って働けるのではないか?」

「誇りなんて腹の膨れねぇもん、俺はどうだっていいね! ……まあ、いい。お前みたいな甘ちゃんには、最初から期待してねぇ。お前に保護者ヅラされるのも、よく考えたらなんかムカつくし……いいさ、一人で取り入ってやる。俺はこういうの、結構得意なんだ。蛇連中相手の時も上手いこと言って、なんだかんだ食い繋いできたんだからな」

「う、ううん……そうか。確かにお前なら、俺の助けなどなくとも、強かにやっていけそうな気はするが……」

 また少し考え込んでから、シャルシスは、ポンと手を打った。

「よし、じゃあとりあえず、ハーフェルンまでは、魔導師に送らせよう。そこから先は、ナジムの自由。ここからハーフェルンまでは、馬無しじゃ何月もかかるし、それこそ道中で、『蛇の毒牙』の残党に襲われでもしたら、折角拾った命を落としかねない。お前は余計なお世話だと思うのかもしれんが、この世情で一人だけ放り出すのは、俺の方が心配で落ち着かんからな。……これでどうだ?」

「…………」
 
 ナジムは、毒気を抜かれたような、なんとも言えない表情で、シャルシスの顔を見つめた。
それからしばらく、返事に迷っているようだったが、ややあって俯くと、むずむずと唇を動かした。

「……まあ、送ってもらえるのは、助かるっちゃ助かる。……ありがとう。この借りは、いつか返す」

 ぼそっとした声で言って、ナジムは、ほんのわずかに頭を下げた。
あのナジムがお礼を言ってくるなんて、予想外だったので、シャルシスは、思わず目を丸くした。

 その様子を見ていた周りの少年たちも、驚いたのだろう。
「ナジムが頭下げた……」と誰かが心の声を漏らしたのを皮切りに、どっと笑いが起こった。
シャルシスも、抑えようと思ったが、笑ってしまった。
ひとしきり笑った後、赤くなって憤慨しているナジムの背をバンッと叩き、シャルシスは言った。

「貸し借りなんて、今更気にするな。俺もお前には、礼を言いたいことがいっぱいある……!」



- 7 -


🔖しおりを挟む

 👏拍手を送る

前ページへ  次ページへ

目次選択へ


(総ページ数84)