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投稿日:2026年01月06日




最終章──闇の系譜
掉尾とうび前話『根絶』





 突然、地面が揺れた。
石壁に設置された燭台がカタカタと震え、炎が揺らめき、足元に影を踊らせる。
地下牢へと続く、主塔の入口に立っていた見張りの番兵たちは、強い揺れを感じるのと同時に、近づいてくる不気味な低音を聞いた。
地鳴りとは異なる、硬い地盤に亀裂が入るような、派手な轟音であった。

「な、なんだ、この音は……?」

 二人の番兵は、訝しげに顔を見合わせてから、薄暗い周囲に視線を巡らせた。
その瞬間、床石が砕け散り、盛り上がった土の中から、勢いよく何かが飛び出した。
──根だ。一本一本が人の胴回りほどもある太くて薄白い樹根が、幾本も地を突き破って、次々と伸び上がってくる。

 番兵たちは抜刀して、それらの樹根を斬りつけた。
表面に傷は入ったが、奇妙なことに、その傷はみるみる塞がってしまう。
突如として現れた樹根は、番兵たちを押し除け、地上へと続く階段にまで伸び、主塔の出入口を塞いでしまった。

 番兵たちは、樹根から逃げるようにして、地下まで下りていった。
地下牢に収監されている罪人たちも、一体何事かと半身を起こし、鉄格子を掴んで外の様子を伺っている。
召喚師派の一派として、また宮廷魔導師ヨーク・ヴィルマンに対する傷害罪や、脱獄したジークハルト、ギールの逃亡 幇助ほうじょをした罪で囚われているハインツも、その罪人の内の一人であった。

 鎖を引きずって立ち上がり、暗闇の中で目を凝らすと、再生する巨大な樹根に向かって、無茶苦茶に剣を振り回している番兵たちの姿が見えた。
樹根は、大蛇のようにうねりながら、地下空間を埋め尽くさんと広がっていく。
だが、鉄格子を押し曲げ、牢内の行き止まりまで達したところで、ようやく動きを止めた。

 目前まで迫ってきた樹根から滲み出る、身震いするような魔力を感じて、ハインツは息を呑んだ。
──間違いない。以前、エイリーンに襲われた時に感じた、不気味な魔力と同じだ。
ついにエイリーンによるサーフェリアへの侵攻が始まったのだ。

 隣の大牢だいろうの男たちが、何やら奇声を発しながら、足枷の鎖を石床にジャラジャラと打ち付け始めた。
樹根に押し負けて歪んだせいで、彼らが入っている牢の鉄格子には、人が抜けられるくらいの隙間ができている。
足の鎖さえ解ければ、脱走できると考えたのだろう。

 罪人たちの挙動に気づいた番兵たちが、樹根を避けながら、急ぎ駆け寄ってきた。

「おい貴様ら! 無謀な考えは起こすなよ! その格子の合間から一歩でも出てみろ、脱獄と見なして叩っ斬るからな‼︎」

 牢の隙間から出ていた手を、番兵が斬りつける。
手から血を吹き出した罪人は、ギャッと声を上げて腕を引っ込めたが、その目は尚も爛々らんらんと光っている。
鎖の音と怒声が飛び交う騒がしい中で、ハインツは、隣の牢前で罪人たちを牽制している番兵たちに向かって、それどころではないと声を張り上げた。

「ち、地上はどうなってる⁉︎ 根の出所、確かめて、早く知らせて! エイリーンが来た……!」

 番兵二人が、訝しげにこちらを見る。
ハインツの牢前まで移動してきた番兵たちは、鉄格子にめり込んでいる根を、剣の腹で叩きながら、厳しい声で問いかけてきた。

「エイリーン? 誰だそれは。貴様、この根が何なのか知っているのか?」

「サーフェリアを狙ってる、アルファノルの召喚師! 前も言った!」

 ハインツは、番兵たちに対し、以前エイリーンが宮廷魔導師のハブロやヨークの肉体に入り込んで、王宮内に現れた時のことを説明した。
ヨーク傷害の容疑をかけられて投獄される前にも、全く同じことを訴えたのだが、その時は「気が触れたリオット族の戯言ざれごとだ」と流されて、一切信じてもらえなかった内容である。
世界の安寧のために四種族を隔絶させたとされる、女神イシュカルを崇める教会所属の修道騎士会としては、ミストリアの獣人たちに続いてアルファノルの闇精霊までサーフェリアに渡ってきただなんて、そう易々と認めるわけにはいかないのだ。

 しかし、現実に奇妙な樹根が現れた今、番兵たちも、その戯言を完全に無視する気にはなれなかったのだろう。
番兵たちは、ハインツの言葉を最後まで聞き終えると、複雑そうな表情で顔を見合わせた。

「だ、だが……伝承によれば、闇精霊も獣人と同じように、人間と近い姿をしていると聞く。この木の根が闇精霊族だという根拠は? 一体どうやってサーフェリアまで来た? 移動陣はもう停止しているはずだぞ。召喚師ルーフェンはもう討ち取られたのだからな」

「そ、それは……」

 答えられず、ハインツは口ごもった。
エイリーンがどうやってサーフェリアに渡ってきたのか、この木の根を使ってどんな手段で攻撃してくるのか、具体的なことはハインツにも分からなかった。
けれども、実際にエイリーンと対峙して、その口から「サーフェリアの人間たちを従僕にする」と聞いたのだ。
ヨークの口を介して語られた、エイリーンのおぞましい怨恨の言葉は、今でもはっきりと覚えている。

 抵抗すれば罪を認めたことになるからと、大人しく教会に従っていたが、もう牢の中に収まっている場合ではないのかもしれない。
もし王都の人々が、この番兵たちと同じく、樹根に対して何の危機感も抱いていないのだとしたら、それは由々しき事態だ。
ジークハルトたちがまだノーラデュースから戻ってきていないのなら、今、エイリーンの存在を軍部に訴えられるのは自分しかいない。

 ハインツは、掴んだ鉄格子をガタガタと揺さぶり、強く主張した。

「と、とにかく! 俺の言っていること、もう一度、モルティス……様に伝えて! それで、ええっと、軍部の皆、シュベルテの人たち、根のないところに避難して……。根、地下から生えてくるから、地面も防護結界張れるところで、どこか──」

「…………」

 辿々しい口調ながら、必死さは伝わったのだろう。
だが、番兵たちはすぐには答えず、困った様子で地下道の方を見やった。

「……闇精霊族が関与しているのかどうかは別として、我々も、この妙な根のことは猊下げいかにご報告したいと思っている。しかし、出入口が……」

 番兵たちの視線を辿って、ハインツも暗がりで目を凝らした。
地下道の奥にある、地上へと続く階段が、侵入してきた複数の樹根で塞がっている。
これでは、報告をあげようにも、この主塔から出られない。

 ハインツは、牢の鉄格子を押し曲げている太い樹根の一本に、がしっと両腕を回した。
そして、石床を踏み割るほどの力で踏ん張り、足枷の鎖が許す範囲で後ろに下がると、樹根をちぎらんと力一杯引っ張った。
岩をも砕くハインツの怪力を以てしても、樹根はすぐには引きちぎれなかった。
──が、ギチギチと音を鳴らし、確実に繊維の束が裂けていく感覚が伝わってくる。
やがて、根の表皮がパンッと弾け、ちぎれた樹根と共にハインツはひっくり返った。

 途中で裂けてしまったので、残った根はまだ階段を塞いでいた。
起き上がったハインツは、惜しそうにちぎった部分を捨てたが、番兵たちは、その断面を見て驚愕していた。
先程自分たちが根を斬りつけた時には、傷が再生したのに、ハインツが引きちぎった断面は、そのまま再生せずに地面に落ちたからだ。

 ごくりと息を呑み、番兵たちは再び互いの顔を見やった。
それから、考え込んだ末に頷き合うと、ハインツの牢の鍵を懐から取ったのであった。



 得体の知れない樹根の存在に気付いたのは、地下にいる者たちだけではなかった。
王宮周辺の警備に当たっていた衛兵たちもまた、騒がしい城下の異変を察知し、物見の塔へと駆け上がった。
朝日に照らされる、眼下の街並みの様子を見て、衛兵たちは言葉を失った。
城壁内に現れたものと同じ薄白い樹根が、シュベルテの街全体を覆っていたからだ。

 石畳を破壊して噴き上がったそれらは、家々の塀や壁を崩し、屋根を押しつぶし、早朝で目覚めたばかりの人々を建物の外へと追い立てた。
北区と西区にある頑丈な聖堂は耐えているが、側に建つ高台は樹根によって倒され、備え付けの鐘楼しょうろうは地面に叩きつけられた。
ゴーン、と耳をつんざくような鐘の音が響き渡り、同時に人々の悲鳴が上がる。
大通りでは、横倒しになった荷車を引きずりながら、動転した馬が暴走している。
衛兵たちは、慌てて物見の塔を駆け下ると、この異常事態を報告するため、現在はシュベルテの実質の最高権力者である大司祭モルティスの元へと向かったのであった。

 モルティスは、王宮内の礼拝堂で朝の祈りを終え、隣接した司祭館の執務室で、他の司祭や修道騎士会の幹部らと共に朝会を行っている最中であった。
長卓を囲み、近況報告を始めようというところで、慌ただしく扉が叩かれた。
入室の許可を出すと、息を切らした兵士が入ってきて、その場に膝をついた。

「も、申し上げます! 王宮敷地内を含む王都周辺に、見たことのない、巨大な木の根が地を割って生えております! 被害状況は確認中ですが、街路の根上がりや民家の倒壊が起こっており、城下は混乱に陥っております!」

「巨大な木の根?」

 モルティスは、訝しげに他の面々と視線を交わしてから、色硝子が嵌め込まれた窓を開け、明るい外を見やった。
司祭館は王宮の裏手にあるので、街の様子は見られない。
しかし、城下の方からは、確かに早朝には似つかわしくない騒々しい物音が響いてきていた。

 窓を閉め、椅子に座り直すと、モルティスは言った。

「民家を倒壊させるような根とは、一体何の根だ? 我々が礼拝堂に行った時には、そんなものは生えていなかっただろう」

 隣に腰掛けていた高位の司祭が、手を挙げて発言した。

猊下げいか、もしや先刻の揺れが関係しているのでは?」

「ああ、そういえば、強く揺れましたな。ですが、あの一瞬で根が唐突に地を突き破り、家々を倒壊させるほどに成長したと?」

「自然に生えたというよりは、魔術のたぐいでしょう。前兆を察知した魔導師はおらぬのか」

 他の司祭たちも口々に話し出し、執務室がざわつき始める。
パンパンと手を叩き、一同を黙らせると、モルティスは兵士に命じた。

「原因は分からんが、根だというならさっさと焼き払え。騎士団は状況確認と人命救助、倒壊家屋の復旧に回り、魔導師団は根の出所を突き止めよ」

「そ、それが……できないのです。斬っても焼いても、根はすぐに再生してしまって……」

「は? 再生するだと?」

 兵士の言葉に、司祭たちは一層顔をしかめる。
場の空気が困惑に満ちる中、再び忙しない足音が近づいてきたかと思うと、今度は別の兵士──主塔で地下牢の監視を行っていた番兵の一人が駆け込んできた。

「ご報告! 主塔の地下に、突然奇妙な木の根が出現いたしました! 本件に関して、囚人のリオット族が猊下に目通りを願いたいと申しております。あの根は、アルファノルの闇精霊族由来だとかなんとか……」

 モルティスは、険しい顔つきで番兵を見た。

「囚人のリオット族? ……ああ、収監前にも騒いでいた、あのハインツとかいう元宮廷魔導師か。たわけ、異端に堕ちた罪人のれ事だ。相手にするな」

「し、しかし、全くの妄言というわけでもないようで……。それに、我々が斬っても傷が塞がってしまう根が、ハインツによる攻撃では再生しませんでした。リオット族ゆえの力なのかは分かりませぬが、奴は何らかの対抗策を握っている可能性があります。私がこの場に参上しましたのも、主塔の出入口を塞いでいた根を、奴が取り払ったからでして……」
 
「出入口の根? まさか貴様、許可もなく異端の罪人を牢から出したのか!」

 勢いよく席から立ち上がったモルティスが、大股で番兵の元に歩み寄り、手にしていた司教杖しきょうじょうを振り上げる。
怒りに任せたその杖が、番兵めがけて振り下ろされる──寸前。
またしても扉が叩かれ、切迫した門衛の声が聞こえてきた。

「──猊下! お取り込み中失礼いたします!」

「今度はなんだ⁉︎」

 宙で止めた司教杖を下ろし、モルティスが苛立った返答をする。
入室してきた門衛は、荒い呼吸を整えながら、その場にひざまずいた。
 
「城門前に、宮廷魔導師のギール・レドクイーンと、ストンフリー卿の──あ、いや、ゼナマリア・ストンフリーを名乗る女が現れました! 猊下にお目通りしたい申しておりますが……いかがいたしますか?」

 二人の名が出た瞬間、司祭たちの表情が凍りついた。
ギールは、以前は召喚師ルーフェンの告発に助力するなど、何かと教会に対して協力的な姿勢を見せていた宮廷魔導師だが、数月前に異端の罪で投獄されていたジークハルト・バーンズの脱獄を幇助ほうじょしたとして、現在は指名手配されている犯罪者だ。
そしてゼナマリアは、反教主義者の筆頭であった魔導師としてやしきごと火刑に処された、ラッツェル・ストンフリーの妻である。
どちらも見つかれば捕えられる身でありながら、どうして今更になって、城門前などに姿を現したのだろうか。

 門衛の方に向き直り、モルティスは顔をしかめた。

「何故その二人が共にいる? 私に一体何用だ?」

 門衛は、隣で萎縮している二人の兵士を一瞥いちべつしてから、冷や汗をかきつつ答えた。

「レドクイーン卿が言うには、突如生えた巨大な根に関して、猊下にお伝えしたいことがあるそうです。自分がジークハルト・バーンズの脱獄に加担したのは、奴に脅されていたためで、教会に反するつもりではなかった。その忠誠の証に、異端者のストンフリー夫人を捕らえて連れてきたから、話を聞いてくれないかと……」

「…………」

 モルティスは、眉根を寄せたまま沈黙した。
モルティスの知るギールという男は、馬鹿がつくほど正直で操りやすい、正義感の強い若者であった。
だからといって、彼を信用しているわけではないし、その手に捕えられたらしいゼナマリア・ストンフリーが、本物なのかどうかも疑わしいところだ。
魔導師団の復権のため、何かしらの企みがあって王宮に戻ってきた可能性は大いにある。
だが、それにしたって、あの愚直な男が、改心したという嘘をついて擦り寄ってくる様は想像できなかった。

 しばし考え込んだ後に、モルティスは言った。

「……いいだろう。レドクイーン卿を、謁見の間へ通せ。夫人が本人かどうか、何と申し開きをするつもりなのか、直接聞いてやろう」


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