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投稿日:2026年01月06日





  *   *   *


 王宮の衛兵たちが、奇妙な樹根の出現をモルティスに知らせようと、続々と司祭館に集まっていた頃──。

 西都方面から、ゼナマリアと共に馬を走らせてきたギールは、変貌した王都の街並みを目の当たりにし、絶句した。
堅牢な城壁の向こうに広がっていたのは、二人が知る栄えたシュベルテの景色ではなかった。
街中にノーラデュースで見たものと同じ薄白い樹根が広がり、石畳を割り、街路を縫い、家々の壁に絡みついている。
至る所で屋根が押しつぶされ、崩れた瓦礫が土砂のように流れ落ち、街全体を覆うように白い粉塵が立ち昇っていた。

 瓦礫が散乱する街路は、馬では通れないので、その場で馬を乗り捨て、ギールとゼナマリアは半壊した城門をくぐった。
本来いるはずの門衛は、この異常事態の対処に追われているのか、姿が見当たらない。
張り巡らされた樹根は静止していたが、辺りは騒がしく、人々が誰かの名を呼ぶ声が、あちらこちらで響いていた。

「クソッ、間に合わなかったか……!」

 惨状を見回しながら、ギールは歯噛みした。
不意に、炎に呑まれていく亡き両親の苦悶の表情や、幼い息子を抱えて途方に暮れている、叔母レズリーの姿が脳裏に浮かぶ。
被害が出る前に、各領に緊急事態の宣言を出すようモルティスに進言しなければならなかったのに、自分はまた間に合わなかった。

 倒れている荷車を避けつつ、追いついてきたゼナマリアが、土砂煙の向こうに見える西区の大聖堂を指差して言った。

「レドクイーン卿、今からでも遅くはありません。移動陣のない聖堂へ人々を避難誘導するよう、王宮に掛け合いましょう。見たところ、民家は崩れていますが、人身への被害は大してありません。人々を動かすなら今の内です」

「え、ええ。そうですね……!」

 ギールは頷くと、ゼナマリアでも進めるように、道を確保しながら走り出した。
露店の破れた天幕や、折れて飛び出したはり、雪崩れた石壁、割れた水甕みずがめの破片、あらゆるものを踏みつけにして、地面全体に樹根が張っている。
下敷きになった者を救出しようと、持ち出した刃物などで太い根を切り付けている男らを見かけたが、ギールは目を背けて、ひとまず事を急いだ。
葬樹そうじゅの樹根は切っても無駄であるし、今はとにかく王宮へ行って、避難勧告の発令と防護結界の展開をさせることを優先すべきだ。
トワリスは結局口を割らなかったが、ハインツの話を聞く限りでは、エイリーンの移動陣を介した攻撃は、おそらくこれで終わりではないのである。

 荒れた路地を抜け、王宮へと続く大通りへ差し掛かった時。
どこからか甲高い悲鳴を上がったかと思うと、頭上からミシミシと木が軋むような音が落ちてきた。
崩れ残っていた民家の屋根の一部が、徐々に傾いていく。
その下には、硬直して動けなくなっている老爺と、孫らしき若い女がいる。
ギールは、背に差していた銃剣を抜いて構えると、咄嗟に叫んだ。

「──伏せて!」
 
 銃身に刻まれた術式が光り、それぞれ別の軌道を描いた複数の弾丸が発射される。
バンッバンッ、と空気が破裂するような発砲音が響いたのと同時に、落下してきた屋根と瓦が、粉々に砕けて飛散した。
抱き合って伏せた老爺と娘の上に、細かな破片が雨のように降り注ぐ。
舞い上がった粉塵に咳き込みながら、二人に駆け寄ると、ギールは彼らの腕を取って立ち上がらせた。

「大丈夫ですか? 壁沿いは危険です。足元に気をつけて、なるべく道の真ん中を通って、西区の聖堂に向かってください。あの一帯の建物は造りが頑丈ですし、直に防護結界も張られますから……」

 娘は、涙ながらに礼を言うと、老爺の身体を支えるようにしてヨタヨタと大通りを歩いていった。
二人を見送った直後、息つく間もなく、周囲が暗くなった。
ハッと上を見上げると、崩れてきた屋根に連鎖して、二階の外壁がギールめがけて倒れかかっていた。
気づいたゼナマリアが、「危ない!」と鋭く叫ぶ。
ギールは再び銃剣を構えたが、発動させる術式に迷って判断を鈍らせた。
屋根の一部や瓦ではなく、巨大な外壁ごと、梁ごと降ってくるとなると、瞬時に発する魔術の弾丸だけでは粉砕しきれない。

 それでも撃つ他ないと発砲しようとした──次の瞬間。
頭上に展開した結界が、落ちてきた外壁の塊を受け止め、地面に滑り落とした。
石畳に叩きつけられた外壁は、ガラガラと轟音を上げながら石片と化し、粉塵を巻き上げる。
驚いて、ギールは首を巡らせた。
瞬時にこれだけ強固で緻密な結界を作り上げるなんて、一介の魔導師の術式ではない。

 その時、唖然とするギールの耳に、聞き覚えのある嫌味な声が届いた。

「誰かと思えば……レドクイーン卿、どうして戻ってきているんです?」

 声がした方に振り返ると、路地の奥から、数人の人影が現れた。
先頭を歩いているのは、眼鏡をかけた長身の男──ヨーク・ヴィルマンだ。
数月前、ジークハルトが異端の罪で教会に捕縛された際に、エイリーンに身体を乗っ取られ、ハインツと対峙した後に意識不明となり、しばらく王宮で治療を受けていたはずの宮廷魔導師である。
彼の後ろにも、見知った魔導師たちがいる。
彼らは、通りを塞いでいる瓦礫の山を、魔術で浮かせて端に寄せてくれていた。

 ギールは瞠目して、ヨークをまじまじと見つめた。

「ヴィ、ヴィルマン卿! 貴方こそ何故ここに……──あ、ハインツさん! あの後、ハインツさんはどうなりました? 貴方が無事だということは、傷害の容疑は晴れたんですよね?」

 ヨークは、結界を閉じると、冷めた態度で嘆息した。

「知りません。意識が戻った後、私はすぐに西方に戻るよう言い渡されて、王宮から追い出されましたので……。納得がいかず王都に残りましたが、あのリオット族の彼がどうなったのか、情報は入ってきていません。処刑されたとも聞かないので、おそらくは今も地下牢に収監されているのではないかと思いますが」

「お、おそらくって……ハインツさんは、貴方を襲ったという冤罪で教会に捕縛されたんですよ⁉︎ 彼は無実だと訴えなかったんですか!」

 詰め寄ってきたギールを、ヨークは鬱陶しそうに見下ろした。

「訴えましたよ。しかし、それが司祭共の耳に入っているかは定かではありません。貴方とバーンズ卿が脱獄騒動を起こしてから、世俗魔導師団の立場は一層悪くなりました。おかげで、私に限らず、修道魔導師会に転属していないほとんどの魔導師が、王宮から締め出しを食らっている状況です。反抗して地下牢に入れられている魔導師も彼だけではありません。訴えるも何もないんですよ」

「…………」

 罰が悪そうに言葉を詰まらせて、ギールは押し黙った。
ハインツはきっと、自分が身代わりに処刑されても構わない、というくらいの覚悟で、ジークハルトと自分を送り出してくれたのだろう。
ギール自身、脱獄などすれば、教会の弾圧がより過激になることは予想していた。
それでも尚、計画を実行した自分に、ヨークを感情的に責める資格はない。

 歩み寄ってきたゼナマリアが、ヨークに尋ねた。

「お待ちください。今の王宮は、宮廷魔導師ですら入れない状況なのですか? ヴィルマン卿、貴方は表立って反教派を謳っていたわけでもないでしょう?」

「……失礼ですが、貴女は?」

「ゼナマリア・ストンフリーです。教会に焼かれた亡きラッツェルの妻ですわ」

 ヨークは、訝しげにゼナマリアを睨んだが、ストンフリーの名を聞くと、驚愕した様子で目を見開いた。

「そうですか、ストンフリーの……よくご無事で。
先程も申し上げた通り、今の王宮は、入信したイシュカル教徒でなければ自由に出入りできない有様です。宮廷魔導師も例外ではありません。風の噂で、シャルシス殿下がお戻りになったとは聞きましたが、門前払いされる現状は変わらずですので、今も王宮内の実権を掌握しているのはモルティス・リラードなのでしょう」

「……モルティス……」

 低く呟いたゼナマリアが、ぎゅっと唇を噛む。
ヨークの話を聞いて、ギールも表情を強張らせた。
教会と魔導師団の間で中立の立場を守っていた宮廷魔導師、という意味では、ヨークとギールは似た立場だ。
そのヨークが王宮から叩き出されたとなると、自分も例に漏れず、門前で追い返されるような気がしてきた。
ましてギールは、階級的にはヨークよりも下である。
その上、今はモルティスに異端者として認識されている。
この緊急時に樹根の情報をちらつかせれば、あるいは食いついてくるだろう、とも考えていたが、教会の司祭達は、ハインツやヨークが闇精霊の出現について訴えても、全く相手にしなかった連中だ。
正面から訪ねて行って、いきなりモルティスへの目通りを申し出るだけでは、まず聞き入れてもらえないだろう。

(説得の余地はあるんだろうか? あったとしても、悠長にお喋りをする時間はない。どうすれば……)

 焦燥感に駆られながら、ギールは必死に考えた。
一番望みがありそうな方法は、改心してイシュカル教に入信し、修道魔導師会に入団したい、と申し出ることだ。
もちろん本気で入信するつもりはないので、嘘をつくことになる。
だが、今モルティスの下にいる魔導師達の中には、最初から教会の支持者だったわけではなく、弾圧を恐れて表面上だけ従っている者も多いはずだ。
今更、根っからのイシュカル教信者ではない魔導師が増えても、警戒されるくらいで受け入れてはもらえるだろう。

 ギールは、召喚師制の廃止に関しては本気で同意していたし、実際にルーフェンを追跡する任務にも同行した。
ハイドットの弾丸を制作し、教会に協力した、という実績もある。
ジークハルトの脱獄を手伝ったことについても、脅されてそうするしかなかったと言えば──心苦しいが、信じてもらえる可能性はある。
その上で、「更なる敵襲に備えたいから話を聞いてくれ」と訴えれば、モルティスも耳を傾けてくれるかもしれない。

(……いや、しかし、これ以上バーンズ団長の権威を貶めるのは……。受け入れられたとして、一度異端認定された人間に、モルティスが直接会うかどうかも疑問だし……)

 ぐるぐると思い悩みながら、ギールはジークハルトの顔を思い浮かべた。
脳内の彼は、険しい顔つきで、「無理でもなんとかしろ。お前ならできる」と言っている。
そんな難題を押し付けてきたわけだから、「僕はジークハルトに脅されていただけで、本心では教会派です」などと嘘をついても、彼は多分許してくれる。
第一ジークハルト自身も、アーベリト没落の一件を秘匿したり、召喚師ルーフェンの死を偽装したり、それなりに虚偽を重ねてきたのだから、人のことは言えないだろう。

 次いで、ギールはゼナマリアを見た。
モルティスの警戒を解き、彼を謁見に引きずり出すには、他にも信用されるための材料がいる。
奇しくも出会ったこのゼナマリアは、教会による弾圧の残虐行為の一部始終を見てきた、モルティスにとっては『生かしておきたくない存在』だ。
彼女を連れていけば、きっとモルティスは、謁見に応じざるを得なくなる──。

 そこまで考えて、ギールは呻き声を漏らした。

(ああっ、これでは僕も、やっていることが詐欺師じゃないか! だが、今は背に腹は代えられぬ状況で……)

 ギールは、唐突に歯軋りを始めた。
苦しげな表情でゼナマリアを凝視しているギールに、ヨークは訝しげに問うた。

「……それで? まだこちらの質問に答えてもらっていません。貴方はどうしてシュベルテに戻ってきたんです? バーンズ卿は一緒ではないのですか」

「…………」

 ギールは、つかの間逡巡してから、勢いよくヨークに頭を下げた。

「──ヴィルマン卿! 時間がないので、事情は手短に話します。色々と疑念も湧くでしょうが、どうか協力してください。貴方には、僕がモルティスの説得に失敗した場合を想定して動いて頂きたい。可能な限り多くの魔導師を動員し、防護結界の準備をしてください。そして、移動陣がない場所へ──この根が直接は侵入できない教会の聖堂へ、人々を避難誘導して頂きたいのです」

 ヨークは、顔をしかめると、辺りに蔓延はびこる樹根を一瞥いちべつした。

「事情? 君、この根のことを何か知っているのですか?」

 顔を上げて頷いてから、ギールは、今度はゼナマリアに向き直った。

「ゼナマリアさん、我々は予定通り王宮に向かいます。……が、貴女にも、協力して頂きたいことがあります」

「え?」

 目を瞬かせたゼナマリアの肩をガシッと掴み、ギールは、意を決して言った。

「……僕に捕えられた異端者として、取引材料になって頂けませんか?」


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