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投稿日:2026年01月06日






  *   *   *



 地面が揺れ、雷鳴が轟く。
驚いた馬がいななき、さお立ちになると、ジークハルトは手綱を引きながら、どうどうと馬を宥めた。

「おい、落ち着け……! あともう少しだ」

 声をかけて鎮めてから、軽く腹を蹴る。
だが、動転している馬は、鼻息荒く前肢を掻くばかりで、一向に進もうとしない。
鞍から飛び降りると、ジークハルトは後方に振り返った。
遠くて朧げにしか見えないが、先刻、西の空に突然現れた天をくほどの巨木が、いつの間にか消えている。
ルーフェンが関わっていると確信はできないが、シュベルテの方で何かが起きているのは明らかだ。
しかし、そちらに向かう前に、予定通り移動陣を確認しておきたい。
そのためにも、足となる馬が必要なのだが──。

 ジークハルトは、再び馬の方に視線を戻した。
馬は、まだ落ち着かない様子で、ブルブルと鼻を震わせながら歯を剥き出している。
仕方なく近くの木に馬を繋ぐと、ジークハルトは、自分の足で森を抜けたのであった。

 小高い丘に出ると、眼下に荒廃した景色が広がった。
八年前の事件から放置されている廃街はいがい──旧王都アーベリトである。
かつては賑わっていた白亜の街並みが、現在は跡形もなく、瓦礫の山と化している。
ルーフェンに焼かれて煤けた家々の壁や、崩落した屋根、割れた石畳、あの事件の凄惨さを語るそれらが、全て当時のまま残されていた。

 雨風に晒されて黒ずんできた、それらの残骸に紛れて、裂けて焦げた樹根が落ちていた。
炎で焼かれたというよりは、雷に打たれて瞬時に枯死した、という感じだ。
まだ煙が上がってるので、つい先ほど何者かに焼き払われたのだろうか。
しかし、この樹根は、どんな攻撃を受けてもすぐに再生するはずだ。
ここに来るまでに通ったヘンリ村でも、樹根を焼き払おうとしている村人たちを見たが、焦げた部分が見る間に再生するので苦戦していた。
怪訝に思いながら、魔槍まそうルマニールを発現させると、ジークハルトは、アーベリトの中へ足を踏み入れていった。

 樹根は至るところに落ちていたが、より密集していく方向を辿っていくと、崩れかけた旧レーシアス邸が見えてきた。
朽ちて倒れた門柱と、雪崩れた屋根の間にできた大きな隙間から、黒焦げの樹根が複数伸びている。
根が死んでいるので状況は違うが、ノーラデュースで見た光景と同じだ。
トワリスの反応なども含めて考えるに、ルーフェンは、ノーラデュースやアーベリト跡地などの人目がない場所に、エイリーンの侵入経路となる移動陣を敷いた。
おそらく東部──港湾都市ハーフェルンやヘンリ村、ゼンウィック地方に出現した樹根の出所となる移動陣は、この旧レーシアス邸に展開していたのだ。

(……あとは、移動陣が攻撃手段としても使われるのかどうかだが……)

 隙間を塞いでいる、焦げた樹根をルマニールで切り崩して、ジークハルトは暗い邸内を覗き込んだ。
一人通るくらいの空間はありそうだが、下手に瓦礫や樹根を撤去すると、屋根が崩落してくるかもしれない。
それに、見る限りでは、街中に落ちていた樹根よりも、レーシアス邸に近い樹根の方が焼失している範囲が広い。
つまり、この樹根を枯死させた魔術は、移動陣から放出された可能性が高いということだ。
正確に何が起こったのかは分からないが、不用意に移動陣に近づくことは躊躇われた。

 他に安全そうな経路がないかと探していると、不意に、樹根が飛び出している脇の隙間から、微かな話し声が響いてきた。
同時に、足音も聞こえてくる。
一人ではない、二人だ。
時折瓦礫をどかすような物音も出しながら、ゆっくりとやしきの外へと近づいてくる。

 咄嗟にルマニールを構えると、ジークハルトは門柱の影に身を潜めた。
──ルーフェンとトワリスだろうか。
いや、あの二人はもう行動を共にしていないようだったし、ルーフェンはおそらく、生きているとすれば、先程落雷のあった場所にいる。
あと自分とギールの他に、エイリーンと移動陣の繋がりに勘づいている者といえば、ハインツくらいしか思い浮かばないが、彼は今、教会の管理下にある。
廃街に住み着いている野盗や浮浪者、ということもあり得るが、事情を知らない無関係の人間が、謎の樹根が噴き出している倒壊寸前の建物内に入っていくとは考えられない。
一体誰なのか、全く見当がつかなかった。

 外に出てきた二人は、ふと足を止めると、急に黙り込んだ。
一人が剣を抜く、抜刀音が聞こえる。
ジークハルトの気配に気付いたのだろうか。
だとすれば、戦闘訓練を積んでいない一般人ではない。

 踏み出しざま、ジークハルトがルマニールを突き出したのと、相手が剣を下から振り上げたのは、ほぼ同時であった。
槍先が相手の刃とかち合い、火花が散る。
互いに弾き返して距離を取り、相手の顔を見て、ジークハルトは瞠目した。
記憶していた姿よりも大人びてはいるが、間違いない。
目の前に立っていたのは、予想もしていなかった二人の獣人──ミストリアの次期召喚師として二年前にサーフェリアに現れた鳥人族の少女、ファフリと、その従士である人狼族の少年、ユーリッドだったのである。

「お、お前たち……何故ここにいる?」

 驚いて問いかけると、ユーリッドとファフリは、はっと顔を強張らせた。
二人は、サーフェリアでは、ルーフェンに公の場で処刑された、ということになっていた。
後にモルティスにより、ルーフェンが二人の死を偽装した疑いがある、と告発されたが、ファフリたちはそんなことは知らないので、ジークハルトに姿を見られて焦ったのだろう。
ユーリッドは警戒した様子で狼の耳を立て、褐色の髪の毛も逆立てて、剣先をこちらに向けている。

 ジークハルトが次の問いを発する前に、ユーリッドが肉薄してきた。
その動きは、目で追えないくらいに速い。
ほとんど反射的にルマニールを構え、振り下ろされた剣を受け止めると、痺れるような衝撃が腕に走った。
ルマニールを傾けて剣の勢いを流し、前のめりになって隙ができたユーリッドの脇腹に、石突を叩き込む。
魔力を伴ったその打撃は、圧縮された風をまとって爆ぜた。
吹っ飛ばされたユーリッドは、しかし、人間では考えられない反応速度で身をねじり、石突の直撃を避け、宙で一転して難なく着地した。

 ジークハルトは、ユーリッドが接近できないよう、ルマニールを突き出して構えた。
二年前に呆気なく捕縛された、未熟な次期召喚師と獣人兵の印象が強かったので油断したが、今のユーリッドと近距離でやり合うのは危険だ。
獣人故の速さと力強さに、魔術無しで対抗するのが無謀であることは、トワリスを相手取った経験から理解している。
いや、ユーリッドの場合は純血の獣人族であるし、体格もトワリスより大きいので、身体能力だけで言えば彼女以上だろう。
ルマニールの攻撃を入れづらい、懐に入られることは避けたかった。

 ジークハルトと対峙したまま、ユーリッドは、背後にいるファフリに声をかけた。

「ファフリ、先にルーフェンのところへ行っていてくれ! こいつは俺が足止めしておく!」

「えっ? で、でも……」

「大丈夫! 後で追いかける!」

 ユーリッドは、早く行け、と顎を動かしたが、ファフリは迷っている様子で、その場にとどまっている。
ルーフェンの名前が出たことに、更に驚愕して、ジークハルトはファフリに視線をやった。

「おい待て、今ルーフェンのところへ行くと言ったか? 一体何の目的で?」

 しまった、という表情になって、ユーリッドが口をつぐむ。
ファフリは、深くかぶった頭巾の下から、探るような目でジークハルトを見つめた。
二人の顔を知っているジークハルトには無意味だが、羽毛の混じった胡桃くるみ色の髪を、人間には見られまいとしていたのだろう。
ユーリッドもファフリも、ジークハルトが敵なのか否か、判断しかねている様子だ。

 構えていたルマニールを下ろすと、ジークハルトは再度問うた。

「……お前たち、どうやってここに来た? その先にある移動陣を使ったのか? それとも、あれからずっとサーフェリアに留まっていたのか?」

 二人が出てきた瓦礫の隙間を示すと、ファフリを目を見開いた。

「……貴方は、トワリスと同じ宮廷魔導師の方ですよね? どうしてこの先に、移動陣があることを知ってるんですか?」

 ジークハルトは、そばに落ちている焦げた樹根を、ルマニールの穂先で指した。

「この根の発生源が、移動陣であることを知っているからだ。……ちなみに俺は、お前たちがルーフェンの偽装工作によって生かされていたことも知っている。……が、今は魔導師団を抜けた身ゆえ、その件についてどうこう言うつもりはない」

「…………」

 ユーリッドとファフリは、こくりと息を呑んで、互いに顔を見合わせた。
今の言葉は、ジークハルトなりの、害意はないという表明だ。

 ファフリはしばらく、躊躇ったように沈黙していたが、やがて、ユーリッドの隣まで歩み出てくると、言った。

「……私達は……ルーフェンさんに呼ばれて、移動陣でミストリアからサーフェリアに来たんです」


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