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投稿日:2026年01月06日
焼け崩れて吹っ飛んできた枝葉を避け、ルーフェンは、前方に走り出しながら言った。
「ファフリちゃんは援護を! 攻撃を防ぐことを優先して!」
「う、うん!」
頷いたファフリが、次に備えて魔力を高めていく。
いざという時に、ファフリが守りを担ってくれるのであれば、ルーフェンは攻撃に集中できる。
振り上がった別の枝葉を前に、ルーフェンは詠唱した。
「──増殖と獲得を司る地獄の公爵よ! 従順として求めに応じ、可視の姿となれ……!」
重ねるように、ファフリも詠唱した。
「汝、窃盗と悪行を司る地獄の総統よ! 従順として求めに応じ、我が身に宿れ!」
紅蓮の炎が立ち昇り、巨大な火柱が雲を突き抜けた。
一層強まった炎を、かき消さんと噴出した樹根は、しかし、降り注いだ見えない刃に斬り刻まれる。
暴れる枝葉と風、炎が荒れ狂い、凄まじい熱波が広がる。
召喚術が同時に行使されている、そのあまりの威力に、ジークハルトとユーリッドは立っているのがやっとであった。
葬樹の姿になったエイリーンは、鬱陶しい蝿を払うかのように、燃える枝葉を無茶苦茶に振り回した。
そして、腹立たしげに頭を掻きむしり、髪を乱すように、ブルブルと枝葉を震わせた。
肉体が脆弱なはずの人間の召喚師が、確かに心臓を貫いたはずなのに、何故生きているのだろう。
惰性で生かされただけの無才の獣人族の召喚師が、どうしてサーフェリアにいて、こちらに楯突いてきているのだろう。
二人がかりで攻撃されたところで、己が消滅させられることはないが、ことごとく計画を邪魔されたことを思うと、苛立ちが止まらない。
幹から人型を派生させ、目障りな羽虫二人をギロリと睨みつけると、エイリーンは指先を動かした。
その動きに気づくと、ルーフェンはすぐさま木杖を地面に刺し、上へ振り上げた。
(二度も食らうか……!)
木杖の動きに呼応した巨大な地岩が、大地から引き剥がされ、葬樹を押し潰そうと、エイリーンの前に倒れかかってくる。
同時に、ルーフェンとファフリの手が、意思に反して勝手に動き、術の矛先を自分自身に向けんとした。
だが、地岩がエイリーンに直撃すると、その呪縛は解かれた。
──やはりだ。エイリーンの身体の自由を奪う術は、強力ではあるが、複雑な術式を用いた遠隔魔術などではない。
移動陣がなければ、視界に入らないシュベルテ以外の街を攻撃できないのと同じように、ルーフェンとファフリが目に映らなければ、その身体を操ることもできないのだ。
鞭のようにしなった樹根が、地岩を叩き落として砕く。
いよいよ苛立ちが憤怒に変わって、エイリーンは唸った。
そして、渾身の魔力を樹体に込めて、低く唱えた。
「衝動と腐敗を司る地獄の侯爵よ。従順として求めに応じ、我が身を糧に顕現せよ、破壊せよ──!」
魔法陣が幾重にも展開し、その最上に、禍々しい魔力が集結した。
危険を察知したルーフェンが、咄嗟にその魔力の奔流めがけて炎を差し向けるが、間に合わない。
刹那、魔力が弾け、先刻とは桁違いの量の黒矢が形成され、流星群の如く四方八方に飛散した。
激しい爆裂が生じて、ルーフェンは踏ん張りがきかず吹っ飛ばされた。
毒霧が立ち昇り、炎がかき消える。
ファフリは慌てて詠唱を切り替えると、召喚術封じのフェニクスの結界を張った。
降り注いできた黒矢が、結界に弾かれて消える。
しかし、地を這って迫ってきた複数の樹根が、勢いよく結界に掴みかかり爪を立てると、結界は粉砕されてしまった。
「ファフリ……!」
ユーリッドは、咄嗟にファフリの身体に覆い被さった。
結界を突き破った樹根が、ユーリッドの脇腹をかすって地に刺さる。
更に押し寄せてきた樹根と黒矢を、ジークハルトがルマニールで薙ぎ払う。
樹根はすぐさま再生し、黒矢は霧散して毒霧に変わったが、その隙にユーリッドは、ファフリを抱えてその場から飛び退った。
ルーフェンは、防ぎ切れず脚に当たった黒矢を強引に引き抜くと、木杖を支えに立ち上がった。
エイリーン本体を叩くべきか、地平を覆い尽くす黒矢を止めるべきか──。
いや、どちらにしろ、もう食い止められない。
ファフリの結界を経たことで減速はしたものの、全方位に発射された黒矢は、シュベルテの街にも向かって行っている。
轟音を上げ、降りしきった黒矢が、シュベルテの城壁が木端微塵に崩壊させた。
舞い上がった毒霧と粉塵が、真昼の空を赤黒く変色させていく。
ルーフェンは舌打ちすると、木杖を再度地面に突き立てた。
「暴力と欲望を司る地獄の侯爵よ! 我が命脈を以て求めに応じ、可視の姿となれ……!」
木杖から流れた魔力が地下へと浸透し、岩盤が低く震え始めた。
途端、地岩がひび割れ、地面が断層して迫り上がる。
葬樹に影を落とすほど高く隆起した岩盤は、圧倒的な質量を以て葬樹を押し潰した。
ギシギシと派手な音を立てながら、幹がねじれ、枝葉が折れ、根は地面から引き抜かれていく。
やがて、上空に渦巻いていたエイリーンの魔力が消失し、葬樹は完全に地に臥した。
倒れ込んだ幹を駆け上がったルーフェンは、高い位置から視線を走らせ、シュベルテの方を見やった。
瓦礫と化した街からは、炎と黒煙が上がっている。
一瞬、最悪の想定が頭をよぎった。
だが、風向きが変わった瞬間に、その予想は覆った。
沈殿する毒霧の中に、仄かに光る半球状の膜が見える。
その中にある王宮と二つの大聖堂は、何事もなかったかのように、形を保っている。
──防護結界だ。二重、三重にも展開された防護結界が、すんでのところで王宮と聖堂を守ったのだ。
同じく状況を見やって、事態を察したらしいジークハルトが、ルーフェンに向かって叫んだ。
「──おい、大丈夫だ! ギールに、どうにかして教会を丸め込んで、避難誘導と防護結界の展開指示を出させるように言ってある……!」
「…………」
ルーフェンは、ジークハルトの方を一瞥してから、再びシュベルテの方を見やった。
本当に、間一髪だった。
もはや奇跡と言える。
ファフリの召喚術がエイリーンの黒矢の威力を削いだことと、シュベルテの防護結界の展開が間に合ったこと、ルーフェンの妨害により攻撃の継続が途絶えたこと、これら全てが同時に成功したから、悲惨な結末は免れた。
逆に考えると、奇跡が起きなければ、ルーフェンとファフリが二人がかりで召喚術を行使しても、消耗したエイリーンですら止められないということだ。
覚悟を決めると、ルーフェンは足下の葬樹を見た。
幹から派生した人型のエイリーンが、黒い息を吐きながら、忌々しげにこちらを睥睨している。
その手が持ち上がる前に、ルーフェンは木杖を振った。
横殴りに叩きつけられた雷光が、エイリーンの人型を樹体から分離させる。
跳躍して、木杖の石突を振り下ろすと、ルーフェンは、転がったエイリーンを地面に縫い止めた。
そして、唱えた。
「── 汝、頂点と終点を司る地獄の公爵よ! 従順として求めに応じ、我が身に宿れ……!」
ルーフェンとエイリーンの下に、移動陣が展開する。
ハッと顔を上げたファフリは、一瞬ためらったように唇を噛んだが、掌を前に出し、フェニクスの結界で二人を包み込んだ。
怒りの絶叫をあげながら、エイリーンが魔力の衝撃波を放つ。
噴き出した樹根が、狂ったように暴れ出し、ルーフェンとファフリの結界に掴みかかる。
ルーフェンは、血飛沫を撒き散らしながらも、エイリーンを縫い止める手を緩めなかった。
絶えず雷撃を発し、エイリーンの抵抗をギリギリで受け流しながら、移動陣の発動を進めている。
その攻防による余波で、幾度も結界が揺らいだが、ファフリは、結界がひび割れては張り直すことを繰り返し、どうにかその衝撃を内に押し留めんとした。
荒れ果てた地面に、ぞろりと浮かび上がった鱗が蠢く。
移動陣が光を帯び始め、完成に向かう。
困惑した様子で、その光景を眺めていたユーリッドは、恐る恐るファフリに尋ねた。
「ファ、ファフリ? ルーフェンは、今度は何をするつもりなんだ……?」
ファフリは、結界を維持したまま、苦しげに答えた。
「新しく移動陣を敷いて、エイリーンをアルファノルに送還するの。私は元々、こうなった時のために、時間稼ぎをしてほしいってルーフェンさんに頼まれてて……」
「えっ⁉︎」
ユーリッドは、そんなことは聞いてない、という風に顔をしかめた。
「それって、ルーフェンとエイリーン二人だけでアルファノルに行くってことか⁉︎ 危険だろ! 二人がかりでも止められてないのに……」
「……止められなかったとしても、移動陣を新しく敷けるのは、サーフェリアの召喚師一族だけだから。……アルファノルに行って、すぐに移動陣を消しちゃえば、エイリーンが独力で他国へ渡ることはできないはずだって……」
言いながら、歯を食いしばり、ファフリは涙声になった。
「……ごめんなさい。私には、『そんな自己犠牲はやめて』なんて言える権利がなかったの。二年前、ミストリアに帰る時に、エイリーンの存在を知らされて、作戦を聞いて……でも止められなかった。私も、ルーフェンさんに、一人でお父様の元へ行くことを見逃してもらったから……」
「……ファフリ……」
二年前の話を出されてしまうと、強引にルーフェンを引き止めることもできず、ユーリッドは迷った。
かつて、トワリスの協力でサーフェリアに一時亡命したユーリッドとファフリは、ルーフェンに死を偽装されることで助けられた。
その際にファフリは、一人で王位を簒奪することを決意し、ルーフェンにミストリアへ送ってもらっている。
結局はその後、ユーリッドもファフリを追いかけてミストリアに戻ったわけだが、ファフリからすれば、ルーフェンは『一人で戦う意志を最初に尊重してくれた』恩人である。
当時からエイリーンと関わりを持ち、いずれ抗うことになると想定していたルーフェンに、『その時は協力してほしい』と持ちかけられ、ファフリは断れなかったのだろう。
横で話を聞いていたジークハルトは、翳されたファフリの手の甲に、小さな移動陣が刻まれていることに気づくと、口を開いた。
「……おい。このままルーフェンが、エイリーンと一緒にアルファノルに渡って死んだとして。お前たちは、どうやってミストリアに帰るつもりなんだ? サーフェリアに来て手助けしてくれ、と頼まれたなら、自力で帰る手段も知らされているのだろう?」
ファフリは、手の甲の移動陣をなぞって、小さく頷いた。
「ミストリアに帰る、一方通行の移動陣は渡されているの。トワリスが以前、ミストリアとサーフェリアを行き来した方法と同じよ。……貴方たち人間の方が詳しいでしょうけど、移動陣自体は、大元の陣と魔力さえあれば、ルーフェンさん以外でも使えるから……」
「……なるほど」
ジークハルトは、短く返事をした。
それから、ファフリに近づくと、突然その身体を担ぎ上げた。
ファフリは、ひゃっ、と声をあげた。
驚いて抵抗しようとしたが、今、集中を切らして、エイリーンを包む結界を保てなくなるわけにはいかない。
そのまま駆け出したジークハルトを見て、ユーリッドは目を剥いた。
「お、おい! いきなり何するんだよ⁉︎」
慌てて追いかけ、ジークハルトの肩を掴む。
しかし、ジークハルトは足を止めず、そのユーリッドの腕も掴み上げた。
「悪いが付き合ってもらうぞ! お前も来い!」
「ええっ⁉︎」
ジークハルトに引っ張られる形で、ユーリッドも走り出した。
振り払えなくはないが、ファフリを人質に取られている状態だし、彼女だけ連れて行かれるのも困る。
ジークハルトは、二人を強引に巻き込み、ルーフェンとエイリーンが揉み合っている中へ突撃していった。
ファフリの結界内で、雷撃と樹根が激しく暴れ回っている。
光を放って、ついに完成した移動陣の上へ──。
今度は、ルーフェンの手に導かれるでもなく、ジークハルトは飛び込んだのであった。
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