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投稿日:2026年01月06日





 説明を終えると、グレアフォールは、エイリーンに再び命令した。

「さあ、蘇らせよ。そなたは、わたしが作った中で、最も人間に近い感覚を持つ精霊である。そなたであれば、リーヴィアスを蘇らせることができる。今一度、召喚師が三人そろえば、増えた非理を排除し、世をことわりの輪の中に戻すことができる……」

「…………」

 エイリーンは、橙黄色の瞳でグレアフォールを見上げ、次いでリーヴィアスの死体を見た。
それから、ゆっくりと首を振ると、静かに言った。

「グレアフォール様……死んだものを蘇らせる魔術は、存在しませぬ」

 ──次の瞬間。
唐突に振り上がった古代樹の樹根が、エイリーンの幼い身体を叩き潰した。
重々しい衝撃音が響き、辺りの木々がざわめく。
予想もしていなかった暴挙に、ファフリもビクッと身をすくめてしまう。
持ち上がった樹根の下には、砕けた木片が散らばっていた。

 グレアフォールは、眉一つ動かさずに、木片に手を翳した。
すると、浮かび上がった木片が寄り集まり、人型を形成し、再びエイリーンの形になった。
エイリーンは、うずくまった状態から、何事もなかったかのように立ち上がった。

「……エイリーン。そこの人間、リーヴィアスを蘇らせよ」

 リーヴィアスを示して、グレアフォールがもう一度命令する。
エイリーンは、グレアフォールを見上げ、次いでリーヴィアスの死体を見ると、先程と同じように首を振った。

「グレアフォール様……死んだものを蘇らせる魔術は、存在しませぬ」

 またしても振り上がった古代樹の樹根が、エイリーンを叩き潰す。
グレアフォールは、再生させたエイリーンに、また同じ命令をした。
だが、それでもエイリーンは応じなかった。
その身体が、繰り返し叩き潰される。
ドシンッ、ドシンッ、と樹根が地を叩く音が、長らく響き続けた。

 ファフリは、心臓が締め付けられる思いで、その光景を眺めていた。
エイリーンのことは、正直憎い。
エイリーンは恐ろしい闇精霊で、サーフェリアを狙った敵で、ルーフェンの仇と言っても良い存在だ。
しかし、無垢に生まれ変わった今のエイリーンが、何度も何度も無抵抗に叩き潰される様は、不快感と嫌悪感を催す光景に他ならなかった。

 ついに耐えられなくなって、ファフリは制止をかけた。

「──や、やめて! やめて……! どうしてそんな酷いことをするの? その子、まだ子供でしょう?」

 振り下ろしかけた樹根を止めると、グレアフォールはファフリを見た。

「精霊族に、大人や子供といった成長過程を表す段階はない。自我を得た年数に違いはあるが、生まれたばかりだからといって、未熟で魔力が少ないとは限らない」

「だ、だとしても、できないって言ってるじゃない! できないからって叩き潰すなんて、そんなの可哀想だわ!」

「精霊族には感情がないのだから、可哀想も何もない。前回のエイリーンは、執着のあまり狂った故、今回は人間の血を混ぜなかった。純粋な精霊族は、わたしが定めた正しい運命を受け入れる。恐怖、疑念、怒り、そういった感情も持たない」

「嘘よ! だってその子、さっきからずっと震えているもの!」

 ファフリに指摘されて、グレアフォールは、初めてエイリーンの表情を見た。
樹根から身を守るように頭を抱えた腕が、確かに細かく震えている。
腕の下に見える橙黄色の瞳は、凄絶な光を宿して、グレアフォールを睨みつけていた。

「……その目は、どういう目だ?」

「…………」

 エイリーンは、答えなかった。
代わりに、その目に宿る憎悪の光を、更に強くした。
グレアフォールは、不思議に思った。
自我のない微精霊を経て生まれ変わった精霊族には、以前の記憶は残らないはずだ。
それなのに、どうしてエイリーンは、いつまでも憎しみに囚われているのだろう。
こういう不自由な精霊を哀れむ気持ちは、グレアフォールにも、理解できる気がした。

「また作り方を間違えたか……」

 ぽつりと呟くと、グレアフォールは、宙で止まっていた樹根を最後まで下ろした。
「やめて!」と叫んだファフリが、樹根めがけて風の刃を放つ。
すんでのところで、樹根が切り刻まれ、ボトボトとエイリーンの周りに落ちた。

 女の精霊が、すかさず掌に出現させた木蔓きづるの弓に矢をつがえ、ファフリを狙ってきた。

「──無礼な! 獣人族が、グレアフォール様に歯向かおうなどと……!」

 放たれた矢が、ファフリに迫る。
しかし、その矢がファフリを貫くことはなかった。
唐突に発射された火球が、矢を巻き込んで爆ぜ、そのまま軌道を変えずに女の精霊に直撃したからだ。

「────っ⁉︎」

 女の精霊が悲鳴を上げ、その身を焼けた木片に変えていく。
同時に、リーヴィアスの亡骸も火柱に包まれ、あっという間に灰と化した。

 ファフリは驚いて、横に振り向き、思わず口元を手で覆った。
火球を放ったのは、先程まで倒れていたはずの、ルーフェンだったのだ。

「……っ、ル、ルーフェン、さん……?」

 激しく咳き込みながら、ルーフェンの身体が起き上がる。
ルーフェンは、ファフリの方を一瞥いちべつして、小さく微笑んでから、表情を引き締めてグレアフォールを見据えた。

 女の精霊とリーヴィアスの亡骸からは、まだ火が上がっている。
グレアフォールは、指先を動かして炎を消すと、女の精霊に声をかけた。

「──起きろ、ミスティカ」

 焼けた木片が浮かび上がり、焦げた部分が煙と共に消失していく。
組み合わさった木片が、やがて人型を作り上げると、ミスティカは、元通りの女精霊の姿になった。

「……どういうつもりだ、サーフェリアの召喚師。なぜ動ける?」

 瑠璃色の目を細めて、グレアフォールが問う。
ルーフェンは、咳き込みながらもファフリの前に出ると、投げやりな口調で言い返した。

「抵抗する意識は最初からあったし、『どういうつもりだ』はこっちの台詞だ。さっきから聞いてりゃ、訳の分からないことをごちゃごちゃと……一体なんなんだ。エイリーンを使って、千年前の召喚師を蘇らせる? 増えた非理を排除する? こっちがどれだけ必死に召喚師制を廃止して、エイリーンを退けたと思ってる。御託はいいから、俺たちをここから出してくれ!」

 ルーフェンの意識があったことに驚いたかのように、森全体に、ザワザワと枝揺れの音が広がる。
片手を上げ、そのざわめきを収めると、グレアフォールは言った。

「魔力を与えすぎたか。……今のそなたは、わたしの魔力によって生かされている。この森から離れれば、完全に死ぬぞ」

「……それで良いって言ってるんだ。サーフェリアの召喚師は、俺で最後にする」

 はっきりと断言したルーフェンを、ファフリは、瞳を揺らして見つめた。
小さく吐息をついて、グレアフォールは返した。

「……良くはない。召喚師は各種族に一人ずつ、世に三人、必ず存在しなければならない。これは、元はと言えば、そなたら人間が決めたことだろう」

 ルーフェンは、口調をきつくした。

「知るか! 決めたのは千年前の人間だろう。過去の慣習を続けるのか、終わらせるのか。それを決める権利は、今代の俺たちにある」

「そなたの裁量で、勝手に終わらせることは許されない。召喚師一族の存在は、世のことわりを保つ上でも重要である。今後の世に必要な種と不要な種を選別し、理から外れた非理を排除する。圧倒的な力を以て、民を統制する。そうすることで、世界は正しく保たれるのだ」

「──だから、それが迷惑だっつってんだろうが! 不要だとか非理だとか決めつけて、勝手に排除しようとする、それこそあんたの裁量だろう!」

 苛立った様子で、ルーフェンが怒鳴る。
眉をしかめたミスティカが、背の矢筒に再度手をかけた。

 隣で混乱しているファフリに、ルーフェンは囁いた。

「グレアフォールの言う、排除すべき非理っていうのは、昔定められた種族間の不干渉やら何やらの決まりごとを破った存在のことだ。混血であるトワリスやリオット族、サーフェリアに渡ってしまったユーリッドくんも、おそらく非理に含まれる」

「えっ……⁉︎」

 思わず声を上げて、ファフリは青ざめた。
召喚師一族の系譜を存続させるべき理由も、グレアフォールが目指す正しい世界の在り方も、ファフリにはよく分からない。
だが、それらを実現し続けることによって、ユーリッドたちの身に危険が及ぶなら、その裏にどんな大義名分があろうとも、賛同はできなかった。

 グレアフォールは、わずかに声を低めた。

わたしの下した決定は、裁量ではなく、世の運命でありことわりだ。わたしは、創世期から世の流転るてんを見てきた、いにしえより存在する古代樹の主である。継承できる情報量の限られた、短命な人間や獣人族とは根本的に違う。わたしは常に、後世にとって正しい判断ができる。私欲や一時的な感情に惑わされぬ、そのとき取り得る、最善の選択肢を選ぶことができる」

 ルーフェンは、眉をしかめた。

「仮に、あんたの決定が正しい選択だったとして、それがこの世界にとって最善だとは思わない」

「なぜだ?」

「この世界で生きている大半の連中が、あんたの言う、短命で感情的な、正しさを取れない人間や獣人たちだからだ」

「…………」

 吐息を震わせ、ルーフェンは続けた。

「百年後、二百年後の未来のために、今生きている大切な存在を排除することが、俺には最善だと思えない。それが私欲と私情にまみれた判断だっていうなら、そうなんだろう。だけど、こういう想いを抱えているのは、俺一人じゃないはずだ」

「……そなたらは、千年前の世を知らぬから、そのようなことが言えるのだ。かつての世界は、混沌としていた。価値観も能力も全てが異なる異種族同士が、常に争いを繰り広げ、大地には、血と鉄と火の匂いが染み込んでいた。絶えるべきではない一族が、多く絶えた。このままでは世を維持できなくなると考えたわたしは、リーヴィアスの進言を受け入れ、三種族の隔絶と大陸の分断を行った。そして、各国に亡きリーヴィアスの力を継いだ召喚師一族の系譜を、存続させることを徹底した。何人なんびとも対抗できぬ圧倒的な力を持つ召喚師が、それぞれの民を統制することで、不要な争いは起こらなくなるからだ」

 ルーフェンは、乾いた笑みをこぼした。

「それで? 召喚師一族の治める世は平和になったって? 今の世を保つべき最善だと思っている時点で、お話にならない。あんたこそ、汚れた血と力の継承を強いられる、サーフェリアやミストリアの召喚師制の残酷さを知らないから、そんなことが言えるんだろう。俺も、俺の母も、その周りの人間達も、召喚師一族の血には散々振り回された。国を治める為政者が、今後も武力を象徴する存在である必要はない。
……サーフェリアの召喚師は、絶対に、俺の代で終わらせる」

「…………」

 揺らがぬ銀の瞳が、グレアフォールを射抜く。
その頑なな表情を見て、説得することは難しいのだろう、とグレアフォールが早々に悟ったのは、以前にも、こういう厄介な人間に出会ったことがあったからであった。

 人間は脆い。力でねじ伏せて、ひざまずかせることは簡単だ。
しかし、ねじ伏せてもあの手この手で対抗してくる──自分が生きることよりも、信念や悲願の実現を優先させる者が稀にいる。
先ほど焼かれた召喚師一族の祖、リーヴィアスが、まさにそういう人間であった。
ルーフェンに至っては、すでに死んでいるわけだから、もはや怖いものがないのだろう。

 しばらく沈黙してから、グレアフォールは、ファフリを見た。

「……ミストリアの召喚師よ。そなたも、召喚師一族は絶えるべきだと思うのか」

 ファフリは、弾かれたように顔を上げた。
頷けば、今すぐルーフェンが消えていなくなってしまいそうで、即答はできなかった。
一方で、これほどに強い意志を持って進んできた、ルーフェンの覚悟を否定することも、自分にはできないと思った。

 胸の前で拳を握りしめて、ファフリは言った。

「……私は、召喚術の才が目覚めたから、今、王として生かされている身です。でも、そういう認められ方が獣人族の中でまかり通ってしまう限り、強い者が最も優れている、という価値観は変われないから……。私の次の王は、血で選ぶのではなく、皆が上に立ってほしいと望む者を選べたら良いなって思います」

「…………」

 グレアフォールは、目を閉じ、開いて、ルーフェンとファフリを見つめた。
瑠璃色の瞳が、またチカチカと不思議な光を湛えて輝いている。
やがて、もう一度目をつぶると、グレアフォールは唇を動かした。

「……もう、良い」

 その言葉を合図に、突然、ゴウッと下から風が噴き上がった。
森の木々は揺れていない。
ルーフェンとファフリの周りだけに吹き荒れる、魔術による暴風であった。

 身体の内側から、何かが奪われていく。
手を伸ばしても追いすがれない速度で、溶け出した力が、風に巻き上げられていく。
血を吸い出されるような、骨を抜かれていくような、痛みを伴った喪失感が全身を苛んだ。

 ファフリは、咄嗟に下草を掴み、浮き上がりそうになる身体を地面に繋ぎ止めた。
その時、薄く開いていた目の端で、ルーフェンの身体が傾くのが見えた。
支えようとして、片手を下草から離す。
だが、その瞬間、更に風が強まり、ファフリの身体は宙へ吹っ飛ばされてしまった。

「────ぁ……っ!」

 森の景色が、みるみる遠のいていく。
ルーフェンも、グレアフォールも、あらゆるものが小さくなって消えていく。
必死に手を伸ばしたが、その手は空を切るだけ。
ファフリはそのまま、夢の世界から弾き出されたのであった。

 グレアフォールは、呆然とルーフェンたちを眺めていたエイリーンを、樹根で叩き潰した。
サーフェリアの召喚師を蘇らせないのであれば、葬樹そうじゅは、自我なき微精霊として残しておくだけで十分だ。

 エイリーンが木屑きくずになったことを確認すると、グレアフォールは、ミスティカと共に煙の如く姿を消したのであった。


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