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投稿日:2026年01月06日






  *   *   *



「……アレクシア、久しぶりだな」

 ギールと共に、王宮の一角にある私室を訪ねたジークハルトは、何を言おうか迷った末に、まずは一言そう挨拶をした。
アレクシアは、寝台に小さくまとめられた荷物の横で、足を組んで座っている。
彼女が失明した、とギールから聞いた時は、正直耳を疑ったものだが、どうやらその話は本当のようだ。
声をかけても、その青い目は閉じられたままで、寝台脇の棚には、盲人用の杖が立てかけられている。
日常的に磨かれていると思われる、室内を飾る高級な調度品の数々を見れば、生活を補助してくれる世話人が、毎日出入りしていることも窺えた。

 訪問者がジークハルトとギールであることは、声で分かったようだ。
アレクシアは、寝台に座ったまま振り向くと、口元だけで綺麗に微笑んだ。

「あら、ちまたで話題の英雄様じゃない。お会いできて光栄だわ」

 まるで真実を知っているかのような、皮肉たっぷりの口ぶり。
視力を失っても、彼女の図太さ、狡猾さは健在のようであった。

 ギールによれば、医療棟の病室から退院した後、世話人を丸め込んで上級侍女用の私室を間借りしたアレクシアは、その後も療養という名目で、王宮に滞在して贅沢かつ自堕落な生活を送っていたらしい。
この私室の元の持ち主である侍女からは、「目が見えないとなれば、軍務に復帰してほしいとは頼みにくいし、魔導師団の屯所へ帰ってほしいとも言いづらい」と度々軍部に苦情が来ている。
なんなら、世話人達の間では、アレクシアが教会所属の魔導師の男を何人か部屋に招き入れているところを見た、という良からぬ噂まで立っていた。

 やれやれと嘆息し、ジークハルトは返した。

「……その呼び方はやめろ」

「どうして? 裏では皆、貴方のことそう呼んでるわよ」

「所詮は噂だ。仮に真実だったとしても、そうやって過度に一人を持ち上げる風潮は気に食わない」

「あ、そ。まあいいじゃない。召喚師一族の時代があって、次にイシュカル様が流行して、その最前に立っていたモルティスが死んだから、今度は貴方ってだけ。皆、神格化した何かに依存したいだけよ。飽きたらすぐに話題にされなくなるわ」

「……お前、なんつうか、相変わらずだな……」

 室外の気配を確認しながら、ジークハルトは呆れ顔になった。
こんな会話、教会の関係者に聞かれたら大事だ。

 流石のアレクシアも、失明したとなれば気落ちしているのではないか、と多少は心配していたが、彼女に対して、そんな気遣いや同情は不要だったらしい。
彼女の様子を尋ねた時、ギールがなんともいえない微妙な表情を浮かべた意味が、わかったような気がした。

「……で、お忙しい英雄様が、私に一体何の用?」

 青髪をいじりながら問うてきたアレクシアに、ギールが答えた。

「アレクシアさんが昨日、クライン卿に軍務免除の申し出をして、軍籍から抜ける許可を取ったと聞いて。……王宮から離れるつもりなんですか?」

「ええ、そうよ。このところ、侍女たちがネチネチ嫌味を言ってくるものだから、相手するのが面倒になったのよ。これだから女って陰湿で嫌ね」

 平然と返してきたアレクシアに、ジークハルトは眉を寄せた。

「……お前、それでいいのか?」

 アレクシアは、ふっと鼻を鳴らした。

「いいのかって……なに? まさか、撤回して軍務に復帰しろって発破をかけに来たわけ? 勘弁してよ。私、もう目が見えないのよ?」

 言いながら、アレクシアは杖を取り、椅子にかけていた毛織りの分厚い外套を羽織った。
まとめた長い青髪を、頭巾の中に隠す。
それから、寝台に置いていた荷物を斜めにかけると、すっと立ち上がった。

「私、性格的に、正義の魔導師様は向いていなかったのよね。それでも、十年以上やってきて、贅沢しなきゃ一生暮らせるくらいのお金は稼げたし。いい機会だから隠退して、今後は軍務に縛られない生活を楽しむわ。それじゃあね」

 杖を使ってはいるものの、案外しっかりとした足取りで部屋を出て、アレクシアは歩いていく。
ジークハルトは、逡巡の末に、「……わかった。ご苦労だった」とだけ声をかけた。

 遠見の能力が失われたとしても、彼女の頭の回転の速さや、遠隔魔術の腕は、とりわけ非正規戦において重宝されるものだ。
トワリスも抜けてしまったことだし、実地任務は無理でも、若手の女魔導師を指導役など、そういった役職を空けることは可能だ、と勧誘するつもりで来たのだが、アレクシア自身がそれを望まないのであれば、仕方がない。
彼女ならこれからも強かに生きていくだろう、という思いで、ジークハルトとギールは、その背を見送った。

 ──が、その時だった。
突然、慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、最近 修道魔導師会の軍務官に任命された若い男が、部屋に飛び込んできた。
まさか、アレクシアの部屋に出入りしていたとかいう、噂の男の一人だろうか。
男はキョロキョロと室内を見回し、ジークハルトとギールに目を留めると、息を切らせながら尋ねてきた。

「あ、あの、フィオール様って、ご不在ですか?」

 ギールは、若干気まずい気持ちでジークハルトと顔を見合わせてから、答えた。

「アレクシアさんなら、軍籍から抜けると言って、たった今出ていきましたけど……」

「ぇえっ⁉︎」

 男はでかい声で叫ぶと、手に持っている書類と、アレクシアが歩いて行った廊下の先を交互に見て、わたわたと動揺し始めた。
「どうした?」とジークハルトが聞くと、男は、泣き出しそうな顔になった。

「し、新体制として、世俗と修道の団を統合するにあたり、それぞれ『軍聖魔導師団』と『軍聖騎士団』に改名することになったじゃないですか……」

「あ、ああ」

「となると、腕章の意匠も変えないといけないし、これを機に、軍服や外套マントも新しくしようか、って話が上がりまして。そしたらフィオール様が、『軍務に就けなくて暇だから、私が話を進めておいてあげる』と申し出てくれたんです」

「…………」

「確かに、こういう服飾とか細工のことって、女性の方が詳しそうじゃないですか。それで、やって頂けるなら是非、とお願いしていたのですが……。さっき、進捗はどうかなと思って軍資局に確認したら、いつの間にか、とんでもない額が工房に支払われていたんです! まあ、軍服や外套の装飾は軍部の権威を示すものですから、お金を出し惜しむ必要はないと思いますが……それにしたって、ありえない額だったんですよ‼︎」

「…………」

「僕、慌てて工房に行って、一旦制作をやめるようにお願いしたんです。そしたら職人頭が出てきて、『その話は、意匠を決めて、見積もりを出すところまでは進んだけど、途中で取りやめになったと聞いたから、正式な制作依頼は受けてないし、お金も頂いてませんよ』って……」

「…………」

「……軍資局が支払ったお金は、一体どこにいったんでしょう……?」

 ジークハルトとギールは、途中から感じていた嫌な予感が的中して、沈痛な面持ちで黙り込んだ。
軍務官の男が、手にしていた書類を見せつけてくる。

「これが、軍資局に提出されていた、見積書と申請書です……」

「…………」

 ジークハルトとギールは、書類を受け取って、内容に目を通した。
絶対いらない宝石の装飾やら、金刺繍やらが施された高級軍服と高級外套が、軍部所属の魔導師と騎士の人数分、大量に発注される想定で見積もりが取られている。
確かに、とんでもない金額だ。
贅沢しなきゃ一生暮らせる、どころか、贅沢したって一人分の一生では使いきれないような額であった。

 更に、申請書を見て、ジークハルトは目眩を覚えた。
承認者の欄に、なぜか自分の名前が書かれている。
もちろん、書いた覚えはない。
だが、筆跡が結構似ている。
財務官も、今をときめく英雄の許可が下りているならばと、つい出金してしまったのだろうか。
というかアレクシアは、目が見えないのに、どうしてジークハルトの筆跡を真似た署名などできたのだろう。

 ジークハルトは、わなわなと肩を震わせた。
そして、見積書と申請書を破り捨てると、アレクシアが歩いて行った廊下を指差し、大声で叫んだ。

「──い、今すぐあいつを連れ戻せーっ‼︎」

 ギールと軍務官の男は、部屋を飛び出すと、全速力で、消えたアレクシアと大金の行方を追ったのであった。


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