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投稿日:2026年01月06日






 頭の中で、なんとなく話の道筋を組み立ててから、ルーフェンはさりげなく問うた。

「……トワは、これからどうするの? 行きたい場所とか、やりたいこととかある?」

「私ですか?」

 意表を突かれたような顔で、トワリスは目を丸くした。
彼女の方こそ、今までいっぱいいっぱいで、先のことを考える余裕なんてなかったのだろう。
少し考え込んでから、トワリスは答えた。

「……私は……世間で流れているルーフェンさんに関する憶測とか、噂とか、そういうものがもう少し落ち着いたら、一度ヘンリ村に顔を出したいです。リリアナとカイルには、私は無事だよって伝えたいので」

「…………」

「あ、長居はしませんし、ルーフェンさんのことは伝えないでおきます。私も一応は死んだはずの存在ですから、関わりすぎると、一般人である彼女たちでも危険に巻き込みかねないので……」

 トワリスの方は見ずに、ルーフェンは、「そっか」と少し申し訳なさそうに返事をした。

「……魔導師団には、本当に戻らなくていいの? 死んだはずの存在だから、って言っていたけど、君の場合は、ノーラデュースで奇跡的に一命を取り留めていた、って言い張ることもできるだろう。少なくとも、ジークくんは君が生きていることを知っているわけだし、彼についていけば、復帰も不可能ではないはずだよ」

 想定外の提案をされて、トワリスは、思わずムッとした。
魔導師団に戻らなくていいのか、なんて、今更そんなことを聞かれるとは思っていなかった。
魔導師団に戻るということは、命懸けでルーフェン側についた自分の選択を、否定して無かったことにするということだ。
そんなこと絶対にしたくないし、これから先も、この選択を後悔することはないと断言できる。

 というか、逆にルーフェンは良いのだろうか。
仮にトワリスが魔導師団に戻ることを望んだら、自分たちは、もう二度と会えなくなるのに。
それでも、トワリスが戻りたいと言ったら、ルーフェンは「わかった」と応えて、あっさり別れを告げてくるのだろうか。
……ああ、この男なら言いかねないな、と過去のあれこれを思い出して、トワリスは猛烈に悲しくなった。

 ぶすぐれた顔で、トワリスは答えた。

「……戻らないです。……一体どのつら下げて戻れって言うんです? 啖呵たんか切って離反して、バーンズさんにも散々喧嘩を売ったのに、のこのこ戻って行って、やっぱり復帰したいですって頭下げるんですか? ……そんなの嫌です」

 本当に嫌なのは、ルーフェンと再び離れ離れになることだったが、そんなことは口にも表情にも出してやらない。
顔をしかめているトワリスを一瞥いちべつして、ルーフェンは、ふっと吹き出した。

「啖呵切って、って……前から気になってたけど、一体なにを言ってジークくんたちを説得したの? まさかと思うけど、言葉と同時に手が出て、ハインツくんと一緒に全員ぶん殴って昏倒させてから離反したわけじゃないよね?」

「はあ⁉︎ そんなことしてないです! ていうか何笑ってるんですか! 誰のせいであんなことになったと思ってるんです⁉︎」

「……もしかして、俺のせい?」

「もしかしなくても貴方のせいです!」

 声を荒げて捲し立て、トワリスは、バシッとルーフェンの肩の辺りを叩いた。
大げさに痛がって倒れたルーフェンは、残雪にまみれながらも、くすくすと笑い続けている。
腹が立って、トワリスはそっぽを向いた。

 ひとしきり笑って、残雪を払いながら立ち上がると、ルーフェンは事もなげに続けた。

「……じゃあ、責任とるよ」

「はい? 責任?」

 トワリスは、ルーフェンを睨んだ。

「責任って、もう召喚師じゃないのに、どうやって魔導師団と話をつけるつもりですか。大体私は、団には戻りませんって言ってるでしょう」

「いや、魔導師団を抜けさせてしまった責任というか……それも含めてだけど。……君の人生を、かなりめちゃくちゃにしてしまった責任」

「…………。……え?」

 トワリスは、間の抜けた声を出した。
腕組みを解いて、ルーフェンを二度見する。
ルーフェンは、丘の下の景色に視線を投げかけたまま、こちらに背を向けている。

 怒りを忘れて、トワリスは、ルーフェンの言葉を脳内で再生しまくった。
責任を取るって、どういう意味だろうか。
……そういう意味だろうか。
でも、ここで「不束者ですがよろしくお願いします」なんて答えて、「魔導師の次の仕事を見つける手伝いをするって意味だよ」なんて返されたら、もう一生立ち直れない。

 とどめの一言を言うべく、息を吸うと、ルーフェンは振り返った。
──が、振り向いた先で、トワリスが予想外の表情をしていたので、その一言はスッと引っ込んでしまった。
トワリスは、今までに見たことがないくらいの悩ましげな顔で、深刻そうに俯いていた。

「……え、どうかした? 大丈夫?」

「あっ、いえ、その……二択で。どっちかなって……」

(……二択……)

 ルーフェンは、内心うろたえた。
まだ答えを求めるところまで告げていないが、ここで指す二択といえば、受け入れるか断るか──つまり「はい」か「いいえ」だろう。

 「いいえ」の選択肢もあるのか……と、正直思った。
いや、ある。無論、トワリスにはそう答える権利があるし、自分ほど訳ありな男も他にいないだろうと自覚してはいるから、迷う気持ちもあって当然だと理解はしている。
だが、それでも、ルーフェンが事あるごとに示してきた逃げ道を、全て無視して突撃してきたのはトワリスだ。
少しくらいは自惚れたって許されるだろう、という意地が、ルーフェンにはあった。

「……ねえ、トワリス」

 名前を呼ばれて、トワリスはおずおずと顔を上げた。
いきなり、吐息がかかるほどの至近距離まで、ルーフェンが顔を寄せてくる。
ドキリとして、トワリスはまごついた。

「……な、なんですか?」

 一旦止まって、ルーフェンは目を伏せた。
最後にもう一度だけ、逃げられるだけの十分な時間を置いてから、ルーフェンは、トワリスを抱き寄せた。

「……あ、あの……なんですか?」

 トワリスが、困惑した様子で身をよじる。
腕に力を込め、その抵抗を封じると、ルーフェンは呟いた。

「……君が本気で逃げたら、俺は多分、追いつけないから……もう、こうやって捕まえておこうと思って」

「は、はい……?」

 ぶわっと体温が上がるのを感じながら、トワリスは、すぐ真横にいるルーフェンの顔を見ようとした。
喋りづらいから離れてください、と背を叩いて訴える。
しかし、ルーフェンが腕の中から解放してくれる気配はない。

 トワリスは、どうしたら良いのか分からず、おろおろと視線をさまよわせた。
ルーフェンは、何故トワリスが逃げるだなんて思っているのだろう。
別に、こんなことをされなくても逃げないし、逃げたところで、ルーフェンを相手に逃げ切れるとは思っていない。
だって彼は──助けてくれた恩を仇で返して、勝手に雇い主の元に戻ってしまった半獣人奴隷の娘を、あっという間に地下から見つけ出してしまうような人だ。

 逃げるのが得意なのも、ルーフェンの方である。
トワリスも、足の速さには確かに自信があるが、何せルーフェンは、厳戒体制の王宮の包囲網をあっさりと突破した人だ。
その後のジークハルトら宮廷魔導師たちの猛追も、シャルシスを連れながら、たった一人でいくぐって見せている。
本気を出されたら、逃げ切れないのも、追いつけないのも、きっとトワリスの方だ。

 きつく抱きしめられているせいか、だんだん息が苦しくなってきた。
もう一回、身じろいでみる。
するとルーフェンは、抱き寄せる力を更に強くしてきた。

 逸る心音が、どちらのものなのか分からない。
トワリスの肩に額を押し付けて、ルーフェンは、深いため息をついた。

「……もう、駄目だよ」

「だ、だめ? なにが」

「……今まで俺は、何度も何度も、本当にいいの? って確認してきたでしょ。それなのに、ずーっと俺の隣を選び続けてくれたのは、頑固な君の意志だ。そうやって、散々俺のことを翻弄してきたんだから、君だって責任を取るべきじゃない?
……大事にするから、どうか離れないで。責任とって、俺は君のものになるよ。だから、君ももう諦めて、俺のものになって」

「…………」

 トワリスの抵抗が、ぱたりと止んだ。
ようやく腕を緩めて、ルーフェンは、トワリスの様子を窺った。
彼女は、首元まで真っ赤にして硬直している。

 この反応で、「いいえ」の選択肢もあるなんてひどいことを匂わせてくるのだから、トワリスは、やはり稀代の悪女だと思う。
思わせぶりな態度をとって相手を惑わせるなんて、トワリスにそんな器用なことはできないはずだから、「責任とるよ」というルーフェンの言葉を、何か勘違いしているだけなんじゃないか。
そんな風に信じ込ませてくるところまで含めて、彼女は、とんでもない魔性である。

 ──と、実際はどうあれ、そういうことにしておいた。
だってルーフェンは、あの時から、トワリスの『色仕掛け』とやらに、まんまとハマることにしたのだから。

 トワリスの瞳が、大きく揺らぎながら、こちらを見上げてくる。
その目を見つめ返して、ルーフェンは、嫣然えんぜんと微笑んだ。

 抱きしめ直して、トワリスの耳元に唇を寄せると、ルーフェンは囁いた。

「……君のことを、愛してるよ。これからも、ずっと一緒にいてくれる……?」

 トワリスは、唇を震わせた。
恥ずかしくて息苦しくて、一瞬、やっぱり逃げ出したいような衝動に駆られたが、もう捕まっているので動けない。

「……し、仕方ないですね……」

 混乱の末に、なんとか絞り出した答えがそれで、トワリスは、自分を殴りたくなった。
あ、とか、う、とか呻いてから、慌てて「よろしくお願いします」と、弱々しい声で付け加える。
その慌てっぷりがおかしくて、ルーフェンは思わず笑った。

 ルーフェンの顔を見ていられなくて、自分の顔も見られたくなくて、トワリスは、両手で顔面を覆った。
我ながら、なんて素直じゃない、可愛げのない返答なのか。
でもその時、代わりに、トワリスの中に残っていた小さな欠片が、今度こそはっきりと、「うん」と頷いて返事をしてくれたような気がした。

 ルーフェンは、やっとトワリスを解放した。
「これからもずっと」が、いつまで続くのかは分からない。
自分は本来、生きていてはならない身の上だ。
どうして蘇ることができたのか、人間のままなのかも全く分からない状況だから、もしかしたら、明日にはまた死んでしまうのかもしれない。

 けれどもルーフェンは、そんな不安は、もう考えなくていいか、と開き直ることにした。
無事に明日を迎えられることが当たり前でないのは、よくよく思えば、誰にでも当てはまることだ。
だから、不安は一旦端に置いておいて、トワリスの言っていた通り、今後どう過ごすかを考えることにした。
そうやって明日の訪れを願っていた方が、踏ん張ってきた過去の自分も、報われるように思えた。

 顔面を覆っているトワリスの手を、ルーフェンは、優しく引き剥がした。
真っ赤なしかめっ面が、手の下から現れる。
ルーフェンは、また笑った。
ここはトワリスにも、嬉しそうに笑ってほしいなぁ、と思ったが、彼女の笑顔を引き出すのはなかなかに難しいことだから、時間をかけて頑張るしかないのだろう。

 熱い頬に手を滑らせ、そっとおとがいを持ち上げる。
ぎゅっと緊張した彼女の唇を親指でなぞって、ルーフェンは、トワリスに口付けた。






See you next story....

闇の系譜 (アルファノル編) 【完】


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