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投稿日:2026年01月09日







 条太郎は、眦(まなじり)が裂けんばかりに目を見開いた。
頭の中で、懸命に彼女の言葉を噛んだり、砕いたりしたが、とても呑み込めそうにない。

 クレンデルは、取り落としていた風呂敷包(ふろしきづつみ)みの中から、血に汚れた新聞記事を出した。
そして、「貴方の名前が載っていました」と云(い)って、それを条太郎の前に広げた。
示された一面の見出しには、こう書かれている。

──帝都大「改新会(かいしんかい)」の悲劇‼︎
  官邸に押しかく学生運動家等
  異形によつて惨殺さる
   対異形防衛部隊(たいいぎょうぼうえいぶたい) 駆けつくが間に合はず
  遺体の損傷激しく 身元不明者多数
  構成員の無慮(むりょ)三十 餘(よ)名、以下に記す──

 凍りついた条太郎に、クレンデルは、穏やかな声で続けた。

「……私(わたくし)の認識では、人と獣は、死んだら二度と動きません。ただ、稀に強い未練や思念が足枷となって、霊魂だけが現世に縛られ、時を経て実体化してしまう場合があるようです。それもまた、異形の一種になるのでしょうか。
今の条太郎さんは、私(わたくし)が見るに、とても不安定な存在です。完全には実体化できておらず、現世と常世(とこよ)の狭間をフワフワと漂っている状態、とでも云(い)いますか……。まあ、[#ruby=此国_しこく]の晩夏は盆御供(ぼんごくう)の時期で、霊魂が現世に留まりやすいようですからね。条太郎さんも、色々な鬱憤(うっぷん)が溜まっていて、まだ天に昇りたくないと思っていたのでしょう」

 条太郎は、暮色(ぼしょく)の中でも明瞭に見える、クレンデルの美しい顔を凝視した。
高く通った鼻筋に、弧を描く色づいた唇。
薄月(うすづき)の光を受ける白金の髪と、憂いを帯びた長い睫毛(まつげ)。
最後に、鮮血の如き紅い瞳を見遣り、条太郎は、絶え絶えに声を漏らした。

「……う、嘘だ……。意味の分からないことを云(い)うな!」

「嘘じゃありませんよ」

「嘘だ! 僕らが異形に殺された? 嘘に決まっている‼︎」

 条太郎は、ぶるぶると震える、両の掌(てのひら)を見つめた。

「ぼ、僕は……そうだ、名前! 名を書いて、お前に渡しただろう⁉︎ 毎日のように教本を開き、勉強もしていた。石油洋燈(オイルランプ)をつけ、父の遺した家畜病院で生活し……近所の悪童(ガキ)共が来た時には、声を張り上げて追い払ってやった! 実体のない霊魂に、こんなことはできぬはずだ!」

 クレンデルは、苦笑を浮かべた。

「確かに完全には実体化していないと申しましたが、だからといって、空気とは違います。今の条太郎さんは、ただの霊魂と呼ぶには、影響力が強すぎる存在なのです。ほら、聞いたことありませんか。何者(だれ)も居ない所で勝手に物が動いたり、灯りがついたり、音が鳴ったり……そういうの、異国では心霊現象(ポルタアガイスト)、と云(い)うんですよ」

「…………」

 条太郎は、言葉を失った。
強張った両手で顔面を覆い、その場に蹲(うずくま)る。
全身が、灼(や)かれているように熱い。
胸の内が焼け焦げ、肉が燻(くすぶ)り、爛(ただ)れた皮膚から、しゅうしゅうと黒煙が上がる。
身を任せれば、このまま黒く炭化して、いずれは散り散りに消えてしまいそうであった。

 条太郎の身体から立ち昇る黒煙を、ぱたぱたと手で払いながら、クレンデルは云(い)った。

「条太郎さん、どうか落ち着いて。訳も分からず現世を彷徨(さまよ)い、混乱と疑懼(ぎく)の中に身を置き続ければ、貴方は先刻の異形のように、本来の姿を失った邪(よこしま)な化物に堕ちてしまいます。そうなれば此の時代、いずれは光を浴びて消え去るか、人に祓われて成仏するかの二択でしょう。
今の姿で気づかれずに現世に留まるには、まず、生前何があったのかを思い出す必要があります。そして、ご自分の死を自覚し、人の形を保ったまま異形になるのだということを認めて下さい」

「…………」

「ここ最近、条太郎さんは、私(わたくし)とサチコさん以外の誰とも話していないでしょう? ご家族やご学友を含め、誰かの近くを通り過ぎても、話しかけても、全く相手にされなかったはず。何故なら、貴方はもう人間ではないからです」

「…………」

 条太郎は、弱々しく首を振った。

「……僕は……元から、必要以上には人と話さない。大学では蔑(さげす)まれることが常であったし、継母(けいぼ)や弟とも、折り合いが悪くて、昔から口を利かない。邸(やしき)にだって、わざわざ顔を合わせる理由がないから、そう頻繁には帰らない……」

 クレンデルは、小さくふふと笑った。

「では条太郎さんは、生まれた時から、実は異形だったのかもしれませんね。それとも、条太郎さんの方が人間で、意思疎通できない周囲の方々のほうが、異形だったのでしょうか」

「は……? ……何を……云(い)って……」

「だって、誰も話してくれなかったのでしょう? 扱う言葉は同じはずなのに、貴方の──いや、貴方たちの声を、周りの人達は、誰も聞いてくれなかった」

「────……」

 不意に、頭の奥で、破鐘(われがね)のような罵声が響き始めた。
叫ぶ音、踏みつける音、殴る音、斬りつける音が、耳の底に蘇る。
唐突に迫ってきた記憶の濁流の中に、条太郎は、凡(あら)ゆる嫌悪と憤怒、痛苦と絶望、懊悩(おうのう)と疲弊、躊躇と決断を感じた。
受け入れられない、けれども、以前は確かに己の内にあった激情たちである。

 胸の内を灼く炎が、忘却していた鮮烈な感覚を炙り出す。
熱を纏(まと)った追憶の一矢が、ついに、脳髄を射った時──。
押し寄せる濁流を押し留めていたものが、条太郎の中で決壊した。

──帝都大「改新会(かいしんかい)」の悲劇‼︎
  官邸に押しかく学生運動家等
  異形によつて惨殺さる
   対異形防衛部隊(たいいぎょうぼうえいぶたい) 駆けつくが間に合はず
  遺体の損傷激しく 身元不明者多数
  構成員の無慮(むりょ)三十 餘(よ)名、以下に記す──

 条太郎は顔を上げ、新聞記事に手を伸ばした。

「……嘘だ……こんなもの、やはり嘘だ。僕たちは、異形に殺されてなどいない……っ」

「……何か思い出しましたか?」

 条太郎は、見出しの下を指先でなぞった。
帝都大生を中心に組織された学生運動団体、『改新会』の死した構成員たちの名前が、つらつらと書き連ねてある。
クレンデルの云(い)った通り、その中に、『千野条太郎』の名前が在った。
その上に、『弓持(ゆみのもち)龍之介(りゅうのすけ)』の名を見つけた途端、目から幾筋もの涙が溢れ出た。

 クレンデルは、愛おしげに目を細めた。

「……条太郎さんは、本当に優しい人ですね。自分が死んでいたことよりも、その人が死んでいたことの方が悲しいのですか?」

 条太郎は、ゆるゆると頭を振った。
嗚咽(おえつ)し、浅い呼吸を繰り返しながら、途切れ途切れに答えた。

「……友、だったのだ。僕にとって、この龍之介という男は、唯一無二の理解者であり、朋友(とも)だった……」

 染み出した涙が、ぽたりぽたりと、血溜まりに波紋を起こす。
彼──龍之介の真っ直ぐな声が、言葉が、まだ耳の奥に残っている。
流れる涙をそのままに、条太郎は、濡れた睫毛(まつげ)をしきりに上下させた。

「……龍之介は、友であるのと同時に、志を同じくした同志だった。共に命の平等を謳(うた)い、言論の自由を叫び、非暴力、非差別を掲げて、主張を続けた。気位の高い同窓生達に白い目で見られようとも、憲兵達に不当に暴力を振るわれようとも、決して諦めず、屈せずに……」

 条太郎は、それきり口を噤(つぐ)んだ。
随分と長い間、声を殺して泣き続けていたが、やがて噦上(しゃくりあげ)が治ってくると、眼鏡をとって、濡れた目元を拭った。

 条太郎は、不意に尋ねた。

「……クレンデル嬢。初めて家畜病院に来た日、僕が作為的だと誹謗(ひぼう)した、あの新聞記事を覚えているか」

「ええっと……ああ、陸軍大臣の倉持(くらもち)氏が殺害されたという、あれですか?」

「……そうだ。……実は、あの事件には続きがある。
記事が出た翌日に、倉持邸に仕えていた使用人の一人が、事件当夜、陸相(りくしょう)が息子である倉持(くらもち)辰巳(たつみ)と共に、邸(やしき)を出ていくところを目撃した、と新聞社に垂れ込んだのだ」

 クレンデルは、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「ということは……陸相(りくしょう)が深夜に人気(ひとけ)のない鶴田公園に向かったのは、息子である辰巳さんに誘われたからだったと?」

「恐らく、そうだったのであろうな。……そして、この倉持辰巳は、偽名を使って件(くだん)の学生運動に参加していた、帝都大の学生だ。
──その偽名が、弓持龍之介。我ら『改新会』の代表、活動の中心人物(リーダー)であった」

 条太郎は、ずずっと鼻を啜(すす)った。

「……倉持陸相(りくしょう)は、先の大戦で名を馳(は)せた軍人であり、現内閣においては、絶大な権力を持った政治家だ。その後継となるべき嫡男(ちゃくなん)が、現内閣の制度と政策を批判し、学生運動に参加しているなど、倉持家からすれば、とんだ醜聞(スキャンダル)となる。
……陸相(りくしょう)も龍之介も、それぞれ複雑な思いを抱えていたことだろう。互いの立場を利用して、父を、息子を、それぞれ陥れる方法もあったはずだ。だが、結論として、陸相(りくしょう)はあえて家名に泥を塗るような告発はすまいと、息子の活動を見過ごしていたようだったし、龍之介も、露見すれば必要以上に火種が広まることになると分かっていたから、弓持龍之介という偽名を使って活動していた。
その危うい関係が崩れたのは、僕らが学生運動を始めて、一年ほど経ってからのことだった。学外で[#ruby=引札_ビラ]を配っていた同志らが、憲兵達に取り締まられ、反逆罪で逮捕されたのだ。当然、僕らは不当逮捕であると訴えたが、取り合ってはもらえず、訴えた同志の中からも、また逮捕者が出た。なんとか逃れた者の中にも、死傷者が出ていた……」

 眼鏡を掛け直し、条太郎は云(い)い募った。

「耐えかねた龍之介が、憲兵隊を管轄する父、倉持陸相(りくしょう)に、自分が話をつけると云(い)い出した。僕は、そんなことをして大丈夫なのかと彼の身を案じたが、龍之介の意志は堅かった。息子の言葉であれば、陸相(りくしょう)も聞き入れてくれるやもしれぬから、と……。
そうして、関係者に盗み聞きされぬようにと、龍之介が陸相(りくしょう)を鶴田公園に呼び出したのが、あの事件当夜だったのだろう。しかし、結局その話し合いがどうなったのかは、僕にも、誰にも分からぬ。新聞記事の通り、陸相(りくしょう)は拳銃(ピストル)と血痕だけを残して消え去り、その日以降、龍之介も行方不明だからだ」

 クレンデルは、不思議そうに首を傾げた。

「となると、もしかして、陸相(りくしょう)を殺害したのは龍之介さんなのでしょうか。故意でなかったにしても、話し合いの末に口論になって、争いに発展してしまったとか」

「……そう思うのが、やはり順当なのだろうな。事実、使用人の垂れ込みを受けた新聞社は、後日、陸相(りくしょう)殺害の犯人は、異形ではなく、失踪した陸相(りくしょう)の令息、倉持辰巳であったと報じた。……僕も、一瞬そうではないかと疑ってしまった。激昂(げきこう)した陸相(りくしょう)に思わず反撃し、あのような凄惨(せいさん)な事件が起こってしまったのではないか、と……。
だが僕は、すぐに思い直した。少しでも、そのようなことを考えてしまった浅慮な己を恥じた。非暴力を謳い、麾(さしずばた)に言論を選んだ龍之介が、父を殺した挙句に死体を連れ去るような陋劣(ろうれつ)な真似、絶対にするはずがない。仮に傷害に繋がる何かが起きていたとしても、己の罪を逃れるために逃走することなど、全くあり得ない。彼の友として、それだけは断言する」

 クレンデルは、「……なるほど」と首肯した。

「では結局のところ、陸相(りくしょう)を殺したのは何者で、龍之介さんはどこへ行ってしまったのでしょうか? それとも、現場に残っていた血痕は、お二人のものだったとか?」

「……分からぬ、何も。龍之介は生きているのか、死んでいるのか。犯行は、やはり異形の仕業だったのか、あるいは、関係のない第三者の通り魔的なものだったのか。この記事に名があるということは、どこかで亡くなっていたことが発覚したのか……全てが、謎のままだ」

 条太郎は、苦々しく溜息(ためいき)を溢した。

「それから数日が経ち、新聞記者らが、弓持龍之介が倉持辰巳の偽名であることを突き止めてきた。そして、龍之介を含む我々学生運動家たちが共謀し、倉持陸相(りくしょう)の暗殺を実行したのではないか、と容疑をかけてきた。無論否定したが、新聞社には憲兵の息がかかっていたのか、記者らも学生運動を快く思ってはいなかったのか、まるで聞き入れてもらえなかった。既に反逆罪に問われ、獄中死していた千野勇太郎を父に持つ僕は、特に疑われたようだ。取り調べの期間は勾留(こうりゅう)され、後に停学処分となり、僕は、帝都を離れ、継母(けいぼ)の別邸に身を寄せることを余儀なくされた……」

 条太郎は、家畜病院の方に目をやった。

「此処(ここ)に移ってからというもの、僕は毎日のように、父が晩年隠れ住んでいたこの廃病院に通った。父と同じように勉強し、物思いに耽(ふけ)り、死を前にしても弾圧に膝を折らなかった父の魂に共感することができれば、最期の一声を挙げる勇気が、身の内に湧くと思った。──そして、僕は覚悟を決めた。
龍之介の無罪を訴え、この命を賭けて、我々の思いを人々に広める覚悟だ」

 条太郎は、ぐっと新聞を握った。
くしゃりと音を立てて、記事に皺(しわ)が寄る。

「僕は、同じく覚悟を決めた同志たちと、官邸前に集(つど)った。龍之介の無罪と、我々が行なってきた学生運動の正当性を、声高らかに主張するためだ。
怒り狂う憲兵達に殴られようとも、蹴り付けられようとも、暴力を返すことはせず、言葉だけで主張し続けた。ただ只管(ひたすら)に、どうか聞いてくれ、僕たちを信じてくれと訴えた。
……だが、やはり耳が傾けられることはなかった。剰(あまつさえ)え憲兵共は、湾刀(サーベル)を抜き、黙れ黙れと怒鳴りながら、無抵抗の我々を斬りつけたのだ。隣に立っていた同志が倒れた。僕は、咄嗟(とっさ)に抜刀した憲兵に飛びかかったが、僕も武器を持っていたわけではない。背後から走り寄ってきた別の憲兵に、胸を斬りつけられて、それで──……」

「……それで、条太郎さんは、死んでしまったのですね」

 条太郎は、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
想起された憤(いきどお)りと悔しさに任せ、新聞記事をぐしゃぐしゃに丸めると、条太郎は呻(うめ)いた。

「……我々とて、生半可な覚悟で、官邸前に集ったわけではない。直接的に憲兵達に抗えば、最悪殺されるかもしれない、という考えはあった。しかし、それでも良い、という覚悟で臨んでいた。何故なら、国家権力が弱者である学生達を虐(しいた)げる、此の国の真実を表した縮図こそが、強い言葉として、人々の胸を打つと信じていたからだ。
……それなのに……それなのに! 翌日に発行された新聞記事が、これか! ……はは、はははっ!」

 泣きながら哄笑(こうしょう)し、条太郎は、紙屑(かみくず)同然の新聞記事を、クレンデルの前に突きつけた。

「ほら、見てくれたまえ! これこそ虚構(デマ)、政府の印象操作による弾圧だ! 学生運動家たちは、示威(しい) (デモ)活動中に異形に襲われ、身元も特定できぬほど無惨に殺されたと書かれている! ああ、なんたる皮肉! 残忍な異形は一体どちらか……!
これで我々は、理不尽な弾圧の犠牲となった勇敢な学生運動家ではなく、異形防対法(いぎょうぼうたいほう)を立案した現政権の体制に反対した結果、異形に殺された、なんとも滑稽な死に様を晒した阿呆と世間に認識されたわけだ!」

 条太郎は、無茶苦茶に破った新聞記事を、乱雑に撒き散らした。
そして、獣のように唸(うな)りながら頭皮を掻き毟(むし)り、激しく血混じりの地面を引っ掻き、叩き、慟哭(どうこく)した。

「クソ……クソッ‼︎ どうすれば良かったというのだ……! 投資してきた思いや同志たちの犠牲を無かったことにして、理不尽さに耐えながら生きていけば良かったと云(い)うのか⁉︎ これでは、死んでも死に切れぬ! 僕達は、いつか必ず、命懸けの言葉が届くと信じて、ずっと……ぅう……っ」

 条太郎は身を丸め、喉を振り絞るようにして再び哭(な)いた。
クレンデルは、暫(しばら)く黙って彼の背を摩(さす)っていたが、ややあって、静かに口を開いた。

「……条太郎さん。前にもお話しましたが、私(わたくし)は勇太郎さんに、道に迷っているところを助けて頂きました。実を云(い)うと、最初は人攫(ひとさら)いかと勘違いしてしまったのですが、実際は、とても親切にして下さいました。その時の私(わたくし)は、今と同じ姿をしていたので、勇太郎さんの目には、一捻(ひとひね)りで如何様(いかよう)にもできる、弱々しい異国人の少女に見えたと思います。それでも、言葉が分からないならと絵を描いて、異人街の方へ案内して下さいました。
そんな優しい勇太郎さんが、なんだか偉そうな軍帽を被っているのを見て、私(わたくし)、予感したのです。ああ、人という生物は、これから何かを虐(しいた)げる強さ以外で、権威を示す時代を造っていくのだろうなぁ、と。今すぐには無理でも、変わっていくのだと。
これは、ものすごいことですよ。もう千年近く人間を見てきたからこそ、そう感じます。条太郎さん風に云(い)って、革命です」

 条太郎が、疲れ切ったような目で、クレンデルを見つめた。
その目を見つめ返して、クレンデルは清艶(せいえん)に微笑んだ。

「……私(わたくし)、やはり貴方とお友達になりたいです。私(わたくし)達が、同類だからというだけではありません。異形とか人間とか関係なく、貴方の声をもっと聞きたい、ちゃんと理解したいと思うからです。手を取り合って、同じ方向を見据え、志を共にする同志になりたいと思うからです」

 クレンデルは、紅い目を蕩(とろ)けさせ、条太郎の手を取った。

「だから、ね。条太郎さん、私(わたくし)たち、お友達になりましょう……?」

 気づけば、辺りは夜闇に覆われていた。
[#ruby=林中_りんちゅう]に蔓延(はびこ)っていた不穏な気配は、濃い血臭だけを遺して、いつの間にか消え去っていた。

 頭上でホウホウと啼(な)く、微かな梟(フクロウ)の声がした。
足元の茂みでは、気の早い秋虫がリィリィと啼(な)いている。
小さく戻って、よじよじと短(みじか)な四肢でクレンデルの肩上にありついたサチコが、「正義ハ此処(ココ)ニ在(ア)リ!」と鳴いた。



手を取り合つて「友」と云う 【完】


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