運命を糸に託せば
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「彼とわたしは、ほんとうに愛し合っていました」
その言葉から始まった彼女の想いは、強く、虚しいものだった。
――シビュラによる相性診断の結果は、何度やっても同じだった。不適合。要するに、色相の悪化に繋がる恐れ≠ニいうこと。だから彼女は別れを告げた。お互いの身を守るために。
「でも、好きだったんです、彼を。けれど、確かにサイコ=パスが悪化していきました。彼を愛すたび、私の色は曇っていくんです。だから、このままの関係ではいられないと思って……、」
涙を流しながら話してくれた。そんな彼女の背中をさすりながら、泣かないで、とは言えずに、ひたすらに言葉を待ち、泣き止むまでそばにいた。
自分は無力だと思った。体も心も、こんなに傷ついているのに、なにひとつしてあげられることなんてない。では、なんのために私は刑事をやっているのだろう。
誰もいない深夜の一係のオフィスで、私はガラス窓の側にひとり立ち、外をぼうっと眺めながら昼間のことを思い出していた。
人を好きになること。自由に恋愛をすること。昔ならそれが当たり前だったはずなのに、今は違う。シビュラというシステムが選んで、互いの色相が安定するための存在に適正を出す。私と、宜野座さんだってそうだ。そうやって選ばれて、適正が出たから恋人としてお付き合いをしている。要は義務感が伴っているのだ。彼にも私にも、根底にはそれがある。けれど、どうだろう。私は彼を男性として好きになっているのも事実だし、宜野座さんも決して私のことを嫌いではないということが、日頃から垣間見える。シビュラの判断はこうしたことも含めて、相手を選んでいるのだろうか? それとも適当に選出させ、錯覚させているのだろうか。
疲れも相まって、色相が濁りかけている気がする。念のためデバイスの簡易色相チェッカーで自身を翳すと、色相カラーはラベンダー。こんなときですらほとんど濁らない自分に苦笑した。考えてみればいつもそうだ。どうしてか、濁っているだろうなと思うときでさえ、濁らない。
今日はもう休もう、と振り返ったとき、真後ろに宜野座さんがいることに気づいて、驚いて声を上げた。
「あっ、」
「花坂」
宜野座さんは顔を伏せて、目を合わせずに「今日、行ってきたそうだな」と小さく呟いた。
「……はい。……私、ちょっと考えちゃいました。人を好きになること、愛するってなんだろうって。本気で好きになってしまった人と結ばれない世の中……これでいいのかなって」
「花坂。やめろ、君の色相が濁る」
「……やっぱそうですよね」
視界が歪む。宜野座さんが苦しそうな顔をしている。私ももしかしたらそんな表情をしているのかもしれない。
「ぎの、ざ、さんっ、」
だが、こんな世の中だとしても、私は目の前のこの男性を愛しいと思うようになったし、シビュラの判定を完全に否定することはできない。
涙が止まらない。呼吸がうまくできない。そんな私を、彼の腕がそっと抱き寄せた。やさしくも、しっかりと捉えて離さない。やっぱり男の人なんだなあ。思えば思うほど胸の奥がぎゅっと苦しくなった。髪を梳くように、なだめるように撫でてくれるので安心した。
「……ありが、とうござい、ます」
上手く言葉を紡ぐことが出来なくて、途切れ途切れになってしまったお礼に対し、彼はこう返す。
「構わない。おれ自身が放っておけないだけだ」
不器用だなあと少しだけ笑って、彼の背中に腕を回して抱きしめ返す。こうやってしっかりと触れるのは初めてかもしれない。宜野座さんからは甘い匂いがした。とても落ち着く、安心する匂い。
「宜野座さん。好き……」
夢でも幻でもなんでも、とにかく伝えておきたかった。私はこの人を愛している。気が付けば、いつしかこんなふうに愛すようになってしまったのだ。
「……おれもだ。君のことが頭から離れない」
そう言って宜野座さんは、より一層腕の力を強くして、背の低い私に合わせるように屈んで、髪にやさしくキスを落とした。