miel

運命を糸に託せば

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 ふたりのときは名前で呼んでくれ、と彼は呟いた。呼び捨てがいいというので、伸元≠ニ愛しくてたまらないその人の名を呼びながら、少し細身の彼の背中に腕を回す。キスのときに邪魔だから、と外した眼鏡をそっとテーブルの上に置き、そのまま彼の方からキスを求めてきたので応えれば、愛おしそうに髪をまぜられて、それからシーツの上にふたりして倒れ込んだ。

 緊張しているようだった。お互い初めてだった。

 何度もくちづけをしてからだ中が火照っているらしく、熱い。伸元はぎこちない手つきで私のシャツに手をかける。ひとつ、ひとつボタンを丁寧に外してゆくその前に、首筋にひとつ甘いくちづけを落として、鎖骨には強く吸い付いて、ちくりと赤く跡を残した。
 そうやって始まったふたりの密かな夜。互いの体温で溶け合うように、抱きしめながらひたすら相手を求める。繰り返されるキスはみるみるうちに深いものになっていき、舌と舌を絡めてみると恥ずかしくなって、伸元はくすりと笑った。

「……どうかしましたか」

「いや。おれも結局、ただの男なんだなと思ってな」

 言葉の意味がよくわからなくて返事に困っていると、「何でもない」と彼は呟いて、そのまま手の甲でそっと頬を撫でた。
 そこからはひたすら行為に酔いしれて、無我夢中でただ欲のままに私は彼を求めた。すべてが心地よかった。もっともっと肌を触れ合わせていたくなった。
 じっくりと私を解した後、初めてひとつに繋がったときの伸元の、少し切なそうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。同時にとても扇情的で、私の胸の奥はぐちゃぐちゃになった。泣きそうなくらいに愛しくて首に腕を回して、ぐっと距離を縮めてみせて「好き、」とこぼすと、伸元は私の首元に顔を埋めて愛しくてたまらないというふうに「ああ、好きだ」と返してくれた。最初は痛かったそれさえも、丁寧に溶かされてゆきながら慣れてくればすべて快感に変わった。自然と漏れる声に応えるように彼は私が感じるところを探しながら攻めていった。苦しくてでも気持ちよくて、一度達してしまえば、私の汗で濡れた前髪をそっと指ではらってから、荒い呼吸の中くちびるをまた重ねる。

「んっ、のぶちかっ、」

「っ、……おれはまだなんだが?」

 意地悪な笑みを浮かべた伸元が、更にからだを揺らす。攻められて攻められて、堪らなくて彼にしがみつきながらそれを受け止め、とうとう同時に果てて、力尽きた。そのときの彼の微笑みを、私はきっとずっと忘れられないだろう。



 くたくたになってそのまま眠ってしまったらしい。シーツの擦れる音で目を覚ました。目の前には穏やかな表情で目を瞑る伸元がいた。乱れた黒髪が顔を隠しているが、ぐっすりと眠っているようだ。その長い腕は私を抱きしめるように伸びていて、触れている肌から彼の体温が伝わってきて温かい。とても安心するその温もりに身を委ね、微睡んだ視界をまた眠りの世界へ戻そうとしたとき、どちらかの監視官用デバイスがコールを告げた。
 さすがと思うほど早く、伸元は反応して腕をデバイスに伸ばし、「おれだ、」と寝起きとは思えないほど普段通りのトーンで返す。

「こーんな夜中で悪いんだけど、事件よ。二係から応援要請」

「……わかった、支度ができ次第そちらへ向かう」

「りょーかい。あかりちゃんとお楽しみのところ、お邪魔してごめんねえ」

 電話は志恩さんからのようだ。今日の当直の監視官がいるはずなのに、当直明けのこちらまで呼び出しとは何事だろう。彼が起き上がって手探りでシャツを探す中、私も起き上がってベッドサイドのランプを灯す。

「……すまない、起こしてしまったか」

 眩しそうに目を細めた伸元に向かって、ううん、と首を横に振る。

「事件なら、私も行きます」

「……疲れているところに申し訳ない。頼めるか?」

「勿論です」

 シャワーを浴び、軽く化粧をして身だしなみを整える。伸元もあっという間に監視官の彼の顔になっていて、つい数時間前の彼を忘れてしまいそうなくらいだった。
 余韻に浸る間もなく、彼の車に乗って公安局まで向かう。道中、自分の髪から香る彼と同じシャンプーの香りに心拍数が上がってしまったことは内緒だ。



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