運命を糸に託せば
3
――疲れた。
本心から出た感想がそれだった。
あの後二係の青柳監視官と合流し、パラライザーをくらって気絶したままの潜在犯をドローンで運び、全員護送車へ乗せ、とりあえずの仕事は終了した。
公安局へ戻る頃には、もう朝日が昇っていた。休憩所の大きな窓から見える、そびえ立つビル群の隙間から射し込むそれがあまりに美しくて、思わず溜息が漏れた。
「疲れたか?」
ぽん、と頭に手を置かれ、声のした方を向いた。休憩、とひとりで抜け出してきたはずが、いつの間にか隣に伸元が並んでいたのだ。
「はい。ろくに眠っていないからか、ちょっと眠いです」
「……そうだな。おれもだ。まあ、君よりは慣れているが」
ふふ、と笑って彼を見上げると、気が抜けたのかあくびが出た。仮眠を取ろうかなと思うくらい、疲れていて眠い。きっと昨晩彼と触れ合って、慣れない行為をしたせいもある。さらに、眠いせいで彼の温もりがどうも恋しい。触れたくなってしまうな。
「宜野座さん、ちょっと抱き着いてもいいですか?」
「は? な、なんだ急に」
「だって、昨晩あなたに触れてから、余韻に浸る間もなく出動でしたし。ちょっとさみしいです」
「仕方ないだろ、それは……!」
彼を少しからかいながらテラスへ出て、備え付けのベンチに腰を下ろし、隣に座るよう促す。納得がいかなそうな表情のまま、しかし私と似たような気持ちなのか、素直に彼はついてきて、隣に座った。長い前髪から覗く双眼と目が合うと、衝動的に腰に腕を回して横から抱き着いた。首元に顔をうずめると、いつもの伸元の匂いがして安心する。
「……見られたくないし、誰か来たら離れるぞ」
「いいじゃないですか、バレても。どうせ、結婚するんですし、バレますよ」
「そういう問題じゃない。いくら休憩中でも、職場でこういうことをしてるとバレたら、面倒だろ」
「さすが、真面目ですね、監視官は」
「からかうんじゃない」
そう言いながらも腕を回してぎゅっと抱きしめ返してくれるあたり、とても素直だ。そういうところが可愛らしいなと思う。髪が顔に触れてくすぐったかったので、腕の力を緩めて至近距離で顔を見つめて、前髪を避けてみる。少し嫌そうに伸元は顔をしかめたので、「どうして、顔を隠すように髪を伸ばしているんですか?」と以前から気になっていたことを訊いてみた。
「……自分の顔が嫌いだからだ」
「どうして」
「あいつに似ているからだ。特に目元が」
あいつ? 一瞬だけ疑問に思ったが、すぐに誰かわかった。征陸執行官だ。言われてみれば、目元はとても似ている。しかし私は、そんな彼の目元が大好きだった。でも、それを言ったらきっとものすごく怒るだろうから、それは一生言えないかもしれない。
「だから眼鏡を?」
「……ああ、そうだ。別に視力は問題ない」
不機嫌そうな顔をしたので、可笑しくてつい笑ってしまった。私よりだいぶ大人だと思っていた彼の、子どもらしい一面がいとおしかった。いとおしかったので、つい、そのくちびるにキスをしてしまった。伸元はわかりやすく抵抗する。
「馬鹿っ、おれは仕事に戻るぞ! 寝ぼけているのなら仮眠室で寝ろ」
焦って顔を赤くした伸元が私の鼻をつまんで抗議した。抱きしめることは許してくれたのに、キスは駄目だったらしい。からだに巻き付く私の腕を剥がすと、「そういうのは職場ではするなよ!」と念を押して、眠気覚ましのためか自動販売機でコーヒーを買ってオフィスフロアに戻って行ってしまった。
暫く私は動けなかった。言い訳が許されるのなら、彼とのキスがとても心地よくて、どうにもからだがいうことをきいてくれなかったから、だろうか。