運命を糸に託せば
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「結婚⁉」
目の前にいた女性二人は、歓喜と驚きが混じった声を上げた。第二当直勤務に差し掛かる少し前、私は時間を持て余して志恩さんのもとへと足を運んだ。そこには先客として六合塚さんがいたので、ガールズトークという形で私はそれを話したのだ。
「プロポーズされたんです。宜野座さんに」
「へーえ! やったじゃない! 意外とやるのね、宜野座くんったら」
「……驚いた。恋愛に関してはこと鈍感そうな宜野座監視官が、もうそこまでしていただなんて」
驚いたのは、私も同様だ。しかしあの夜、あのプロポーズを受けて、私は二つ返事で頷いて、当直明けということもあり、そのままふたりして彼の部屋になだれ込んで行為に及んだのだ。後者に限っては半分勢いで私は彼とからだを重ねたのだから、長く伸元を知る彼女たちにとっては驚き以外の何でもないだろう。
志恩さんが特に嬉しそうに、私の髪をわしゃわしゃ撫でまわしながら(動物にやるそれみたいに)、「で、なになに〜? いろいろどうなってるわけ? お姉さんたちに聞かせてよぉ」と心底楽しそうに問うてくる。
「いやあ、実は、勢いで、その、……しました。なんか、彼の方から求めてきてくれたので、嬉しくて」
「それはレアじゃない? セックスには無関心そうな宜野座くんからなんて……よっぽどあかりちゃんが可愛かったのね」
そういう言われ方をすると、返答に困る。だんだんと顔に熱が集まるのがわかって、下を向いてしまうと、六合塚さんが微かに笑った。
「相手のことだけを考えて、想って、無我夢中にするセックスほど気持ちのいいものはないと思うわ」
「なあに弥生、アタシにもいつもそうしてくれてるわけ?」
「……志恩。ちょっと黙ってて」
六合塚さんからそんな言葉が聞けるなんて思わず、ポカンとしてしまった。確かに、気持ちよかったのは事実だ。だが、初めてだったのもあり、やはりそこまでのめり込むこともできなくて、お互い手探り状態だったのも事実だ。しかし、あの時の彼の顔はしばらく忘れられないだろう。あんなに苦しそうで、愛しそうで、気持ちよさそうな伸元の顔は、私だけしか見たことのない特別な――、これ以上は思い出すといけない。
「結婚式は挙げるの?」
「まだ、そこまでは。とりあえず、今度ふたりの非番が重なったら、籍を入れに行くつもりです」
「あら、いってらっしゃい。そのままデートして、またセックスしちゃいなさいよ」
「……それは、そのときの気分ですね」
あら真面目、と志恩さんはおどけてみせたが、やがて真剣な表情に戻る。そして、私に言った。
「幸せになるのよ、あかりちゃん」
私はその言葉に、大きく頷いた。嬉しくて、少しだけ涙が出た。
「幸せになれよ」
狡噛さんも、私にそう言った。
宜野座さんとは長い付き合いの彼なりに思うところがあるのか、嬉しそうな、少し複雑そうな表情を見せながら、「あいつは」と切り出す。
「繊細で、さみしがりやなところもあるし、生真面目で……結構いろいろ抱え込んじまうからな。でも最近はあんたがいい相談相手になっているみたいだし、以前ほどひとりで抱えて苛立つこともなくなったんだ。花坂、あんたのおかげだろう。俺も嬉しいよ」
「狡噛さん……」
「にしても、あのギノが結婚か。想像がつかんな。あまりそういうことに興味があるようには見えなかったから、尚更な。まあ、これも運命ってやつだろう。神託の巫女によって導かれた、運命の糸――か」
狡噛さんはほんの少しさみしそうに笑った。素直にお礼を伝えれば、煙草を手にしながら再び私へ視線を戻す。
「あいつを支えてやってくれ。これは俺からのお願いだ」
そして、何かを思い出したようにふと口にする。
「……そういえば、話は変わるがこの前、ギノが局長に呼ばれていた件で、あいつ、何か言ってなかったか?」
「あ、はい。あの、実は」
私は先日、彼から聞いたことを狡噛さんに話した。シビュラの適性によって結ばれた私たちの仲だが、なぜか局長には「職場での恋愛関係は公私混同だ」と注意を受けた、ということ。別にそれだけと言ってしまえば、それだけだ。しかし、妙だなと思えば思うほど、わからなくなる。
だって、シビュラの判定は絶対だ。それを良しとしないような局長の見解に違和感を覚えるのは当然だった。
「なるほどな……」
狡噛さんはそう呟いて暫く黙ったままだった。何か思うところがあるのだろうか。だが私は、なんとなくそれを訊くことができなかった。
「狡噛、ここにいたのか」
そこに伸元がやってきた。私とふたりきりで話していたのに気づくと、少しムッとしたような表情をして、「ちょっと来い」とふたりでどこかへ行ってしまった。私に聞かれたら困る話でもあるのだろうか。まあその逆もあるのだから、私も人のことは言えないのだが。
オフィスの隅っこにある、備え付けのコーヒーサーバーを操作してコーヒーを淹れる。今はとても糖分を摂取したい気分だったので、砂糖をいつもより多めに入れた。