miel

運命を糸に託せば

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 数日後、私は彼に食事に誘われた。
 彼の方からそうやって誘ってくれるなどということは滅多にないため、ほんの少し身構えてしまう。しかし、プロポーズなら先日受けたし、特に深い意味は無いだろうと、あまり考えないようにする。

「忙しいのにすまないな」

「いいえ。伸元との食事なら、喜んで」

「……あまりからかうな」

 くす、と彼は苦笑した。
 どうしても公安局からそのままの足で行くことになってしまうので、コスデバイスを駆使し、きれいめの白いブラウスに膝下のタイトスカート――という感じで、微かだがおしゃれをした。メイクだって治したし、くちびるもピンク色を塗り直した。彼は気づいているのかいないのか、恥ずかしいからなのか何も言ってはくれないけれど。
 伸元もさすがに真っ黒なスーツというわけにもいかなかったのか、私服のホロを被せている。なんだかんだあまり見る機会がないので、新鮮だ。
 彼は自分で運転するのが好きだ。自動運転機能があるにも関わらず、わざわざハンドルを握る。だから邪魔しないように。私は膝の上でバックを抱えて、流れていく景色を見つめる。東京の夜景は綺麗だ。しかし、それは晴れた日に限っての話。雨の日は性質上水に弱いホログラムがうまく作動しないので、建物の外観が剥き出しのままというのがほとんどなのだ。そうなると、窓から溢れる光のみで彩られることになる街の色は、一気に暗くなる。仕方がないとわかってはいるが、少し不気味だ。

「君が何が好きなのかよくわからなくてな……とりあえず、女性に人気らしいというレストランを選んだんだが」

 連れてこられたのはシックな外観にシックなインテリアのレストラン。全体的に黒を基調とした高級感のある店内で、ところどころ装飾が目立つおしゃれな雰囲気だった。普段こういう高級そうなところに食事など来ないため、どことなく緊張する。
 受付ドローンに案内された窓際の席へ座る。革のソファはふかふかだ。

「なんだか緊張しちゃいます」

「……緊張?」

「はい。だって、こんなところで食事だなんて、何かあるんでしょう?」

 彼の瞳が左右に揺れる。――やっぱり、図星だ。
 わかりやすい人。胸中で呟いて、下を向いてしまった彼のつむじを見つめながら、彼が何かしらの行動を起こすのを待つ。やがて、ワインを模したノンアルコールのドリンクが運ばれてくる。グラスが置かれ、そこにそれは注がれる。どうやら、コース料理を予約の段階で指定してくれたようだ。
 ドローンがいなくなると、彼は小さな箱を取り出す。赤い、小さな正方形の箱だ。

「開けてくれ」

 予感はしていた。正直、これは形式上だったとしても必要なものだと思ったから。
 そっと手に取り、やさしくそれを開ける。中には―ダイヤモンドが輝く、シルバーのリングがある。

「この間、勢いで君に……その……プロポーズをしてしまったんだが、こういうことは大事だと思ったんだ。気に入ってくれるかはわからないが、シンプルなものを選ばせてもらった」

 伸元の頬がみるみるうちに赤く染まっていく。目を合わせたいのに、恥ずかしいのか、彼の視線は逸らされたままだ。
 ちゃんと伝えたいから、こっちを見てほしい。指輪をゆっくりと手に取り、左の薬指にはめる。きらきら、うつくしい。

「伸元」

 手のひらを彼の前にかざしてやっと、切れ長の目がこちらを見た。その視線はもう、離してやらない。

「うれしいです。ほんとうに、うれしい。ありがとうございます……一生大事にします」

 それと。頬が熱くなって鼻の奥がツンとしたが、構わず我慢して言葉を紡ぐ。

「こんな私でよければ、結婚してください。私は、あなたと一緒に生きていきたいです」

 そこまで言ってようやく、伸元は張り詰めた糸が切れたみたいに頬を緩めた。笑ってくれたのだ。
 ワインのことを忘れていたので、慌てて乾杯をして口にする。それを皮切りに、順番に料理が運ばれてくる。ふたりでゆっくりと他愛のない話をしながら、あじわうように少しずつ食べ進めていく。そうしているうちにようやく、安堵したのか彼の表情が穏やかになったのを見て、私自身も安堵する。その表情のすべてが、いとしくて苦しい。
 あらためて。素敵だな、好きだな、と思う。

「ひとつ、お願いというか」

 気持ちが落ち着いたのか、伸元は思い出したかのように言う。

「なんですか?」

「夫婦になるんだ。敬語はやめてほしい。……なんというか、フェアじゃない気がする」

「そういうことならそうします。……ありがとう」

 指先で光るリングを見つめながら大きく頷くと、彼は再び頬を紅潮させて眉尻を下げて笑った。



「遅くなってしまってすまない」

 レストランを出るなり自宅まで送ってくれた。時刻は22時を回っていた。だからなのか、彼は申し訳なさそうにそんなことを言うのだ。私は首を大きく横に振って、何度目かのお礼を告げる。

「大丈夫。伸元こそ気をつけて帰ってね」

「ああ、ここからは自動運転で帰るよ」

「明日の日勤も、よろしく」

 見つめ合って、お互いに微笑んだところで、やんわりと抱きしめられる。やっぱり彼は触れたがりだ。そういうところも含めて、彼のかわいらしさにいたたまれなくなる。互いの心臓の音が聞こえるようだった。抱きしめ返すと、長い指がそっと耳に触れた。思わず顔を上げる。

「おやすみ、あかり」

「……おやすみ、伸元」

 触れるだけのキスを交わすと、左手の指輪の存在を確かめて、彼は口元を綻ばせる。――やがて長い腕が名残惜しそうに離れていく。
 明日また会うのに、こんなにも離れたくない。
 だからなのか……ゆっくりと走り去る彼の青い車が見えなくなるまでずっと、見ていた。

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