運命を糸に託せば
7
先日の違法ドラッグ所有の事件は、パラライザーで確保した潜在犯からの聞き込みでいくつかの手がかり、出処が判明したのち、収束した。
やはり犯人は独自の貿易ルートを使っていて(例えば正規輸入品に混ぜていたりだとか)、海外からの不正薬物を手に入れていたという。それによる色相悪化は当然のものだ。
刑事課の面々は、これが解決という形を迎え、ひと段落というふうに各自休息をとった。しかし伸元は報告書と向き合っているので、私に構う余裕はなさそうだった。コーヒーを差し出し、「食事行ってきますね」と私は席を立つ。
食堂の窓際の席が好きで、いつも私の特等席は決まっていた。今日は久しぶりにラーメンではなく、うどんの気分だった。そういえば、伸元の前でカレーうどんを食べると何故か怒ったっけ。
「ここいいっすかぁ?」
カタン、と椅子がひかれると、コーヒーを手にした縢くんが向かいの席に座る。
「どうぞ。縢くんもおつかれさま」
「あかりちゃんこそね〜。にしても、これでやっとゆっくり寝られるってもんよ」
やれやれといったような顔で縢くんは頬杖をつく。そういえば、こうして彼とふたりきりでしっかり話すのは初めてかもしれない。
「まあ、俺はひとり寂しく寝るけどさ。あかりちゃんはギノさんとふたりで仲良く眠るんでしょ〜? 結婚するなら毎日? すげえなあ」
「……うーん、そうなるのかなあ。実感無いけど」
「おいおい、そこはちょっとくらい否定しようぜ? せめて突っ込むとかさ」
冗談なのか、本気なのかわからない縢くんの返答に声を出して笑う。
「ってかさあ、ずっと気になってたんだけど。あかりちゃん、ギノさんのどこをいいと思ったわけ?」
「どこ、ねえ。そう言われると難しいなあ」
仕事中の伸元の言動や態度は、どれも厳しいものが多い。しかしプライベートではそうでもない。オンとオフの切り替えなのか、なんなのか。特にダイムへ接する彼を見ていると、本当に同じ人なのか不思議に思えてくるくらいだ。あとは、案外やさしいところとか、伝わるぬくもりが安心するとか、そういう、いまいち言い表しようのないものばかりが浮かんでしまう。
「……知れば知るほど、好きになっちゃうんだよね。こういう顔もするんだ、とか。こんなところにもやさしさがあるんだ、とか。普段あんな感じだしこわく見えるけど、きっとそれは彼が気を張っているからというか……、」
思い浮かべると頬が緩む。いつからこんなに彼を愛すようになったのだろう。
縢くんはじっとこちらを見つめ、「なるほどねえ」と含み笑いをする。
「俺は、心から人を愛したことがないからわかんねえけどさ、あかりちゃん見てるとそういうもんなのかなって、わかったような気になるよ」
幸せそうでよかった、だなんて。そうはにかむ縢くんがとても大人っぽく見えた。潜在犯の彼には絶対に叶わないことなのが私には悔しくて堪らない。同じように、彼にも幸せになる権利があったはずなのに。―少なくとも産まれたときには。
「あかりちゃん、征陸のとっつぁんにも報告しただろ? 俺さ、その後とっつぁんに会ったんだけど、とっつぁん男泣きしててさ。伸元に愛する人が出来て、その人と幸せな人生を歩んでくれるなんて、これ以上嬉しいことはないってさ……」
「征陸さん……」
「それ聞いてたら俺も泣けてきちまって。ほんっとずるいよな、親子って」
手元のコーヒーカップに砂糖を注ぎ、くるくるとかき混ぜながら縢くんは言った。それを聞いて、私も目頭が熱くなった。
「ありがとう、縢くん」
何がだよ、と彼はわかってないふりをしてはにかんだ。私はそこから暫く涙が止まらなかった。
昼下がり、私は局長から呼び出された。
禾生壌宗―公安局局長から直々に呼び出しなど、着任したとき以来のような気がする。一係に何かあったときなどは全て伸元が対応してくれていたので、局長に会うのがこんなに緊張するなんて……と、改めて彼の存在の大きさを実感した。
失礼します、と入室をすれば、局長はデスクに座っていた。私はその前まで歩み寄ると背筋を正して彼女の言葉を待つ。
「君の仕事ぶりは宜野座くんから聞いているよ。新人監視官にしては、よくやっているようだね」
「……恐縮です」
不敵な笑みが張り付いたような顔に少しだけ怖さを感じた。あまり表情が変化しない、だからこそ感情が読めない。
「本題に入ろう。君は共に一係を率いている宜野座くんと籍を入れたそうだが」
「はい」
「公私混同は慎むように、と私は宜野座くんに伝えたはずだが、どうやら聞いてもらえなかったらしいな」
「……ご存知でいらっしゃると思いますが、私たちが結ばれるよう適正を出したのはシビュラシステムです。彼も私も、システムに従ったにすぎません」
「……なるほど」
局長は眉をひそめた。
この人の目的はなんだ? 私たちはシビュラシステムが導き出したものに従った。そして、結果として彼にも私にも幸福をもたらしているのだ。なのに、どうして彼女はそれを認めないのか。
「それに、公私混同をしているつもりは一切ありません。彼との関係はあくまでプライベートで、という形でやっていますので」
「そのわりには、普段から行動を共にし過ぎではないかね」
「 同じ一係の監視官といることに、何か問題があるのでしょうか?」
「……いや、」
「彼との関係を、周りに対してどう思われるかという点で注意≠オて下さっているのなら受け止めるつもりです。ただその言い方ですと、それ以外に何かあるように聞こえてしまいます」
すっぱりと言い放ったそれに、局長は私を睨むような目をした。人のそれとは思えない冷たさが突き刺さる。伸元もこんな怖い思いをしていたのだろうか。もしかしたら、そうまでしてこの関係について局長の意見に反論していたのかもしれない。考えるほど悔しくて拳を握った。
「……まあ、良い。せいぜいふたり仲良くやることだな。これ以上私に言うことは無い。だが、この件に対しての私の意見を、君たちは肝に銘じておくように」
「……かしこまりました」
本当は何も了解などしていない。しかし今この場を切り抜ける術は、これしかなかった。