miel

運命を糸に託せば

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 昨晩は眠れなかった。
 今日は第二当直なので、午後からの出勤なのが救いだった。そして、なんとなく宜野座さんに会いにくい。しかし、会わなくてはならない。それにしても、よりによって何故彼が。今の状況では、彼とそうなるなんて、全然想像がつかない。
 何より――むしろ苦手だと自分では思っているし、彼にそういう気がないであろうこともわかる。
部屋の内装ホログラムをオンにして、窓を開ける。春の生暖かい風が髪を揺らす。彼氏が欲しいとは思っていたが、こうなると、少しだけ億劫だ。

「宜野座伸元監視官……ね」

 ひとりでに呟いて、溜息を吐いた。

 午後、一係のオフィスへ入ると、六合塚さんがいた。「おはようございます」と言ってくれたので、あいさつし返して、デスクへ腰かけた。隣のデスクは無人で、午前で上がったらしい彼の気配もすでになかった。

「先日の事件のデータの解析、終わりました」

 そう言って報告書を私へ転送した六合塚さんがちら、と私を見る。

「花坂さん、何かあったんですか?」

「へっ」

 顔に出ていたのだろうか。彼女は少しの間をおいて、口を開く。

「なんだか、落ち込んでいるふうに見えるので」

「そう、ですか?」

「はい」

 私の性格上、嘘はつけない。ましてや、相手が女性となれば、尚更だ。少しだけ考えて、うーん、と唸ってから、彼女を見つめる。

「六合塚さんは、シビュラの相性診断って受けたことあります?」

「……いえ」

「私、昔から定期的に受けてるんですけど、昨日、ほんの気まぐれで受けてみたら、相手が……」

 六合塚さんは、じっと私を見つめて次の言葉を待っている。言いにくいな。でも、彼女が周りに言いふらすような人じゃないことはよく知っているつもりだ。

「宜野座さんだったんです……」

 意を決して告げたその人物の名に、普段あまり表情の変わらない彼女でさえ、長い睫毛が映える大きな目を見開いて固まってしまった。ああ、どうしよう。
 慌てて椅子から立ち上がり、顔の前で両手をぶんぶん振って彼女に謝る。

「す、すみません。驚かすつもりはなかったんですけど……その、私自身もびっくりしすぎちゃって……ちょっと信じられなくて」

「そんな。こちらこそ驚いてしまってすみません。でも、シビュラが選んだということは、きっとしっかり意味があるはずですし……きっとそういうことなんだと、思います」

 必死にフォローしてくれるのが申し訳なくて、でも少し恥ずかしくて。
 これは女子同士の秘密ですよ、と言うと六合塚さんは柔らかく笑った。

「……恋愛相談なら、志恩が喜んで聞いてくれると思いますが」

 何を思ったのか、六合塚さんはそんなことを言う。えっ、と無意識に声を上げて、目を瞬いて彼女を凝視する。

「私から、話しておきましょうか?」

 実際、誰かにこの話を聞いてほしいという気持ちはあった。せっかく相性がいいと出ているなら、彼とうまくやる算段を練らなければならない。六合塚さんなら志恩さんと深い仲なので、その方が気楽と言えば気楽な気もする。

「……ご迷惑をおかけします」

「構いません」

 六合塚さんにぺこりと頭を下げれば、案の定彼女は頷いてくれた。
 こんな姿、宜野座監視官に見られたら怒られるだろうな、と思いながら。


「あら、こんばんは、あかりちゃん」

 夕食を簡単に済ませ、分析室に出向くと、唐之杜志恩さんが迎えてくれた。相変わらずの美貌に、金髪がよく似合う。ルージュの塗られた赤いくちびるから吐き出される煙も様になってしまうような女性だ。

「お疲れ様です。データの方、どうなってます?」

「出来てる出来てる。むしろ待ちくたびれたところよ」

 ふふ、と笑ってソファに座るように促す。長い指でキーボードをたたいて、出された画面の説明を受ける。どうやら、終わりが見えてきた。
 ありがとうございます、とお礼を告げて退室しようとしたとき、「ちょーっと待ったあ」と呼び止められ足を止めると、志恩さんはくるりと椅子ごと振り向く。

「弥生から聞いた。なに、宜野座くんとの適性が出てるんだって?」

「……そう、なんです、実は」

 もう彼女の耳に入っていたのか。さすが、恋人関係にあるというふたりである。休憩の時にでも話をしたのだろう。
 苦笑しながら答えると、志恩さんはわざとらしく悲しそうな顔をしてみせる。

「やぁねぇ、教えてくれないなんて。アタシ、そういう話大好きなの」

「いやあ、でも、あの宜野座さんですよ? ちょっと信じられないというか、想像もつかないというか……」

「そう? 彼、案外やさしいトコあるし、アリだと思うけど」

「そうでしょうか……」

 やさしいのは薄々感じてはいる。が、どうにも、恋人だとか、そういうふうになるのは想像がつかない。最も、彼の意思も大事なので、そうなると決まったわけではないが。

「あかりちゃんはまだ付き合いが浅いからねぇ。でもアタシは、あの生真面目さ、悪くないと思うけどな。それに、実は結構美男子なのよ。眼鏡してるから気づきにくいけどね」

「宜野座さんが、美男子? 全然考えたこともなかったな……」

「明日会ったら、ちゃんと顔見てみなさいよ。恥ずかしがらずに」

「別に恥ずかしがってるわけじゃ……! ただ、なんかこわくて」

 そう言うと、彼女は瞠目した。不意に開いたくちびるの間からタバコがポロリと落ちる。私はそれを慌てて拾って彼女に手渡したが、すぐに灰皿に押しつぶされてしまった。

「ま、わからなくもないわね」

 再び笑って、志恩さんはまたタバコを取り出し、火をつける。

「よく慎也君がスパーリングの機材を壊すんだけど、その件でいつもお世話になってる管財課の事務の女性陣に人気があるってくらいには、彼は美男子だし、実はモテる。知らなかったでしょ?」

「ええっ、全然想像つきませんね……、まあ、みんな普段の怒りっぽい宜野座さんを知らないからじゃ……」

「うん、それはあるかも」

 にっこりと楽しそうに笑いながら志恩さんは煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。普段関わる人の中で、彼女がいちばん話しやすく、冗談も通じやすい気がしていた。こうして笑いながら話せる数少ない人だ。

「まあさ、何かあったら、いつでもお姉さんが相談に乗ってあげる。だからそのときは頼って頂戴」

 その言葉に大きく頷いて、はい、と答えると、志恩さんは軽くウインクして返した。

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