miel

運命を糸に託せば

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 今日の宜野座さんは一段と機嫌が悪い。
 それを態度に出しているわけではないのだが、纏うオーラが違った。イライラしてるな、と。
 何があったかは知らない。ただ、征陸さんがさみしそうに笑っているので、きっとこのふたりの間で何かがあったのだろうと思う。ふたりが親子だということは、つい最近知った。何気ない会話の中で聞いてしまった。苗字が違うから、気が付かなかった。そう言われてみれば、目元なんか、なんとなく似ているかもしれない。
 狡噛さんが気を利かせて宜野座さんを引っ張って連れて行った。なんだかんだふたりとも仲が良いように見える。

「あーあ、ギノさんの機嫌、直んないっすかねえ」

 そう嘆いたのは縢くんだ。

「まあ、俺のせいだ。迷惑をかけたな」

 征陸さんがまたさみしそうに言う。詳しいことはなにひとつ知らない。けれど、ただの親子喧嘩――で済むようなものでもなさそうだ。
 今までも何度か宜野座さんがイライラしているときがあった。あのときももしかしたら征陸さんと何かあったのかもしれない。今思えばそうだ。

「まあ、みなさん人間ですから、仕方ないですよ」

「あかりちゃんは偉いねえ」

 相変わらずの調子で縢くんは言う。これが本音ではなくからかいであることも、私は察した。しかし、私はそれに曖昧に笑って無言で返した。

「宜野座さんのことは狡噛さんがきっと何とかしてくれますよ。みなさんは仕事に集中してください」

「悪いなあ、ほんと」

 征陸さんは気負っている様子で私に謝った。とんでもないですよと返して、また目の前の仕事に戻る。さて、ふたりが戻ってくるまで……というか、戻ってきた後、大丈夫だろうか。


 PM7:45
 公安局のビルの休憩テラスで、気分転換のために夜風に当たっていると、後ろから誰かが近づいてくる気配と足音がした。振り向くと、そこには宜野座さんがいた。

「あ、宜野座さん」

「昼間はすまなかった」

「いえ。そういうときもあります」

 そういえば、例の診断を受けてから、彼とまともに会話をしていない。結果のせいでどことなく意識してしまうというのと、どうにも未だに苦手意識が抜けないから、というのがあるからだった。
 宜野座さんは私の隣に並んで立つと、柵に手をかけて遠くを見つめる。長い前髪が風に揺れる。志恩さんの言葉をふと思い出し、横顔を盗み見る。すっと通った鼻筋、長いまつげ、一文字に引き結ばれたくちびる――それらすべてが、彼の少し憂いを含んだ表情と相まってとてもよく似合っていた。そんな彼は、このビルばかりの景色を見つめ、何を思うのだろう。

「なんだ?」

 見つめていたのがバレて、彼が僅かに眉根を寄せてこちらを向いた。眼鏡越しに見える切れ長の目が、美しいと思えた。

「……すみません。なんでもない……です」

「……そうか」

 無意識に見とれてしまっただなんて口が裂けても言えるわけがなかった。ところで、どうして宜野座さんはここへ来たのだろう。

「そういえば宜野座さん、私に何か用でも?」

「い、いや。そういう訳ではないんだが……」

「あれ、違うんですね」

 なあんだ、と漏らして手すりを持って体重を後ろに預ける。手をめいっぱい伸ばすような格好になって、軽く伸びをしている気分になる。日頃のデスクワークで凝り固まった筋肉がほぐれる気がした。
 それを見て宜野座さんは微かに口元を緩める。

「君が入ってひと月ほど経っただろう? 何というか、おれが公安に入ったばかりのころよりよほど上手くやっているなと思って」

「どうしたんです、急に」

「……別に」

 こうして話していると、なんとなく錯覚してしまう。彼、悪くないかもしれない、と。意外にも、こうやってさりげなく褒めてくれたりするところも。夜なのに暗くない東京の空を見上げて、何気なく私は訊いてしまう。

「宜野座さん、シビュラシステムの相性適正診断って受けたことありますか?」

「……それは、結婚などのパートナーを探す診断のことか?」

「そうです」

「……ないな。あまり必要性を感じない」

 彼はまた遠くを見る。一度こちらを向いてくれたのに、またビルのそびえ立つ景色に目を向けてしまう。

「実は私、定期的に見てるんですけど」

 ああ、と相槌を打ちながら、しかし顔は向こうを向いたままだ。

「先日出た結果が……」

 ピピピ、とふたり分の左腕のデバイスが志恩さんからの着信を告げる。この表示は……エリアストレス警報だ。


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