運命を糸に託せば
8
「やーだもう、ほんとに? 宜野座くん案外やるじゃないの」
当直明けの志恩さんの元を訪れた私は、真っ先に今朝の出来事を報告してしまった。ちょうど居合わせた六合塚さんも同じく驚いたような顔をして、「おめでとう」と嬉しそうに笑ってくれた。
「びっくりしました、ほんとに。でも、顔を真っ赤にして言うのが、ちょっとかわいくて」
「やだ惚気ー? もっと聞きたい」
「まだそんな、話せるほど何もありませんから! それに、シビュラが選んだ相手だから……っていうのがどうしてもまだ根本にあるので、……なんとも」
「最初はそんなもんなんじゃない? あんまりアタマで考えちゃダメよ? 恋は感じるものなんだから。ハートよ、ハート!」
ねえ、弥生? と志恩さんが六合塚さんに同意を求める。六合塚さんは「そうね」とひとことだけ呟いて、出来上がったカップうどんのフタを開けて食べ始めた。
「でもあの宜野座くんがねえ……」
意外だわあ、と嬉しそうに笑いながら志恩さんは煙草に火をつける。そしてふぅ、と息を吐いてから、また私を見つめた。それから私の手を取って、ぎゅっと両手で包み込む。
「これからもいろいろ楽しみにしてるわね。アタシ、あかりちゃんの力になれることならなーんでもしちゃうから」
「ありがとうございます。……私、すぐ頼っちゃうかも」
「オーケーオーケー! いつでもお待ちしてまーす」
「なんだなんだ、伸元もやるなあ」
嬉しそうに笑いながら征陸さんは言った。
宜野座さんの父親(というのを知っていることを宜野座さんは知らない)なので、一応話しておくべきだと判断し、ちょうど休憩に入っていた征陸さんを呼び止めて話したのだった。
征陸さんは本当に嬉しそうに喜んで、「孫の顔を見られる日がついに俺にもくるかもしれないなあ」なんてことを言うので、「早いですよー!」と突っ込んでおいた。
「伸元はなあ、ああ見えてやさしい子なんだ。親の贔屓なしにだぞ。あと、すごく仲間思いだし、きっとお嬢ちゃんのこと大切に思ってくれるさ」
「みなさんそう言いますね、彼のこと。やさしいのはとても感じています。あと、思いやりがあるのも……」
「だからこそ、たまにきつく当たっちまうんだが、大目に見てやってくれな。本気で意地悪しようってんじゃないんだ」
「……はい」
征陸さんと話していると、とても温かい気持ちになる。彼の人柄だろうが、安心感がある。頼れるお父さんだ。
そんな彼の息子も、少なからずその血を引いているような気がして、なんだかおかしい。結局、なんだかんだ親子は似るものなのかもしれない。
「俺は潜在犯だし、こうして見守ってやることしか出来ないが、どうか伸元が同じ目に遭うことがないように、たまに話を聞いてやって欲しい。あいつ、ひとりで何でもかんでも抱え込むからな。俺には話してくれんし、お嬢ちゃんにお願いしたい」
コーヒーを飲みながら、征陸さんは心配そうな、真剣な顔で言った。
「もちろんです。無論、その逆もお願いしてしまうと思いますけど」
「そりゃ当たり前だ。恋人ってのはお互い支え合うもんだからな」
ふたりして笑って、征陸さんにお礼を告げて私は一係のオフィスへ戻った。親が子を思う気持ち―それがとても大きいものだということを知り、目頭がつんと熱くなった。
狡噛さんにも同じように話してみると、微笑みながら「仲良くやれよ」とひとことだけくれた。シンプルなひとことだったが、それはそれで彼らしくてうれしい。
あれから宜野座さんとはシフト自体がすれ違っていて会えていない。お互いにそれほどマメでもないので連絡も特にしていない。
会いたいなあと少しだけ思ったが、大きな事件や緊急の出動などがあれば嫌でも毎日会うことになるので、むしろ会わないという方がめずらしいのだと思う。
数日後に久々に顔を合わせたら、相変わらず宜野座さんの表情が険しくて心配になった。
「宜野座さんちゃんと寝てます?」
「……寝ていると思う」
開口一番にこれだ。どんなカップルだ、と突っ込まれてもおかしくないと思う。
「疲れて帰って、ダイムと少し遊んで、それから寝るんだが……、」
「ダイム?」
「ああ、飼っている犬だ。シベリアンハスキーのオス」
彼が今までに見たこと無いくらいの柔らかい笑顔を見せるので、思わず食いついてしまった。
「へえ! 今度会わせてくださいね」
「ああ」
宜野座さんは両眉をはね上げ、より一層嬉しそうな顔をすると、「少し元気がでたよ」と安心したように呟いた。
なんだか、少しずつ恋人らしくなってきたような気がする。