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「あんまり綺麗なお部屋じゃなくてすみません……」

 どれくらいか泣いたあと、落ち着いて我に返った私はフェルナーにそう言った。その言葉が意外だったのかわからないが、フェルナーはおかしそうに肩を震わせて笑うと、「そんなことないって」と髪を撫でながら返事をする。

「来客なんて滅多にないので、生活感が溢れてしまって」

「いいんじゃないか? 俺は好きだ」

 この人からもう何度「好き」の言葉を聞いただろう。あんまり伝えてくれるので、嬉しい反面とても恥ずかしい。
 テーブルの前、隣に座るフェルナーはとても落ち着いた様子でこちらを見ている。今まで意識したことはなかったはずの、グリーンの瞳がきれいだなと思えば思うほど、見つめ返すのが恥ずかしく感じられて、おそるおそる視線を移す。

「准将」

「どうした?」

「……ありがとう、ございます」

 今彼に向かって出来ることは、せいいっぱいの感謝と、私の中ではっきりとしたこの想いを、しっかりと伝えること。
 きょとん、とした顔で見つめるフェルナーの脇腹へ手を滑り込ませて、ゆっくりと彼を抱きしめる。するとすぐに、抱きしめ返してくれる。

「ん、やけに積極的だな」

「……好きになってしまいましたから、私も、准将が。ちゃんと伝えたくて」

「はは、嬉しいね、それは」

 いつもと変わらず軽いノリで返してくるフェルナーだったが、やがて少し考えるような素振りを見せると、私の頬に手のひらをあててくいっと顔を向けさせた。
 それからまた、ゆっくりとくちびるを重ねると、そっとソファに押し倒された。焦って咄嗟に逃げようとするも、フェルナーの真剣な瞳に射抜かれては、拒否もできなかった。

「なあ、」

 それだけ言って一度彼は口を噤んだ。次の言葉を待って、あえて私も何も言わずにいた。フェルナーの瞳が宙を彷徨って、再びこちらに戻ってくる。

「……どうにも、抱きたくなってしまってね……、」

「困ったな」と下を向いて盛大に溜息をつくフェルナーに、微かに迷いながらも私はしっかりと答える。

「……准将になら、触れられても嫌ではありません」

「……それは、"Ja"ということでいいのか」

「やさしくしてくださるのなら」

「当たり前だろ……好きな女にやさしくしなくて、誰にやさしくするというんだ」

 彼らしい回答に、少しだけ緊張していた身体が解れて笑うことができた。そんな私の前髪をフェルナーは撫でて、「楽にしていてくれればいい」と告げてまたキスを落とす。初めて舌が割り込んできて中をされるがまま蹂躙されながら、ゆっくりとその手のひらが胸を撫でるのを感じた。——大きな手。そんなことにときめいたのも束の間、首筋を舌がなぞって身震いした。

「んっ……!」

 無意識に出した声にフェルナーは反応した。

「そんなに緊張しなくてもいいだろ」

「しますよ……、初めて、なんですから……」

 言いづらくて言っていなかったことだが、大切なことだから伝えなくては。そう思い彼の目を見て苦笑いで言った。するとフェルナーは意外そうな顔をする。

「恋人はいなかったのか? 一度もか?」

「……私、准将以外にはモテないんです」

「世間の男は見る目がないなあ。しかしそれはそれで、俺は嬉しいがね」

「……私のこと、お子さまだと思いましたか?」

「いいや。むしろ惚れてしまったね」

 嫌がられると思った。
 重いとか。軽蔑されるかもしれないと思った。しかしフェルナーは、そんな器量の小さい男ではないのだ。だからこそ、好きになってしまったのかな、などと考える。
 気をつかったのか照明をいちばん小さいものにして、彼はそっと私の軍服を脱がせていく。今夜、私は彼によってすべてを暴かれてしまう。しかしそれは、不思議と嫌な気がしなくて、むしろ心地よいものにすら感じられた。この男は、なんて罪な人なんだろう。


***


「……おはよう」

 先に目覚めて、シャワーを浴びて歯磨きをしたところで、彼は起きたらしい。眠そうに欠伸をしたあと、やっと起き上がりベッドサイドに落ちたままのシャツを羽織ると洗面台の前に立つ私の後ろにフェルナーは立つ。そして鏡越しに目が合ってしまった。

「おはよう、ございます」

「寝起きの顔を見せてくれんとは、抜かりないねえ」

「寝起き顔なんてひどくてとても見せられません」

「アデーレは自分が美人だということを認めた方がいいと思うがな」

 言いながら肩に腕を回して、フェルナーは顔をくっつける。鏡に映る彼と私を見て、私は顔をしかめる。

「准将こそ、顔がいいじゃないですか。お認めになったらどうですか?」

「俺はそれを知ってて生きているがね」

「うっ……そうでしたか。失礼しました〜」

 だから女を口説くことも出来るわけだ。
 そんな彼に反撃の意味を込めて辛辣な言葉を投げる。

「准将はまさか、私という人物そのものではなく、ただ顔が好きという訳ではありませんよね?」

「はあ?」

 呆れたような、ほんの少し怒りを含んだような目でフェルナーは私を見る。

「いや。あんまり美人だと仰るので……」

「そんな訳があるか。顔が好きなだけで女を抱いたりしない」

「……なら、いいです。すみませんでした」

「お詫びはキスで頼むよ」

 ん? と目を細めて笑いながら、只でさえ近かった距離をまた縮め、私を見る。朝からくらくらするような出来事の数々に、倒れてしまいそうだ。
 キスをしないと一向に動いてくれそうもなかったため、半分ヤケになって彼のくちびるにくちびるを押し付けてやった。
 今朝はとても忙しい。そして今から、ふたりで軍務省に出勤だ。







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