彼女の嫉妬 その4
俺と軍医殿は急速に親しくなっていった。
しかしながら、俺たちにもモラルはある。
ここは軍隊であり、軍紀を破ることは厳に慎まなければならない。
最後の一線だけはなんとか踏みとどまって守っていた。
だがしかし・・・
俺たちの考えなどまったく及ばない形で、2人の関係は終焉した。
悲劇は突然やってきたのだった。
ある晩、軍医殿が怯えた顔をして俺に言ってきた。
(麻美)「気のせいかもしれないけれど、最近、どこからか誰かに見られているような気がするの」
(啓一)「監視カメラの類ですか」
(麻美)「なんていうか、部屋以外でも、天井、壁、通路いたるところから。あ、床からも変な目線を感じたことがあったわ。だけど調べてみても怪しい物は何もなかったし」
(啓一)「いくらなんでも、床からはないでしょう」
(麻美)「まあ、常識的にはそうなんだけどさ。それにね・・・」
(啓一)「なんでありますか」
(麻美)「あたしの体があたしじゃない様な気がして」
(啓一)「どういうことでありますか?」
まるで夢を見ているような感じになって、体が勝手に動いてしまうんだとか。
その時は抵抗することもできず、いや、そもそも抵抗する気がまったく起きないそうだ。
今のところ勤務に支障はないので、問題は起きていないのだが、
(麻美)「どうにかなってしまいそう。不安だわ」
それに、そのポーッとする頻度はだんだん増えているような気がするし、と。
(啓一)「お疲れなのではありませんか」
と言って慰めるしかなかったが、結局のところ、それは思った以上に深刻な事態でアったのだ。
その翌々日だったか、勤務を終えて居住区の部屋に戻ろうとしたら軍医殿がこちらに歩いてくる。
敬礼をしたが、彼女は無視して通り過ぎていく。
(啓一:あれ?怒っているのかな)
不審に思い「あ、あの軍医殿」と呼び掛けてみた。
(麻美)「え、何?」
ハッとしたように振り返ったが、
(啓一:な、何なんだあの顔は!)
うすら笑いをしている顔は、まるで仮面のように思えた。
(麻美)「あたし急ぐの」
と、すぐにまた通路の奥に向かって歩きだした。
少しあっけにとられたが、気になって後をついて行くことにした。
俺は艦内をくまなく知っているつもりであったが、いつの間にか見たこともないところを歩いている。
(啓一:おかしいな。こんな通路あったっけな?)
そしてなんと、その通路は行き止まりになってしまった。
艦内で行き止まりの通路って、そんなバカな。あり得ないだろ。
彼女は一番奥の壁をしげしげと見つめて、手で撫ではじめた。
(啓一)「麻美軍医殿」
とうとう声をかけてみた。
麻美は振り返り、
(麻美)「佐川海士長、せっかく来たのだから、いいものを見せてあげる。ついてきなさい」
(啓一)「あ!」
驚いた。行き止まりだったはずの奥の壁に、とびらが現われているではないか。
今の今までこんなものはなかったぞ、絶対に。
しかし軍医殿は躊躇なく、ドアノブを回して中に入ってしまった。
(啓一)「あ、軍医殿ぉ」
しかたなく俺も中に入ったが、そこは薄暗い部屋だった。
そして6人ほどが、休めの姿勢のまま立っていた。
しかし動く気配が全くない。
マネキン人形?
いや、やっぱりマネキンとは様子が違う。やっぱり人間だろう。
と、思ったのは一瞬で、俺は驚愕した!
その中の一人が、なんと麻美だったのだ。
(啓一)「あー、麻美さん!」
麻美が二人いる?
休めの姿勢で立っている麻美と、俺をここまで連れてきた麻美と。
(啓一)「あなたは一体誰なんですか?」
(麻美)「ハハハ、誰でしょう。今説明してあげる。
彼女たちをよーく見てごらんなさい。麻美以外に見覚えのある人もいるんじゃない」
確かに何人かは見覚えがある。
江藤 成美 3等海曹
浅田 未来 2等海士
野々村 汐音 海士長
沢本 亜美 1等海士
木崎 愛 2等海士
江藤3曹、浅田2士、野々村士長の3名は艦長室かどこかで顔写真を見たんだっけ。
確か交通事故や訓練中の事故で亡くなったと。
沢本さん木崎さんとは数年前に一緒に勤務したことがある。
2人とも明るくかわいい人たちで艦内では人気者であった。
しかしこの2人も殉職したはずなのだが。
(啓一)「あの、この人たちはみんな・・・」
(麻美)「そう、死んじゃったんだよね」
(啓一)「それじゃこの人たちは?いや、そもそも何で立ったまま身動きもしないんだろう」
(麻美)「ここに並んでいるのは彼女たちの魂なの。
正確には抜き取った魂をお人形にしたとでもいうのかな。
そして船の守り神になってもらったの」
(啓一)「え、どういうことですか。とても信じられません」
(麻美)「いーえ、本当の話。私はこの船の使い魔なのよ。麻美の姿を借りてるけどね」
(啓一)「どうしてそんなことを」
(麻美)「簡単に言えばね、この船に嫉妬された女性たちの成れの果て。
お人形だから動かないのは当然。
ついでに言うとね、魂を抜かれた体の方は、すぐに消えてしまうのよ。この世から」
要するに死んでしまうということだろう。
(啓一)「軍医殿、何を言っておられるのですか?」
(麻美)「あたしは軍医殿じゃないわよ。本物の麻美はあっちでしょ。もうほとんど人形だけどね」
なるほどそういうわけか。
(麻美)「せっかくだからよく見ておきなさいよ。触ってもいいわよ」
そんな気分になれるわけないじゃないか。
(啓一)「それじゃあ麻美殿は」
(麻美)「そ、船に魅入られたってわけよ。麻美の魂はこの船でずーっとこのままね。
あなたもこの艦にかなり気に入られたみたいだけど、男だからね。ちょっかいは出せないんだって」
ニセ麻美はクククと笑って
(麻美)「そのかわりにいいものをあげるってさ」
何かを放ってよこした。
それは、顔が、いや体が、いやいや、麻美を完璧に縮めたと思えるような、彼女そっくりの人形だった。
30pくらいの大きさで、なぜかあの潜水訓練の時の青ビキニを着ている。
(麻美)「その人形は麻美の肉体を特別に縮めて消えないようにしたものなの。本物ヨ。好きに扱っていいわよ」
(啓一)「え、ちょっと待って下さい」
(麻美)「さ、もう言うことは終わり、出て行きなさい」
(啓一)「あ!」
一瞬めまいがしたが、気が付くとフライトデッキに通じるいつもの通路に立っていた。
隠れ部屋は消えてしまっていたのだ。
手には、しかし手には人形が残っている。
麻美人形は、手足をだらりと垂れたまま、ニッコリとほほ笑んでいるのだが。
俺は首をブルブルと振って、
(啓一)「これは本物の麻美軍医殿じゃないか!なんとかしなきゃ」
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