妄想別館 弐号棟


おみやげ秘話 その2


雄太郎は独りごちるように、つぶやいた。
(雄太郎)「買おうとする人はいるんだろうか」
(親父)「いませんよ。1人も」
愚問であった。買手がいれば、この人形は、今ここにはない。
しかし、興味を持った人は結構いたらしい。
でも、皆、買うまでには至らず。
(雄太郎:まあ、そうだろうな。旅行に来てラブドールを買っていく者なんていないだろう)
宿の親父はくいさがる。
「買うのなら送料はおまけする」と言う。
「完全に外部秘にもしますぜ」とも言っている。
彼も興味を持ったのだが・・・「いらない!」
おみやげとして売っているからには、買っていっても何の問題はないだろう。
しかし、生徒たちの手前でこんなものを買ったら、絶対に顰蹙ひんしゅくものだ。
(雄太郎:ま、持って帰っても家に置くところもないしな)
未練は無きにしも非ずではあるが、
「やっぱりお菓子でも買っていこう」と、思った。
彼は騒がしいお菓子のコーナーに戻っていったのである。

『宿の名菓』と、うたっている物を2箱買った。
(雄太郎)「持って帰るのは面倒だな」
宅配もしてくれるようなので、サービスコーナーに向かおうとした。
なんとなく人形が気になり、特売品部屋の前をわざと通ってみると、
(雄太郎)「あれ、青山先生」
数学担当の青山梨沙先生が、先ほどのラブドールを驚いた顔で見ている。
明るく美人、当校のマドンナ的な存在だ。
美しい顔立ちでスタイルも良くて、生徒たちからも大人気。
雄太郎もほのかに恋心を寄せている。
しかし、梨沙先生は、なんとなく蒼い顔をしているな。
(雄太郎)「先生、どうしました?」
(梨沙)「あ、田中村先生」
彼女は何か考えていたようだ。憂い顔を向けながら、
(梨沙)「実はですねぇ・・・」
昨日、夢を見たそうだ。
とても美しい女性が話しかけてきて、
(梨沙)「私はこの宿に世話になっているのに、何のお役にもたっていない、とかなんとか・・・」
(雄太郎)「・・・」
(梨沙)「悲しい、悲しい、って泣いているんです」
(雄太郎)「は? か、悲しい・・・ですか?夢の中で・・・」
(梨沙)「そうなんです。それでおみやげコーナーに来てくれないかって」
(雄太郎)「お、おみやげコーナー?ここのことですかね」
(梨沙)「そう。そしてね、人形があるからじっくり見てほしい、って」
(雄太郎)「はあ・・・」
(梨沙)「そしてここに来てみたら、確かに人形があるじゃありませんか」
(雄太郎)「この人形のことですね」
たしかにここにラブドールが置いてあるな。それは事実である。
(雄太郎)「つまり、夢のお告げに従ったわけね」
(梨沙)「はずかしいけど、そうなんです。私そういうの信じる方でして」
さらに梨沙先生は続ける。
(梨沙)「そうしたらなんと!この人形、夢の中の女の人とまったくそっくりだったんですよ。不思議な事もあるものね」
雄太郎は「ふーん。不思議ですね」と、相槌は打ったものの、
夢の中の女性の顔を見たわけでもない。正直、全然実感がわかない。
それに人形に「悲しいとか」「世話になったとか」言われたって、なんのことやら、さっぱりわからない。
しかしここで無関心なのも、なんとなくつれないし、彼女の不評を買いそうだ。
雄太郎は「うんうん」とうなずいて、梨沙の言ったことを、いかにも肯定するふりをしていた。
(雄太郎)「ん?あれれ?」
ちょっと気がついたのだが・・・
不思議といえば、この人形、さっきと少し格好が変わっているような気がする。
(雄太郎)「でも、まさかな。勝手に動くわけないよな」
ボソボソ言っていると、
(梨沙)「は?なんでしょうか」
(雄太郎)「あ、いえ、何でもないです。そうだった。僕、このおみやげ、宅配で送ることにしましたので、ちょっと手続きしてきます」
(梨沙)「あ、どうぞどうぞ」と彼女は言う。
雄太郎は宅配サービスの所に向かった。

しばらくして、
「梨沙先生は、まだ人形を見ているのかな」
宅配の手続きを終えて、再び人形の所に戻ってきた。
「いないよな。やっぱり」
さすがにそんな長い時間、人形を見ているわけないだろう。
人形は相変わらずひっそりたたずんでいる。
雄太郎はなにげなく人形を覗き込んで、ギョッとした。
「え!梨沙先生!」
さっきまでの人形の顔が、梨沙とそっくりになっている。
いや、も、もといだ!
梨沙が人形になってしまったというべきだ。
なぜなら、彼女がさっき着ていた服装もそのまま人形が着ている。
冗談でしょう。きっと梨沙はふざけてやっているんだ。人形のマネを!
台座の上に梨沙が立っているだけなのだ・・・きっとそうだ・・・ろう・・・
いやいや、責任ある教師が、冗談でそんなことをするわけないだろうよ。
じぃーっと見てみるが、息をしていない、瞬きもしない。
雄太郎は驚きを通り越して不安になってきた。
人形と梨沙が入れ替わってしまった?そんなことがあるわけがない!
「どうしちゃったんだ。これって・・・マジ?」
梨沙は微笑んだ顔で、両手を上に上げて、バンザイをするような恰好で、ステップを踏むような躍動感あふれるような・・・
んな、形容はどうでもよろしい。
雄太郎は彼女の肩を持って揺すってみた。
「梨沙先生。いったいどうしたんですか。ちょっと梨沙先生」
ユサユサ揺れるが、無反応だ。
顔を軽くたたいてみる。これでも動く気配はない。
思い切って胸、心臓に手を当ててみた。
「えー!動いてないよ!」
目の前のこれは、梨沙そっくりではあるが間違いなく人形だ。
「いや梨沙先生は、おみやげコーナーにいるに違いない。きっとそこで、おみやげを買っているんだよ。
そうに決まっている。絶対にそうだよ。ハハハハハ・・・」
と思った。いや、思おうとしたが、ダメであった。
目の前のラブドールはどう見ても梨沙だ。
やっぱりこのことを誰かに言うべきか。
いやいや、僕の勘違いで、梨沙が無事だったら恥をかくだけだろう。
そうだ、その前にまず彼女を探すべきだ。
人間が人形になるわけがないじゃないか。バカバカしい。
でもでも、顔は空似としても、服までそっくりっていうのはどう説明する。
いや梨沙はふざけて、わざとガマンして動かないで立っているんだよ・・・でもさ、心臓は動いてないじゃん。
死んでる?いや立ってるんだぞ。しかもポーズまでとってるじゃないか。
やっぱり、この人形は梨沙が・・・
でも、やっぱり、しかし、そんなことが・・・堂々巡り。
しかし雄太郎の本音は『梨沙はずっとこのまま人形になってしまってほしい』だった。
そして、彼がとった行動は、彼自身の願望に忠実であった。
「この人形を売ってください!」

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