翌日、早朝。
高専の入り口で車に荷物を積み終えた純は、朝早いというにも関わらず見送りに来てくれた夏油の前で姿勢を正し大きな瞳をキラリと輝かせた。彼の持つ紳士的な一面を目の当たりにすると、どうしても軽薄な五条と比べてしまい態度に差が出てしまう。

「じゃあ、くれぐれも気をつけてね純」
『はいっ』
「なにかあったらすぐに連絡してくれていいから」
『…はいっ』
「悟には手を焼くと思うけど、よろしく頼むよ」
「はぁ?」
『はいっ。夏油先輩っ…』

しっかりと視線を合わせて強く頷いた純に対し、夏油は優しく微笑んでから五条をじっと見据え口を開いた。

「純に怪我でもさせたら責任問題だよ、悟」
「傑さー、最近やたらこいつに甘すぎない?」
「そりゃあ可愛い後輩だもの。ね」
『ね〜』
「うわきっしょ…」
『ああっ?』

人を幸せにできそうなほど愛らしい笑顔を浮かべるくせに、自分に向けられる表情はいつも可愛げのないものばかり。だからといってその他大勢のように純に媚びて欲しいわけではないし、従順になって欲しいわけでもない。ただほんの少し…ほんの少しだけでもいいから、自分にもあの笑顔を向けて欲しいと柄にもないことを考えてしまうのだ。

「橘華さん、ちょっといいですか?」
『あ、はい』
「今回の任務のスケジュールを確認したくて」

今回同行する助監督に呼ばれて二人のそばを離れた純。その姿を追いながら夏油は落ち着いた表情を浮かべ口を開いた。

「純に甘いのは君の方だよ、悟」
「あ?」
「上にお咎め喰らってまで今回の任務に同行するなんてさ」

任務に同行する術師の変更を半ば強制的…というよりは五条の我儘を通す形で承諾を取ったのたが、その行動が自分以外が純を守れるかどうかの不確定さからきている不安なのであれば「君らしくない」と笑った夏油の言葉には説得力があった。なぜならば五条悟は、他者を思いやるといった優しさなど持ち合わせていないからだ。

「俺が修行つけてる奴に死なれたら、俺が無能みてーじゃん」

あくまでも自分の利益の為だと言わんばかりの発言に、親友である夏油はさらに笑みを深めて「じゃあそうゆうことにしておくよ」と五条を軽く煽りもう行けと左手をひらひらと動かした。

『五条先輩、そろそろ出発します』
「ああ。じゃな、傑」
「いってらっしゃい」

正直自分も、外部の呪術師が同行するより信頼を置いている五条が一緒ならば安心できる。夏油は『お土産買って来ますね!』と笑顔で手を振る純に笑顔で手を振り返し、そんな彼女の頭に手を置き無理矢理車の後部座席に押し込んだ五条を見つめ再びフッと吹き出した。

「しばらくは面白いものが見れそうだ」



ー数時間前。
五条と夜蛾が今回の任務に同行する呪術師の変更を申し立て、承諾を得た(無理矢理)直後のこと。六枚の障子が六角形に取り囲む奇妙な造りの部屋で、数人の老人たちの議論を重ねる声が静かに、そしてどこか不気味に響いていた。

「橘華純は今後厄介な存在になりそうだな」
「九十九由基の推薦入学という時点ですでに警戒はしている」
「そこは重要じゃない。今注意すべきはむしろ五条悟の方だ」
「ああ。"奴の側"につくような状況だけ避けねばならん」
「まだ何色にでも染まるわっぱだろう。策はある。だがことを急げば墓穴を掘る。今はやりたいようにやらせておけ」

怪しまれん為にもなと長い髭を撫で付けた一人の老人の言葉に、全員の首が縦に動く。

「禅院家にはなんとお伝えを?」
「そのまま説明しておけ。五条悟に邪魔されたと」
「それでは我々の面子が立たんではないかっ」
「今回は橘華の実力を見定める為だろう?機会なら今後いくらでも来よう」

じっとりとした重々しい空気が漂い続ける陰湿な部屋で、一人の少女の未来を左右する黒い影が蠢き始めていた。

「利用できる者であれば生徒であろう駒として見なす。今後、改めて皆の判断を仰ぐとしよう」

橘華純は、まだ何も知らない。





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