『五条先輩ギブッ!ギブ〜ッ!』

雲一つない晴れ晴れとした昼下がり。
昼食を取り終え束の間の昼休みを過ごしていた食堂で、純は定番となったコブラツイストをくらいながら自分よりも遥かに背の高い五条の背中をバシバシと叩き悲痛の叫び声を上げた。

「この前の詫びとしてお前俺に昼メシ奢れ」
『貧乏人から取り立てないでお前が奢れっ』
「可愛くねぇ!」
『ギャーッ!骨折れる骨折れる!』

これは数日前にプロレス技を五条に仕掛けた報復である。怖くて逃げ回っていた純だったが全寮制であるが故に遂に捕まり、しっかりと自分のしでかした報いを受けている最中だ。年下の後輩相手…しかも異性に対しても容赦の無い五条は顔色一つ変えずに「反省しろ」と言い切った。

「悟、そのくらいにしといてあげなよ」
「そーだよ。可哀想じゃん」
「あ?」
『夏油先輩っ…硝子先輩っ…』
「粗暴なヤツは女子から嫌われるよ。ね、純」
『はいっ…すでに大っ嫌いで…イタタタタッ!!』
「あ、手が滑った」
『ふざけんなバカサングラス!!』

なかなか純を解放しようとしない五条に対し、さすがにもういいだろうと呑気に昼食を取っていた夏油と家入が声をかける。そんな二人から出された助け舟が気に入らなかったのか、不満げな表情を浮かべた五条は一度純の体を解放し、逃すまいとすぐに制服のフードを掴みグイッと引き寄せた。

「クソ生意気なこいつが悪い」
『フード引っ張んないで下さい!伸びる!』
「可愛い後輩の悪戯じゃないか。大目に見なよ」

湯呑みに注がれているお茶を啜り落ち着いた声色でそう言った夏油だが、純の悪戯が成功したのは彼の協力があってこそだということを五条は知らない。

「こいつのどこに可愛げがあんだよ?心身共にゴリラじゃん」
『はぁっ!?』
「野生のメスゴリラの方がまだマシかもな」
『そうゆうことを平気で言う先輩の方が、男として全然かっこよくないですからね!』
「いや俺かっこいいから大丈夫」
『顔と身長だけじゃん!夏油先輩見習えよ!』
「ああ純…それは」
「傑は関係ねーだろっ」

言わない方がいい。と待ったをかけたが時すでに遅し。
五条の表情が明らかに歪み、声のトーンが僅かに下がった。

「あーあ。言っちゃった」
「…?なんで五条キレてんの」
「誰かと比べられるのが嫌なんだよ。特に純には」
「え、まじ?」
「マジ」

純の頬を両手で引っ張り文句を言っている五条には聞こえないよう小声で話す夏油と家入。この親友の変化に気づいたのはごくごく最近のことで、純が他の同性と五条を比べるような発言をするとあからさまに機嫌を損ねるようになったのだ。

「お前今日の修行手加減しねーからな」
『いつも手加減なんてしてくれないくせにっ!』

本人が自覚しているかどうかは分からないが、もしも五条が純という存在を特別視しているのであれば…こんなに面白い展開はないと夏油は口角を上げた。生涯女に困らないであろう五条悟が一人の女に手を焼く様は、見ていてきっと飽きないだろう。

『先輩たち助けてっ!』
「僕らに頼ると悟が拗ねちゃうよ?」
「プフッ」
「ああっ!?それどうゆう意味だ傑っ」

からかうようにそう言った夏油に視線を向けると、肩をすくめてさも当然のことを言ったかのような振る舞いをされた。納得がいかずに五条が口をへの字に曲げその言葉の真意を問いただそうとした時だった。

「橘華はいるか」
『…!』

食堂のドアが勢いよく開き、五条たちの担任である夜蛾正道が姿を現したのは。

『ナイスタイミングッ…!』
「あ、てめっ…逃げんなっ」
「悟も一緒か…」

五条の力が緩んだ瞬間を見逃さず、するりと手の中から抜け出した純が夜蛾の目の前まで移動する。教師という盾をフル活用して五条に向かって下まぶたを引き下げると、予想通りこめかみに青筋が走った。

『それで、なにかあったんですか?』
「お前に任務依頼だ。詳細を説明するから着いて来い」
『七海と灰原は?』
「今回は別だ。彼らには少しばかり荷が重いんでな」
『え?でも、二人なら準二級程度は難なく祓えますよ』
「"その程度"の呪霊ならな」

その言葉に、純の表情がわずかに歪む。
二級呪術師である純が個人的に任務を請け負うことは、今までにも何度かあった。二級ならば一級相当の呪霊を祓えて当然だが、七海と灰原が同行できないとなると今回の任務は少なくとも二級呪術師以上でなければならないということだ。

「…純一人で行かせんのかよ」
『………』

荷が重いという言葉に反応した五条が、表情を歪めて問いかける。

「念の為、外部の呪術師を補助として一人同行させるつもりだ」
「はぁ?外部の呪術師?どこの誰」
「……………。行くぞ、橘華」
『えっ…』
「おいちょっと待て脳筋教師。なにはぐらかしてんだよ」

数秒間重なった視線をあまりにも不自然に反らした夜蛾が純と共に食堂を後にしようとしたものだから、すぐに後を追いかけ待ったをかける。

「なんか隠してんだろ」
「お前には関係のない案件だ。昼飯食ってろ」
「なんでわざわざ外部の呪術師を同行させんの?」
「いいから向こう行け。お前が関わるとややこしくなる」
「はは〜。ってことはアレだな。上のジジイたちからの指示か」

あえて純には聞こえないように夜蛾との距離を詰め話す五条。何かあるという確信を得た彼の口角が、これは面白そうだと弧を描いた。

「やめとけ。俺の立場も考えろ」
「教師がそれ言う?御三家絡み?」
「くどいぞ悟」
「OK、御三家絡みね。なら俺が行くわ」
「…!?」

軽快なノリで自己完結した五条が夜蛾の肩に手を乗せポンッと叩く。その軽率で身勝手な判断に夜蛾の表情が激しく歪んだ。

「それは駄目だ!絶対に有り得ん!」
『(…!…夜蛾先生なんか怒ってる…)』
「じゃあ純になんかあったらどう責任取んの?」
『え、私がなんですか?』

自分に対して背中を向けていた五条が振り返り、突然指を指してくる。話の内容を全く知らない純は首を傾げて眉間にシワを寄せた。

「どこぞの馬の骨かも分からない奴に任せるより、俺ならちゃんと守れるよ」

純の肩に腕を回し余裕の笑みを浮かべた五条に、夜蛾が腕を組み頭を横に振る。

「悟…お前の気持ちは理解するが…」
「生徒を守るのが教師の務めだろ?」
『…なんの話しですか?』
「俺がお前の任務に同行するって話」
『え…はっ?五条先輩がっ?』

なんで!?と目を丸くしながら驚いている純に「大人の事情」と意味深な回答をした五条。どちらとも引かないやり取りを少し離れた場所から眺めていた夏油は、頬杖をついて小さく笑みを浮かべた。

「先生、悟に行かせてあげて下さい」
「傑…お前までなにを…」
「私も可愛い後輩を外部の呪術師に任せるのは些か不安です。でも悟なら安心だ。例え任務の等級が上がっても対応できる。だろ?悟」
「余裕でな」

まるで五条の意図を理解しているかのような夏油の後押しに、もうこの二人は譲らないだろうなと溜息を吐き、降参だと言わんばかりに両腕を下ろした夜蛾。その姿に五条が白い歯を見せ笑みを深めた。

「んじゃ、決定♪」
『待って!私の意見は!?』
「お前の意見は俺の意見。俺の意見はお前の意見」
『はぁっ!?ちょ、そんな理不尽なっ…』
「……(こりゃあ上から大目玉喰らうな)」


*任務



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