教室から校庭に向かう途中にある自販機の前で、五条は随分と雰囲気のある女生徒を見つけた。
華奢作りだが細すぎない、上背のあるすっきりとした後ろ姿に、肩にかかった流れるようなアッシュブラウンの髪が印象的な少女だ。

『灰原と七海はスポーツドリンクでいっか』
「………」

その一言で今目の前にいる女生徒こそが橘華純であると確信を得た五条は、興味深げに観察するかのような視線を向けた。彼女の高すぎない、どこか艶のある涼しげな声は少女と呼ぶにはいささか大人びていて、顔にかかった長い髪が片耳にかけられたことで見えたその横顔はとても美しかった。

「橘華純」
『…??』

好奇心からか少し浮ついた声で名前を呼ぶと、ゆっくりと振り向いた純と視線が重なり合いそして、その目鼻立ちの整った蠱惑的な顔に一瞬魅入ってしまったのが面白いほどよく分かった。
四六時中一緒というわけでないにしろ、多忙な合間をぬって修行を付けるのだから呪術師としてのポテンシャル云々よりも美人か可愛い女が良いと単に思っていた。これは五条悟が夏油や七海のような誠実性や堅実性を持ち合わせておらず、ただただ健全な男子高生であるということに他ならない。

「(普通にアリだわ)」
『(え、この人ってまさか…)』

男女問わず羨望される完璧で隙のない容姿を持ち、不特定多数の交友関係を難なく築ける五条が異性に対しここまで露骨に感情が動いたのは、これが初めての経験だった。その新鮮さに好奇心がくすぐられ、こいつは面白いと白い歯を見せニッと笑った。

「純でいいよね。俺の方が先輩だし」
『…………』
「おーい」
『…あ、はいっ。純でいいです』
「なんで固まってんの?」
『…えっと…もしかして…あなた五条悟…?』
「うん」
『…!!!』

その名前を聞いた途端に持っていたペットボトルを手から滑らせ慌て始めた純が、ビー玉のような瞳を輝かせまるで推しのアイドルを目の前にしているかのような羨望の眼差しを五条に向けた。

『うわっ…本物だ!どうしようっ…』
「…は?」
『と、とりあえずあれっ…。あ!なんか飲みますっ?』
「なんで?」
『コーラですね!』
「いやなんも言ってねぇけど」

いつお金を入れたんだとツッコみたくなるような速度で自販機のボタンを押し落ちて来たコーラを取り出す純。その間も一人興奮しながら両手を忙しなく動かし『本物だ!背高ぇ!もうなんかオーラが違うオーラが!写真撮りたい!』とぶつぶつと呟いている姿が滑稽で、その瞬間、五条の中でこいつはヤバい奴なのか…?と疑念が生まれた。

『投げるからキャッチして下さい!』
「なんでだよ!」
『いやっ…近づいちゃダメかなって…!』
「……お前変わってるって言われない?」
『時々言われますっ』
「だよな」

ああ、呪術師っぽいなと思い口元を押さえプッと吹き出した五条が「まあいいや」と呟き手招きをした。

「来いよ。ちょっと話そうぜ」
『……!』

予想もしていなかったその言葉に、純は目をキラリと輝かせ笑顔で大きく頷いてみせた。



後輩という存在を初めて可愛いと思えたのも、

『五条先輩写真一緒に撮って下さい!』
「写真?別にいーけど」
『マジかーっ!じゃあいきますよー!はい、チーズッ』

純が初めてだった。

『うわーっ、ありがとうございます!』
「一回1万!」
『たけぇー!七海と灰原に自慢しよっ』

しばらく歩いて近くにあったベンチに座ると、純は五条から二人分ほど距離を置いて腰を下ろした。

「なんでそんな離れて座んの?」
『めちゃくちゃ緊張してます!』
「なんで?」
『先輩が五条悟だからですっ』
「あー…」

先程から自分をに対する純の言動にはどこか憧れのようなものが含まれていて、正直悪い気はしないがこうもあからさまだと少々ペースを乱されるような気がした。なにせ嬉しそうにはにかんでいるその姿からは純粋さが垣間見えて、どこにも嫌味がなくて可愛いのだ。呪術師を生業としている人間で五条を知っている者ならば、まずこんな態度は取らないだろう。

「素直でかわいいね、お前は」
『えっ…?』

自身の膝の上に腕を乗せ、前屈みになりながら少し驚いた表情を浮かべている純の顔を覗き込む様にして見つめる五条。不思議とそこには特別な感情はなく、ただただ本音が突いて出た。

「俺のことどんな風に聞いてるか知らないけど」
『?』
「悪いけど純が思ってるような人間じゃないよ?」

黒い丸縁サングラスの隙間から覗く美しい六眼の瞳を物珍しげに見つめる純。宝石の様に輝くそれは、恩師に聞いていた話し以上に神秘的でとても澄み切っている。五条の言葉を否定するかのように、その目には邪心も虚心も感じられなかった。数秒してから「純」と名前を呼ばれて我にかえると、いつの間にか五条との距離が縮まっていることに驚き頭をグイッと後ろに下げた。

『ち、近いです…っ』
「七海と灰原から俺の話し聞いてないの?」
『話し?話しってあの、性格が悪いとしか…』
「あ"?」
『でも私は自分で見聞きした物しか信じないので…』
「あいつら今度会ったらビンタだな」

ここには居ない二人を完全に射程内におさめた五条が、「う〜ん」と首を捻りまるで品定めでもしているかのように純を見つめる。最強と名高い彼のことだから、噂に聞くその六眼で呪術師としての伸び代を計っているのだろうかと息を飲み五条の言葉を待つ。

「お前が呪術師になった経緯とか諸々は、夜蛾から聞いたよ」
『え…』
「強さも精神的なタフさもハングリーさも十二分。これからは俺が見てやるし、お前は間違いなく強くなれるよ。橘華純」
『…!五条先輩っ…なんだいい人っ……』
「ただ一つ!圧倒的に足りてないものがある」
『…!!(足りてないもの!?)』

ビシッ!と長い人差し指を純の顔の前に突き出した彼は、自身が断言していた「純が思っているような人間じゃない」と言う言葉通り、自分を尊敬してくれる後輩の淡い思いを打ち砕き、この出会いを最悪なものにする一言を放ったのだ。

「まな板」
『…………は?』

当然のようにフリーズする純。

「デカ過ぎんのもアレだけど、まな板もな〜」
『……………』
「昔からそんなん?見たとこAカップ」
『……………』
「まあ、それ以外は全体的に悪くない」
『…………(ブチッ)』

わざとらしくサングラスを上げて、どこにも隙のないあざとい笑顔を浮かべた五条。

「彼氏いる?」
『…いるわボケ!!二度と私に近寄んな』
「呪術師は堅気と付き合っても上手くいかねーよ?」
『性格悪いどころじゃないじゃん!!なにこの人!』
「だからお前が思ってるような人間じゃないって言ったろ?」
『一瞬でも尊敬した私がバカみたいっ!帰る!』

五条の肩を両手で押し退け立ち上がった純が、怒りをあらわにしながら背を向け歩き出す。そんな彼女に対して悪いことをしたな、なんて反省することなく五条は怪しげな笑みを浮かべると、一瞬で純の隣に移動して「待て待て」と肩に腕を回した。

『(瞬間移動した!?)』
「明日から修行始めるから、俺が呼び出したらきてね」
『嫌だわボケッ!触んな!』
「プッ…ハハハハハッ!お前、さっきと別人っ…」
『ぐぁぁぁぁっ!やっぱり御三家の人間とは仲良くなれない!』
「俺は仲良くなれそうな気がする♪」
『はぁ!?』


*ファーストンプレッションB
(この日から、君との全てが始まった)




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