「なあ傑」
「なに?」
「ホラあっこ、"例の一年"」

ここは日本に二校しか存在しない呪術の学び舎。
東京都立呪術高等専門学校、略して高専。
多くの呪術師がこの場所で呪いを学び、呪いを祓う術を身につける。卒業後もここを拠点に活動している術師は多く、教育だけでなく任務の斡旋・サポートも行なっている呪術界の要だ。
呪術師の家系に生まれた者ならば誰もが通うことになるであろう教育機関。
その二学年に、五条家嫡男、五条悟は在学している。

「ちょい見てて」
「は?」

夏の始まりを告げる暑さが、次第に本格化してきた6月中旬。高専があるのは東京郊外。緑豊かな自然に囲まれた環境の中で、極めて人数の少ない生徒たちが共に切磋琢磨し合い、より強い呪術師になるために日々学業と任務に励んでいる。

「おーいっ、純ー!」
『…!?』
「毎朝ちゃんと牛乳飲めよー!」
『(ブチッ)』

励んで…、

『うっせー黙れこの変態!!気安く名前で呼ぶんじゃねーよ!』

励んで、いる…。(?)

「アハハハハハッ!あいつ"まな板"だから牛乳飲めっつーとすぐキレんだよ。ウケるだろ?」
「私がいない時にやれよ。同類だと思われる」

2階に位置する教室の窓から顔を出し、たまたま現れた後輩相手に小学生以下とも取れるような発言で悪絡みをして見せた五条。彼の親友である夏油傑は呆れながら頬杖をついて、自分に向かって中指を突き立ててくる威勢のいい後輩の反応に両膝を叩いて笑っている五条を見つめた。

「あ〜、笑った笑った」
「随分"仲良さそう"だね。もう気に入った?」
「あ?別に。そういうのじゃない」

そう否定しながらも、向けられている視線の先には純がいる。サングラスのせいで表情全てを読み取ることは難しいが、弧を描いている口元を見る限り、五条が興味を示している相手であることは確かだった。

「入学二ヶ月で二階級特進だっけ?優秀だね」
「特級呪術師として入学してくる奴もいんだろ」
「それは例外。特殊すぎるパターンだよ」

机の上で頬杖を付き、同じように窓の外へと視線を向ける。

「ま、二級止まりじゃなきゃいーけどね」
「そこは悟の指導者としての素質があるかどうかでしょ」
「なんだよそれ」
「先生に面倒見ろって頼まれたんだろ?伸び代があるからって」
「傑知ってたのか」
「うん。本人から直接聞いた」
「…本人?あいつ(先生)お前にも話したの?」
「いや違う。そっちじゃなくて…」

口をへの字に曲げて首を傾げた五条が、机を挟んだ向かい側に座る夏油に視線を移す。すると制服のポケットから携帯を取り出した夏油は、ニコッとしてやったりな、完全に勝ち誇ったような笑顔を浮かべて、あるメール画面を五条の目の前に突き出した。

「ほら、純から直接聞いたんだよ」
「………はぁっ!?!?」

勢いよく立ち上がった衝撃で、ガタンッ!と五条の座っていた椅子が後ろに倒れる。「後輩は大事にしないと」といまだ笑顔を浮かべている夏油の持っていた携帯をバッと奪い取りメールの内容を確認すると、ふつふつと内側から湧き上がるものを感じた。

"夏油先輩!聞いてください!
来週から五条先輩が私の任務に同行するらしいです!
最悪です!胃が痛い!"

"先輩…。
灰原から聞いたんですけど、優しい先輩があのカス…すみません五条先輩の親友だって知ってめちゃくちゃ驚きました&ショックでした。私正直言ってあの人まじで嫌いです。なんとかしてください。 "

「…………」
「悟、純になにしたの?」
「…………」
「良い子なんだから変に絡むのほとほどにした方がいいよ」
「…………」
「有望株なのに、君のせいで退学してしまったら困るだろ?」
「…………」
「聞いてるかい?悟」
「………あんのクソアマッ…」

額に青筋を浮かべた五条が夏油の忠告を無視して窓枠に片足をかける。視線の先で七海と灰原と実践訓練さながらのトレーニングをしている純をロックオンすると「携帯置いていけよ」という夏油の言葉を無視して(というか聞いてない)勢いよく身を乗り出し飛び降りた。
そして…、

「あ!純後ろっ」
『えっ…?』

ーグワシッ!!

「てめぇいつの間に傑とだけメアド交換してんだよ!」
『ギャーーーーーッ!!』

一瞬で純の背後へと移動した五条は、受け身を取る暇など与えない、怒りに満ちた目にも止まらぬ速さで自分よりも小さな体を固定した。

「見て七海!純が五条先輩にコブラツイストされてる!」
「…いや…絵面アウトでしょう…」
『いだだだだだっ!ギ、ギブッ!ギブーッ!!』
「俺ん時は断ったくせに何様のつもりだこのアマッ」
『灰原!七海!殺して!今すぐこいつを八つ裂きにっ…』

クワッと大きな目をさらに見開いて訴えてくる、コブラツイストをくらっている同期の無惨な姿に笑顔を浮かべたのは灰原だけだった。

「あはははっ。楽しそうだな〜純〜っ」
「……はぁ…」




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