「どうする、禅院。お前が決めていいぞ」
「受ける価値あんのか?このクソ案件」

悪臭の充満した地下室から解放され、地上へと続く薄暗い階段を上がる韓と伏黒。高額な報酬金という目先の利益に釣られて足を運んだが、とんだ無駄足だったとタバコに火をつけた韓を横目に伏黒が鼻で笑いそう言った。

「だな。政治絡みは面倒くせぇし」
「それもあるが、あの家とは縁切ってんだよ俺は」
「ああ、禅院家か…」

この界隈に足を踏み入れた瞬間に、必ずその名を知ることになるであろう名家の名。呪術師を多く輩出する名門、呪術界御三家のひとつーー禅院家。
相伝の術式を引き継いでいない者は術師であっても落伍者としての人生を強制される、才能と力を尊ぶ統制された戦闘一族。伏黒甚爾はその典型例として禅院家から出奔しゅっぽんした男であったことを、韓の記憶の片隅をよぎった。

「まあ、できることなら関わりたくねぇな」
「俺が殺ったところで手柄横取りされて終わりだ」
「ハハッ。クソだなそれは」
「だからパスだ。また別の案件で稼ごうや」
「だな」

何となく手持ち無沙汰な退屈さを感じるも、どんな依頼内容でも受けるなんいう雑な仕事は絶対にしない。プライドはある。大昔の因縁にいまだ固執し、自分たちの利益のために子供一人を消そうという腐り切った大人の在り方に、人のことは言えないがと鼻で笑った韓。受け取っておいた先ほどの写真をスーツの胸ポケットから取り出すと、指先でひらひらと遊ばせながら伏黒の前に差し出した。

「あと十年もすれば良い女になる」
「いつからロリコンになったんだてめぇは」
「原石を見つけんのが上手いんだよ俺は」
「言ってろ」

興味がないといった口調で返事を返すも写真を風を切るように奪い取り、視線を移す。見ず知らずの子供ではあるが先ほど説明された詳細を聞いた感想は"気の毒なガキ"。らしくもない、珍しく同情してしまった自分に違和感を感じた。

「十年じゃねえな」
「あ?」
「こうゆうタイプの女はあと四年もすりゃあ脂が乗る」

不敵な笑を浮かべて下衆な発言をした伏黒に対し、短くなったタバコを投げ捨て吹き出すように笑った韓。この場に異性がいたら確実に冷ややかな目を向けられていたことだろう。

「あと数日の命ってのが惜しいねぇ」
「そう簡単じゃないと思うぜ?」
「?」

写真を韓に手渡して、今でも鮮明に覚えているたった一人の少年の姿を思い起こす伏黒。

「このガキ高専生だろ?下手したら失敗するかもな」
「ガキ一人殺すだけでか?」
「ああ。なにせいるからな、あの男…」

"五条悟が。"





「五条さんっ!」
「あ?」
「あの人は確か…助監督の」
「霧島だよ。純のお気に入りの」

放課後。
数メートル先から全力で駆け寄ってくる霧島に退屈そうな視線を送りながら、買ったばかりのコーラの蓋を開ける五条。その隣で夏油は、"君の口から助監督の名前が出るなんて…。"と、驚いた表情を浮かべながらも意味ありげな笑みを浮かべた。

「なんだよ…」
「純の影響」
「はっ!?ちげーよ、たまたま覚えてたんだよっ」
「フッ。ムキになった」
「〜〜っ。だからちげーって言っ…」
「さ、探しましたよ五条さんっ!」

二人の前で盛大に息を切らし、膝に手をつきながら体全体で乱れた呼吸を整える霧島。随分と長い時間五条を探し回っていたのか、額には汗が滲んでいた。

「電話、全然、繋がらないしっ…!」
「電話〜?…んなもんすぐ気づく…あ」
「へ…?」
「わりぃ。着拒したかも」
「…はい?」

やっとの思いで顔を上げた霧島が、わけがわからないと表情を歪める。

「最近要らねぇ連絡先全部着拒したんだよね」
「人間関係の断捨離?」
「そゆこと」
「純の為に?」
「だからなんでそうなるんだよ!」
「(やだこのクソガキッ!)」

腕を組み、五条の反応を観察しながら意地悪な笑みを浮かべる夏油に対し、まるで不良のようなガラの悪い睨みをきかせる五条。楽しそうなテンポのいいやり取りは結構だが、こっちは緊急事態なんだと霧島が咳払いをして場の空気を改めた。

「五条さん、この間の件でお話ししたいことが」

この間の件とは、樹海での任務後に依頼された神咲かんざきという男についてだ。
一刻も早く伝えたいというはやる気持を抑えながらも夏油に視線を移した霧島。その意図をいち早く理解したのか、五条が親友を指差しながら口を開いた。

「傑にも話してあるから大丈夫」

その言葉に、穏やかに微笑み頷く夏油。

「分かりました。…じゃあ、一から説明します。まず、五条さんが調べてほしいと言っていた神咲という男についてですが…、この男は過去に、呪詛師と政治家…主には国防省関係者を繋ぐ仲介人としてかなりの大金を得たという記録がありました」
「…呪詛師と国防省って…国絡みってことですか?」
「私の権限だと詳細までは閲覧できませんでしたが…おそらくは」

先ほどまでの空気感が一変し、五条と夏油の表情がわずかに硬くなっていく。

「普段は心療内科の医師として、個人クリニックで働いているようです。温厚な性格らしく、患者さんや同僚の人たちからの評判は良いものばかりでした…。ですが…」
「なんだよ」
「彼が担当する比較的症状の重い患者さんの半数近くが、ある日を界にぱったり通院しなくなるそうです」

セカンドオピニオンを推奨している医師も多く、突然病院を変える患者さんも少なくはないから誰も不思議には思っていないようでした…。と、まとめ上げられた内容を伝えた霧島の話しを聞き、五条の中である点と点が繋がる。

「今回殺された連中…多分、つーか100パー神咲の患者だな」
「…心療内科…心霊スポットや大学病院、学校とまではいかないけれど、比較的負の感情の溜まりやすい場所ではあるね。個人院なら人目にも付きにくい」
「生贄集めには最適だな。最悪のペテン野郎ってわけだ」

あからさまに表情を歪めた五条の隣で、顎に手を当てながら考え込む夏油。神咲という男のことは知り得たが、この話しをしてくれた時、五条は確かに純がその名前に反応を示したと言っていた。それは何故か。
彼女は御三家でもなければ上と深い繋がりを持っているわけでもない。にも関わらず、国絡みで暗躍している男とどのような関係性があるというのか…。考えられるとすれば共犯か…と、一番最悪な考察が脳裏をよぎったところで五条の言葉が待ったをかけた。

「で?純の身元調査のほうは?」
「え、悟…そんなことも頼んだのかい?」
「だってあいつ謎すぎんだろ」

呪霊の発生や呪術師の存在が極端に少ない海外で、恵まれた術式と呪術師としての才を持って生まれてきた純という少女。それなのに両親ともに呪霊も見えない一般人なんて絶対嘘だと言い切った五条に対し、夏油は軽蔑するような視線を向けた。

「本人の許可は?」
「取ってない。それって必要?」
「はぁぁぁ……。あのなぁ悟…」

盛大な深いため息を吐いた夏油を見つめながら、五条が悪びれる様子もなくコーラを一口飲む。

「誰にだって知られたくない過去の一つや二つあるだろ。ましてや純の生い立ちは複雑だって、夜蛾先生に聞いてるだろ」
「じゃあ純に内緒にしとけばいーじゃん」
「…私はてっきり許可取ってるものだと…」
「…嫌われる準備はいいかい?悟」
「あぁ!?」

五条の肩にポン…と手を乗せた夏油からはそうなって然るべき、といった感情が伝わってくる。霧島も気まづそうな表情を浮かべるも、五条の目のつけどころは正しかったと再び話しを脱線させて口喧嘩を始めようとしている二人の間に割って入った。

「まず結論からお伝えすると、今回の件、橘華さんの出生が大きく関わっていると言えます」
「ほらな」
「うるさい。すみません、続けてください」
「それともう一点…」

表情を歪めて口を閉ざした霧島が、一度視線を外しうつむく。重く抑えつけられたような気持ちを抱えたまま、霧島は意を決したように顔を上げ、小さく深呼吸をし二人に視線を向けた。

「橘華さんは、禅院家と深い因縁があります」


*呪詛師



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