週に四回。週末二日と、平日二日。
純は橘華家に顔を出す。
高専の学生寮に入ると決めた時、泣きながら自分を引き留めてきた血の繋がらない義弟二人と交わした約束を守るために。
「お、やっと帰ってきたか」
『………………は?』
「ガキ共腹すかしてんぞ〜」
時刻は午後六時を回った頃。
いつもどおり学業と任務を終え、放課後スーパーに寄り大量の食材を買い込んでからタクシーに乗り、山中にある橘華家へと帰ってきた。ここには街灯はおろか、ご近所と呼べる住宅もない。だから訪問客なんて絶対にこない。家の場所はわけあって、限られた人間にしか教えていないのだから尚更だ。
そう思っていたのだが、大戸口の前で出前を受け取っている五条とタイミング良く遭遇し、数秒放心状態におちいった。
『(ナンデ五条センパイガイルノ!?)』
一体全体何が起きているのか分からずに、息をするのすら忘れた数秒。"早く入れよ。"とまるでこちらが客人かのような口ぶりで純を呼ぶ五条の声で、はっと我に返った。
『ちょっと!!!』
「寿司食いたいって言うからさ、出前頼んどいた」
『いやいやいや!なんで五条先輩がうちにいるの!?』
刹那、アドレナリンが体中を駆け巡り、鼓動が激しくなる。
とにかく状況把握だと自身に言い聞かせながら五条に駆け寄ると、驚きのあまり足がもつれてよろめいた。
「ハハッ。純スーパーの袋似合わなっ」
『はぁ!?なにっ…じゃなくてなんでいるんですか!』
「貸して。持ってやるよ」
『えっ?…あ、どうも…』
純の手から荷物を受け取ると、質問に答えるでもなく口笛を吹き家の玄関へと歩き出す五条。上手いことはぐらかされ、これじゃあ駄目だと頭を左右に振り、あとを追いかける純。玄関まであと数歩というところで先回りして、扉を勢いよく閉めた。
『五条先輩、なんでここにいるんですか?』
「あ〜、まあお前の養父母に会いにきた」
『なんで?』
「そりゃあ話しするため」
『なんの話しですか?五条先輩と話すことなんて…』
「禅院家相手に、お前一人でなんとかなると思ってんの?」
『……!!!』
刹那、明らかな動揺を見せる純。
「霧島に調べさせたからもう知ってる」
『はっ…?』
「お前が何に首突っ込んでるかもな」
『…許可なく調べたんですか?』
「ん〜、まあそうなるか」
そこは傑にもこっ酷く叱られた。とバツが悪そうに明後日の方を向いて話す五条からは、反省の色は感じられない。知られたくないこともあったのに、どうして人の気持ちを考えずに行動するのだろうと込み上げてくる怒りと苛立ちをぶつけようとした、その時だった。
「純姉さん?」
『…!!』
声が聞こえてしまっていたのだろう。玄関の引き戸が開き、天馬が控え目に顔をだけを覗かせる。純の姿を確認するなり安堵したのか、はにかんだような笑顔を浮かべて抱きついてきた。
「おかえりなさいっ」
純の制服をギュッと握りしめ、腹部に顔を埋める天馬。幼くもしっかりと兄としての役目を果たしていた分、甘えられずに寂しかったのだろう。純が頭を撫でながら"ただいま。"と笑顔を向けると、顔を上げた天馬が嬉しそうに笑った。
「あー!純ねぇかえってきた!」
『龍心〜っ!おいで!』
てちてちと小さな歩幅でかけ寄りながら、小さな腕を目一杯伸ばし、差し出された純の手を掴む龍心。そりゃー!と高く抱き上げてやると、きゃっきゃっと天使のような笑顔を浮かべて喜んでみせる。そんな三人の姿を眺めながら、五条は穏やかな笑みを浮かべた。
「よーしっ!飯にしようぜ〜」
『はっ…』
可愛がっている義弟たちとの再会で、五条に対する怒りなどものの数秒で消えていた。しかしいざ我に返ってみると、言いたいこと、聞きたいことが山のように溢れてくる。だが幼い二人の前で話すことではないと自分自身に言い聞かせ、ひとまずは五条の存在を受け入れることにした。
*
「おーっ。さすが五条さん」
「さとるすげー!」
「はっ。こんなん楽勝だって」
夕食の準備を始めて30分。
いつもは幼い二人が自分の周りをちょろちょろと動き回り、目が離せない中で支度をするが、今日はすこぶる順調に作りたい料理が完成していく。時折り五条がゲームでボスを倒しただの、マ◯カーが強いだのと、興奮気味に龍心が報告にくるがすぐに五条のもとへと戻っていくから問題ない。
『(……何この状況…)』
「っしゃー!見とけよイカサマすっから!」
「「おお〜っ!!」」
『(五条先輩と二人がどんどん仲良くなってく…)』
ー20分後
「「いただきまーす!」」
「いたーきますっ」
『………はい。どうぞ』
なぜか橘華家の食卓に五条悟がいるという不可思議な光景だが、受け入れるしかない。ちょっと気まずいんですけど…と内心思いながらも隣に座らせた龍心の食事の補助をしていると、五条が雷に打たれたかのような衝撃を受けながら、うまい!と声を張った。
「おまっ…料理できたんだな!」
口元を押さえながら、目の前にある料理を見つめる五条。するとその様子をジッと観察していた龍心が、同じように手を添え"うまい〜っ。"と首を傾げながら真似をした。
「なっ。めっちゃ美味いよな」
「さとる純ねぇのりょーりすき?」
純粋無垢な瞳が五条を見つめる。子供にそんなことを問われてしまえば調子良く合わせてやるのが大人というもので、さすがにそれくらいの社交辞令は言えるだろうと考えていると、幸せそうな緩い笑みを浮かべて、
「めっちゃ好きー」
と三歳児と笑い合う。その隣で天馬も笑う。
『…(調子狂うなあ…)』
「あ、純の寿司いただき!」
『はっ!?ちょっ!ふざけんなっ』
大人げない二人のやり取りに、ケラケラと笑う子供二人。賑やかで、和やかな食卓。抱えている問題を忘れてしまえるほど楽しい時間だと、心から思えた。
*
ー午後10時。
『傷、痛む?』
「ううん…。今日はいつもより痛くない」
龍心の部屋にある少し大きめのベッドの脇に座り、今にも眠りに落ちてしまいそうな天馬の頭を撫で微笑む純。その隣で、龍心が穏やかな寝息を立て眠っている。
『そっか。眠れそう?』
「うん…」
呪いの進行を遅らせているとはいえ、呪いにあてられ続けている傷口を隠す包帯。苦しいだろうに日々気丈に振る舞う天馬の姿を見る度に、胸が苦しくなる。
「純姉さん…?」
『ん?』
消え入りそうな小さな声で、天馬が純の名を呼ぶ。
「…五条さん、すごくいい人だった…」
『一緒に遊べて楽しかった?』
「うん…。…もっと怖い人だと思ってたけど、違った」
『そうだね』
「五条家の人ってみんな悟さんみたいに優しいのかな?」
重たくなった片目のまぶたをこすりながら、天馬がゆっくりと目を閉じる。
「また遊んでくれるかな……?」
『お願いしといてあげる』
「うん。龍心もきっと喜ぶ………」
『そうだね。…おやすみ天馬』
「……おやすみなさい…」
サイドテーブルにあるライトを消して、月明かりだけになった薄暗い部屋を後にする純。ほんの数十分前まで嵐のように騒がしかったのに、今は虫の音が聞こえてくるほど静かで少しばかり虚しさを覚える。いつもなら二人とそのまま眠ってしまうところだが、今日はそれが叶わない。純はゆっくりと襖を閉めて、五条のいる客間に向かった。
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